昼 バイズガインの街 9
『H²ちゃんねる』。
動画配信サイトで[DAY WALK]のプレイ動画を上げているゲーム実況者さん。「エイムが駄目でも生存できる」をコンセプトにハイドや裏取り、漁夫プレイなんかのコツを紹介している、[DAY WALK]実況者の中でも結構有名な方。
ここでいう生存とは『SURVIVE』――すなわち、最後の1人まで生き残る事を指していて。本当にギリギリまで身を隠し、生存者数が残り二人になった瞬間に背後から奇襲を仕掛けてラスト一人だけを倒す……なんて勝ち方ばかりな、ちょっと尖ったコンセプトのチャンネルだった。
わたしが今倒した男性、加賀見 秀明さんと言うらしいこの人こそ、その『H²ちゃんねる』の中の人。さっき倒したヒデ子さんがチャンネル内でのプレイヤーキャラだったから、まず間違いないだろう。
長身瘦躯な女性キャラを操作し、お世辞にも良いとはいえないエイム力を補って余りある立ち回りで視聴者達を魅了する、そんな人だった。
……なんていうと、すごくカッコ良く聞こえるけど。実況を聞く限りでは、加賀見さんは穏やかで人の良さそうな男性だったように思える。それでいてトークはどこかひょうきんに、身を潜めているところに敵が近づいてくる度に「こわいなぁ~やだなぁ~」とか「くるなっ……あっちいけ……」とか言ってて、それがちょっと面白い。撃つ時なんか「当たれぇ!(当たらない)」とかやってたし。
初心者の頃、戦術を勉強しているうちに行き着いたチャンネルの一つで、技術面でもエンタメとしても、見ていてすごく面白い実況者さんだった。
でも、ずっと追っかけていた一番の理由は、何よりも。
彼がわたしと同じ、自キャラガチ恋勢だったから。
「おれの嫁」だなんて今時ほとんど聞かない言葉でヒデ子さんを呼び、事ある毎に彼女への愛を語っていた加賀見さん。まあ、ハイドって割と暇な時間も多いし。
何かの手違いでこの戦いに放り込まれたくたびれたOL。
気弱でネガティブ。
背が高いのがコンプレックスで、いつも猫背で歩いている。
対人能力が低く敵意に敏感で、会社ではなるべく存在感を消して過ごしていた。
それ故に、巻き込まれたこの戦場で敵の気配を察知し身を隠す能力を開花させた。
でも性根は優しい女性で、できる事なら銃なんて撃ちたくないと思っている。
全部彼が、動画や配信内で語ったヒデ子さんの設定だ。自分の好みや性癖を全て詰め込んだ理想の女性、おれはヒデ子と一生添い遂げる。妄想のキャラ相手にそう言って憚らない姿が、自分と重なったから。だからわたしは、『H²ちゃんねる』を応援していた。
――なんていう話を、ハウンドに伝える。もちろん極々短く簡潔に、ただ私を気にかける彼女への、説明責任を果たすために。
「……」
残された加賀見さんのバックパックには、ほとんど物資が入っていなかった。弾は完全にゼロ、グロックとUZIにも一発も入っておらず、投擲物の類もなし。二つだけ入っていた包帯を拝借し、彼に殴られて失ったHPを回復させる。
「……」
流石にわたしも、軽快なお喋りなんてできる気分じゃなかった。いや、だらだら駄弁るのは良くないけど。でも、わたし達の間を伝う空気はどことなく重くて、ここから日が落ちるまでこの家を防衛する上で、ずっとこのままは流石にきつい。
ハウンドの沈痛な面持ちの理由は、流石に察しが付くというか……間違いなく、またしてもわたしがダメージを負ってしまったからだろう。さっき「怖い」と吐露したばかりで、しかも今回は、敵を追ってわたしとの距離が開いてしまっていた時に。
いや、咄嗟に戻って助けてくれたって時点で、こっちとしては感謝しか無いんだけど。でも、もしも加賀見さんが銃を使っていたら、確かにわたしは死んでいたかもしれない。そう考えると、ハウンドがこれだけ悔やんでいるのも理解はできる。
でもなぁ……相手『H²ちゃんねる』だったし……ランカーだって参考にするくらいの、ハイドと奇襲のプロだからなぁ……
こればっかりは接近に気付けなくたってしょうがない――そうハウンドを励まそうとしてみたけど、当然ながら、本人的には納得なんていくわけもなく。
けれども。
ただ意気消沈するだけでなく、今もこうして一層神経を尖らせ周囲を警戒する辺り、とにかく意志が強いんだなって思わされる。そりゃ、わたしの理想の女性なんだから、当たり前だけど。もう常にヴェクターを構え、二階の窓を回遊魚みたいに順番に見て回るその様子は、頼もしいと同時に見ていて心配になるくらいだ。
勿論わたしも、スコープを活かしてより遠い距離を見張ってはいる。敵影の有無ではなく、撃たれる事を第一に警戒するようにと痛切な眼差しで念押しされたものだから、否応にも気が引き締まるというもの。
「……」
「……」
日もだいぶ傾いてきて、西側の窓から斜陽が指し込んできてはいるけれど。だからこそ、油断はできない。いよいよみんなが安地に駆け込み始めるって事だから。
ほら。
「――ハウンド」
小さく声をかけながら、たぶん500mくらい先、わたしに気付いていない二人組に銃口を向ける。狙うは前を走る、恐らくキャラクターの方。
「撃つよ」
「……うん。気を付けて」
もう躊躇いもなく、その頭へと7.62mm弾を撃ち込んでいく。
一発目はヒットしたけれど……流石にここまで生き残ってきただけあって、即座にジグザグと歩調を変えながら遮蔽へと隠れてしまった。でもまあ、足を鈍らせるという目的は達した。ほら、後ろの方から別のチームが近づいてきてるし。
「……」
しばらく様子を見ているうちに、衝突した二つのチームからプレイヤー二人、キャラクター一人の脱落者が出た。残った一人がこちらから見える位置に居たので、わたしが止めを刺して終わり。
流れる四つのキルログの内の一つに自分の名前を確認しながら、一旦身を引いて体を隠す。その間にハウンドが、別方面から来ていたらしい他の敵をヴェクターで追っ払っていた。
――日が暮れるまでの残り時間は、ひたすらそんな感じで守りに徹した。
ハウンドはかなり気合入ってたし、わたしも妙にDMRの当て感が良くって。蓋を開けてみればこの家どころか、数件ある街内セーフティスポットの全てを防衛する事に成功していた。まあ半分は、駆けこんできた奴ら同士の共倒れのお陰だったけど。
とにかくこれで三日目の昼が終わる。
残り生存者数はわたし達を含めて、7名4チーム。
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