第13話 謎のサークルと変人ども①

やっば、遅れたっ!

だって、急遽神楽先輩の手が離せないからって部活前に買い出し頼まれちゃったんだもん…!

時間通りに戻ってこれるわけないじゃん!

「きゃ!」

急いで、走って部室へ戻る途中。

私は柔らかめの何かにぶつかった。

…!?

「だ、大丈夫ですか!」

どうやら、柔らかめの何かは人だったみたいだ。

急いでたあまり、周りあんまり見てなかったからなぁ。

謝らないと!

「す、すみませんでした!!」

私が勢いよく頭を下げると、上から降ってくる興奮したような声。

な、何事…!?

もしかしてものすごく怒ってる…!?

「あなた!」

突然の呼び掛けに私は肩をびくつかせる。

な、何言われるんだろう…。

慰謝料とか…??

「は、はい…」

体を縮こまらせながら返事をする。

そんなにお金は持ってないし…。

怒られるのも嫌だなぁ…。

「大学サークルに興味はありませんか!?」

その人は茶色い髪の毛を遊ばせているよく見れば普通の大学生だった。

で、でも私高校生だし。

今、ぶつかっただけの関係だし…。

「へ??」

私は最上級に間抜けな声を出した。


ということで、彼を部室へ案内する。

高校生だし、部活に入っていると言っても全然聞く耳を持ってくれなかったからだ。

「なるほど、文芸部ですか!」

興味津々といった様子で部室を見回すその人。

突然の彼の登場に部員たちもジロジロと彼を見る。

いや、さすがにそんなに見たら失礼でしょ…!

「は、はあ…」

これで部活入っているって証明できたし、諦めてくれるよね…?

ていうか、この勧誘謎が多すぎるし。

やめてくれるよね…?

「ですが、おれたちのサークルはここより素晴らしいものだっていう自信があります!ぜひ、入ってください…!」

だ、ダメだった…。

でも、その一言に部員たちの耳がぴくりと動く。

そして、私たちの周りに集まってくる。

「杏、そいつ誰?」

湊の問いに私も首を傾げる。

そういえば、私も名前聞いてなかったや。

サークル入る気皆無だったし。

「これは申し遅れました。わたくし、二階堂 にかいどう あおと申します!」

その人は元気よく自己紹介した。

お、おお、威勢がいいですね…。

でも…、やっぱり入る気にはならないんですけど…。

「なんで杏センパイなんすか?知り合いなんすか?」

明らかに不機嫌な悠真くんが聞く。

すると、二階堂さんは大きく頷いた。

そして、拳を突き上げる。

「それはわたくしがこの方に一目惚れしたからです!!面識は一切ございません!!」

ひ、一目惚れ…!?

は、初耳ですけど…!

ていうか、私のどこに…!?

「お、お前…大胆だな…!」

私よりも先に神楽先輩が声をあげる。

いや、私より顔赤くなるのやめてください…。

なんか、反応しづらくなっちゃった…。

「ですから、これから親睦を深めるためにもですね!あなた様にはぜひ、うちのサークルに!!」

二階堂さんが私の手を掴んで言ってくる。

え、ええ…!?

私は別に親睦深めたくないかも…。

「ふ、不審者…。ご、ごめんなさい!誰よりも不審者っぽいボクがそんなこと言ってごめんなさい…!!」

蓮くんがボソリと呟いた後、1人で病んでいる。

いや、自分で言って自分で否定するのやめて?

そしてそれを書き込んで炎上するのもやめて!?

「不審者では断じてありません!誓えます!!」

誓わなくてもいいんだけど…。

とにかく、勧誘をやめて頂きたい…。

一目惚れとか急すぎて実感無いし!

「で、でででも杏は高校生ですし、だっ、大学のサークルに入るのはどっちみち不可能では?」

大和、言ってることまともなのに話し方が残念だよ…。

陰キャはそう簡単に抜けないんだなぁ。

最近はマシになったと思うけど。

「つーか、一目惚れとかなんとかなら余計白雪は渡せねぇし。俺らが先に目つけてたんだけど?」

皇会長が二階堂さんを睨みつけながら私の手を掴んでいる手を払い除ける。

あ、解放された…!

ていうか、先に目をつけてたってどういう…?

「さっきからあなたがた口が悪いですね!こんなところにこの方をいさせ続ける訳には行きません!」

え、ええ…。

それは私が決めることでは…?

なぜ二階堂さんが決めてしまうんだ…。

「わかった!そこまで言うなら、いざ勝負!!うちが勝ったら杏には手出しさせない!そっちが勝ったら…、いや、そっちが勝つことはありえない!俺たちが勝つ!!」

ひ、人を景品みたいに…。

でも湊の意見曲がらないらしく、人差し指でピシッと二階堂さんを指している。

すると、二階堂さんは胸を張った。

「いいでしょう!わたくしはこの野蛮な地から、この姫を救い出します!」

い、イタい…。

もうこれ以上身の回りに変人増やしたくないのに…!

