LAST DAY

昼 バイズガインの街 13


「――はっ!?」


 ぼーっとしていた意識が覚醒する。寝てた訳じゃないけど、まるで早朝の空気に心が霧散していたような感じ。昨夜は激しかったからね――訓練が。


 キスの先?してるわけないです。セーフティスポットとはいえ戦地の真っ只中だよ?今日で最終日なんだよ?常在戦場!


「――トウミが日和ったからね」


「……言わないで下さい……」


 この歳までヴァージンな女がなぁ!いきなり一線超えるとかできるワケないんですよぁ!!


 何回かキスして、こう、ちょっと体もまさぐられて。でも舌が入ってきた時に、うわぁぁぁぁっ――ってなってしまった。生娘と笑うが良いさ……


「まあ、私も無理強いはしたくないし」


 少し寂しそうに笑うハウンドの顔を見て、後悔の念が浮かばないと言えば嘘になるけど。そのハウンド自身、これ以上蒸し返す様子もなく床にマップを投射していた。だからわたしも、また熱くなった気がする頬を手で扇いで冷ます。


「……げ、現状だけで言えば、わたし達が有利ではあるよね」


「だね」


 昨日の時点で、街中のセーフティスポット数軒はわたし達が全て守り切った。なので他の3チームは全員街の外――外壁の向こうの平原か、その先のなだらかな丘陵の周辺で夜を過ごしたはず。

 その範囲内にあるセーフティスポットは確か……丘の、こっちから見て反対側の斜面にある掘っ立て小屋だとか……左側、『暗闇』に呑まれた麦畑の手前にある見張り小屋に……あとは丘の向こう、ちっさい風車群の中に幾つかって感じだったはず。


 どっちにしろほとんど位置は割れてるから、二階の窓から見張ってれば目星は付くと思う。まあこれは、相手から見たわたし達にも言える事だけど。


「……ただ、どこかのタイミングでこの家を出なきゃいけないとは思う」


 ハウンドの言葉通り、ずっとここに居れば絶対勝てるって話でもない。

 四日目の夕暮れ時、『暗闇』はゆっくりと残った安全地帯を侵食していき、最終的には島全域が完全に覆われてしまう。だから必ず四日目には決着が付くんだけど、この最終収縮も結局はこれまでと同じで、円形の安全地帯がどんどんと狭まっていく形になる。つまり安地のきわにいるほど、先に『暗闇』に呑まれる事になる。

 で、わたし達のいる『バイズガイン』北東端は、まさしくその際も際。お向かいの家はもう『暗闇』の中だ。


 日は登ってるというのに、窓から見る『暗闇』は一切の光を通さず、その中がどうなっているのかは全く伺えない。[DAY WALK]内では一応、『暗闇』の中はもの凄く暗いけど、何も見えないってわけじゃなかった。でも路地を挟んで向こう側の家を飲み込むソレは、とても足を踏み入れようとは思えない異様さで。

 そも、心理的な逡巡とか以前に、最終局面で秒間34のスリップダメージなんて食らったらそれだけで生存は絶望的だ。


「……内側に寄っていかなきゃだね」


「うん」


 窓から目を逸らし、もう一度マップを見つめ直す。

 安地のど真ん中、つまり一番『暗闇』から遠い場所は、遮蔽も何もない丘の中腹辺り。定番の有利ポジ・高所を取るなら丘のてっぺんだけど、ここだってめちゃくちゃ高い位置ってわけじゃない。何なら今いる家の二階の方が、そっちよりちょっと高いくらいだし。

 と言うかこの家、安地収縮を考えなければ現状最強ポジだと思う。


 良い位置取りだけどずっとは居られない。だけど強ポジだからこそ、簡単に手放すのも勿体ない。となれば、まぁ……


「……様子見たりちょっかいかけたりして、他のチーム同士が戦うのを待ちつつ――」


「――夕方まで縺れ込んだら、この辺りまで前進」


 わたしの言葉を拾ったハウンドが、指でマップの一部をさす。こちらの意図を一部のズレもなく汲んでくれた事に、つい嬉しくなってしまう。


「うん、わたしもそれが良いと思う」


 白く長い指がとんとんと叩くのは、中心部である丘陵――から、少しこっち側に寄った辺り。ざっくり言っちゃうと平原なんだけど、いま指し示している付近には、わたしが三人くらいは隠れられそうな大きな岩や、明らかに(ああこれ遮蔽物として設置されてるんだろうなぁ……)って分かるくらい不自然に生えている木々が三本ほどある。

 ここから行ける範囲でいえば、この辺りが比較的安全に思える。もっと左の安地際まで寄れば、麦畑を囲う柵やら低木やら積み上げられた木箱やらがあるけど……たーぶん、あの辺誰かいると思うんだよねぇ。対して、右側はほんっとうに何にもない。草原、『暗闇』、終わり。



 ――とまあ、逃げ込む先は見定めつつ。

 今のわたし達は、安地際かつ高所という利点を活かして範囲内を満遍なく見張り、できる事なら戦局をコントロールするような立ち回りが望ましいはず。

 そうこう話し合ってるうちにセーフティスポットも開錠されたし、まずは他チームの位置を明らかにするところから。


「――よしっ」


「トウミ、気を付けて」


 気合を入れ直し、街の外が見える方の窓へと近づいていく。ハウンドの声からはやっぱり、僅かに心配そうな雰囲気が漂っていて、だけど同時に、それを呑んで任せてくれている感じもした。


 またしても嬉しくなってしまうのを心の内にしまって、警戒を第一に考える。わたしは死なない。自分を守る事に最善を尽くす。そうすればその分だけハウンドの負担も減って、彼女が傷付くリスクも抑えられるから。


「…………」


 窓のすぐ左横の壁に背を付けて、静かに、端から覗き込むように外を見る。真っ先に目に付くのはやっぱり、ほとんど真正面に位置する緩い丘陵のてっぺん辺り。細っこい木がいくつかに、まあ頑張れば身を隠せない事もないかなぁってくらいの小岩が一つ。あとは傾斜があるだけの草むらみたいなもの。それでもこの家以外の場所に対しては多少は高所マウントが取れるし、後ろに下がって傾斜の裏に隠れれば、こちらからの射線も切れる。何より、この街中最強ポジよりも安地の中央に近い。

 決して弱いわけじゃないその場所は、誰かが陣取ろうとしたっておかしくないというか……こっちの家が無理だったらまあ、もうそこ取りに行くよねって感じのポジション。


 なので人影が見えたとしても、それ自体には何の驚きもなかった。

 恐らく丘の向こうから我先にと登ってきたんだろう男達。片や真っ黒、片や真っ白な、だけどどっちもスコープ越しにもパサついた髪質だと分かる、痩せぎすな二人組。


 長峰と、S1。

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