九毒蝕む我が龍姫

嵐山之鬼子(KCA)

前編

【1.亭主元気で飯が美味い!】


 アンデルセンの『人魚姫』って童話あるよな?

 海に落ちて溺れた人間の王子に、助けた人魚がひと目惚れして、美声と引き換えに人間の姿になって陸まで追い掛けてくるんだけど、最後は泡になって消えちまう悲しい恋のお話だ。


 あるいは、ちょいとマニアックに実写版映画の『スプラッシュ!』なんてのもあったな。あっちは逆に、最後は人間の方が漢(おとこ)を見せて人魚娘と添い遂げるハッピーエンドだった。


 アニメだと『瀬戸の花嫁』とか『マーメイドメロディ』なんてヒロインが人魚の番組もやってたよな~、俺はどっちもチラッとしか観たことないけど。


 話の流れは違えど、人魚な彼女達は皆、けなげで優しくて主人公に一途に惚れてる……ってぇ、共通点があったと思う。


 そりゃね、俺もそんなの男の浪漫──て言うか都合のいい妄想だってこたぁ、分かってたさ。そもそも、人魚なんて空想上の生物だし、仮にいたとしても、そんなご都合主義的に「惚れた男に尽くします」的な展開が、そうそう転がってると思えないし。


 「ん? マーメイドって、ちゃんといるわよ? 私も昔は眷属(じゅうしゃ)として何人か手元に置いてたし。うーん、真面目でいい娘達なんだけど、男に惚れっぽいのが玉に瑕なのよねー」


 はぁ、さいですか。


 「ところで、ダーリン……私、そろそろお腹空いたな♪」


 あー、はいはい、もう少しで出来るから、ちょいと待っとくれ。


 俺は、雑念を追い払って中華鍋の中味を揺すりながら炒めつつ、横目で電子レンジの中の深皿もチェックする。

 程なく、チン! とレンジの調理が終了。うまい具合にフライパンで作ってた方も出来あがったところだ。


 直径50センチほどの大皿にフライパンの中味(豚肉多めのホイコーロー)を手早く盛りつけ、レンジから出してきた耐熱ボウルに入った牡蠣グラタンとともにトレイに載せて、リビングのテーブルまで運ぶ。

 すぐに台所にとって返すと、炊きたてご飯の入った電子ジャーとお茶碗も持って来た。


 「ふふっ、今夜も美味しそうね♪」


 深紅の下着姿(本人は部屋着と主張)で居間のソファに寝そべってテレビを観ていた女性──先程俺の雑談(雑念?)に茶々入れたのも彼女だ──は、けだるげに、けれどどこまでも優美な仕草で身を起こす。


 優美なのは、仕草だけじゃない。


 おそらく170センチは下らない長身と、出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んだメリハリの利いた体つき。

 欧亜混血風の、やや彫りが深めだが一流彫刻家が生んだ傑作の如き整った美貌。同じく日本人離れした、白くしっとりと滑らかな肌。

 個人の好みの差はあれど、少なくとも日本人男性の99%が彼女を「美女」の範疇に含めるだろう。


 そして、何より彼女を特徴付けるのは、その見事な藍色の髪だ。

 ほとんど膝近くまである長さもさることながら、その量も尋常でなく、キャバ嬢のアゲアゲヘアなんてメじゃないレベルのボリュームで彼女の背後でウネウネとうねっている。

 ──いや、比喩じゃなく、本当に動いているんだけど。


 「じゃあ、折角ダーリンの作ってくれた夕飯なんだから、冷めないうちにいただくわね」


 食卓につくが早いか、めまぐるしいスピードで、彼女の前に置いた食事が消えていく。

 テーブルマナー的には問題なく、むしろ箸の持ち方なんて下手したら俺より上品なくらいなのに、その食事量とスピードはハンパじゃなかった。


 以前なら、それにアテられて何だか食欲減退してた俺だが、近頃は開き直って普通にしっかり食べられようになっていた。まぁ、食べないと「この後」がツラいし。

 それどころか、彼女の食べっぷりを微笑ましく見つめながら、あの髪のリズミカルな動きからして、今日の夕食の味に満足してくれてるみたいだな……なんて観察する余裕すらある。


 鉄面皮というわけではないが、普段からアルカイックな微笑を浮かべているせいで、イマイチ感情が読みにくい彼女だが、最近は犬の尻尾の如く髪の動きを見ればなんとなく彼女の機嫌がわかるようになってきた。


