昼 バイズガインの街 7


 再びだんっと身体に伝わる振動が、今度こそ標的を視界の外に追いやってしまった。けれどもその一瞬、わたしには確かに見えた。女性の頭部にヒットエフェクトが出ているのが。身を引こうとしたところに、運良く弾が当たったような感じ。


 M14DMRは一発33ダメージ、ヘッドショット倍率1.75倍。小数点以下は切り捨てで、今あの女性はHPの九割を失ったはずだ。


「――ハウンドっ!ごめん、でも……!」


 息を吐くのと同時に、心が動揺を思い出す。

 この三日間で初めて見た満タンではないハウンドのHPバーに、手も声も、何もかもが震える。言いようのない焦燥感、早く何とかしなければという焦りが、思考を鈍らせようとして来る。


「分かってるっ、よくやったトウミ!!」


 だけども咄嗟に言えた言葉に、ハウンドは思った通りの返事をくれた。だからわたしも、深呼吸をしてどうにか心を落ち着かせる。


 構図としては、さっきわたしが撃たれた時と近い。回復よりも移動を優先した方が良い場面。さっきと違うのは、逃げるのか攻めるのかというところ。

 とはいえ流石のハウンド、既にもう包帯を一つ使用中だった。攻めに行くならHPは少な過ぎてもマズいから。しかもそうしながら周囲の様子も窺っている。わたしも目耳に意識を集中させるけど、銃声は遠く、足音も聞こえず、見える範囲に動くものも無い。


 ひどく引き伸ばされた四秒間が彼女のHPを七割程度まで回復させ、ひとまず安全圏に。

 相手は一人が大ダメージを受けて顔を出せない状態。もう一人――恐らくプレイヤーの方――が牽制してくるかとも思ったけど、どうやらその様子もなさそうだった。だからわたし達は、直線で一気に距離を詰める事を選択を取る。


「90ダメ入ってるっ」


「本当に凄いよトウミっ、流石私の相棒!!」


 HPを全快させるアイテム――救急キットは使用に十二秒の時間を要する。この距離、少なくとも正面からの迎撃が無いとすれば、それだけあれば家の近くまで接近できる。


 足を止めずに数軒の建物を通り過ぎ、わたし達はようやく目的の家へと到着した。二階建てだけど、坪数自体は少なそうな一軒家。さっきわたし達が居た家よりももう少し狭いかな?例によって塀とかはないから、勢いのまま一階の入り口近くに張り付く。物音は聞こえない……けど、逃げたという確証もない。


 ……とか、またしても思考の隅の隅で考えながら、グレネードを一つ取り出す。これもさっきのハウンドと同じで、反対の行動。ダメージを負った時にはモク、ダメージを負わせた時にはグレ。壁から数歩離れてピンを抜き、二階の小窓へと放った。爆発までの五秒間に、ハウンドはもう一度包帯を巻いている。


「――よし」


 九割方回復したハウンドの呟きが、爆発音に紛れて消えた。だけどもわたしの耳には届いたそれを合図に、ドアを蹴破って一階に突入。

 ヴェクターを構えたハウンドがざっくりと右半分、リビングと奥のキッチンを睨み付け。左後ろからわたしも、グロックの引き金に指をかけつつ、左側のなんにもないスペースに敵影を探す。


「…………」


 数秒経ってから、ハウンドが左手をわたしの前に持ってきた。人差し指をくいくいっと曲げる、二階に行くの合図。入って右手にある階段へとすり足で近寄って行く。

 もう一度持ち上げた時には、既に彼女の左手にはスタングレネードが握られていて。短いU字の半分を登ると同時に二階へと放り、すぐに一階へと退避してきた。


「――っ」


 そして階下にまで伝わってくる、耳障りな音。耳を塞ぐ為に収めたグロックをもう一度ホルダーから抜き、既に階段を駆け上っていたハウンドの後に付いて行く。腕を伸ばして銃を構え、段々と見えてくる二階を、常に正面から捉えるように。


「っ!!」


 連続した銃声。階段の終わりから上体三分の一ほどを出したハウンドが、正面に向かって発砲していた。高レートなヴェクターの連射音と、それに抵抗するかのようなフルオートの銃声が重なり、狭い屋内を軋ませる。


「トウミっ、右のを!」


 あっという間にワンマガジン撃ち切ったハウンドが、しゃがんで身を隠しながらそう叫んだ。リロードも見逃しそうなくらいに素早く、敵側の銃声が止んだ直後にはもう、再び顔を出して射撃姿勢に入っている。


 その背中にもう一段近付いて手すりの隙間から右側を覗き見れば――正方形な二階の隅っこで、頭を抱えて縮こまる少女の姿が。恐らくあれがプレイヤーなのだろう。

 視界の端に映る階段正面、ハウンドが睨みを利かせている方には、小さな隣部屋へと続くドアの残骸があり。あの奥にいるのがキャラクターの方だと考えれば、あちらに圧をかけている間にわたしがプレイヤーを片付けるのは、理に適った役割分担に思えた。


「――ひっ」


 わたしの視線に気付いたのか、少女がこちらを見ながら引き攣った声を上げた。三つ編みの赤毛にそばかすが素朴な印象を与える、小柄な女の子。

 だけど彼女の数歩先には放り捨てられた銃――UMP辺りだろうか――があって。もしあの赤茶けた瞳に映る恐怖が、生存への渇望に変わってしまったら。それはわたし達にとって、好ましくない事態を招くだろうから。


 きっと時間にして二、三秒ほどの間に、わたしはグロックを彼女へと向けていた。この距離ならしっかり狙えば外れない。ここまでの経験か成長か、はたまた異常な適応力を見せるこの体への信頼か。とにかくそんな確信と共に、少女の頭へ狙いを定めて、引き金を引く。


 タン、タン、タン、タン、タン。


 基礎ダメージ9の、ヘッドショット倍率1.5倍。

 胴体、頭、胴体、胴体、頭の順に当たった五発が、少女のHPを一気に半分以上持っていく。恐怖で喉が締まってしまったのか、少女は悲鳴を上げる事すら無く体を痙攣させていた。


「――っ」


 一瞬だけ人差し指を緩めつつ、少し上がっていた銃口を下げて。再び頭部を射線上に据える。


タン、タン、タン、タン、タン。


 頭、頭、外した、修正して胴体、頭。

 トータル101ダメージが、その子の体から魂を奪う。しゃがみ込んだまま、糸の切れた操り人形のように体を折って脱力するのが見えた。途中から鳴っていたヴェクターの銃声が一瞬だけ遠のいて、彼女のバックパックが落ちる音が聞こえた気がする。


 犬飼 灯美 → Millia Michele[KILL]


 流れたキルログに意識を向ける事なく、わたしはグロックの予備弾倉を取り出した。

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