第6話 不思議なキャンディー

 神様はやけに明るい笑顔で私に笑いかけた。


「あんたさんには真愛晶みあいしょうを作ってもらうんや。何の手助けもなしで、言う訳にはいかねーな」


 そう言って神様が差し出したのは、一つのキャンディーだった。


「キャンディー、ですか?」


「はい、どーぞ」


 渡されるがまま受け取ると、神様は


「まあまあ、食べなさいよ」


 と、軽い口調で私にキャンディーを勧めた。神様に促されるまま、私は包装を取ってピンクのキャンディーを口にぽいっ、と入れた。そのキャンディーは、キャンディーなのに、口に入れた瞬間すっと、溶けて消えてなくなった。


「おねえ、とやらの恋、諦めたものとちがう思うで。ほな、それ使うて頑張ってくれや、人間」


 そう言うと神様は私に背を向けて、手をひらひらと振った。その時だった。


「美孤っ!」


 後ろから馴染みのある声に名前を呼ばれた。


 私がびくっとして思わず振り返ると、どう考えてもいるはずのない人がそこに立っていた。


「ちょ、かみさ、あれ、神様!?」


 どうしよう、なんて説明しようと、混乱して神様がいた方を見たら、そこには扉が閉められた本殿ほんでんがあるだけだった。


「縄が、元に戻ってる……」


「美孤、大丈夫か!?」


 混乱したまま座り込んでいる私の傍に駆け寄ってきたのは、


「おねぇ、ちゃん……」


 お姉ちゃんは今まで見たこともないような顔で、私の名を呼んだ。


「美孤!」


 もう何年も呼ばれていなかった、私の名を。








「美孤、ここで何してるんだ」


 お姉ちゃんは今まで見たことないような顔で、私に詰め寄った。私はお姉ちゃんが私の名前を呼んでいるのにもびっくりしていたし、私に話しかけているのにも驚いていた。お姉ちゃんの顔をこんなに近くで見たのも久しぶり過ぎて、とにかく、もう、何が何だかわからなかった。


「ぁ、」


「美孤、?」


 優しいお姉ちゃんの声で、大好きなお姉ちゃんの声で、名前を呼ばれている。それに感動して、私は何も返す言葉がなかった。実際、お姉ちゃんと会話するのはいつ以来だろう、と言う感じなので、本当に返す言葉が見つからない。


 真剣な目に囚われて、その視線に何かを見透かされているようで、私が思わず目を逸らそうとしてしてしまった、その時だった。


『何があったんだ』


 頭の中から、お姉ちゃんの声が聞こえた。頭の遠くの中から、まるでお姉ちゃんの声が頭に響き渡るようにして、私に聞こえてくるのだ。でも、そんなのって、おかしかった。


だってお姉ちゃんは今、


『美孤、どうしたんだ……』


お姉ちゃんは口を開いていないのからだ。


 私の目の前のお姉ちゃんは心配そうに私を眺めているだけなのに、私の頭の中にはお姉ちゃんの声が流れてくる。一体どうなっているんだ、と私は頭を抱えた。あの忌々いまいましいキスのせいで呪いをかけられてしまった今、私は神様の仕業か何かだとしか思えなかった。疑うなら、あのキャンディー。そう言えば消える前、神様は「それを使って頑張ってくれよ」って言ってた。それって、つまり、これ?

目の前のお姉ちゃんも大事だけれど、今はそれどころではなくて、私はもう一度、神様に話を聞こうと本殿ほんでんに駆け寄ったその時だった。


「美孤!」


 強い声で呼ばれて、私の腕を引く感覚があった。思わずその力に引っ張られて、体を任せてしまうと、一転、私の目の前いっぱいにお姉ちゃんが広がった。


「ぁ、!」


「美孤、本当にどうしたんだ……」


「あ、えっと……、その……」


 しどろもどろになる私が唯一言えたことは、


「お姉ちゃん、どうして、ここに」


 だった。そう尋ねるとお姉ちゃんははぁ、とため息をついた。


「なんでって、美孤の悲鳴が聞こえてきたから、探してここまで来たんだろ。まさか、こんな神社にいるとは思わなかったけれど。美孤、家に帰るか?学校に行っても、その様子じゃ……」


 お姉ちゃんにそう言われて、私はすっかり頭から抜け落ちていたことを思い出した。


「う、わあああ、やばい、学校!……忘れてた!」


 神様が出てきたせいで、すっかり学校のことを忘れていたのだ。思い出せば今、私は登校中だった。もっと余計なことを思い出すなら、私はお姉ちゃんと疑似登校中だった。急いで鞄から携帯を取り出し時間を確認すると、画面には7:50と表示されていた。


「うわぁ、もう間に合わない……。私はいいとしても……」


 お姉ちゃんが学校に来ていないのはやばい。朝練もあったはずなのに、これじゃあまるでお姉ちゃんがドタキャンしたみたいになっちゃう。私はお姉ちゃんに向き合うと、そのまま頭を下げた。


「み、美孤?」


「お姉ちゃん、ごめんなさい。私のせいで、学校に遅刻することになってしまって……、朝練もあったのに……、私、なんてお詫びすれば……」


 頭を下げたままで、胸がぎゅう、と締め付けられた。


(また嫌われちゃったな、私)


お姉ちゃんの顔が見えないのが、唯一の救いだった。だって、きっと、今、お姉ちゃんは心底呆れた顔をしているはずだから。そうしてさらに深く、頭を下げた時だった。


「え、きゃ、!」


 急に腕を引っ張られ、ぐいぐいと上に引っ張られるので、私はそのまま立ち上がっが。お姉ちゃんは怪訝な顔をしながら、私に告げた。


「取りあえず一緒に学校、行くぞ」


頭にはてなが浮かんだ。お姉ちゃんと、一緒に……学校?

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