昼 ヘキスコル市街地 3


「――だからよ。コレ・・が始まって意味分かんねーってなってた時にキルログで名前見かけて、超テンション上がったんだぜ?ハウンド・ドッグの中身・・を、直接撃ち殺せるんだってなぁ!」


 たかがゲーム、だなんていうつもりはないけど。ゲームで負け続けた恨みを、殺してでも晴らそうとする。機会が与えられれば嬉々としてそういう事をする人間なのだと、彼は丁寧に自己紹介してくれた。


 この辺りでようやく、長峰は塀の向こうからゆっくり近づいてくる。彼がここまで撃たなかったのは、撃つ動機を語りたかったからなのだと。にやにやと笑うその顔から容易に読み取れた。


「……でも、ガッカリだよ。ずっと恨んでた奴が、こんな雑魚みてぇな女だったなんてな」


 銃も構えず後ろに手を突いたままのわたしに、戦意は無いと見ているんだろう。実際、恐怖はまだ残っていて、戦うという選択肢は浮かんでいなかった。


「ま。どっちにしろぶっ殺せば、スッキリはするか」


 すぐ目の前まで来た長峰は、わたしの額に銃口を向ける。その姿を見て確信した。


「……」


 銃を持った佇まいがわたしと同じだ。ハウンドさんみたいに洗練されていない。つまり、実銃なんて今日まで撃ったことがない。当たり前と言えば当たり前の話だ。

 だからここまで近寄ってきた。この距離じゃないと当てられないから。


「……っ……」


 怖い。歯がガチガチ鳴ってる。相手が素人だとか関係なく、こんな近くで銃を向けられて涙が出ないはずがない。


 でも。


 爆発を受けた後、少しでもハウンドさんの声を聞いて思い出せた。恐怖が目前に迫っている時こそ、逃げる為に動かなければならないんだと。後方ではまだ銃声が――ショットガンの轟音が鳴っているし。何ならそれは、また少しずつ近づいてきている。


「俺はまだ下手だからよ。痛かったら悪ぃなぁっ!」


 カッコいい決め台詞なんて言う余裕はなかった。だから目をつぶって、ずっと後ろ手に隠していた右手を前に出す。ピンを抜いたスタングレネードを、目の前の男に見せつけるように。



「――っ!」


「ぐあぁぁっ!?!?」



 強烈な高音と閃光が、わたしと長峰の間で炸裂する。

 瞼を貫通して光が突き刺さり、耳はほとんど聞こえない。


 でも、無警戒だった長峰よりはましだ。

 目を開ければ視界には、ちりちりと火花のような残光が散っている。涙で霞んでもいる。でも、目を抑えてのたうち回る高峰の姿は見えた。


 一瞬、逡巡する。

 今なら倒せるかもしれない。流石にゼロ距離で銃口を突きつければ、わたしでも当てられるだろう。


「――何やってんだバカがッ!」


 けれどもやっぱり、今のわたしには無理みたいだ。

 悲鳴を察知してか、S1の怒鳴り声が聞こえてきた。斜め後方から投げ込まれる円筒状の何か。手榴弾かと思い慌てて後ずされば、シューっと音を立てて、凄い勢いで煙が噴き出し始めた。

 元より塀と家の壁で囲まれた狭いスペースだから、スモークグレネードによる煙幕はあっという間に視界を埋め尽くしてしまう。


「くそっ、くそっ……!絶対殺してやる!」


「イキってんじゃねェぞガキが!」


 前方、長峰のいた場所からは怒号同士のやり取りと威嚇射撃が飛んでくる。


「ひぅっ……!」


幸い当たりはしなかったけれど、もう反撃しようだなんて気は完全に失ってしまった。再び心を埋め尽くす恐怖に突き動かされるように、わたしは何とか立ち上がって、その場から背を向けて。



「――トウミっ!」



 そこには確かに、塀の向こうから戻ってきたハウンドさんがいた。


「は、ハウンドさぁん……!!」


「ごめん、ごめんトウミ……!」


 言葉少なにわたしの手を取ったハウンドさんは、そのまま踵を返し全速力で駆け出す。路地裏をざっくり右方向に抜け、ある程度進んだら反転して、当初の予定通り北東方面へ。

 もう日はかなり傾いていて猶予はなく、一刻も早く街を抜けようと走り続ける。いつまた長峰たちと遭遇するか、常に恐怖が付きまとっていたけれど。だからこそ足を止める事なく、全力で進むハウンドさんに付いて行けた。



「……はぁっ、はっ……!」


「トウミ、頑張って……!」


 街に入ってからは不運続きで、その分運が巡ってきたのだろうか。その後は誰とも遭遇せずに無事街を抜ける事ができた。思わず足を止めそうになる、けど。


「『暗闇』が来る、もう少しだけ――!」


 ――頑張ってと、ずっと握って貰っていた手のひら越しに、伝わってくる気がする。いよいよ日が沈み始め、急速に空気が冷たくなっていく異様な感覚の中、ハウンドさんの温もりがより一層感じられた。


「……はっ、はっ……!!」


 街を抜けた先にある遺跡群……の、少し手前に、いくつかのプレハブ小屋が集まったセーフティスポットがある。そこはギリギリで安地に入っているから、そこまで行ければ何とかなる。

 既に誰かが――特に長峰達が――いる可能性に一瞬、不安を覚えたけど。こればっかりはもう、祈るしかない。


 薄暗い草原を走って、走って、走り通す。緩やかな登り道。

 息はもうずっと上がりっぱなしだけど。走れる、頑張れる、そう思えばこの体は、速度を緩めずに進み続ける事が出来た。


「トウミっ!」


「うんっ……!」


 そして、ようやく。


 小高い丘の上に並ぶ、プレハブ小屋の集合地にやってきた。

 本当に幸いな事にこの区画には他のプレイヤーは来ていないようで、勢いそのまま目に付いた一軒に飛び込んで行く。

 簡素なイスとテーブルに小さなコンロの置かれた四角いスペースに。翌朝まで、最初に入ったプレイヤー以外誰も入ってこれない絶対の安全地帯に、わたし達は辿り着いた。

 

「……ふぅ」


 ずっと気を張り詰めていたハウンドさんが、銃を置いて息を吐いた辺りで。わたしの中でも、ずっと張っていた緊張の糸がぷつんと切れる。


「トウミ――」


 何かを言われるより先に、ハウンドさんに縋りついた。


「……うっ……ひぐっ……うぅぅぅっ!!」


 顔を押し付けて、彼女の肩を涙で濡らす。

 戦いの恐怖、人が死ぬ恐怖、殺意を向けられる恐怖。


 死んでいたかもしれない恐怖。


 原動力になっていたそれらが、一気に反転してわたしの体を震わせる。

 もたれ掛かりながら子供みたいに泣きじゃくるわたしを、ハウンドさんはぎゅうっと抱きしめてくれた。


「……偉い。良く頑張った。流石は私の相棒」


 優しく、優しく、抱きしめてくれた。

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