SECOND DAY

昼 遺跡調査キャンプ 3


 そして朝方。


 一晩かけてのレクチャーの後、心の休息のため床に体を横たえていると、がちゃりと鍵が開いたような音がした。このプレハブ小屋に鍵は付いていなかったはずだけど、音の方には聞き覚えがある。


 ハウンドさ――ハウンドもそれに反応して、テーブルから立ち上がり入口の方へ。因みに、彼女も隣で……すぐ隣で……いやもの凄く隣で横になろうとしていたんだけど。逆に心が休まらないって伝えたら、いたずらっぽい、でもどこか残念そうな顔で離れて行った。

 わたしもちょっと(かなり)残念って思わないでもなかったけど。いやでも、本当に耐えられる気がしなかったし。


「――出られるみたい」


 とまあ、わたしが悶々とした気持ちを思い出しているうちに、ドアを開けずにノブだけ回すハウンドさん。やはり今のは[DAY WALK]でもあった、の始まりを知らせるサウンドだったらしい。セーフティスポットから出る事ができる、という合図。


 同時に、次の安全地帯がマップ上に表示される。今日の日没に合わせて狭まるその範囲は更に北東に寄っており、今わたし達のいる島の中心付近は残念ながら外に出てしまっていた。


「移動しなきゃです――だね」


「うん。ここからなら、最終的に『バイズガイン』の端に入るのが良いと思う」


 ホログラムっぽいマップをテーブル上に転写しながら、二人でルートを選定する。戦闘はからっきしでも、こういう場面でならゲーム経験を活かせる……かもしれない。一応、ランカーですし。


「時間と距離だけ考えれば、少し迂回して人の少なそうなルートを通っても間に合うと思うけど……どうかな?」


 一通り戦い方を教わったとはいえ、まだド初心者に毛が生えた程度のもの。安全策を取るべきかと思い、お伺いを立ててみる。


「私も昨日の時点では、二日目以降はそうしようと考えていたんだけど……」


 だけどハウンドは、少し眉根を寄せていた。アーモンドアイが、不可視のルートを幾通りかなぞる。


「このマッチがプレイヤーに与える負担はかなり大きい。同じように安全を重視して、人のいないルートを選ぶチームも多いかもしれない」


 現時点での生存者数は72人。その中にはわたし達のように、危うい状況から何とか逃げ延びた人もいるはずで。慎重になったその手合いと鉢合わせる可能性を、彼女は危惧しているらしい。


「取れる進路はざっくり三つ。北側寄りに草原を通る。安地まで直進気味に遺跡と森を突っ切る。東寄りに森の中をひたすら進む」


 北ルートは一番危ないと思う。途中に集落やら牧場跡やらがあるとはいえ、とにかく見晴らしが良過ぎるから。

 逆に東ルートは本当にひたすら森で、安全っぽくはあるけど。ゲームでも確かに、安パイを取って森に入った人と遭遇するパターンがあったんだよねぇ……


「……案外、直進の方が良かったり?」


「……運も絡んではくるけど。距離が短いとその分、安地収縮に対して余裕が持てはする」


 昨晩の、背中に寒気を感じながらのダッシュは精神的にかなりキツかった。アレを避けられるというのは確かに大事。頷けば、ハウンドは更にと続ける。


「昨日、ナガミネ達は恐らく私達と全く別のルートから安地に入った。最終的な目的地が同じなら、こちらが脇に逸れれば逸れるほど、道中での遭遇率は高くなる」


「それは……正直、怖い」


「うん。ナガミネはともかくS1は強敵だから。もう少し装備や練度を上げてから戦いたい」


 昨日あれだけ派手に戦ってどちらも生き延びてるって事は、やっぱりハウンドとS1の実力は拮抗してるんだろう。今はまだ戦いたくないと思うくらいには。


 何にせよ、これで方針は固まった。


「――分かった。じゃあ、真ん中ルートで行こう」


 敢えて、わたしからそう口にする。

 ハウンドは昨日、自分の選択が悪かったと悔いていたから。二人で話して、わたしも間違いなく賛同したという事実があれば、そういう負い目は感じずに済むかと思って。


「……うん。ありがとう」


 ちょっと気恥ずかしいのを誤魔化すように、図を縮小させて視界端のミニマップに戻す。ハウンドは外の様子を窺っているけど、その手には既に、いつの間にやらショットガンが。


「流石に出待ちはいない、とは思うけど……」


 昨夜駆けこんだ時には誰も居なかったのだから、安全なはずではある。だけど万が一があったら取り返しがつかない。わたしも窓から外を覗いてはみるけど……

 ただ、次の安地から外れている場合は、朝が来た以上は早めに移動するのがセオリーではある。特にわたし達のように、同じエリアで夜を越した他チームがいない場合は、さっさと動いた方が安全に家を出られるから。


 これが、お隣さん同士で複数チームが潜伏していた場合は、どっちが先に動くかの睨み合いが起きちゃうんだけど。あの何とも言えない緊張感はゲーム内なら楽しいけど、リアルでは体験したくない。


「うん、早いうちに出ようか」


「わ、分かった」


 少し緊張しながら頷けば、それをほぐすように小さく微笑まれた。アサルトライフルを背中に掛け、腰のハンドガンも確認。


 一応、日昇後最初にセーフティスポットを出る際には、五秒間一切攻撃できずされないアンタッチャブル状態になる。万が一待ち伏せがあっても応戦はしやすくなるわけだ。


「三つ数えたら同時に。出てすぐ右に走って、隣の建物との隙間に入ろう」

 

「うん」


「敵影が無ければ裏手まで一気に走るから、付いてきて」


「分かった」


 頷いて、身体に力を籠める。


「よし。じゃあ、3――」


 一呼吸おいて、2。


 ゆっくりめなカウントダウン。1でドアを蹴り開けたハウンドが外に飛び出していき、わたしも後に続いた。右に曲がって数歩、反転して隣のプレハブ小屋との隙間に入り込む。見た限りでは他のプレイヤーは見当たらず、ハウンドも足を止める事なくそのまま走り抜けて行った。


 もう一度右に曲がって、わたし達が一晩を過ごした小屋の裏手で一旦停止。少し先にはまた別のプレハブが二件横並びに建っていて、見たところどの家にも、人影は無い。


「――うん。やっぱり誰も居なかったね」


「そうで――だね」


 とりあえず一息。ここは周囲より少し高い位置にあるし、小屋が遮蔽になってるから狙撃の心配もあまりない。


「よし、じゃあルートは予定通りで」


「了解」


 気持ちを奮い立たせるつもりで、少し気取った返事を一つ。

 ひとまず目指すは、ここから見下ろせる位置にある『ヘッダ遺跡群』。


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