昼 バイズガインの街 6
座ったままマップを開き、現在位置と目的地を再確認する。
当初の予定ルートからは逸れてしまってはいるものの、もう街の北東端は近く、このまま少し北上すれば目当ての区画に到着する。
……というか。
「――ね、ハウンド。あの家じゃない?」
もうこの家から見える位置だ。
窓際に張り付いて――勿論狙われないように気を付けつつ――、マップと照らし合わせてみれば。視界の先、まだいくつもの家々を間に挟みながらも、第一目標にしていた二階建ての家の一部が視認できた。
「……だね」
ハウンドももう落ち着きを取り戻していて、わたしの反対側から窓の外を覗き込むその瞳も、既にいつも通りの流し目に。少なくとも、表面上は。
「ここから索敵できないかな?」
M14のスコープを四倍に設定し、覗き込んでみる。いくつかの窓や二階のベランダがこちらから見えていて、その範囲に人影がないか注視。直線距離だけで言えば6、700mか……少なくとも1kmは無いだろうこの位置関係なら、スコープ越しでさえあれば、小さくて見逃すなんて事はまずないと思うんだけど……
「トウミ、気を付けて」
「うん、ありがとう」
ハウンドはハウンドで、周囲の警戒を再開している。より慎重に……というか神経質に?耳をそばだて目を光らせるその様子は、勿論スコープを覗くわたしには見えてはいないけど。その名の通り、頼れる猟犬が傍に付いてくれているような感じがした。
少しのあいだ、そのまま無言の時間が流れる。
各々がやるべき事をする、そういう沈黙が。
「――――私達の周りは一先ず静か。移動するなら今が良いかも」
「……うん、了解」
時間にすると多分、数分も経ってないと思う。
ハウンドの報告を受けてわたしも、索敵を切り上げようとして。最後にもう一度、覗き込んでいたスコープを二階のベランダへと向ける。何も見えないなぁと肩の力を抜き、目を離すその直前に、見えた。
「――ハウンド」
急いで体を隠し、小さく声をかける。
声音から察したのか、ハウンドの目付きが鋭くなった。
「居た?」
「うん、いた」
ベランダの塀から頭を出す、女性らしきシルエットが。艶のある黒髪をシニョンっぽく後頭部で一纏めにした、どことなく色気の漂う猫目なお姉さん。恐らく、昨日わたし達を撃ってきたスナイパーだと思う。
銃身の長いライフルを持っていたし。
「バレたと思う?」
「どう、だろう……」
身体はざっくりとこちら方面を向いていた。だけど視線が確実にこちらを捉えていたかというと、正直微妙なところだ。
「バレてなければ先手を取れるけど……」
言葉尻を濁すハウンドの、言いたい事はよくよく伝わってくる。相手も長物を持っているとなれば、当然ながら、狙撃する上で狙撃されるというリスクを負う事になる。もし、相手にこちらの存在が知られているなら、頭を出した瞬間に撃たれる可能性だってあるわけで。
そう考えると、身を隠すのが早かっただろうか。いっその事、こちらから先に撃ってしまうべきだっただろうか。正直、ゲームでは狙撃なんてほとんどしないプレイスタイルだったから、これに関しては最適解が分からないところもある。
「……一瞬見えた感じ、向こうはでっかいスコープを付けてたと思う」
スナイパーとDMR専用の、高倍率可変スコープ。遠くまで狙えるけど、逆に言うと近い距離だと動く敵を追い切れなくなるやつ。倍率が高くなるほど見える範囲は狭まるから、逃げ回られるとすぐ視界から外れちゃうんだよね……
「となると、もっと近づいた方が有利かも」
「……だね」
この距離でも相手にとっては少し近いくらい、かもしれない。わたしのスコープは二倍まで倍率を落とせるので、近寄ってもある程度は狙いが付けやすい。当然ながら、近付くまでに撃たれるリスクはあるけれど。建物を徹底的に利用すれば、そうそう射撃のチャンスを与える事もない……はず。
周囲に敵の気配もなしとなれば、やはり迅速に動くべきな気がする。速さは大事。
警戒を怠らず、向こうにはもう気付かれてると仮定して、わたしとハウンドは立ち上がった。窓から見えないように壁沿いに動いて階段を降り、一階の、目的の家とは反対側の窓から家を出る。
勿論、外のクリアリングも忘れずに。
「よし、行こう」
「了解」
ふと視線を向けたハウンドの影は小さく濃い。太陽はちょうど真上に来ているらしい。街を端から端まで移動するだけで、四半日近くかかっているわけだ。それだけこの街のそこかしこに危険地帯があるって事なんだけど。
ほら今も、わたし達の周囲こそ静かだけど、離れたところからの銃声はかすかに聞こえてくる。近くの物音、遠くの物音、この二つの聞き分けにも気を配りながら、家々の影を抜けていく。一、二軒通過する度に、建物の隙間から目的の二階建てが視界に入っていた。
「…………」
「…………」
街の東側外縁を通って、回り込むように接近。直線で言えばもう後300mほど、すぐ近くまできた。小さな木造家屋の影から、今一度様子を窺う。目的の家からこっち方面を視認できるのは、二階にある小窓だけ。当然あのスナイパー持ちも各方位を順に見張ってるだろうから、顔を出す可能性はゼロじゃない。
――ほら。
十秒足らず足を止めたまさにその瞬間に、二階の小窓に影が見えた。しかも、こちらに顔が向いているような気がする。ハウンドは周囲のクリアリングの真っ最中で、身を隠す余裕はない。
「ハウンドっ」
咄嗟に声をかけながら、わたしの体はもうM14を構えていた。
何ともタイミングが悪いというか……ハウンドかわたしのどっちかが、何かこう、不運属性的なものでも持ってるんだろうか。頭の極々片隅でそんな事を考えながら、それ以外の全ての部分が、弾を撃ち出す事に集中する。
無駄な思考を回している一厘のわたしが、残りの九割九分九厘を俯瞰して見ているような感じ。直立での狙撃は非常に難しい――昨晩聞いたハウンドの言葉がリフレインして、呼吸を優しく止めてくれた。
「――っ」
だんっ、だんっ、と銃声は二発。
一発目はこちらのもの、相手の肩辺りにヒットしたのが見えた。
二発目は向こうからのもので、ハウンドのHPを半分以上減らした。
撃った反動でわたしの視界は大きくブレているけれど。でもまだ、その姿をスコープの中に捉えられている。
「――っ」
だからもう一発分、引き金を引く。
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