昼 ヘッダ遺跡群 1


 丘を下りる途中までは、何事もなく順調に。斜面には少ないとはいえ木や岩遮蔽物が並んでいて、比較的安全だったし。


「……ごめん」


 ハウンドがぽつりとこぼしたのは、平地になり後は遺跡まで背の低い青草しかないって辺り……の、少し手前の岩陰でのこと。


「遺跡、誰かいる」


「っ」


 視界の範囲に人影はなかった。

 元よりこの遺跡は、人の背丈くらいの石壁でできた簡易的な迷路みたいな場所だから。平地からじゃ敵の視認はし辛く、苔や蔦に覆われた前方の壁に目を凝らしても何も見えない。

 で、代わりに耳を澄ませてみたら……確かに奥の方から、男性二人の話し声が聞こえるような。


 思わず顔を見れば、ハウンドは警戒しながらもどこか項垂れている様子だった。


「……自信、無くしそう」


 しょ、しょんぼりしてる……いつもの優しまなざしとはまた違う目尻の下がり方をしてる……!かわいっ……!

 言うなればこう……普段は凛々しく頼りになる大型犬が、何かやらかしておずおずと伺いを立ててくるような雰囲気。ギャップが凄い。かわいい。

 こんな状況じゃなかったらよしよししてたかもしれない。


「ま、まぁまぁ……」


 ので、代わりに宥めるような小声を返す。正直こういうのは運もある、とは思うんだけど……昨日から裏目が多いともなれば、流石に凹まずにはいられないんだろう。


 警戒しながら進んできたつもりが、いざ遺跡を前にしてから敵の存在を察知。もう少し早く気付けていればルートを変えられたかも知れない。


 そういう後悔が、表情から漂っている。勿論それは、すぐに次善策を思案する顔に変わったけど。


「――、――!」


「――っ!――!!」


 段々と大きくなってくる声が、彼らの接近を伝えてくる。だけどそれと同時に、全く遠慮のない声の張り上げ方から一つの可能性が見出せた。


「……ねぇハウンド。あの人達、あんまり周りを警戒してないよね?」


「……まぁ、そうだね」


 そんな人達を、ハウンドが高所から見落とすだろうか。


「もしかして、向こう側・・・・から来たんじゃない?」


 少し品が無いけど、顎でしゃくるようにして遺跡の更に向こう……安地側を指す。

 こちらから見た遺跡の奥側は森に半ば飲み込まれるようになっていて、あの方面から来たのであれば発見が遅れたことにも納得が行く。だとしたら、彼らは安地の反対側に進んできてることになるけど……


「……時間的な猶予は、確かにある」


 小屋でも話した通り、直進ルートなら少し余裕を持って安地に向かえる。わたし達より先を進んでいた彼らが、多少寄り道して物資を漁れるくらいには。

 それでも恐らくわたし達だったら選ばなかっただろう、ロスを生む選択肢を取れたのは、もしかしたら。


「あの無警戒ぶりは、まだ逼迫した事態に遭遇してないからだと思うんだけど。どうかな?」


 死に物狂いで逃げてきた人もいれば、昨日一日安全に過ごせた人だっている。バトロワってそういうもの。で、あの人たちは後者だった。


「……可能性はある」


 つらつらと述べてみたわたしの推測に、少しの思慮を経てハウンドも頷いてくれた。つまり何が言いたいかというと、ハウンドのせいじゃないって事なんだけど……


「トウミ」


「うん?」


「すき」


「の゛っ」


「あ、ごめん。ありがとうって言ったつもりだった」


「そ、そう……」


 そんな場合じゃないって思いつつ、動揺せずにはいられない。言ったハウンドの方は素知らぬ顔で遺跡を向いてるけど。


「……警戒されていない今なら、一気に制圧する選択肢も取れる。こちらも物資は欲しいし」


「……うん」


 真面目なトーンに戻った声に、わたしも気を引き締め直す。こういう切り替えの早さは見習って行きたい。


「勿論、迂回して森に入るルートだってある。今ならまだ、時間的にも猶予はあるから。でも――」


 少しだけ言い淀んだ言葉尻を、捕らえる。


「――いつかは誰かと、戦わなきゃいけない」


「……うん」


 わたしが生き残る為に、わたし自身が。

 小さく頷くハウンドからは、昨夜見た申し訳なさそうな表情が、少しだけ見え隠れしていた。


「――やろう、ハウンド」


 だから、わたしの方からそう告げる。

 勿論怖いけど、だからこそ決心が鈍らないように。ハウンドに言われて、なんて逃げ道を作らないように。わたしが逃げればその分、彼女が背負う事になってしまうから。


「……うん、トウミ。やろう」


 返ってきたのはわたしの震え声とは大違いな、柔らかくて、でも暖かい芯の通った声音だった。



 ――で、そうと決まれば行動は迅速に。

 彼らがこっち側の端に来るまでに、わたし達も少なくとも外壁には張り付いておきたい。


「一気に走る。なるべく頭を下げて、でも速度重視で」


「うん」


「足音でバレる可能性もあるけど……だからって悠長にしてたら、辿り着くまでに視認される。それが一番マズい」


「うん」


「最悪そのまま戦闘になるからそのつもりで」


「了解」


 早口で述べた後、例によって3カウント。


 3、2、で身構えて、1で一気に岩陰から飛び出す。


「「――っ」」


 アドバイス通り頭を下げつつ、ハウンドのすぐ後ろを付いて行く。ほとんど足音を立てない彼女と比べて、どうしたってわたしはガサガサ音を立ててしまうけど。段々と近づいてくる男二人の呑気なやり取りが、幸いにもそれをかき消してくれた。


「……」


「……はっ、はっ……」


 そうして辿り着いた一番外側の石壁まで、多分20秒もかかってない。だというのに緊張と恐怖で手は汗ばみ、運動量以上に息が上がっていた。


 所々崩れている壁は、遮蔽にしつつ様子を窺うには丁度良い塩梅。


「――おっ、ヴェクターあんじゃんヴェクター!」


「これマジで変なカタチでウケる。実物で二倍ウケるわww」


 もう内容が聞き取れるくらい近くまで、彼らが来ている。わたしより少し低いくらいの外壁に中腰で張り付きながら、合図を待つ。ハウンドは崩れた壁の切れ目から、遺跡の内側に目を凝らしていた。


「どうすっかなぁー、かっけぇし使うかぁー?」


「見た目重視かよww」


 少しだけ親近感が湧くような会話をされて、決心が鈍りかけてしまう……けど、丁度そのタイミングで、ハウンドが声に紛れて一層内側の壁まで移動した。少し遠くなった瞳の動きは、確実に彼らを直接捉えている。恐らく、もうすぐそばに。


「――」


 そして、合図。

 事前に取り決めた、小さなハンドサイン。壁越しに見えたそれが、わたしに銃を構えさせる。

 

「っ」


 セーフティを外した頃には、既にハウンドが半身を出して発砲していた。

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