 ははっ、人間てのは、つくづく環境に慣れる生き物なんだなぁ。


 「そうね~。ことさら口にしなくても妻(あるじ)の気分を察してくれるなんて、夫(しもべ)としていい傾向だと思うわ♪」


 はいはい、そりゃよござんした。


 ちなみに、フリガナも含めて「妻」とか「夫」と言うのは別段冗談じゃない。


 つい先日、俺こと平凡なアラサー男、井出歩(いで・あゆむ)と目の前の美女、九頭見龍子(くずみ・りゅうこ)さんは、挙式と入籍を済ませた、まごうことなき夫婦なのだから。


 もっとも、そこに至る過程は決して平坦なものではなかったし、さらに言うなら(薄々予想はついてるかもしれないが)、ウチの奥さんも決してタダ者じゃない。

 ──て言うか、そもそも「人」ですらないし。


 正気を疑われるのを承知で白状するが、この女性(ひと)は竜──それも、日本や中国でポピュラーな龍神様とかじゃなくて、知る人ぞ知る(たぶんファンタジー作品のファンなら聞いたことがあるだろう)ヒュドラ、和名・九頭竜の変化(へんげ)した姿なのだから。


 「うふふ、ホントは9つだけじゃなくて100近く首はあるんだけどね♪」



【2.嗚呼、毒龍姫様】


 井出 歩。性別・♂。年齢・28歳(当時)。職業・自営業(古本屋)。

 職業柄(と言うのは言い訳か)、社会生活に役立つ知識は乏しいクセに、下らない無駄知識だけはかなりの量貯め込んでいる、若干ビブリオマニア気味なアラサー独身男。

 ──3ヵ月前、俺が失踪した時の世間的な認識は、こんなモンだろう。


 念のため断わっておくと、俺だって自分からすき好んで失踪したわけじゃない。

 かと言って、某国なり某マフィアなりの陰謀に巻き込まれたとか、そういうカッコいい(?)理由じゃなく、単なる事故ってヤツだ。


 そう、あれは店の整理とか棚卸とかが珍しくスムーズに終わった休業日の午後。俺はふと気まぐれを起こして、近く(と言っても自転車で15分程かかるけど)の海まで釣りに出かけてみたのだ。


 趣味と言えるほど精通しているわけでもないが、学生時代に買ったマイロッドは一応押し入れの中で健在だったし、たまには静かに海でも眺めつつ水面に糸を垂れてみるのもいいかなぁ、くらいの気持ちだった。


 ところが。

 磯辺で釣り糸を垂れてるうちに、うつらうつらしちまったくらいはともかく、地震、それも結構震度の大きいのが来ても居眠りしたままで、ハッと気付けば高波に飲まれてるってのは、我ながらポンコツ過ぎるだろう。


 日本人の平均程度には泳げる自信はあったが、波に飲まれた際にしこたま水を飲んじまったらしく、たちまち息苦しくなって、巧く身体も動かせず、正直もうダメかと思ってたんだが。


 意識を喪う寸前に何やらふたつの蒼い光みたいなモノが見えて……。

 左胸に焼けた火箸が突き刺さるような激痛を感じて飛び起きたところ、俺は何やらクリスタルで出来た宮殿(?)みたいな場所に座り込んでいたんだ。


 「あら、意外な反応。案外悪運が強いのね」


 状況がつかめず茫然とする俺に、すぐ背後から笑みを含んだ柔らかな声がかけられる。


 「!」


 とっさに振り向いた俺の目の前にいたのは……。

 俺の貧弱な語彙では「絶世の美女!!」としか表現しようのない人物だった。


 よほどのロリコン・ツルペタ好きでもない限り、男なら思わず唾を飲んで見とれてしまうような見事な曲線を描く肢体。

 この薄暗い闇の中にあっても、ほのかに光っているようにさえ見える白く滑らかな肌。

 仏蘭西人形の優美さと京人形の繊細さを同時に兼ね備えたような美貌。


 そして。

 ぬばたまの如き黒髪──というには、僅かに青みがかったその髪は、身の丈より長く、それどころか遥か後方にまでうねうねと長く伸びている。

 ギリシャ彫刻風のシンプルな白いドレスに身を包んでいるのが、また、女神かと思えるほどハマっていた。


 おそろしく魅力的だが、同時にどこかエキセントリックで畏怖すら感じさせる──そんな迫力ある雰囲気をまとった美人さんが、俺のすぐ背後に置かれた椅子(と言うか玉座?)に腰かけたまま、こちらを見て嫣然と微笑ったのだ。


 正直に言うと、その時背筋を冷たいものが走ったね。

 目の前の女性が見たままの存在じゃないと、本能的に悟ってたんだろうなぁ。


 「──どちら様?」


 それでも、あまり普段と変わらぬ平静な(彼女に言わせると「間の抜けた」)声を出せたのは、我ながら称賛に値すると思う。


 「ふーん。人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るのが人間の礼儀だったと思うけど……まぁ、いいわ。どうせ、知ってるしね、イデ・アユム」


 !


