THIRD DAY

昼 バイズガインの街 3


 夜通しで行われた、昨日の実戦を経ての訓練。特にグロックでの迎撃がハウンド的にはとても良かったらしく、DMRの扱いと共に、咄嗟の場面で素早くハンドガンを抜く練習をみっちりとさせられた。

 勿論わたしとしても、生き残るための技量はあるに越した事はない。


 正直、一日二日の経験で――手が震えてさえいなければ――それなりに弾を当てられるようになるというのも、この特異な体の性質なんじゃないかと思わずにはいられない。

 まあその辺の、考えても分かるものでもない話は訓練前に一通り済ませていたし。代わりに訓練の合間にわたし達がしていたのは、分かっている情報の整理だった。


 昨晩『暗闇』がエリアを覆い尽くした時点で、残り生存者数は31人。

 一日目を経てみんな慎重になるかと思いきや、結果としては一昨日よりハイペースで人が減る形になっていた。やはりそれだけ、エリアが狭まる事による接敵が多かったのかもしれない。わたし自身、昨日は多くのチームと戦ったわけだし。


 ……そして。

 キルログを見る限りでは、長峰とS1が誰かに倒された様子は無かった。何度か、キルした側で名前を見かけはしたけれど。正直な所、あまり意識しないようにしていたのは事実だ。

 人を撃ち、キルする恐怖は昨日で散々身に染み込ませたけど、このマッチで最初に味わった死と敵意への恐怖は、未だ拭い切れずにいる。


 そんな彼らとの遭遇も、そろそろ覚悟しておかないといけない。なんて、不安にならざるを得ない言葉で締めた後に、


「後は、朝まで少し休もう」


 とか言いながらソファに座って寄り添ってくれる辺り、ハウンドの女たらしムーブはわたしを落とす事に特化しているように思えてならない。


「……」


「……」


 不思議な事に、昨夜迫られた時と同じくらい近い距離にいるはずなのに、あの時のようなどうにかなってしまいそうな感覚は鳴りを潜めている。

 存在しない訳じゃなくて、胸の奥にしまい込まれたその熱の一部が、心地良く心身をほぐしてくれるような。

 どきどきではなく、どくんどくんって、心臓がゆっくりとハウンドを感じたがっている。


「……」


「……」


 言葉を交わすでもなく、目を閉じて、肩に触れる温もりを享受できる安心感。テンパったりする事もなく、幾分か素直に体を預けられる。

 押せ押せなムーブとはまた違った雰囲気だけど、彼女がここまでに幾度もわたしを安心させてくれた事を考えると、むしろ持っていて然るべき一面なのかも知れない。

 或いはこれも手練手管の一つ……だったりして。


 何にせよ、これなら昨日の朝方も添い寝して貰った方が良かったなぁ……なんて欲深い事を考えている内に、ガチャリと存在しない鍵が開く音がした。


「……よしっ」


 名残惜しい気持ちを振り払うように声を出して、ゆっくりと立ち上がる。

 一応まだ、わたし達が外に出ない限りこの家は不可侵ではあるけど、だからと言っていつまでも甘えてる訳にはいかないから。


「……マップ、確認しよう」


「だね」


 同じく立ち上がったハウンドの隣で伸びをしながら、彼女がテーブル上に拡大したマップに目をやる。

 さて、今日の安地は、と……


「よし、街の端が入ってる」


 頷くハウンドの言葉通り、今夜の安地は『バイズガイン』北東部の家屋数軒とその外の平原、そこから続く丘陵の一部を囲む真円。これは四日目――最終日の日中の活動可能範囲でもある為、かなり狭めになっている。下手すると直径で1kmも無いんじゃないだろうか。


 何にせよ遮蔽の多い街中に陣取りたいところだし、わたし達は反対側とはいえ同じ街の中にいる分有利とも取れる。

 勿論それは、がさごそ言い始めたお隣さん達や、他にもいるだろう街中のプレイヤー達にも言える事だけど。


「……こうして見ると、ひたすら北東側に寄っていく感じだね」


 思えば、初日からずっと安地を追いかけ続けている。ハウンドは降下地点を間違えたかなって苦笑してるけど、こればっかりは運だから仕方ない。まぁ何となく、不運キャラまで付いちゃってるのは否めないけど……


「――方針としては、ひたすら隠れてハイドしてギリギリで安地内に駆け込むか。もしくは早めに家を取って防衛するか」


 ハウンドが上げた二つの選択肢は、ざっくり言うと今日と明日の安全どちらを取るかというもの。

 前者は日没直前の――ほぼ確実に誰かいるであろう――安地内の家を奪うタイミング以外では、極力戦闘を避けられる。上手くすれば今日一日中、なるべく撃たず撃たれずに過ごせる。

 後者は家の奪取を最初にやった上で、制限時間までそこを守り続けなくちゃいけないから、必然的に戦闘が多くなるはず。

 ……だけどその分、人を減らせる。


「……」


 生存者数は最終日までに出来るだけ減ってる方が良い……と思う。狭く逃げ場のない範囲に多くのチームがいるのは、間違い無く危険な事。

 この最終安地において街中が有利だとすれば、当然その利を得ようと多くのチームが集まってくるし。それを倒して生き残る事ができれば、必然的に明日の勝率を上げる事に繋がる。現時点での生存者数的に、ほぼ確実に最終日までもつれ込むだろうし。

 勿論、それに固執して今日倒されてしまっては元も子もないけれど……わたし達の目的は、最後の一チームまで生き残る事なんだから。


 より大きな恐怖を退ける為に、わたしは動く。


「……うん。私も同じ考え」


 つらつらと述べたわたしの意見に、ハウンドは同意してくれた。[DAY WALK]攻略においての意見が一致するのは当たり前の事ではあるんだけど、でもやっぱり嬉しい。


「よし。じゃあそうと決まれば、早めにここを出た方が良い……よね?」


 玄関から見て左隣の二階建てと、この家の真後ろの平屋にいるチームは、それぞれまだ家から出てきていない。物音も今や再び止んで、恐らく互いに様子を伺っているんだろう。

 こういう、近場のセーフティスポットにプレイヤーが密集しちゃった時の立ち回りは結構難しい。五秒間のアンタッチャブルだけでは、安全に抜けられる保証もないし……でもわたし達としては早めに動いて安地に近づいておきたいから、いつまでも睨み合っている訳にもいかない。


「そうだね……」


 突破法を思案するハウンドの隣で、わたしも頭を捻る。まぁやるとしたらシンプルに、モクなり使ってダッシュでここを離れるとかだと思うんだけど……

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