昼 ヘキスコル市街地 2
間違いなく今の戦闘結果を示すモノだろうログには、三人の名前並んでいた。
S1 → 田んぼマン[KILL]
S1 →
「……S1……」
矢印の前に連続して並んでいた文字列を、思わず小さく読み上げる。
とてもシンプルなその名前には、見覚えがあったから。
「――トウミ、少し下がろう」
だけどそれ以上考える前に、ハウンドさんがわたしの腕を引いた。来た方へ戻るよう静かに。振り向きざま、更に一組の男女が家の前の通りに駆けこんで来るのが見えた。
「……っ……」
銃声は聞こえてこない、あの二人は待ち伏せを回避したらしい。
「……安全策を取りたい所だけど、もう時間も迫ってる」
家とそれを囲う塀、その間の細い空間を走りながら、ハウンドさんが考えを巡らせている。
太陽はもう、西日と言っても良いくらいの傾きで。日没はまだ先だけど、大きく迂回したり安全になるまで
「ごめん、私の読みが甘――ッ!!」
突然、ハウンドさんが言葉を切った。
急加速して、数メートル先の塀の切れ目まで一気に走り――
「うぐッ!?」
塀の向こうで、サイガ12Sの発砲音と男性の呻き声。それらが三回ほど連続したのちに、ハウンドさんは塀のこちら側に戻ってきた。慌てて駆け寄ろうとしたところで、彼女を追いかけてきたらしい大柄な男性が姿を現す。
「ひぃっ!?」
喉が引き攣るのと同時に、AKMを持つ手も強張る。
真正面にいるわたしに、男性は勢いのまま銃を向けようとして。
ドガッ!!
と、ハウンドさんが横から一発、いや二発、散弾を撃ち込んだ。
「グッ――ガッ!?」
そのまま弾切れになったサイガを肩紐に任せて手放し、男が倒れ込むよりも早くグロックを構える。パンパンパンパンパンとセミオートで五発、それで彼のHPは全て失われた。
ハウンド・ドッグ → CCCJ[KILL]
ハウンド・ドッグ → Carl Justin[KILL]
流れたキルログは息を吐く間もなく、後方から聞こえた銃声ですぐに更新される。
S1 → Ellen [KILL]
けれども今は、そこに意識を向ける余裕なんて無く。ただ震えながら、ハウンドさんと目を合わせていた。
「ごめんトウミ。鉢合わせたから、やるしか無かった」
「いえ、あの……わたしこそ、ごめんなさい」
何の役にも立てなくて、と続けようとした言葉が遮られる。わたしの斜め後ろから放り投げられてきた、小さな楕円形の物によって。
まだ二、三メートル程開いていたわたし達の間に転がり込んだそれは、小さなパイナップルのような――
「――伏せてっ!!!!」
幸いだったのは、その気迫に押されて後ずさった事だろうか。後ろ向きに派手に転んだお陰でそれ――グレネードから少し距離を取る事ができた。
次の瞬間には、大きな爆発音。
「ううぅぅっ……!!」
滅茶苦茶に痛い。熱と爆風と、大量の破片が身体を叩く。特に足先から膝辺りまでが焼けるように熱い。腕で覆った視界の中で、HPが40ほど減ったのが見えた。
「……ふっ、うぅぅ……!」
泣きべそをかきながら、小さく丸まって耐える。大丈夫、身体は無事、痛みもすぐに治まる、そう自分に言い聞かせて、立たなきゃと心を奮い立たせようとして。でも、全身が震えて動くことができない。
足だってちゃんと付いてる。だというのに、立ち上がれない。
「は、ハウンドさん……っ」
怖くて、無意識に小さく呼んでいた。聞こえた訳でもないだろうに、それでもあの人は、答えてくれる。
「――トウミっ!大丈夫っ!?」
壁一枚を隔てたような、さっきより遠い声。
見れば彼女のHPは100のままで。もしかしたら、とっさに塀の向こうに避難したのかもしれない。流石、わたしの理想の傭兵さん。
彼女の声が聞こえただけで、少し心に余裕が戻ってくる。上体を起こしながら、大丈夫と返事をしようとして。また、邪魔された。
「――てめぇがハウンド・ドッグの
後ろからかけられた、粗野な声によって。
慌てて振り返ると、黒髪の若い男がこちらに銃を向けていた。家を囲む塀の反対側の切れ目に肩を預けて、鋭い眼付きで睨みつけてくる。
「ひっ」
何度目かも分からない悲鳴を上げながら、尻餅を付いたまま後ずさる。
同時にまた後ろ――ハウンドさんのいる方から、銃声が聞こえてきた。フルオートの射撃音、ハウンドさんの武器じゃない。
「――くそッ、邪魔だッ!」
「つれないコト言うなよ……オレらは何度もやり合った仲らしいじゃねぇか!知らねェけど……なァッ!」
ショットガンの発砲音と、言い争う声。私の目の前の男と良く似た、でもそれ以上にドスの効いた声の主と、ハウンドさんが撃ち合っているらしい。遮蔽を取る為に反対方向へ行ってしまったのか、喧騒はさっきよりもさらに遠くに聞こえた。
「おーおー。キャラはキャラ同士で仲良くやってるじゃねえか」
無防備だったはずのわたしを撃つ事もせず、目の前の男が笑う。痩せぎすで、ぼさぼさの黒髪がかかっている両目は、鋭く吊り上がっていた。
「向こうで戦ってんのはS1だ。そういや伝わるか?」
S1。さっきもキルログに流れていた、知っている名前。
「じゃあ、あなたは……」
「そーそー。S1の
その名前も、つい先ほど、S1と並んでキルログに出ていた。つまり彼は、既に誰かを撃っている。
「俺はなぁ、ずっとテメェをぶっ殺してやりたかったんだ。いつもいつも目の前に立ちはだかる、ハウンド・ドッグをよ」
――ああ勿論、ゲームでの話だぜ?
そう言って笑う長峰は、ずっと銃口をわたしに向けたまま。
彼の言葉通り、[DAY WALK]の中でハウンド・ドッグとS1として、わたし達には因縁がある。
つまり、シーズンランク10位を争っていた相手として。
……争っていた、とは言っても、毎度最終的にはわたしが10位、彼が11位だったけど。10位以上になると、ゲーム内の特設ページで大々的に名前が掲示される。やり込んでいる人にとっては、一種の名誉のようなもので。
そしてそれを、ずっと自分から奪い続けてきた憎き人物。
長峰 俊一にとってわたしとは、そういう相手らしかった。
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