昼 バイズガインの街 8


 ハウンドがヴェクターの二マガジン目を撃ち切る。その時にはわたしは一歩下がって姿勢を低くしていて、同じく身を屈めたハウンドと二人で相手からの反撃をやり過ごす。どうやらあの女性は、アサルトライフルの扱いはそれほど得意ではないらしい。


「弾切れに合わせて突っ込む。トウミは援護を」


「……うん」


 不安が無いといえば嘘になる。

 さっき見た、黄色に変色したハウンドのHPバーは、まだ脳裏に残っているわけだし。それでもこれが、ハウンドの考える最善手で。あまり戦闘を長引かせると、他のチームが漁夫の利を狙って攻め込んでくるかもしれない――そう考えればわたしも、そのシンプルな作戦に異議なんて唱えられなかった。


 ガガガガガガッ!!!


 とひと際派手に、床や壁を削る音が止んだ。

 こちらを誘い出す為に、あえて弾切れ前に射撃を止めた――なんて可能性は、恐らく撃たれた弾数まで把握してるだろうハウンドの、迷いのない踏み込みからして無いんだろう。


「っ!」


 ほんの2、3m程度の距離、ハウンドからすれば一瞬で詰められる。姿勢を低くしながら奥の部屋へと走り寄る彼女の背中から右に少しずらして、グロックを構えた。少しでも顔を見せたら撃ってやる……そんな気構えでいたわたしの耳に聞こえたのは、ガラスの割れる甲高い音。

 ほんの僅かに遅れてハウンドが小部屋へと突入し、舌打ちしながら右に曲がってわたしの視界から消えた。


 恐らく相手は、窓から飛び降りて逃走を図ったのだろう。二階からの落下程度なら、[DAY WALK]ではHPへのダメージはほとんどない。一瞬の着地硬直はあるから、その隙を狙って撃てない事もないだろうけど。そのあわよくばを狙ってか、或いは逃走先に目星をつける為か、ハウンドは小部屋の奥の窓際まで駆け寄ったようだった。


 一応わたしも一緒に見ておこうと、残り数段の階段を駆け上がって二階に上がり――


「――!」


 ――ほんの僅かに、わたしの足音以外の音が聞こえた。


 ぎしりと、わたしの歩調からはズレて、階段が軋む音。

 振り向いたのは反射で、叫んだのも反射だった。


「ハウンドっ!」


「――死ねぇっ!!!」


 わたしが彼女を呼ぶ声と、その男がわたしに向けた声が重なる。同時に、何か細い鉄の棒のようなものが視界に入り込んできて。


「ぐぁっ……!」


 即頭部を強打され、思いっきり倒れ込んでしまう。一瞬手の力が抜け、グロックが床を滑って行った。

 揺れる視界の先でこちらを睨み付ける男に、見覚えがある。短く刈り上げられた黒髪に血走った目、怨嗟に満ちたブラウンの瞳。フラッシュバックするのは、わたしが止めを刺したヒデ子という名前の女性キャラクター。


「トウミっ!!」


 ハウンドがわたしを呼ぶ声がした。どうにも今日は、切羽詰まった声ばかり出させてしまっている。不甲斐ないと思う間もなく、その小太りの男が馬乗りになってきた。


「死ねっ!お前っ……!お前がぁっ……!!」


 ストレートな憎悪と共に振り下ろされたそれは、恐らくバールか何かだろう。鈍く重たい音がわたしの顔面から鳴り、またしても視界がぐらりと揺れる。痛い。銃で撃たれるのとどちらが痛いか、分からないくらいに。


 一応、[DAY WALK]には近接武器も存在する。バットだとか、バールだとか、フライパンだとか。それらは近接攻撃のリーチを伸ばしこそすれ、一発30という殴りダメージを上昇させるものではない。ハウンド・ドッグわたし達は機動力重視で持ち物の重量を少しでも減らしていたから、その手の武器を持つ事はほとんどなかった。


 この無駄な思考は痛みからの逃避なのか、行き過ぎた客観視なのか、自分でも分からないうちに。揺れる視界の先で、もう一度バールが振り上げられるのが見えた。


 けれども。


「――離れろっ!!」


「ごぁっ……!」


 三発目を食らう前に、男の体がわたしの上から弾き飛ばされて行った。恐らくハウンドが――フレンドリーファイアを嫌って――体当たりでもしたんだろう。

 ぐるぐる回る世界の中、無理やりに体を起こす。それと同時に、よく見えもしないままハウンドへと声をかけた。


「待ってっ!」


「っ!」


 きっと、そのまま彼を撃とうとしていただろうから。叫んで止めて、代わりにわたしが銃を構える。頭を振って動けと命じれば、やっぱりこの体はすぐにでも臨戦態勢に。


「わたしがっ……!!」


 そう叫んだのは、向けられた憎悪の理由が分かってしまうから。

 彼はわたしと同類。大事な相棒を奪われて、こう・・なってしまうタイプの人。顔を見るのは初めてだけど、でも、わたしは彼を知っている。彼の相棒、ヒデ子の存在も。

 たぶん、一方的にだろうけど。


「くそっ……お前が……!お前らが…………!!」


 壁に背中を打ち付けたからか、苦しそうに立ち上がろうとする彼の手には、バールが握られたまま。腰に下げたグロックも、背負った銃――UZIも構えようとしない。


「トウミっ……!」


 わたしの声を受けて動きを止めていたハウンドは、わたしを守るようにすぐ隣で、いつでも撃てるようにヴェクターを突き付けていた。そんな彼女の横で、落としたグロックの代わりにM14に手をかける。


「……ごめんなさい」


 昨日は呑み込めた言葉が、口を突いて出てしまった。

 逆撫でするだけだと分かっていても、言わずにはいられなくて。それでも体は淀みなく、腰溜めにライフルを構え、銃口を向ける。本来はこういう使い方をする武器じゃないのかもしれないけれど。


 だけど、わたしがやらなきゃと思ってしまったから。

 スコープを覗き込む事もなく。ただ可能な限り反動を殺せるように、肩口にストックを強く押し付ける。脇を閉め、左手で抱えるように銃身をしっかりと支えて。


「ヒデ子のっ――」


 ダンッと一発、放った弾が彼の胸に直撃した。

 倒れ込んで言葉を詰まらせるその体に、更に二発、一定のリズムで打ち込んでいく。


 ダンッ、ダンッ。


 肩に、腹に、7.62mm弾を受けて、その丸っこい体が後ろに仰け反る。33×3、バールで殴るよりこんなにも容易く、彼のHPが溶けていく。


「……わたし……」


 もうどうしようもない。

 そうと分かっていてもなお、わたし達に向けられた視線には、弱まる事の無い憎しみの色が宿っている。


「……あなた達の、ファンでした」


 四度目、きっと何の意味もない言葉を投げかけながら、わたしは引き金を引いた。



 犬飼 灯美 → 加賀見かがみ 秀明ひであき[KILL]

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