 「えっと、以前どこかでお会いしたこと、ありましたっけ?」


 恐る恐る俺がそう聞くと、なぜだか突然その女性はクスクス笑い始めたのだ。


 「ウフフッ、おもしろい冗談ね。私と“以前”会ったか、なんて。もしかしてキミ、メトセラの末裔? それともマーメイドのレバーでも食べたの?」


 メトセラって、確か旧約聖書で1000年近い長寿を保ったとされる人物だっけ。それにマーメイドのレバーって、つまり「人魚の生肝」!?


 (どっちにせよ不老長寿に関わる単語だから──おそらく、この美人さんはやっぱり見かけどおりの年齢じゃない。多分とんでもなく長生きしてるってことかな)


 ……ってことは、人間じゃない可能性も高いわけだ。


 幸か不幸か学生時代の友人にソチラ方面を商売にしている人間がいる(そして実際、学生の頃にそういう事件にも巻き込まれた)から、数は少ないとは言え、妖怪とか妖精とかいった人外の存在が実在することは、俺も一応認識していた。


 「ふふっ、せーかい。そうね。あんまり焦らすのもナンだから教えてあげるわ。私の正体は──コレよ!!」


 一瞬──正確にはふた呼吸するほどの僅かな時間、俺達がいる部屋の床が透明になり、その下が透けて見える。

 さらに、どこに光源があるのか常夜灯に照らされた程度の明度しかなかった部屋が、ほんの少しだけ明るくなった。とは言え、せいぜい停電時に懐中電灯を付けた程度の明るさだが。


 しかし、それだけで十分だった。

 俺達の足下の床の、そのさらに下に、全長十メートルは下らないだろうトグロを巻いた大蛇が眠っていることはハッキリ見て取れたのだから。

 しかも、ただの大蛇じゃない。

 一瞬だったから正確な数は確認できなかったものの、蛇には複数──たぶん8本か9本の首があることも、俺にはわかってしまった。


 「八岐大蛇……いや、九頭竜、か?」


 思わず俺の口から漏れた言葉を、彼女が拾う。


 「コチラでは、そう呼ばれることもあるわね。私はHydraって呼び方の方が好きだけど」

 「ま、まじデスカ」


 驚きのあまり、思わず片言になってしまったのも無理はなかろう。


 ヒュドラ、あるいはハイドラとも呼ばれるそれは、単なる妖怪変化の類いとは一線を画する存在だ。


 逸話として有名なのは、ヘラクレスの難行と関連した「レルネーのヒュドラー」だろう。

 伝承によればテュポーンとエキドナの子で、女神ヘラがかの英雄を抹殺すべく直々に育てた神話級の魔獣だ。善戦したものの、結局ヘラクレスには勝てなかったが、その死後、健闘を讃えて夜空のうみへび座になった……とされている。


 「で、おそらにいるはずのうみへびさんが、なんでここに?」


 先程の余韻で思わず“ひらがなしゃべり”になってしまったが、質問を返せただけでも御の字だと思っていただきたい。


 「その前に誤解を解いておくけど、私は例の筋肉マッチョ坊やに焼き殺された“あの”個体本蛇(ほんにん)じゃないわよ」


 その言葉から、推測できることは……。


 「なるほど。ヒュドラってのは種族名なんですね」

 「そ。頭の回転の速いコは、おねーさん好きよ」


 からかうようにウィンクされるが、俺としては怒る気にもなれない。彼女の話が本当なら(そしてたぶん嘘はないと思う)、それこそメトセラか八百比丘尼でもない限り、千年単位の寿命を誇る相手に、子供扱いされても無理はないだろう。


