昼 風道平原 2


「トウミ、大丈夫!?」


「うんっ……」

 

 冷たくなっていく空気に感化されてか、ハウンドの心配そうな声が再度聞こえてきた。ので、返事をしながら包帯を使用する。どうせこれだけマークされてるなら、おおっぴらに声を掛け合っても構わないだろうし。救急キットを使おうかとも考えたけど……長峰らが押してくるようなら即座に迎撃できるように、少量の回復を小さく刻む方を選んだ。


「――はぁ?HP見えてんだから分かんだろそんくらい」


 ……とか思ってたら、小馬鹿にするような声が丘の上から聞こえてきた。確かに向こうもこちらの声が聞こえるくらいの距離、だからといって、いちいち口を挟んでくる必要もないとは思うんだけど。

 初日の自分語りを思い出すに、長峰という男はお喋りが好きらしい。嘲笑混じりの声音で、上から下へと言葉を放ってくる。


「わざとらしいし、気持ちわりぃな」


 挑発だけして、向こうから攻めてくるつもりはないようだ。

 わたし達とあいつらの位置関係は凄く微妙で、最も安地の中心に近いのはハウンドだけど、長峰達よりはわたしの方がそこから遠い。向こうは無理に攻め込まずとも『暗闇』が迫るのを待ってさえいれば、先に遮蔽から追われるわたしを仕留められる。その後に二人がかりでハウンドを――って算段なのだろう。好戦的な気性の割に堅い戦い方をする。或いは向こうも、先のチームとの交戦でHPが減っていたのか。


 こっちからすればジリ貧な状況。逆転の目が無いわけではないけども、タイムリミットを考えると失敗も許されない。タイミングを上手く図らないと。


 三つ目の包帯を使い切った時点で『暗闇』は既に、『バイズガインの街』をほとんど覆い尽くしていた。


「――この四日間で分かったんだが……コイツら・・・・は大抵そのキャラクター、方向性ってのが決まってる」


 こっちは勝機を手繰ろうと必死に気を落ち着かせてるっていうのに、長峰の方はお喋りを止めるつもりはないらしい。或いはこれも一つの時間稼ぎ、こちらの集中を妨げようって意図もあるのかもしれない。


「一つは、俺のみたいに主人に似たタイプ。んで、もう一つはお前のみてぇな奴」


 牽制の一つでもしてやりたい所だけど、ただ頭を出すだけじゃさっきの二の舞。堪えて堪えて、ハウンドのHPが全快したのを確認する。


「何人も見てるうちに気付いたぜ?そっちのパターンはアレだ、いわゆる、自分の理想のキャラクターってやつだ。[DAY WALK]にもいたよなぁ。うちの子~とかはしゃいでたキモい奴らが」


 気にしないようにと思っていた長峰の言葉に、つい舌打ちが漏れそうになってしまった。そりゃ、ハウンドの原型はわたしの妄想そのものだけど。今そこにいる彼女は、ただそれだけの存在じゃない。



「お前のは特に分かりやすいタイプだな。最初から自分への好意を持たせた妄想の産物」



「…………うるさいなぁ」


 小さく小さく、向こうには聞こえないようにこぼす。


 わたしだって、全く思わなかったわけじゃない。

 最初から高かった、ハウンドからわたしへの好意の度合い。そこに理由を付けようとあれこれ考えてはみたけど……そもそも、わたしが常日頃から「わたしを口説いて抱こうとするハウンド」を妄想してたからじゃないかって。ハウンドの好意すらも、わたしが生み出した設定に過ぎないんじゃないかって。そんな事、一度も考えなかったなんていうつもりはない。

 それが嫌だったからお母さんだのママだの、らしくない事まで言ってみたんじゃないか。


「とことん自分にだけ都合の良い存在。お人形さんか?それとも喋るオナホか?ああいや、お前は女だったな。ローター?バイブ?……なんかしっくりこねぇな……どっちも女なんだから……ああっ、ほらアレだ、双頭ディ――」



「――覚えたてのガキみたいにべらべら喋りやがって。知ってるか?そういうのは大人・・の玩具って言うんだ。お前にはまだ早いんじゃないの?」



 唐突に、不快な言葉が遮られた。

 聞いたこともないくらい冷たい、ハウンドの声で。


「……あぁ?」


「……くふっ……おいガキ、言われてんぞ」


「黙ってろ!キャラクターの分際でっ……!」


 気持ち良く喋ってたところを邪魔されて、自分の相棒にすら嘲笑される長峰。

 ハウンドとS1、両方へ向けてだろう言葉には、何というかこう、子ども扱いされた思春期くんみたいな苛立ちが乗せられていた。わたしも何か言った方が良いんだろうか。


「――確かにトウミは結構、夢女子気質だし。私の事、かなり好きみたいだし」


 ……あれ?何かこっちにも飛んで来てない?ハウンド?ハウンドさーん?


「後、私もトウミもレズビアンだけど」


「やっぱそうじゃねぇか!喪女のキショい妄想だろうが!」


 わたしにとっては言うまでもないカミングアウトに、長峰が鬼の首を取ったように語気を取り戻す。適当な話題でこっちの気を散らせる――みたいな本来の目的はもう忘れてしまったのか、当の長峰自身がハウンドを言い負かそうと躍起になっているように聞こえた。

 そうこうしてる間にもう、『暗闇』はわたしの背後100mくらいの所にまで迫ってる。ハウンドがわざわざ言い返した意味を考えながら、黙り込み、静かにチャンスを待つ。


「最後まで聞けよ中坊」


「なっ――」


「確かに私はトウミの事が大切で、この世界に生まれ落ちた瞬間から、彼女を守りたいって思ってた……だけどそもそも、元の『ハウンド・ドッグ』に「犬飼 灯美を好いている」なんて設定は無いよ」


「はぁ?」


 ……確かに。

 『ハウンド・ドッグ』にあるのは、「凄腕の傭兵」「女好き」「わたしの理想を詰め込んだ」辺りであって。わたしの頭の中の彼女がわたしを口説いていたのは、二つ目の「女好き」に由来するムーブ……かもしれない。正直わたしも、言われてみればその辺は判然としていない。


「だからこの好意は。少なくとも、トウミが私に植え付けた独りよがりなものじゃない。私はそう思ってる」


 実際のところ、どうなのかは分からないけど。

 本人にそう言われただけで、ほんの少し残っていた憂いが解けていくのを感じる。


 ついさっき、自分で思った言葉。

 今そこにいるハウンドは、ただ妄想それだけの存在じゃないんだ。


「意味分かんねぇ……じゃあ何でそんなに入れ込んでんだよ?創造主だからってそこまで――」


「案外、ただの一目惚れかもね」


 ……いやでも、そうやってサラッと言うところだよ。ほんとに。

 

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