このサークルに入るなんて絶対やだぁぁぁぁ!

「つーか、あんたらなんのサークルなんすか?」

確かに。

誘っておいて、なんのサークルか教えてもらってないや。

まあ、ろくなものではなさそうだけど…。

「あなたたちに教える筋合いはありませんねぇ!」

え、ええ…。

まあ、敵対意識抱いてるしね…。

じゃあ、私が聞いてみようか。

「じゃあ、私だけにでも…。なんのサークルか分からないと考えようもないというか…」

すると、二階堂さんは私に向き直った。

そして、茶色い髪をかきあげる。

口調と見た目、合ってないよなぁ。

「あなた様にはサプライズにしておきたいのです…!大丈夫、必ず満足させて見せますゆえ、ご安心を…!」

なんだろう、この全く安心できない感じ…。


そして、時は経ち…。

約束の土曜日がやってきた。

「来ちまったなぁ。サンドイッチ食うか?」

神楽先輩の問いに首を振る。

いくら美味しい美味しい神楽先輩のサンドイッチでも今は食欲わかないかも…。

だって、今日は―。

「姫!お待ちしておりました!!さあ、こちらへどうぞ!」

二階堂さんが私の手を引く。

向かった先には、柔らかめのソファがあった。

て、手厚すぎる歓迎…。

「あ、相変わらず不審者…。って、こ、こここ、ここ!WiFiがない…!」

蓮くんが1人で騒いでいる声が聞こえた。

WiFiないのは、致命的だもんね…。

私はツイートが落ち着いて、嬉しいけど…。

「このサークルにWiFiなど不要!」

と、叫んだのは二階堂さんの仲間らしい人。

今日は、2人の仲間と一緒に3人で来てるみたい。

そりゃそうだよね…。

「え、えっと、ああ、あなた方は…」

大和が仲間らしい人たちに問うと、その人たちはぴしっと背筋を伸ばした。

さっきから思ってたけど、この姿勢の良さとか声の大きさとか、反応の大袈裟さとか。

この人たちのサークルってもしかして演劇部かなにか…?

「わたくしはこの間自己紹介させて頂いた通り、二階堂 碧でございます!」

わかってます。

そして、私が聞いたわけじゃないので私の方向いて言わんでください…。

私は軽くため息を吐いた。

「俺は、鳳条 ほうじょう なぎだ。碧に連れられてやってきた」

黒髪を少し遊ばせている鳳条さんは、インテリっぽく黒縁のメガネをあげた。

お、おお…。

これまた二階堂さんとは違うタイプのイタさが…。

「僕は、綾小路 陽向あやこうじ ひなた!碧ちゃんのお手伝いで来たよ!」

眩しいウインクでそう言うもう1人のお仲間。

イタタタ…。

この人達、全体的にイタい…!

「なんだ、全員気持ちわりぃな。さっさと終わらせるぞ、こんなとこ長くいられっか」

皇会長が吐き捨てる。

ですよね、私もです…。

出来れば早くこの人たちと距離を取りたい…。

「そうだ、敵の陣地に来てあげたんだから勝負内容はこっちで決めていいのか?」

その声に私は目を見開く。

な、なんでこんな馬鹿みたいな集まりにこの人が…?

そこに居たのは、私の愛しの樹くんだった。

「仕方ありませんね!お譲りしましょう!!」

二階堂さんが両腕を広げる。

そんな大袈裟な仕草も目に入らないほど、私は樹くんしか見えなかった。

ほ、本当になんで…?

「よし!絶対、勝とうね!樹!!」

湊の掛け声に樹くんは大きく頷く。

あ、そういえば樹くんって勝負事好きなんだっけ…。

なら、分からなくもないかも…?

「ふん、俺たちに勝てる奴らなんていないさ」

思いっきり悪役っぽく笑うなぁ…。

えっと、鳳条さん…?

キャラ作りが徹底されてる…。

「そうでも無いっす!第1勝負は…これっすよ!!」

そして、悠真くんがどんと、掲げたのは自分のスマホ。

はて、スマホで何をするつもり…?

なんか、あんまりいい予感はしないけど…。

「そう!オレの特技と言えばキーボードの早打ち!!SNSを毎日投稿してる賜物っすよ!」

いや、知らないし…。

地味だし…。

なんか、大袈裟にスマホ出したにしては内容が小さいね…。

「え〜?そっちの特技に合わせるなんてずるいなぁ〜。でもいいよ、陽向が相手してあげる!」

何だこの漂うショタ感は。

湊より背が高いのにショタ感は綾小路さんの方が上…!

いや、湊には必要ないけどね…?

