昼 ナールシャ森林 1


 遺跡を足早に通り抜け、そのまま森の中へ。

 太陽の位置は真上を少し過ぎた辺りだけど、背の高い木々に囲まれていれば、どうしたって辺りは薄暗くなってしまう。少し速度を落としつつも止まる事はなく、ハウンドを先頭にひたすら直進する。


 森林とは言っても生息する植物はほとんど、青々とした常緑樹と芝生に限定されている。多種多様な草木が茂っているわけでもなく、虫や動物がいるわけでもなく、ただただ無作為に樹木が乱立しているだけ。

 いやまあ、よくよく見れば、たまに小さな花が咲いていたりはするけど。残念ながら、花で身は隠せない。


 そんな、植生そのものが不自然極まりない自然地帯を、ハウンドは殆ど物音を立てずに進んでいく。衣擦れも芝生を踏む音も、すぐ後ろを歩いているわたしですら、よく耳を澄ませないと分からないくらい。

 

 正直なところ、わたしというド素人がガサゴソ音を立てながら付いて行ってるわけだから、チームとして気配を消して進むというのは土台無理な話ではある。なのでハウンドのこれは実利以前の、いわゆる「クセになってんだ」ってやつなのだろう。


 どちらかというと、今重要なのは索敵やクリアリングの方。

 もしも周囲に敵がいた場合でも、見つかるより先に見つけてしまえば、戦うにしろ逃げるにしろかなり有利になる。ゲーム内でもそうだったし、まさに先程遺跡で実感したことでもある。


 だからわたし達が意識を向けているのは、音を消す方ではなく聞く方で。

 それが功を奏したのか、森の出口もほど近い辺りで気が付く事ができた。


「……いる」


「っ」


 勿論、ハウンドがだけど。

 視線と足の向かう先、もう数百メートルも進めば木々の群れは終わり、日の光が指す平原に出る事になる。そこから少し行けば、今日の安地に入っている市街地エリア。


「森の出口ギリギリ……外の方に意識が向いてる」


 歩みを止め、木陰からハウンドが指す方を見れば、確かに人影らしいものが見えた……辛うじて。


「……ほんとだ」


 隣の木の後ろにしゃがみ込みながら、ゆっくりとAKMのスコープを覗き込む。東洋系な横顔の男女ペアで、どちらも木の裏に隠れて森の外を窺っている様子。こちらからは全身が丸見えだ。


 ハウンドには彼らの話し声がかすかに聞こえた……らしい。凄いなぁなんて呑気に考えてる余裕はない。

 先に気付けたのだから選択肢は多くある。だけどなんとなく、ハウンドの言いそうな事が予想できた。


「……酷い台詞だって、自分でも思うけど」


「うん」


「中距離狙撃の、良い練習になると思う」


「……うん」


 実際、絶好のシチュエーションだ。

 相手はこちらに背を向けていて、わたしの中倍率スコープで狙える距離。遮蔽は多いけど高低差も殆どない。少なくとも何発かは一方的に撃てるだろう。


「トウミが嫌じゃなければ」


「……大丈夫」


 逡巡してしまえば、トリガーを引けなくなってしまうかもしれない。

 だからすぐさま頷いたわたしに、ハウンドは小さく頷いた。


 木陰から銃口をそっと差し出すように、狙いを定める。スコープを覗き込んだままでいたら、不意にハウンドの気配が近くなった。


「……反動の抑え方、体に覚えさせよう」


 後ろから抱き抱えるようにして、AKMに手を添えてくれた。単発撃ちですら銃口を跳ねさせてしまうわたしの手助けをしてくれるらしい。


 耳元に聞こえる声、背中を包み込む温もり。思わずもたれ掛かってしまいそうになる誘惑を振り切る。教えてもらう事と任せきってしまうことは、違うから。


「呼吸を整えて。息を止めるのはギリギリで」


 遺跡でプレイヤーを撃った時のアレは、流石に止め過ぎって窘められた。わたしとしても、撃ち方云々っていうよりもどうにか腹を括る為の行為だったわけだし。だからハウンド指導の下、今、もう一度。


「すぅ――」


 息を止めて。呼吸による振動を抑え込む。

 スコープの中に写り込む男性の後頭部を、十字のレティクルで追って。


 彼が動きを止めた、その瞬間に。


「――っ」


 ダンって、音が響く。

 静かな森を揺らすように、たった一発分の大きな音。

 強張りそうになる人差し指が、そっと撫でられた。


「――っ」


 反動はハウンドが受け持ってくれてる。

 だからひたすらに撃つ。三発目までは、微動だにしない男性の後頭部にヒット。一発15×ヘッドショットボーナス1.5倍、少数切り捨ての22ダメージ×3を受けた辺りで、ようやく自分が撃たれている事に気が付いた彼はその場から飛び退いた。


「……はぁっ」


 一拍、息を吐く。

 相手は身体を左右に揺らしながら振り向き、わたしたちを探している様子。だけど相方共々、視線はこちらより少し右を向いていて、あともう少しくらいは一方的に撃てそうだった。


「まだ狙える、撃って」


 囁くハウンドは、当たり前だけどスコープを覗いていない。目視で大まかに狙いを定め続け、撃ちやすいように誘導してくれている。だからそれに従いつつ、今度は胴体に狙いを定めて、微調整はわたしが受け持つ。


「――っ」


 もう一度、息を止めて。

 引き金を引いていく。


 ダンッ、ダンッ、ダンッ、って。

 一定の感覚で、撃ち続ける。

 一発目は当たった。二発目は頭のすぐ上の木の幹を抉り、三発目は多分脇腹辺りにヒット。胴撃ち15×2、さっきの三発も合わせて残りのHPは10を切っている。


 あと一発。

 あと一発で倒せる。あと一発で倒してしまう。


 そう思えばまた手が震えだし、照準がぶれ始める。色々と、今更な事を考えそうになってしまう。


 ……だけど。

 耳元でハウンドが何かを言おうとしたから。息を吸い込む音が聞こえたから。


 何も言われないうちに、もう一度引き金を引いた。


 ダンって、ここまでと全く変わらない音。

 こちらを発見し身を隠そうとした寸前で、弾丸は彼の二の腕にヒットした。


 崩れ落ちる体が消え、バックパックだけが芝生に落ちるのを見つつ、スコープから目を離す。同時に、ハウンドに引っ張られるようにして木の影へ隠れて。直後に飛んできた弾丸は、わたしたちから結構離れたところを飛んで行った感じがした。


「ナイスキル。今の感覚を忘れ、な……あーっと……」


「――うん、忘れない」


 言い淀んだハウンドの、言葉尻を拾って笑いかける。

 撃つ瞬間の彼女の体の微細な動きとか、反動を受け止める筋肉の強張り方とか。そういうところを、なるべく記憶に焼き付けるように。


 視界の端のキルログから、努めて意識を逸らすように。

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