昼 風道平原 3


「……分かった。どっちも頭お花畑の恋愛脳って事だな?あぁ?」


 もうそういう事で良いよ。実際、わたしの頭はお花畑寄りだし。ハウンドが嬉しい事ばかり言ってくれたので、もう長峰の煽りは心を乱さない。わたしは無敵だ。

 ……ごめん嘘。割とすぐそばまで来てる『暗闇』がめちゃくちゃ怖い。恐らくもう50mを切ってると思う。こうして割合厳密に何メートル~とか把握できるようになったのも、この体の性質なのだろうか……という現実逃避は、頭の片隅の片隅で行うに留めて。


「正直な所、それは否定できない。ね、トウミ」


 肩を竦める様子が目に浮かぶような声。

 つい今しがた振りの呼びかけに、ハウンドの意識がわたしへ向いたのを感じる。

 ずっと警戒という形で長峰達へと向いていたそれが、この大きな岩を越えて、間違いなくわたしだけの方へ。

 それはほんの一瞬の事だけど。それだけで、わたしの指はピクリと震えた。


「……それはまあ、そう」


 だから返事も明確に、ただハウンドだけに向けて。

 反応を返すという行為そのものに、意味を乗せる。


「……ねえ、トウミ」


「うん?」


「いつか。三日目の夜の続き、したいな」


 いや急にどうした!?という戸惑いは、一瞬だけ。

 思い切りが良いと言うべきか、やり口が雑と言うべきか。


「おーおー盛ってんな。死期を悟って性欲が抑えられなくなったかぁ?」


「無粋。二人の会話を邪魔しないでくれ」


「わりぃ。色ボケ共をおちょくるのも趣味の一つでなぁ」


 長峰の言葉を、完全に聞き流す。ただハウンドの声にだけ耳を澄ませて。ほんの少しも、反応が遅れないように。


「似合いの趣味だ。一ッ!」


 鋭くわたしへと突き立てられた声に合わせて、グレネードを放り投げた。今この瞬間のわたしにできる事はこれだけで、ハウンドが三つ数えたって事は、これを今この瞬間に必要としているはずだから。だからピンの外れたそれが、岩を越えて丘の上まで届くように思いっきり。

 一瞬だけ待って顔を出し、銃を構える。


「――はっ!どこ狙ってやがるっ!」


 てんで的外れ、ってわけじゃなかったんだけど。見てから動いても回避が間に合うくらいの精度で、グレネードは空中爆発。反対側の傾斜まで引いていった長峰達には当たらず、けれどもその時には既に、ハウンドが木陰から駆け出している。


「――っ」


 ただでさえ無音に近い身のこなしは、大きな爆発音に紛れてその動き出しの音を完全にかき消していた。だから向こうが気付くのも、一拍遅く。それでも、ハウンドが丘の中腹に差し掛かった辺りで、既に銃を構えた姿勢で長峰とS1が戻ってきた。


「――今っ……!」


 自分に言い聞かせるのと同時に引き金を引く。S1の胴体へと一発。同時にS1の方もハウンドへと発砲していて、M16の三点バーストがきっちり全弾命中。一瞬でHPを39も減らす瞬間火力に肝が冷える。


 けど、次の攻撃は飛んでこない。


「馬鹿が――っ!?」


 四秒前。ハウンドが自身の斜め後ろに放っていたスタングレネードが、わたし達の最後の投擲物が、凄まじい閃光を放った……と、思う。その時点で岩裏に顔を隠していたから、直接視認はしていない。勿論耳はダメになったけど、それを押して即座に顔を出し直す。


「―――っ!……――っ、――――っ!?」


 ハウンドに狙いを定めていたという事は当然、もろに光を見てしまったという事。初日と同じ目に遭った長峰はその場で目元を抑えながら、誰の耳にも届かない喚き声をあげているようだった。この点に関しては成長していないようで、むしろ彼の相棒の方がこの咄嗟の事態にも対応してきている。


「――ッ……!」


 いつぞや以来、ゆっくりと引き延ばされた世界の中で。スコープの中のS1が、閉じていた両目を開く。恐らく、ハウンドの背後に投擲物が見えた瞬間に目を瞑ったんだろう。スタグレの閃光は瞼を介しさえすれば、残光は散れども目が潰される事は無い。それをわたしは身を以って知っている。


「――っ」


 上手く回避した、と言えばそうなんだろう。だけどもこの状況で、たった一瞬でも視界を閉ざせば、それは十分に致命足り得る。S1が再びハウンドを撃つよりも少しだけ早く、ハウンドが彼のHPを食らい始めた。


「――っ!」


 先に当てていたM14一発の威力は33。向こうの三点バーストには僅かに及ばないながらも、この状況ではそのダメージがハウンドの勝利を決定付ける。


「――……っ」


 削り切るまでにもう一トリガー分当ててきたのは、流石と言う他ない。

 三点射一セットを放つまでの時間で見れば、ヴェクターの火力はそれに及ばないけど。だけど相手が二度トリガーを引くよりも早く、ヴェクターは12ダメージを六発撃ち出せる。


 結果として、わたしが二発目を撃つよりも早く。ハウンドのHPは22残り、S1は七発目以降を撃つ事なくHPを全損した。


「――あぁっ!くそっっ!!!」


 直後、長峰の叫び声が歪みながらも耳に届いたのは、スタグレの効果が薄れてきているからだろうか。だとすれば同じように、アイツも視界を取り戻しつつある。この状況で、長峰がしっかりと当ててこられるのかは分からない。


 だけど、たった二発。


 たった二発食らうだけで、ハウンドのHPは0になってしまう。

 それじゃダメだ。それは嫌だ。


 長く長く引き伸ばされた時間間隔の中で、照準を合わせる自分の動きまでもがひたすらに遅く感じる。もどかしい。焦る。もっと早く。

 既にハウンドは銃を長峰に向け直し、発砲し始めている。ヴェクターの弾数は残り11発。撃ち切れば倒せる。撃ち切れれば。


「すぅ――――っ」


 連続した発砲音すら聞き取れる程に世界は停滞し、息を止めるまでの0.5秒足らずが、わたしの心をきゅっと締め付ける。間に合う、間に合え。外すな。


 言い聞かせながら辿り着いた視線の先には、無理やりに目を開ける長峰の顔があって。そうと認識した瞬間に、トリガーはわたしの指に押し込まれていた。



ダァンッ、と間延びした音。



「ご、ぉっ……!」


 頭部に一発、57ダメージ。

 残りの四割弱は、先のコンマ5秒の内にヴェクターがもう奪っている。


 最後に聞こえたタタタンッと三発分が連結した音は、その全てをあらぬ方向へと飛ばして消えた。



 ハウンド・ドッグ → S1[KILL]

 犬飼 灯美 → 長峰 俊一[KILL]



 キルログに見知った四つの名前が流れ、残りの生存者数は二チーム3人に。


 ――その瞬間に銃声が響き、ハウンドの体が前のめりに倒れた。

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