後編

【3.エンゲージ!】


 ファーストヒットコンボ! ……というわけでもないのだが、せめて主導権を握ろうと自分から彼女に口づけした俺は、舌を絡ませて口の中を蹂躙するというディープキスで迎撃される。


 「ん…くちゅ……んむ…ふぅッ…んっ…」


 一応童貞じゃないとは言え、女性とシた経験なんて10年近く前に何度かあっただけ。経験不足にもほどがあるが、仮に俺が人並み程度の性体験を持っていたとしても、彼女とのキスでは遅れをとったに違いない。


 はっきり言って、メチャクチャ気持ち良い。キスがこんなに気持ち良いものだとは、正直思わなかった。たぶん、大蛇の化身である彼女の舌が(先こそふたつに割れてないものの)常人の域を通り越して長く、また器用であることも関係しているのだろう。


 とは言え、一方的に蹂躙されているのもシャクだ。


 「んんッ……!」


 今度は俺の方からも舌を絡ませていく。

 彼女の口の中に舌を入れ、さっき彼女にされたように彼女の口の中を舐め回す。

 彼女の唾液は──本来毒であるとは信じられない程──甘く、爽やかな香りがした。


 俺達は、しばらくの間そうして舌を絡ませ合っていた。

 どこぞのナイスガイの台詞じゃないが、心は熱く、頭は冷静に、そして両手は優しく彼女の身体を抱きしめる。それだけで、不思議と満たされていくような感じがする。


 「ん……ふうっ………ねぇ、キミ、本当に経験少ないの? 私……こんな気持ちのいいキスしたの、初めてよ。

 ──もっとも、私とキスした人自体そう多くはないけど」


 唇を離して訝しげに、しかし頬を紅く染めて言う彼女。

 どうやら俺に出来る精一杯口撃(キス)はかなりの成果を挙げたようだが……ああ、そうか。そもそも、彼女の本性を考えれば、その生きた年数に比べてキスした相手が極端に少なくとも不思議はない。


 しかし──いかにも経験豊富そうな妖艶な美女にこんな表情をされると、ギャップ萌えと言うか、すんごく可愛く感じてしまう。


 「本当ですよ。そもそも嘘ついても仕方ないし」


 疑似的に霊的な繋がりがあるから、思考や感情はだだ漏れなはずでしょ? と聞き返す。


 「あはっ、冗談よ(そうね。キミは私の旦那様になるんだもの。むしろ心強いわ)」


 後にして考えると、その時から既に彼女は俺を本物の眷属に変えるつもりはなかったのだろう。

 もっともその時の俺は、目の前の美女の相手でいっぱいいっぱいで、気付かなかったわけだが。


 「フフッ、さ、もっとイイコト、し・ま・しょ」


 楽しそうな彼女に、俺はそのまま押し倒されてしまう。彼女はトロンと潤んだ目付きで俺を見下ろしている。


 「この体勢は……俺が不利過ぎませんか?」


 久々なので、勝手がつかめず、結局主導権を握られてしまった。


 「だいじょうぶ。キミは私にその身を委ねてくれればそれでいーの」


 悪戯っぽく笑うと、俺の肉棒を掌で弄ぶ彼女。合意の上とはいえ、何だか逆レイプをされているみたいだ。


 「それがイイんじゃない。ねぇ、燃えない?」


 いや、そういう嗜好は俺にはないんで……ない、はずだよな?


