昼 バイズガインの街 5


 そこから少し進んだ先で、混戦に巻き込まれた。


 銃声を聞いて集まってきたのか、或いは元々この付近が微妙な均衡状態にあったのか。何にせよ、いかに街中に人が集まっているのかが窺えるというもの。

 わたし達以外に四パーティーほどが争っているこの状況で、流石に積極的に戦おうという気概はない。


 四、五軒の家々を跨ぐその戦場を離脱すべく、ハウンドの後ろを付いて行く。この戦闘によるものと、恐らくそれ以外のものも混じって、キルログは結構な早さで流れていて。だけどわたしの脳裏には、先程倒した女性キャラの名前がこびりついていた。


 要するに注意力散漫。

 だから、後ろに逃げ込んできた影に気付けなかった。


「――トウミっ!!」


 長い裏路地で、相手は20mほど後方の角から現れた。前を走っていたハウンドの方が反応が早く、わたしが気付いた時にはもう振り返って踏み込み、ヴェクターのトリガーを引いている。その流れるような仕草を眺めながら体に感じるのは、連続した衝撃と痛み。


「うっ……ぐっ……!!」


 視界の端で、HPが大きく削れていくのが見えた。姿勢を崩し、すぐそばの家の壁に背中を打ち付けてしまう。けれどもHPの減少はそこで止まり、同時にヴェクターの発砲音も止んだ。


「トウミ、大丈夫っ!?」


「ごめ……油断してたっ……!」


 スナで一発撃たれた時とはまた違う、体のあちこちが痛み軋むような感覚。残りの体力は四割と少しと言った所で、HPバーは黄色から橙色に変わりつつあった。既にハウンドはスモークグレネードを足元に落としていて、わたし達を取り巻くように白煙が噴き出し始めている。


「立てるっ?」


「っ、うんっ……」


 まだ痛みは残っているけれど、それでもわたしは壁から背中を離して立ち上がった。この強がりは多分、自分の失態で迷惑をかけてしまった負い目と。それから皮肉な事に、この痛みが気つけになって集中力が戻ってきたからこそだ。


「トウミ、ごめんっ。でも……!」


「分かってる、大丈夫……」


 ひどく苦しそうな表情のハウンドに、頷いて返す。そんな顔をさせてしまった事を、わたしの方こそ謝らなくちゃ。


 彼女のこぼした「ごめん」は、ダメージを受けてしまった事と、これからその回復よりも逃走を優先する事に係っている。透かし見るように少しだけ様子を窺った後に、ハウンドは煙の外へと勢いよく飛び出して行った。今度こそわたしも周囲に気を配りながら、その背中に付いていく。


 銃声から遠ざかるように、戦闘域から離れるように。

 一度ハウンドが確認した物陰や路地の先も自分で再確認し、可能な限り後ろからの物音にも気を配る。完璧に出来るわけではないけれど、意識するのとしないのとでは大違いだ。HPが半分を切っているという状況が、より神経を張り詰めさせているというのもあるかもしれない。


 ひとまずは最終目的地を無視して、安全な場所へ。さらに東側に逸れ、街の東端……の、少し内側くらいの区画で、二階建ての家に入り込む。外から聞いた感じ足音も無く、ハウンドがもの凄い速さで行ったクリアリングで一、二階どちらも安全が確保された。


「――少し休憩しよう」


「……うん……」


 部屋数は少ないけれど、しっかりしたコンクリ家屋。別にゲーム的にはコンクリだろうが木造だろうが変わらないけど、やはり心理的な安心感がある。二階にある二部屋の内、階段からそのまま直結してる広い空間で、わたしはようやく一息つけた。勿論、窓際からは距離を置きつつ。


 座り込みM14を手元において、包帯を取り出す。どうせどこに巻いても同じだろうとか思って適当に、撃たれた気がするお腹の辺りに当ててみる。


 一つ目……よし。

 二つ目……オッケー。


 三つ目を使ってHPが全快した辺りで、立ったままこちらを見ていたハウンドが大きく息を吐いた。


「……良かった……」


 心底安心したような声。眉間にはずっと皴が寄ったままで、かけてしまった心労の大きさが窺える。


「ごめん。迷惑と……心配もかけちゃって。それから、守ってくれてありがとう」


 言う暇も無かった謝意をようやく告げられたけど、それでも彼女の顔は晴れる事は無く。むしろわたしの言葉に一層胸を痛めるように、膝を折ってこちらを覗き込んできた。


「全然守れてない。トウミを失うかと思った……今日も、昨日も、一昨日も」


 切れ長な目が、今にも泣きそうに歪んでいる。

 右手をわたしの頬に優しく添えてきて、だけどその指先から僅かな震えが伝わってくれば、とても昨夜のような気持ちにはれなかった。辛い。彼女の気持ちが伝播しているのか、わたし自身の感情なのか、それすらも判然としないくらいに。ただ辛い。


 本当であれば、こんな感傷に浸ってる場合じゃないんだろう。

 体力はもう回復したのだから、当初の予定通り一刻も早く有利なポジションを取りに行くべきで。反省会だのなんだのは、安全な夜になってからする事だ。

 ハウンドもそうと分かっていて、それでもわたしを案じずにはいられない。


「……トウミが死ぬのは……怖いよっ……」


 何となく、理解してしまった。昨夜のハウンドが殊更に積極的だった理由を。

 恐怖を誤魔化すため。恐怖を悟らせないため。

 最初の夜に吐露してくれたそれは、きっと彼女の中で大きくなっている。


 大切に思ってくれているからだというのは分かる。言動の端々からそれは伝わってくる。でもきっと、もう一つ。わたしが不甲斐ないからというのもあるんじゃないだろうか。


 わたしがもっと強ければ。

 自分の身くらい自分で守れる力があれば。


 子供をキルした事をハウンドが褒めてくれたのは、まさしく、自分の身を自分で守れたから。あれは咄嗟の事だったけど。あれくらい当たり前に出来るようにならなくては、ハウンドを安心させてあげられない。


「……わたし、もっと頑張るよ。ハウンドに怖い思いはさせたくないから」


 わたしが死ぬ事は、わたしにとってだけの恐怖じゃない。

 それを再認識して、心に強く刻み込む。見知った名前があったくらいで、動揺してなんかいられない。別に、知り合いってわけでもないんだし。


 頬に触れるハウンドの手に自分の手を重ねて、一度だけぎゅっと握った。今すぐに彼女を安心させるのは難しいけど、せめてもと、不安そうなその瞳を覗き込む。


「……トウミ……」


 微細に揺れていたアーモンドアイが、わたしを捉えて定まった。

 あまりゆっくりはしていられない。死なない為に、動かなきゃ。

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