 「へぇ、おもしろい事考えるのね」


 感心したような彼女は、つぃと「玉座」(実はさっき光の中で見ると、その形は大口を開けた蛇の顎そのものだった)から立ち上がると、俺のすぐ傍らに歩み寄ってくる。


 人外の者への恐れ3割、美女にそばに来られたことによる照れが7割といった心持ちの俺は、それを紛らわせるために言葉を口にのぼらせた。


 「えっと……ひとつ聞きたいんですが、もしかして、テレパシーか何かで、さっきから俺の思考、読んでます?」

 「うーん、キミの思っている超能力とはちょっと違うわ。ま、キミ本人にも関係あることだから教えたげるけど」


 そう言うが早いか、彼女は俺の両肩に手を置き(ちなみに身長にほとんど差はなかった)、一瞬まじまじと俺の瞳を覗き込んだかと思うと……。

 次の瞬間、俺は彼女に唇を奪われていたのだ!


 「んんっ、んむっ!?」


 驚いて半開きの唇の間に、彼女の長い舌が侵入し、俺の口の中に甘い香りが伝わってきた。それだけで、かぁっ、と頭に血が昇り、体温が上がるのを感じる。


 そのあいだに、彼女の右手がスルリとシャツの胸元から滑り込み、左胸のあたりを優しく撫でさする。

 たったそれだけのコトで、俺の息子はたちまち臨戦態勢に入ってしまっていた。


 一応断わっておくと、これでも俺は全く女性経験がないわけじゃない。大学時代に2回ほど女の子とつきあった経験があるし、その内のひとり、ゼミの1学年先輩の女性の方とは最後までヤッて童貞も捨てている。

 生憎、先輩の卒業とともに疎遠になり、以来恋人のひとりもできたことはないが、そっち方面には元々割合淡白な方なので、特に性欲をもてあまして困った記憶もない。自慰の頻度など月に2、3回あるかないかだ。


 ところが、そんな俺が如何に絶世傾国クラスの美人とは言え、初対面の女性にいきなりキスされ、それだけで股間がギンギンにいきりたっているのだ。

 どう考えても、尋常な事態ではなかった。


 「なん…で、こんなことを?」


 それでも、俺は全自制心を振り絞って、彼女の肩をつかみ、乱暴にならない程度の力で引き剥がす。


 「あら、びっくり。この状況でも情欲に抵抗できるなんて。キミ、意外に掘り出し物かもね」


 言葉の内容ほど驚いた様子はなく彼女は俺の手を引いて、「玉座」に並んで座らせる。


 「頭のいいキミだから分かると思うけど──ねぇ、その身体の疼き以外に変なことはないかしら?」


 下半身の熱から意識を逸らしつつ俺はその問いかけの真意を探る。


 「どういう、ことです?」

 「ヒントをあげましょうか。私は「ヒュドラ」なのよ?」


 いつもの半分も回らない頭を、それでもその言葉から、懸命に思考を連鎖させる。


 (ヒュドラと言えば……九つないし百の首を持ち、斬られても死なない不死身で……あぁ、でも火には弱いんだっけ。それと……ヘラクレスの逸話だと、毒気にやられないように、口と鼻を布で覆いながらレルネーの沼に……)


 カチリと思考のピースが嵌まる。


 「え? なんで、俺、平然と生きてるんだ?」


 そう、ヒュドラの吐く息や体液は、強い毒性があり、かの古代ギリシャの半神の英雄ですら耐えきれなかったほどのはずなのだ。

 それなのに──霊感も魔力も(少なくとも学生時代に例の友人にみてもらった限りでは)ほぼ人並にしかなかったはずの俺が、なんで!?


 「正確にはちょっと違うけど、キミはね、私の眷属になったのよ」


 “けんぞく”って、いわゆる神族魔族の部下と言うか下僕というか使い魔というか……。


 「フフッ、まぁそんな感じね──本来なら」


 本来なら?


 「キミね、私が拾った時、完全に溺れて呼吸も止まってたのよ」


 うわぁ……聞きたくなかった、そんな台詞。


 「とりあえず、足から逆さに吊るして水は吐かせたんだけど」


 こんな風に──と言って、その長い髪の一房を触手状にして俺の足首を掴み、ゆらゆら揺らすヒュドラさん。


 「わー、わかったから止めてくださいッ!」


 慌てて床に下ろしてもらう。


 「で、とりあえず肺から水を吐き出して、いったん自発呼吸もし始めたんだけど、それでも鼓動とか徐々に弱くなってきたから……」


 きたから?