 「そう言う割には、ずいぶんと元気じゃない、ココ」


 彼女の仰る通り、我が分身は既にカチコチの合体準備完了状態だ。まぁ、これからスることを思えば、無理もない話だが。


 「あ、あんまりガン見しないでくれます? それほど大きさに自信があるわけでもないんで」

 「フフフ……そういう風に恥じらう様子を見るのが、またソソるんじゃない。主(つま)の特権でしょ」


 なんかもう、完全に手玉に取られているような気がする。


 「とは言え、私もすっかりご無沙汰で、割と我慢きかなくなってるのよねー」


 彼女の裸身が俺の上にまたがる。

 下から見上げる形で一番目を引いたのは、やはり胸だろう。

 D、いやEカップは確実なのに、垂れもせずに形は良好。まさに「たわわ」と言う形容が似合う極上の果実が目の前で揺れているのだ。これで奮い立たないワケがない。


 「喜んでもらえたようで嬉しいわ。じゃあ、早々に私の中にお迎えするわ、下僕(だんな)様♪」


 ……

 …………

 ………………


 ふたりで昇りつめてしばらくの後、彼女は繋がったままの俺の上に倒れ込んできた。


 身長差はほぼないので、俺の顔のすぐ横に彼女の美貌が見える。加えて視界に映る、地に着くほどの長い藍色の髪。

 艶やかなその髪に、触れてみたくて、俺はそっと手を伸ばす。


 彼女は一瞬ピクリと身を震わせたものの、それ以上は動かず、俺はそのまま彼女の髪に触れて、そのまま梳くように撫でていた。

 あれほどウネウネ動いていたのに、指を擦り抜けていく髪の感触は細く滑らかで、とても触り心地がいい。


 「……どうしたの?」

 「ん? ああ、綺麗な髪だなぁ、って」


 俺の馬鹿正直な答えに、彼女は呆れたような慈しむような視線を返した。


 「ねぇ、キミ、私の本性が何かわかってるんでしょう? それでも、綺麗だって言うの?」


 確かに、彼女の正体はヒュドラで、今の姿は擬態してるだけで、多分この髪も実際にはメドゥーサの髪の如く無数の蛇の首なのかもしれない。

 それでも、綺麗だと──触れてみたいと──愛しいと思ったこの想いに嘘はない。


 「……呆れた」


 そう言いつつも、彼女の表情はどこか嬉しそうだった。


 「で、この勝負、俺の勝ちでいいんですか?」

 「あ、そう言えばそんなコトもしてたわね」


 さては途中から忘れてたな?


 「んーーー、ま、いいでしょう。とりあえず、この一戦はあなたの勝ちよ、旦那様」


 ありゃ、案外素直に認めたな。

 ──ん? 「この一戦」?


 「そ。さぁ、夜はまだまだ長いわよぉーー!!」


 ちょ、待った、そもそも海底(ココ)に夜も昼もないだろうが!?


 「ええ、だから好きなだけ睦み合えるわね、ダーリン♪」


 ひぃええええーーー!


 ──その後、媚薬兼霊力補給の効果のある彼女の唾液(いわく「毒も薄めれば薬となる」んだそうな)で何度となく「復活」させられつつ、俺達は、ほぼ3日3晩交わり続けることになった。

 おかげで、俺──俺達が地上に戻った時には、すでに津波から一週間近くの時が立ち、俺の生存はほぼ絶望視しされていたことを付けくわえておく。


 「うん、まぁ、若気の至りよね、ダーリン♪(テヘペロ)」


 齢ン千歳の、どの口がそんな台詞言う気ですか、マイハニー。



【4.死が二人を分かつまで】


 結局、何だかんだで一応俺を「旦那様」と認めてもらったんで、ふたりで地上で暮らすことになった。

 実は、海底での隠棲生活に飽き飽きしていた彼女が、こうなるように手を抜いたんじゃあ──と気づいたが、俺としても、何にもない海底よりは住み慣れた地上で暮らす方が断然いいので、あえて追求する気は毛頭ない。


 ただ、そのために彼女の化身(じつは目の前の人型は「9本の大首のひとつを核に魔力で実体化した存在」だった)を本体から一時的に「切り離す」必要があった。この状態だと、は眠る本体と化身は長~い髪の毛でつながっているのだ。


 ──え? エヴァンゲ●オン? ……せめて「子供たちは夜の住人」の由美と道麻って言ってあげて(我ながらたとえがマイナー過ぎか)。


 ともあれ、3日3晩ブッ続けの交わりは、その儀式魔法で使う魔力蓄積のためだって言ってたけど──ありゃ、絶対後付けの言い訳だな、うん。


 で、いざその切断の儀式をしたら、とても(魂的に)痛かったらしく、涙目になってクスンと凹む彼女の様子がとても愛らしくて、ついつい押し倒してしまったあたり、いい加減俺もほだされてるよなぁ(1戦終わったら即逆襲されたけど)。


