昼 風道平原 1


 もう太陽は夕日と言っても差し支えない色になっている。沈んでいくそれを背に、わたし達はほとんど丸一日を過ごした家を出た。


 傾斜から頭を出す長峰がこちら側、姿の見えないS1が恐らく反対方向を見ている間に、街の外壁に張り付く。後はここから街の外へとモクを撒き、岩の裏側まで走り抜けるだけ。


「――よしっ」


 お馴染みの三カウントと共に、ハウンドが一つ、壁の向こうへと放った。同時にわたしが、右側にある外壁の切れ目へともう一つを転がす。

 シューシューと鳴る音も、噴出する濃霧のような白い煙も、もうすっかり慣れたもので。数秒の内に背丈以上に広がったその煙幕に身を任せるように、わたし達は街から飛び出した。


「――っ!」


 同時に、チュンチュンチュンッと弾丸が近くを飛ぶ音がする。

 三発一セットのそれが三セットほど飛んできて、内一発がハウンドにヒットしHPを13削った。モクを撒いたとはいえ、その中へ撃ちまくれば一、二発くらいは当たってもおかしくない。だからこれは想定内で、そこまで焦るような事じゃない。努めて心を落ち着けている内に、一つ目の煙幕の外が薄ぼんやりと見えてきた。


「……っ」


「大丈夫、行こうっ」


 わたしが、ハウンドに言い聞かせる。わたし達は並んで走っていた。


 モク二つ分の煙で道筋全てを覆い隠す事はできず、一昨日と同じように、身を晒してモクとモクの間を走り抜ける危険な時間が存在する。ただし、わたし達と長峰達はほぼ直線上に居るから、二つ目のモクに入らずとも、その存在自体が向こうからの射線を切る遮蔽になってくれる可能性は高い。


 それでも。

 この距離で、ここまで生き残ってきた長峰達が相手なら、万が一がないとは限らないから。二人で並走して、一瞬でも向こうを撹乱しようって考え。


 いつも矢面に立っていたハウンドにとっては、不安かもしれないけど。

 ハウンドとわたし、二人が無事に岩裏まで辿り着くには、こっちの方が良いと思ったから。ハウンドが生き残ればそれだけ、わたしが生き残れる可能性も増すから。そう言い聞かせて了承を得た。

 左側――誰かいるかもしれない麦畑方面に身を晒すのは、頑として譲ってくれなかったけど。


「「――っ!」」


 まあ案の定、一つ目のモクを抜けた瞬間にM16二丁分の弾丸が雨あられと飛んでくる。恐らくしっかり見えてはいないんだろう、面でとにかく当てに来る掃射攻撃。わたしが一発、ハウンドが二発貰ってしまったけど、足を止めずに走り続ける。

 ハウンドが投げたスモークグレネードは相変わらず正確無比に、目的の大岩と街の外壁との丁度中間辺りに白煙を散布していた。二人共追加の被弾はなくその煙の中に駆け込み、それでもなお飛んできていた長峰らからの攻撃は、恐らくワンマガジンを撃ち切った辺りでぴたりと止む。


 気勢からして追撃があるかとも考えていたけど……少し経っても、さっきのように煙の中にまで弾丸が飛んでくるような事もなく。そのまま二人並んで二つ目のモクを抜け、岩陰に入るまでの50mほどもない最後の直線を走りながら、ちらりと丘の上へと目を向ける。


 既に、そこに長峰達の姿はなかった。

 恐らくこちらはもう倒し切れないと踏んで、反対側のチームへの警戒を強めているのだろう。迫るタイムリミットと派手に鳴らした銃声が、そちらの足を動かす可能性を鑑みて。


「っ」


 そして、まさしくその見込み通り。わたし達が岩裏に辿り着くかどうかと言ったところで、丘の向こうから激しい銃声が聞こえてきた。長峰達の三点バーストと、対抗するようなフルオートの射撃音が二つ。思ったよりも近く大きいその音に思わず指に力が入り、背負っていたM14へと手が伸びる。


「私は今の内に前進する、トウミはここから援護っ」


 この好機を逃すまいと、ハウンドが岩陰から飛び出していく。素早く、そして息つく間もなく丘の麓へと。ここを勝負どころと見て、一気に距離を詰め背中を撃ちに行く算段。わたしは彼女の声に従って、一旦岩の右端から丘上を覗き込んだ。ハウンドの背中を視界に捉えつつ、すぐにでも追従できるように再び両脚に力を入れ――



 長峰 俊一 → TO-DO[KILL]

 S1 → 東山とうやま 藤次とうじ[KILL]



 ――あまりにも早く、銃声が止んだ。

 二人減って残り五人、流れてきたキルログを認識した次の瞬間には、丘の向こうからこちらへと飛んでくるスタングレネード。


「――っ!」


 咄嗟に体を岩裏に隠し、目を潰されるのは防ぐ。至近距離ではなかったから、耳も完全にバカにはならなかったけど。キーンと甲高い耳鳴りが纏わりついて、草を踏む足音も聞こえない。

 それでもハウンドが心配で、銃を構えながらすぐさま顔を出し直す。


「くぅっ……!」


 案の定撃たれた。

 一発が頭に当たり19ダメージ、残り二発もしっかり胴に当ててきて、移動中の一発と合わせてわたしのHPは残り42に。


 でも、わたしが撃たれたという事は、ヘイトを分散できたって事でもある。

 ハウンドも間一髪で、丘の傾斜の手前にある木の裏へと逃げ込めていたらしい。ちらりと見えた一瞬で、彼女の顔は確かに捉えられた。


「あっぶな……!」


 身を隠してからも銃声は止まず、岩と木をガリガリと削る音が聞こえてくる。オブジェクト破壊はない。ハウンドが背を預けている木も幹の太い常緑樹だったから、しっかり身を隠せているはず。気を強く持って銃声の嵐が過ぎ去るのを待つ。


 やはりきっかり一マガジン分、二つ重なるそれらが鳴り止んだ頃には、スタグレによる耳鳴りも治まっていて。


「――トウミっ!」


 無事だと分かっていてもなお、その声を聞いて安堵する自分がいた。


「ハウンドっ……!」


 前進するという最低限の目標は達成できた。けれども、他チームを囮にして長峰達を倒すという勝ち筋は完全になくなった。こちらの予想以上に、彼らの他チーム制圧が早かったが故に。


 ……バースト銃の瞬間火力を侮っていた。馬鹿にしていた三点射は、わたしのDMRよりも中・近距離での即応性に優れる。それを適正距離でしっかり扱えるように仕上げてきた長峰は、少なくともフルオートから逃げたわたしよりは銃と向き合っているのだろう。目の前の結果でそれをまざまざと見せつけられ、負い目のようなものが首筋を撫で……いや違う。この急激に温度が下がったような悪寒は、気持ちの問題なんかじゃない。


 わたし達の斜め後ろにいた太陽が遂に沈み。

 『暗闇』が、この島を覆い尽くそうと蠢きだしていた。

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