昼 バイズガイン近辺 2


 最後の一発は自分だった、という感覚はあった。


 犬飼 灯美 → Alexia Arusha Alea[KILL]

 

 流れるログに気が抜けそうになったけど、隣から聞こえてきたリロードの音で手に力を入れ直す。わたしもマガジンを交換しながら、あの子が潜んでいた廃材の山や、その付近の木箱などに注意を向ける。


 恐らくあの子はプレイヤーだったと思う。

 ここまでに何人も見てきて、プレイヤーとキャラクターには大きな違いがある事が分かってる。


 それは、死の恐怖の有無。


 キャラクターは死ぬ事を恐れない。

 狙われれば警戒するし、撃たれれば痛みに顔を歪めるけれど。でもその瞳に、恐れの色は映らない。恐怖に突き動かされていたという点で、あの子はわたしと何ら変わりない、ただのいちプレイヤーだった。

 だからまだ、あの子の相棒が潜んでいるんじゃないかって、ハウンドと二人で警戒していたんだけど。


「……一人、だったみたい」


 銃を構え廃材の裏まで確認しに行ったハウンドが、ぽつりとそう呟いて。ようやくわたしも、グロックを握る手が緩んだ。ゆっくりとホルダーにしまい、けれども昂ったままの神経が、そのまま視界の奥の丘へと意識を向けさせる。

 スナイパーが撃ってきていたのとは反対側の、見た目にはほとんど鏡写しな丘陵の上。AKMを構えてスコープを覗き込んでも、少なくともこちらから見える範囲に人影はなさそうだった。


「……よし」


 行く先である街を警戒していたハウンドの方も、ひとまず安全だと判断したらしい。一応ざっくりとではあるけど、背後は小屋で、正面は廃材たちで遮蔽を作れている。わたしは息を吐きながら、目の前のバックパックまで近づこうとして――


「トウミ、HP」


「……あ、そっか」


 言われてハッとする。

 撃たれたという恐怖に突き動かされた一方で、コトが終われば、回復を忘れるくらいに気が抜けてしまっていたらしい。


「ありがと、ハウンド」


「……いや、ごめん。危ない目に合わせちゃって」


 撃たれた事、隠れていたあの子の事。諸々籠った謝罪の言葉に、大丈夫だと頷いて返した。一つ目の包帯を巻き終わって、もう一つを腿に宛がう。体はおろか服にすら穴は開いておらず、合計八秒ほどの治療が終わればHPも満タンに。まるで、撃たれたこと自体が嘘だったかのようだ。


「……これでよし。さ、早く漁って街に行こ?」


 さて、今回は自然な声が出せているだろうか。

 眉根を寄せるハウンドの顔に、胸が痛む。重たくなりそうな空気を振り払うように、わたしは今度こそ落ちたバックパックまで近づいていく。


「……、……」


 喉まで出かかった、ごめんねという言葉を飲み込んだ。殺しておきながらごめんも何もないだろうから。一つだけ入っていたスモークグレネードを頂戴して、次いで、あの子が背負っていたAKMではない方のライフルに目を向ける。


「……えーっと……M14、DMR」


 ゲームではほとんど使わない武器だから、名前を思い出すのに少しかかった。DMRが確か、なんとかかんとかライフルの略称で……まあざっくりと、スナイパーライフルとアサルトライフル単発撃ちの中間くらいの武器……っていう認識。例によって、実銃がどうとかは知らない。

 [DAY WALK]の方では、スナほどではないけどそれなりに高い単発威力と有効射程で、同じセミオート式のスナよりも多少は連射も効く――と言ってもセミオートにしたアサルトには遠く及ばない、みたいな感じだったはず。


 今装備してるAKMと比べると、全体的に細っこくて銃身が長い。マガジンもすとんと真っ直ぐ、長方形で短く感じる。確か装弾数は十発。


「……」


 何だってこれに目が行ってるのかというと、それはまさに今しがた、狙撃銃の威力を思い知ったからだ。わたしが撃たれた奴はもっと高威力のスナイパーだったけど、このDMRだって一発30ダメ以上は出せたはず。


 森の中で中距離から敵を倒した時、AKMだと半分がヘッドショットでも六発かかった。ハウンドの手助けがあって、ようやく。

 どうせフルオートという真価を発揮できないのなら。元より後方支援に近い役回りなら。アサルトよりも一発あたりの威力に勝る狙撃銃にした方が良いんじゃないかって、そういう気持ちがある。


「――確かに、DMRの威力は魅力的」


 数秒ほど悩んでいたら、再び周囲を警戒しつつハウンドが言ってくれた。


「高威力の銃はそれだけで相手への牽制になる。難点と言えば近距離戦での取り回しの悪さだけど……トウミはグロックそれ、結構扱えてたから」


「ハウンドのお陰だね」


 さっきの戦闘で咄嗟にハンドガンを撃てたのは、夜の内に一連の動作を習っていたおかげだ。生存本能のようなものが、体に染みついたその記憶を上手く引き出してくれた。


「トウミの筋が良いんだよ。……兎に角、私はアリだと思う」


 小屋の壁に張り付いて、狙撃手がいた丘をもう一度窺いながら、背中を押してくれるハウンド。その横顔に西日が少しだけかかっていて、日の傾きを意識させられた。

 再三だけど、あまり時間を費やすわけにも行かないから、選択は迅速に。


「……うん。じゃあ、貰っていくね」


 ハウンドではなく、もういないあの子に声をかけながら、スコープを付け替え装備を交換する。弾薬はAKMと同じ7.62mmだから、弾も少し頂戴して。

 二丁のAKMを置き捨てて、わたしは立ち上がった。


「ごめん、待たせちゃって」


「大丈夫。丘の女はまだ見てるけど、廃材の裏から回れば撃たれないはず」


「了解」


 今夜の安地は街の外縁に沿うようにして狭まるから、街中の家のどれかに入ってしまえば良い。全部セーフティスポットだし。

 準備が整うやハウンドは素早く小屋から離れ、そのまま廃材の裏へと先行。いざとなったらスモークなり何なり使えるように意識しつつ、わたしもその後ろに付いて行く。


「……」


 この二日でもう幾度となく追いかけている背中。確かに危ない場面はあったけど、でもその度に助けてくれた。本人は謝ってばかりだけど、ずっと頼りにしてる。でも、頼りきりにはならないように。



 慎重に、けれども足早に、わたしたちは街への道を進んで。

 丘上の女性も、諦めたのか何なのかそれ以上は撃ってこなかったし。ここからは何事もなく、街の外壁を越えることができた。

 勿論、警戒は怠らずに。


 そうして手近な家に陣取って。

 日没までに二回ほど、忙しない足音が近くを通るのを聞いて。


 二日目の夜が、やって来る。

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