昼 バイズガインの街 4


「――まあ、モクかな」


「だよね」


 やっぱり同じ考えにハウンドも至ったみたい。というか[DAY WALK]でもハウンド・ドッグわたし達って、あまり突飛な事とかしなかったし。初心者が一から初めて、大体セオリー通りの立ち回りをコツコツやってたら、いつの間にかランキングが上がっていた。

 だからここでも奇抜な作戦なんかは無しに、シンプルに煙幕を広く撒くって事で。


 二人で五つ持ってるわけだし、安全の為にも出し惜しみはしなくて良いだろう。頷いたハウンドがマップをしまい、ヴェクターを手に取った。わたしもM14を背負い、バックパックからモクを一つ取り出す。ハウンドと並んで、なるべく静かにドアの横へ。


「じゃあ、スリーカウントで」


 いつものやつ。

 どうしても早くなるわたしの心臓を落ち着けるように。一定のリズムで、三、二――


「っ」


 ハウンドが扉を開けると同時に、わたしがスモークグレネードを左側へと転がした。セーフティスポットが機能している間は中でグレ類を使う事もできない……ので、ドアを開けて安全セーフティではなくなった瞬間にピンを抜いて放る、ゲームでもよくやったプレイ。


 物音に反応して隣家が騒がしくなるけど、まだドアが開く音はしない。窓から様子を窺ってるのか……でもその間にも、白煙はわたし達の家の前を覆ってしまうわけで。


「よし」


 小さく頷き合って、遂に外へと足を踏み出す。煙は既に屋内まで入り込んでいて、お陰でわたし達の姿も隠れっぱなし。そんな中ハウンドは敷居を跨ぐと同時に振り返り、二つ目のモクを高く放り投げていた。一晩過ごした家の屋根を越えて、後ろの家との間に落ちるように。


「来て」


「ん」


 正確な投擲が、ベストな位置に白煙をまき散らす。この街は『ヘキスコル』と違って家と家の間に塀がない。だから二つのスモークグレネードは、家一軒どころか隣接する家々も半ば巻き込む形で煙を広げていく。


 それに紛れてわたし達は、敵がいるのとは反対方向へと走り抜けていく。目的地とは逆向きだけど、こればっかりは必要な遠回りだ。

 で、誰も居ない家のあいだを三軒分ほど通り抜けたところで、後ろから銃声が聞こえてきた。十中八九あの二組のものだろう。この煙とドンパチに釣られて他のパーティーも来ないとも限らないし、一層距離を置かなくちゃ。


 銃は構えながらも、わたし達は急いでその場を後にした。




 ◆ ◆ ◆




 そうして少し迂回してから、北東向きにぐるりとUターン。クリアリングは怠らずに、だけど可能な限り急ぎ足で。大通りを避け、細道を進む事しばらく。


 もうすぐ街の中央付近。ここまでに二チームと遭遇したけど、ハウンドの索敵能力のお陰でどちらも先手を取る事ができた。わたしも大分割り切れる・・・・・ようになってきたし。昨日で何人も、小さな子供さえも手にかけたのだから今更……そう思えば、グロックの引き金も幾分か軽くなった気がした。


 勿論まだ殺す恐怖は消えてはいないけど、自力で抑え込める程度には慣れてきてる。

 この体が二日ほどで銃を扱えるようになったのと同じように、もしかしたら心も、戦場に適応できるよう変わってしまったのだろうか。なんて、今はそんな事考えてる場合じゃないけど。



 ――街の中心部を越えた辺りで視界が開け、正面に役所らしき大きな建物が見えてくる。等間隔な街路樹に囲まれてはいるけど、周りの建物との間に広い車道が通っているものだから、射線が通りまくりな危険地帯。

 勿論、突っ切るなんて事はしない。建物内から銃声が聞こえてきてるし。


「――ん」


 ハウンドの合図で路地へと身を引き、また家と家の間へと戻った。一旦東方面へ進んでから北上し、目星を付けている家へと向かう。

 さっきも言ったように、ハウンドの索敵能力は決して低くない。勿論完璧とまではいかないけど……それでもこの三日間、助けられた方が多かった。


 だからこの接敵は、相手が上手く身を潜めていたからで。その上で即座に先手を取れたのは、まさしくハウンドのお陰。



「――っ!」



 邸宅と呼べるほど大きな家の裏手に入った瞬間、ハウンドが発砲した。すぐさまわたしも角を曲がり――事前に決めていた通りに――彼女のすぐ後ろで腰を落とす。横から顔を出しグロックを構えれば、数メートル先の長い生垣の向こうに男女の二人組が見えた。

 少し恰幅の良い男性と、背中を丸めた長身の女性。どちらも背を向けていて顔は窺い知れないけど、その背を撃つのに躊躇いは無かった。


 ヴェクターでの先制射撃を受けて、彼らは逃げる事を選んだらしい。ハウンドが弾切れした銃を持ち換えながら走り出すその隙を、わたしがグロックでカバーする。


「逃げてっ……!」


 男性の背中を押しながら、猫背の女性がか細い声を上げていた。その身のこなしからこちらをキャラクターの方と判断し、狙いを定める。


「っ!」


 昨日より短い間隔で銃声を鳴らせば、四発中三発がヒット。一発は生垣に阻まれてしまった。


「くそっ!」


 男性が怒鳴り声と同時に、もう見慣れた細長い円筒――モクを前へと転がすのが見えた。この先は路地が何方向にも伸びているから、煙に包まれれば追うのは難しくなるだろう。


 それまでにせめてどちらかを――そう思い何度もトリガーを引く。ただ、女性の背中だけを狙って。



「――うっ……あぁ……」



 そして撃つこと計9発、うち6発がヒットした時点で、彼女の体が崩れ落ちた。うなじで纏められた暗緑色の髪が揺れ、それでも最後まで、倒れる勢いさえ利用して、男性の背中を押しながら。


「ぁ、ぁぁ……!」


「……逃げ、て……」


 最後のやり取りが、モクの噴き出すシューシューという音に混じる。二人の背中は既に白煙の中に紛れつつあり、男性の方に至ってはほとんど影にしか見えない程。


「クソッ――!」


 押されるままに、その小太りな身体が煙に巻かれていく。

 一瞬だけこちらを振り返った顔は見えずじまいだったけど。その目――怨嗟に満ちたブラウンの瞳だけが、確かにわたしを捉えたのが分かった。


「っ」


 思わず指が止まる。

 煙の前で立ち止まったハウンドの発砲音が嫌に耳に響いた。


「……深追いは止そう。別のチームが寄って来るかもしれない」


 そう言ってハウンドは、右の路地の様子を窺う。グロックをリロードし、構えたままその背中を追い――体に染みついた一連の動作を、わたしの心はどこか違うところから見ているようで。


 犬飼 灯美 → ヒデ子 [KILL]


 視界の端に流れたキルログは、一つだけだった。

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