 諸々のコトが終わったのち、彼女の魔力で大きなシャボン玉みたいな空気の塊りを作り、それに入って俺たちは地上に出た。

 俺のポケットには小銭入れしか入ってなかったし、彼女は言わずもがな、現代日本の貨幣を持ってるワケないが、上陸した場所は幸い俺の家の隣りの県だったから、電車で帰ること自体は比較的容易だった。


 ただ、一週間失踪して、「ふたりで」家に戻ったんだから、もちろんひと悶着もふた悶着もあったともさ。

 とりあえず、俺は津波で流された後、彼女に拾われて介抱されてたが、一時的に記憶を失っていたということにしておく。


 で、この一週間あまりの間に「彼女の献身的な看護」(笑)を受けた俺と彼女の間に愛が芽生え、さらに俺の記憶も戻ったので、ふたりで結婚してここに住むため戻って来た──と、周囲には説明した。


 ちなみに、今俺が住んでる家は、仕事場(古本屋)を兼ねた、商店街の端っこにある一軒家だ。


 元は爺さんが経営してたこの店に、務めて2年目の会社がつぶれた俺がそのまま居候兼店員として転がり込み、一昨年、爺さんが亡くなるとともに引き継いだ形になっている。

 色々手を入れてるはいるが、かなり古いし、新婚の新居として見ると少々オンボロ気味なのは否めない。


 彼女が難色を示したなら住居だけでも新築マンションにでも引っ越そうかと考えていたのだが、意外なことに我が奥方は、この古き良き昭和の香り漂う和洋折衷住宅がいたくお気に召したらしい。


 「たとえ古くとも大切に使われていたものには魂(プシュケ)が宿るものなのよ、ダーリン」


 神話の時代から生きる蛇姫様の言うことだけに不思議と説得力があるなぁ。

 無論、俺としても伴侶に異論がなければ馴染みこの家を離れる理由はない。

 かくして、俺達は正式に籍を入れる前からこの家で同棲生活を営むこととあいなったワケだ。


 周囲の反応は様々だった。

 ウチの両親に関しては、いきなり嫁を連れて来た割には、案外簡単に受け入れてくれた。

 まぁ、俺もそろそろいい歳だし、龍子さん(ふたりで決めた偽名)はパッと見には「いいところのお嬢さん」っぽく見えるからな──ただし、「清楚可憐」じゃなくて「絢爛豪華でタカビー」系の。


 実際、海底の棲み家からごっそり貴金属とか宝石の類を持ち出して来たから、ひと財産どころか百財産くらいあるんだが。

 現代日本の知識や社会常識その他についても、俺からコピーしたんだから、おおよそは心配ないだろうし。

 ──と、この時では思ってたんだが、後日「机上の知識」と実体験にもとづくそれとでは大きな差異があることに否応なく気付かされた。トホホ……。


 紹介した友人たちは、色々やっかみつつも、ちゃんと祝福してくれた──ただ、霊能者してる友人には「あの女性の正体知ってるのか?」って聞かれたんで、曖昧に笑っておいたけど。


 「……そうか。お前がいいなら、別に他人がとやかく言うことじゃないよな。いろいろ頑張れ──蛇性の淫なんて言葉もあるし」


 『雨月物語』、だっけ? まぁ、俺は最初から彼女の本性は承知の上だし、その辺については問題ないんだが。まぁ、とりあえず寺詣りはやめとこう。「淫」の字の部分については──はは、これも「夫の義務(つとめ)」と割り切ることにしたよ。


 ともあれ、そいつのツテでマイハニーの日本戸籍を作ってもらい、晴れて「ギリシャ系帰化人を母に持つ日本人・九頭見龍子」さんが社会的にも認知され、その半月後に華燭の宴とあいなった。

 いやぁ、まさか、この俺に純白のタキシードなんてものを着る機会があるとは夢にも思ってなかったよ。男ぶりが3割ほど上がったかな?