 「生きてるうちに現代の人間社会の情報もらっとこうと思って、こう胸にプスッとね」


 右手の人差し指をピンと立てると、彼女の真紅の爪が3センチほどの長さに伸びる。

 ……って、もしかしてさっきの激痛は、それが俺の心臓に刺さった痛みかぁ!?


 「うん、おおよそ正解。でも、おかげで、私の爪が刺さったショックがマッサージの、爪の先から出る弱い毒がちょうど強心剤の代わりになって、目が覚めたんだから、WIN-WINじゃない」


 私も望みの情報は得られたしね、としれっとした顔でのたまうヒュドラ嬢。

 そうか。道理で神話時代から生きてる幻獣にしては、日本語を話すだけならともかく、えらく言葉使いや知識が今風だと思ったんだ。


 「で、それが何で眷属なんて話になるんです?」

 「爪を抜いたあとの傷を塞ぐのに、私のウロコを一枚埋め込んだから♪」


 慌てて、左胸を手で探るが、微かな傷痕が残っている以外の痕跡は確認できなかった。


 「もう、体内に吸収されちゃったみたいよ。たぶん、よっぽど相性が良かったね」


 ちなみに、キミが感じた激痛は、どっちかって言うと爪じゃなくてその時のものだと思うわよ……とヒュドラさんは、楽しそうに補足説明する。この人(いや、人間じゃないけど)、絶対Sだ。


 「えーと、おおよその事情はわかりました」


 体内に本人の鱗を埋め込まれているから、それを中継点にして思考がダダ漏れなんだろう。

 呪術的にも、他者の血や体液を飲む、身体の一部を取り込むという行為は、霊的な繋がりを作るための手っ取り早い手段みたいだし。

 逆に眷属だからこそ、主の毒も効果がない、ってことか。


 「まぁ、そうなんだけど──キミさぁ、私のこと、どう思う?」


 つ、艶っぽい流し目投げるのは勘弁してください。

 こちとら、さっきから体内の欲望が不自然にいきり立ってて自制するのに苦労してるんですから。


 「ねぇ、私、そんなに魅力ないかしら」


 ちょ、タンマ、背中にふたつのやわらかい塊りが当たってる当たってますって!


 「ふふっ、こんな時は女はこう言うのよね、「当ててんのよ♪」」


 ──Fuoooooooooooo!!!


 ついに臨界点を突破して「どうにでもなれ!」と抱きしめ押し倒……そうとしたところで、髪の毛で動きを止められる。ぐぬぬ、これがおあずけプレイと言うヤツか。


 「ほらね。主を自分の意志で害(レイプ)することができる眷属なんて聞いたことないわ。そもそもキミ、私に絶対服従だとか私の言葉が絶対だとか、思ってないでしょ」


 そりゃあ、まぁ、結果的とは言え、助けてもらったことには恩義は感じてるし、貴女みたいな美人さんの頼みなら、極力聞いてあげたいとは思うけど、「絶対服従」はさすがにない。


 「つまり、私とキミとの間には、現在霊的なつながりだけがある状態なの。これはこれで悪くないんだけど、ちょっと落ち着かないのよね。だから……」


 玉座から立ちあがった彼女は、白い古風なドレスをスルリと脱ぎ捨てる。

 そのまま、俺の服も(髪の毛の触手が)手際良く脱がせ、俺達は生まれたままの姿で(彼女の場合は本体がアレだから言葉の綾だ)向かい合った。


 「単刀直入に言うわ。セックスしましょ♪

 この世のものとも思えない快楽の内にキミの心を蕩けさせて、本物の眷属にするわ。いい加減、ひとりで海底(ココ)に籠っているのも飽きたしね。

 でも、もし万が一キミが私を十分満足させてくれたら──そうね、私の旦那様にしてあ・げ・る♪」

 「あー、つまりどう転んでも、貴女から逃げられないことは確定なんですね」

 「ふふっ、そうよ。安珍清姫の逸話じゃないけど、ヘビは一途なんだから♪」

 「執念深いの間違いじゃないスかー!」


 もっとも、実のところ俺も口で言うほど嫌がってるワケじゃない。

 正直、化身したヒュドラさんの容姿は、かなり俺の好みのド真ん中に近いし、さっきから言葉を交わした限りでは、性格も(ナチュラルにワガママでマイペースなところも含め)案外好感を持てると感じていたからだ。


 とは言え、とくにMっ気もない(と思う)から、下僕扱いは勘弁願いたいところ。

 かくして、俺と彼女のふたりの関係における今後の主導権をかけた、一大「性戦」が開始されることとなったのだ!

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