第5話 キスでかけられた呪い 

「き、きゃあああああああああああああ!!!!!!」


 本日二度目の、絶叫である。


 神様は「これぐらいで驚きなや、大げさやな」と言って笑う。私は口元を一生懸命拭い、口に残る生々しい感触を消そうとした。そんな私を神様は無駄な悪あがき、と言いたげに見ていた。


「まあまあ、お前さんよ。そんなんしてる場合じゃぁあらへんぜ?」


「何がですか!?これの何をっ……!」


 私が神様へ文句を言おうとした、その時。喉に熱く重い感覚がしたと思ったら、まるで熱湯が喉を通っているような、焼けるような熱さが、私を襲った。


「っ、あああああぁ、!」


 思わず自分の喉を抑え、熱さから逃れるように喉をひっかく。そのまませき込んでうずくまった私を、神様は面白そうに見ていた。私が何も言えず神様を睨みつけると、神様はさらっと言い放った。


「なんてことはあらへん、ただの呪いだ。言うたやろう?罰を受けてもろうたら」


「の、ろい……!罰……!」


 言われたことを言われたままに復唱すると、神様は私の顔を笑って見た。


「お前さんの本音言えへんくなるだけのこっちゃ。こないな程度の呪い、優しいぜ?」


 神様は本当に自分が優しいみたいな顔をして言った。


「本音が、言えなく、なる……?」


 私は説明を求めて神様に問うと、神様は面倒くさそうに


「何、なんてことあらへんただの呪いだ。自分の本音を言おうとすると、声出えへんくなるだけのこっちゃ」


「声が、でなく、なる……」


「喋れへんわけちゃうねん。大して枷にもならんよ」


「そんなこっ……ぁ、いっ!」


 神様の言葉に反論しようとして開けた口は、言葉を発さない。その代わりに熱く焼けるような感覚が、また喉を駆け巡る。あまりの痛さにせき込んでしまうのを、神様は愉快そうに眺めていた。


「あまり無理をしいひん方がええぜ。本音を喋ろうとしたら、その痛みは増すだけや」


 そう言われてしまえば下手なことは言えず、私は喉を抑えて、ただ神様を睨みつけた。神様は「おお怖いなぁ」と言って、私を見下ろした。


「まぁ、お前さん。そう怒りなや。俺だってなんも無条件で呪いをかけたわけとちがう。お前さんがきちんと条件を叶えてくれたら、呪いは解いたるさ」


「……条、件?」


 神様はにやにやと笑って、私に尋ねた。


「時にあんたさん。わしが一番美味い言うたのはなんやったっけな?」


 神様の質問に、私は神様との会話を思い返す。


「……恋愛感情。私の、お姉ちゃんへの思い、ですか?」


「正解!」


 神様は楽しそうに弾んだ声で言った。


「そうして時にお前さん。俺は一つ食べてみたいものがあってや。そやけどそら俺じゃ作れへんねん。言う訳で条件の話」


 その時、神様の目は今までにないほど真剣なものに変わった。その変わりように私はごくり、と息を飲んで、その言葉の続きを待った。神様はうん、と頷いて条件について話し始めた。


「人間の感情の中に≪愛≫言うモノがあるらしいんだ。人のココロからその≪愛≫が生まれた時に、真愛晶みあいしょう言うものが生まれるらしおす。俺らの世界ではそう呼ばれてる」


真愛みあいしょう……」


「その真愛晶みあいしょうがこの世の何よりも美味いらしおす。俺はそれが食べたい」


「……えっと、つまり?」


 私がそう尋ねると神様はにやり、と笑った。


「ソレを作って俺に納めろ。そないしたら呪いを解いたる」


 神様は勝ち誇ったように、そう言った。


「……そんな。真愛晶みあいしょうを作れ、ったって……。どうやって……?」


「そんなんそのおねえ、とやらと作ったらええやろう?」


 神様が放ったその言葉に、私の頭は真っ白になった。


「お、お姉ちゃん……?」


 何を言っているんだ、この神様は。そんなの、そんなこと出来る訳ないのに。


 と、本音を言ってしまいたかったが、そうするとまたあの痛みに襲われるので、私は本音を言わないよう考えて丁寧に言葉を紡いだ。


「……お姉ちゃんとは無理です。作れません」


 そう言うと神様は、意外だ、と言いたげに眉を上げて私を見た。


「おお、弱気やな。告白する前から諦めるのかい?あっちだってお前さんのこと好きかもしれんのに」


「いやい……あ、ありえないです」


 私がそう頭から否定すると、神様は不思議そうな顔をした。


「そのおねえ、とやらとはそないに脈があらへんものなのかね?」


 当たり前でしょ!?なんて返そうとした時、私はあることに気が付いた。


(もしかして、神様。おねえちゃん、って何かわかってないのかな……?)


 思えばさっきから神様はお姉ちゃん、とやら、と言う。とやら、って言うってことは、わかっていないって事じゃないか、と、私は呆れてしまった。


「あのですね、神様。お姉ちゃん、と言うのは私の姉のことです。私とは姉妹なんです。血が繋がっているんですよ。そんな相手と恋愛なんてできるわけないでしょう?」


 私がそう言うと、神様は「あー」と納得したように頷いた。


「人間は近親で恋愛はしいひんのやったな。なるほど、それでお前さんはそう言うんか」


 そう言ってうーん、と頭を悩ませていた神様は、ふと、鳥居の方に目を向けた。


「うーむ、そやけどあんたさんはそのおねえ、以外を好きにはなれなさそうやしーな」


 神様は少し考えた素振りを見せた後、ポケットの中から何かを取り出した。

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