夜 バイズガインの街 2
「私をそういう風にしたのは、トウミの方でしょ?」
続けざまに囁かれた妖しい言い方に、右手の人差し指が独りでにピクリと跳ねた。言葉で、何か変な神経を刺激されたような感覚。肌の内側がムズムズして落ち着かない。
「……そりゃ、そういう
間違っちゃいないけど、もう少し心臓に優しい言い方ってものがあると思う。
確かに、『ハウンド・ドッグ』を女性を口説き悦ばせる手管に長けた女性って事にしたのはわたしだ。わたしの趣味だ。傭兵家業の合間に、何人もの女を泣かせたり啼かせたりしてきた、経験豊富なお姉さん(22歳)。
わたしが好き勝手ガチ恋したり妄想したりしていたのは、相手が空想上のお方だったからであって。目の前に実在する女性としてそんな風に振る舞われると、本当に心臓がもたない。
このハウンドは、わたしの妄想が形を成して現れた『ハウンド・ドッグ』であると同時に、その型枠から逸脱した個性を持つ一個人でもある。便宜的にプレイヤーだキャラクターだと呼び分けてはいるけれど、本当に彼女をただのキャラだと思ってるわけじゃない。
「……あ、でも。そう考えると不思議な部分もあるね」
「……?」
胸の高鳴りから逃げるように思考に埋没しているうちに、気になる事も出てきてしまう。静かに小首を傾げる、目の前のこの人について。
「ハウンドの傭兵としての知識?とかって、どこから来てるんだろうなって」
限りなく銃に近いモノの扱い。物音を立てない移動法。耳の良さ……というよりも、音を上手く拾う方法、かな?
とにかくそういった、なんかカッコ良いからって理由で傭兵設定を生やしたわたしの脳内にはある筈もない知識や技術。あくまでゲームである[DAY WALK]由来とも考え辛いそれらが、どうやってハウンドにインプットされたのか。
「……残念ながら私も、自分自身を完璧に把握してる訳じゃない」
わたしをベースに生まれた、わたしの知らないハウンド・ドッグ。向かい合ったまま――頬を手で挟まれたまま――、昨夜は気もそぞろでできなかった話を、二人で少し膨らませてみる。
「――私は、言ってしまえばあの輸送機の中で生まれたも同然の存在」
曰く。
彼女の『記憶』というものは、輸送機で目覚めた瞬間から始まっているらしい。
前もって有していたのはあくまで『知識』。ハウンド・ドッグとしてのキャラ付けとそれに必要な技能、自身が置かれた状況、
そう語るハウンドの目に、戸惑いの色はない。彼女自身、そう在るのが当たり前なんだと受け入れている。不思議という言葉はあくまで、常識的に考えてって話で。つまり、一般常識もしっかり備えているという証だ。
「……こんな存在が相棒面しても受け入れてるトウミの方が不思議かも」
少なくとも、こういう軽口まで言えるくらいには。
「そ、そうかなぁ?」
最初から一貫して命懸けで自分を助けてくれる存在を、受け入れない方が難しい気もするけどなぁ……
あ、でも。
或いは、もしかしたら。
「……そうやって生まれた相棒を、どんな形であれ受け入れられるような人達が、プレイヤーとしてここに呼ばれたのかも……なんて」
あくまでわたしが見た限りでは、だけど。そりゃ、銃を手に蹴落とし合うこの状況に恐怖や混乱を抱く人は多いけど……わたしもそうだけど……でも、自キャラが意思を持って隣に立つ事を怖がっている人は、いなかったように思える。
年齢も性別も生活圏も、[DAY WALK]での力量も、リアルな争いの向き不向きも、何もかもがバラバラな
だからわたしとしては、本当にただの予想というか。取り留めもなく思った事をぽろぽろ口に出したってだけなんだけど。
「……だとしたら、
ハウンドがすごく柔らかく微笑みながら言うものだから、なんだかむず痒くなってしまう。気恥ずかしさを誤魔化すように……あとそれ以上に、いい加減この密着状態を打破しなければならないので……わたしまだ頬っぺた触られたままだからね……とにかく、少し声を張って空気を変えようと試みる。
「……さ、さーっ。今日も訓練、お願いしようかなぁっ」
くすりと笑うハウンドには、絶対にバレてるだろうけど。それでもゆっくりと手を離してくれ……ると思ったら、直前であ、と声が上がった。
「その前にもう一つ、はっきりさせておきたいんだけど」
「何?」
「私が女たらしっていうのは、あくまで設定だから」
「うん?そうだね?」
そんな分かり切った事を、なんて思った次の瞬間には……やっぱり急に、爆弾を投げ込んでくる。
「つまり実際には、私はトウミ以外の女なんて
「ご゛っ゛」
いや私の事も知らないでしょうよ、なんて言ってる余裕は無かった。
……いやまあ、当然と言えば当然ではある。
具体的な過去の女エピソードなんて考えた事も無かったし。というかその辺を本気で凝ろうとするとわたしの脳が破壊されるし。何が悲しくて自分の理想の人が他人と寝てるシチュを無から生成せにゃならんのかと。
「でも傭兵設定と同じで、具体的な
「ひ゛ょ゛」
更なる情報開示に、別の意味で脳への負荷が高まってるけど。
経験豊富(未経験)なテクニシャン(ガチ)だなんて、なんて罪深い存在なんだ、ハウンドという女性は。こら、指の腹で優しく頬を
「それを生み出したトウミの方が罪深いと思うけど」
「ぐ、ぐうの音も出ない――」
――みたいなやり取りを、もう少しだけソファの上でして。
じゃあ早速そのテクをトウミの体で――なんて言われる前に訓練へと軌道修正できたわたしを、誰か褒めて欲しい。いや本当に言うかは分からないけど。
彼女がどのくらい
それに何より、ハウンド自身も生き残る事が最優先っていうのは見誤ってないから。
何かそういう切り替えスイッチみたいなものが、わたしの中にできている気がする。
だからこの後は今日も、朝方まで銃の扱いを教えて貰っていた。
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本文中に失礼します。
明日以降は一日一回、昼12時の更新とさせて頂きます。
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