昼 ナールシャ森林 2
残った女性の方は、ハウンドが難なく倒してしまった。
わたしがちょっと頭を出して射撃、すぐに隠れてはまた別の角度から射撃……って繰り返して気を引いているうちに、ハウンドが木陰伝いにどんどん前進していって。相手がそちらに意識を向ければ、今度はわたしがよく狙って撃てるようになる。
実戦経験の浅いプレイヤーにしてみれば、ほとんど詰みって感じだったんだろう。
投げ物を駆使したり、あるいは逃げに徹していれば、また変わったかもしれないけど……結局彼女はほとんどその場から動かず、わたしに一発、後はハウンドに撃たれてHPを全損した。
……これで一パーティー倒した事にはなる。けど、まだ気は抜けない。
彼女たちは、わたしたちが発見した時点で森の外を警戒していた。
追い詰められても出て行かなかった。
この二点から逃げるに逃げられない要因――つまり、森の外からこっちを狙っている他プレイヤーがいるのはほぼ確定。
銃声で寄ってくる可能性も考慮して緊張は解かずに。木々の向こうに意識を向けながら前進したけど、結局ハウンドと合流してからも次の敵は現れなかった。
「……正面の小屋か、左奥の丘の上辺りが怪しい」
幸い、キャラクターの男性の方のバックパックはどちらからも射線が切れる木陰に落ちている。ハウンドは既に漁り終えていて、わたしが弾を補充している間にその二か所を警戒してくれている……
「……いた」
……と思いきやすぐさま発見したらしい。しかも遠くの丘の方。下手すると1km近く距離があって、わたしなんか言われて初めているかもって気付けたくらいなのに。
「……よく分かるね」
「小さな点でも、動けば案外分かる。それが人間の挙動なら猶更」
トウミだってゲームではそうだったでしょって、いや、確かにそうだけど……
恐々スコープで様子を窺うと、確かに草花の茂る丘陵の上、頂点付近のひと際大きな岩の影から、女性らしき頭が覗いているような。
次いで様子を確認した正面の木造小屋の集合地の方には、人影はなさそう。
……ふと足元のバックパックを見て。こういう事を考えているうちに、わたしたちに後ろから撃たれたのかなぁって思ってしまった。
過去の自分に狙われてるような錯覚がして後ろを振り返るけど、幸い森の中に敵影は見えない。
「……音も聞こえないから、多分大丈夫」
ハウンドも気にしてくれていたらしく、穏やかな声音で囁かれた。当然ながら、その後に「でも」と続いたけど。
「ずっと安全って保障は無い。安地もまだ先だし、進まないと」
「だね」
森に入った時と比べて、太陽は段々と傾いてきている。夜が来るまでに、少なくとも正面の小屋……を越えて、もうちょっと進んだ先にある『バイズガインの街』までは行かなきゃいけない。
まだ余裕はあるけれど、浪費して良い時間はない。
「……左方面にかなり大回りして森を抜けるか、小屋まで一気に走るか」
ハウンドが提示した二択の内、前者を取れば少なくとも丘の上の連中から撃たれる心配は無くなる。ただし時間のロスが大きい上に、街までの間にある麦畑で別のパーティーから狙われる可能性もゼロじゃない。
というか、ここら一帯は森+半円形の丘が街を遠巻きに囲むような地形になってるから、どうしたって移動中に高所から狙われるリスクが生まれてしまう。
そこで後者の……正しくは当初からの案。
わたしたちの正面にある、森を観測・管理する為に街のすぐ外に作られた――って設定、だったはず――小さな木造小屋四軒の集まりまで直進するプラン。この小屋から街までは低い柵に覆われた道が通ってるし、それに沿うように木箱やらコンクリの廃材?みたいなものが転がっているお陰で、身を隠しながら街に入る事が出来る。
小屋まで行ければその後は比較的安全、って塩梅。辿り着くまでの200m……無いくらいかな?その間にやられさえしなければ。
「……」
「……」
二人して少しの沈黙。だけど、あんまり長く考え込んでいるわけにも行かないから、思った事を口にしてみる。
「……個人的には。少なくとも一組は敵の位置が分かってる正面ルートの方が、精神衛生上良いかも」
「一理ある」
勿論、右の丘上以外にも、どこかしらに誰かいるかもしれないけど。全く情報がない左迂回ルートよりはマシかなぁって。同じ風に考えていたのか、ハウンドも頷きながら言葉を続けた。
「……それにこの距離なら、スモークで誤魔化せると思う」
わたしたちと小屋との距離、わたしたちと敵の距離。両方を鑑みて、という話。確かに上手い位置に二つほど投げられれば、煙幕に身を隠しながら小屋まで行けそうな気もする。
今所持してるスモークグレネードの数は、わたしとハウンドどちらも二つずつ。半分失ってしまう事を気にするべきか、それで安全を確保できるとするかだけど……ゲーム中のわたしが良くしていたのは、後者の考え方で。であれば当然、そのわたしのキャラクターであるハウンドも、似たような思考パターンになる。
「……分かった。じゃあ、正面から行こう」
ハウンド的にも推奨したいだろう正面ルートを、わたしの意思で選択。
「了解」
そんな返事をされると少しむず痒いというか、意思決定を彼女一人に押し付けない為とはいえ、何とも分不相応な感じは否めない。
「……ごめん、投擲は任せて良い?」
「勿論」
結局のところ実行は彼女に任せる形になってしまうし。
やや遠投気味に、しかも狙ったポイントに落とすなんてわたしにはできるはずもないので。
……まあとにかく、やる事は定まった。
もう一度後ろを振り返って、敵影が無いかを確認。次いで、バレないようにそっと左側の丘を覗いて、まだ岩陰に女性がいることも確認。一応動きを見ている感じだと、こちら一点というよりも森全体を満遍なく見渡している様子で、ある意味抜けるには丁度良いタイミングなのかもしれない。
「……よし。じゃあ三カウントで」
例によって、ハウンドが三つ数え下ろす。
今回はテンポ良くバージョンで。
三、二、一、でピンの抜かれたスモークグレネードが続けざまに放られた。一つは手前、木々の切れ目から平原へと伸びるように。もう一つは奥の方、小屋にほど近い、ほんっとうに何もない原っぱの只中に。
すぐにシューシューと音を立てながら白煙が噴き出し、同時にハウンドが木陰から飛び出す。わたしもすぐ後ろを付いて行くように、日の下までもう数本だけあった木々の横を一気に通り抜けた。
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