 「ダーリン、ここは普通、新婦のウェディングドレス姿を褒めるところじゃないかしら?」


 祭壇への道を腕組んで歩きながら、龍子さんが小声で呆れたように囁く。

 普通は花嫁の父が祭壇前までエスコートして新郎に引き渡すんだろうけど、彼女が天涯孤独(と言うことになっている)なので、変則的にこういう進行にしてもらった。


 ──言わせんなよ恥ずかしい。

 純白……ではなく、ほんの僅かにピンクがかった薄い桜色の上品なエンパイアラインの婚礼衣装に身を包んだ彼女は、冗談抜きで女神のように美しかった。


 「フフッ、あ・り・が・と」


 彼女限定のサトラレ状態なので、俺の本音はダダ漏れなワケだが、まぁ、その辺は文字通り「言わぬが花」いうヤツだろう。


 さすがに神前での誓いっては白々しい気もしたんで、形式としては人前式ってことになるのかな、これは。

 立会人(例の霊能者な友人とその奥さんが務めてくれた)の前で、二世を誓う俺達。もっとも、凡人な俺はともかく、我が奥方殿が来世を迎える頃には、人類の方が滅んでいるかもしれんが。


 ともあれ、その出自とは裏腹に、呆れるほど美人であるという点を除けば龍子さんも、ごく当たり前の「幸せ一杯の花嫁」に見える。

 実際、あとから聞いたところ「まさか私が人間の男の元に嫁ぐ日が来るなんてね~」と、酔狂に面白がってはいたらしいし、ま、結果オーライだろう。


 新婚旅行は1週間かけて国内の主要都市5ヵ所を梯子した。下手に風光明媚な場所より、現代文明の粋を凝らした都市の方にマイハニーは興味を示したからだ。

 旅先では色々な厄介事──ホンっトにてんこ盛りなトラブルに遭遇もしたが、それもまぁ済んでみればいい笑い話だ。


 そして、現在、俺は相変わらず古本屋の店主を務めると同時に、主夫として我が家の切り盛りもしている。


 彼女の名誉のために言っておくと、(驚いた事に)龍子さんも家事を分担しようと申し出てはくれたのだ。もっとも、これは俺の身を慮ってと言うより、好奇心でやってみたいという要素の方が強かったみたいだが。


 そして、このテのありがちなお約束みたく家事の技量が壊滅的というワケでもなかった。少なくともひとり暮らしを始めた当初の俺よりは、よほど筋も良かったし。


 ただ……ちょっとでも気を抜くと、すぐに手の代わりに髪の毛の触手(?)を使っちまうんだよ(しかもその方が器用だし……)!

 そんな光景、万が一他人に目撃されたらエラいことになる。


 ──と言うわけで、現在も独身の頃同様、俺が炊事・洗濯・掃除をこなしているというワケだ。


 じゃあ、ウチの奥方殿は何にもしてないNEETなのかと言えば……うーん、違うと思う、一応。


 まず、店を開けてない朝晩はともかく、俺が昼飯を作っているあいだは、店番をしてくれてる。好奇心と知識欲旺盛な我が妻は、本を読むのがお気に入りのようで、店番しながら片っ端からウチの売り物を読み漁っているのだ。


 そのぶん、客への応対は比較的ぞんざいだけど、元々近所の学生と常連さんしか来ないような店だし、特に問題にもなってない。


 そして、意外なことにパソコン、とくにインターネットにもハマった彼女は、最近デイトレードで結構な額(それこそ、ウチの店のつつましい収入と同じくらいの金額)を稼いでいるのだ。


 ──巳(ヘビ)は金運の象徴とか言うけど、それと関係あるのだろーか? それとも、齢ン千年の智恵の勝利?


 「あぁ、株取引(あんなの)なんて、運気の流れを読めば簡単よ」


 オカルトでした!


 ともかく、今現在の俺は、美人で(機嫌さえ損ねなければ)陽気で明るい嫁さんをもらって、至極幸せな新婚生活を満喫していると思う。


 「ねぇ、ダーリ~ン、お腹が膨れたら、私のもうひとつも欲求、満たして欲しいな♪」


 そして食事のあと、妻にこんなに潤んだ瞳を向けられたら、たとえ相手が蛇姫様でなくとも、男なら後には引けないと言うモノだ。


 「にゅふふ……月がとっても蒼いから今夜は寝かさないわよ~」


 ──ただひとつ、夜の営みのあまり寝不足気味なのだけは何とかしてほしいと切に願う今日このごろではあるが。


-おしまい-

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九毒蝕む我が龍姫 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama

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