「じゃあ行くぞー!制限時間は30秒らしいから、その間に目の前の本の内容を多く打ち込めた方が勝ちだ。位置について〜、よ〜い、どん!」

神楽先輩が指揮を執る。

やけにテキパキしてるなぁ。

と思ったら、タイマーをスタートした次の瞬間にはまたみんなにサンドイッチを勧めていた。

どんだけ食べて欲しいんだ…。

「おりゃぁぁぁぁぁぁ」

悠真くんが雄叫びを上げながらスマホに文字を打ち込む。

文字打ちってそんなに気合い入れてやることだろうか…。

声の大きさに反して絵面はとてつもなく地味だし。

「ふふ、そんな声出して下品だな〜♪こんなのよ・ゆ・う♪」

いちいち、語尾に音符がついたような話し方をする綾小路さん。

な、なんだろう。

にこにこしながら可愛い話し方をしてるはずなのに、悠真くんを煽ってるようにしか見えない…。

「ちっ!負けないっすよぉぉぉ!」

ああ、案の定乗せられてる…。

相手の思うつぼだなぁ。

でも、手はものすごい勢いで動いてるし大丈夫かな…。

「だから〜、うるさいぞっ♪」

そんな声が聞こえて、視線をそちらにやると悠真くんの手の速さの倍の速さで手を動かし続ける綾小路さんがいた。

こ、この人何者…!?

喋り方一昔前のぶりっ子なのに…!!

「はい、そこまで〜」

みんなにサンドイッチを断られ、テンションが半分以下に下がった神楽先輩の声で2人の手はぴたっと止まった。

悠真くんは肩を上下させるくらいに息を荒くしている。

その隣で綾小路さんは余裕の笑みだ。

「ぜ、絶対勝ったっすよ…!」

悠真くんが目をギラギラさせながら言う。

よく文字打ちでそこまで興奮できるなぁ。

見てる方は試合の経過も全然分からないし、興奮のしようがないけど。

「それはどうかな〜♪」

それを綾小路さんが軽く受け流す。

そして、2人の文字数をそれぞれ大和と、鳳条さんが数える。

悠真くんは緊張の表情だ。

「て、天王寺くん…、ひ、146文字…です……」

「綾小路、178文字だ」

大和の声と鳳条さんの声が無音の教室に響く。

け、結果も地味…!

なんて映えない勝負なんだ…。

「くそっ、負けたっ……!!」

悔しがり方だけ派手だなぁ。

なんかこの勝負で負けてもそんなに悔しくないかも。

って思うの私だけかな…?

「ふふふ、やったね♪」

綾小路さんもよくそんなに妖艶な笑み浮かべられるなぁ…。

ぶりっ子の無駄遣い…。

ま、まあとりあえず一敗しちゃったね…。

「じゃあ、第2勝負。受けてもらおうじゃねぇか」

そう言って、進み出たのは皇会長。

え、ええ、こういうの一番面倒くさがりそうなのに…!

やるんですか…!?

「では、俺が相手をさせていただこう」

インテリっぽく口角を上げたのは鳳条さん。

この2人の戦い、なんかすごそうだな…。

なんか、黒いものが見えてきそう…。

「じゃあ、発表する。俺たちの勝負、それはクロスワードクイズだ!」

ま、またしても、地味…。

なんて企画力のない人たちなのかしら…。

なんで机から一歩も動かないような勝負ばっかり挑むの!?

「ふふん、俺にクロスワードクイズを挑むなど100年早いぞ」

うわ、クロスワードクイズでその雰囲気出さないでもらえますか…?

なんか、少年漫画のラスボス的なテンションで言ってきたけど。

逆にダサいな……。

「どっちがクロスワードクイズの真の勝者か、決めようじゃねぇか」

なんで皇会長も乗り気なんですか…?

この状況とそのテンションの差に疑問持たないんですか…?

だめだ、みんな麻痺してて馬鹿になってる…!

「望むところだ」

そう言い合って、席につく2人。

やっぱり格好つかんなぁ。

自分たちのカッコ悪さわかってる…?

「じ、じゃあ、い、行きます!え、えーと、先に全てのコマを埋められた人の勝ちです。埋められた時点で手元のベルを鳴らしてください。では、よ、よーいすすす、スタート!」

フェイントかけまくりだな、蓮くん。

審判に向いてない…。

ていうか、2人の手元からカリカリっていう音しか聞こえない…。

「ぼ、ボクなんかが、審判やってごめんなさい…。お許しください…。って、あああ!ここWi-Fiないんでしたぁぁぁぁぁぁ!!」

お、落ち着け…。

勝負してる人たちより目立っちゃってるから…!

Wi-Fiのない生活にも慣れなさい!

「…」

てか、ことごとく無言…。

なんだこれ、小説とかだったら書くところなさすぎて終わっちゃうよ…?

見応えなさすぎて、寝そう…。

すると、皇会長の手がすっと伸びてきた。

そしてベルを鳴らす。

こ、これは…!!

「だ、第2勝負、皇先輩の勝ちです!」

蓮くんの声が教室に響く。

す、すご…!

見ごたえこそなかったものの、早い!

「ま、俺に勝てるやつなんていねぇんだよ」

す、すごいけどやってたのクロスワードクイズですよね…?

イマイチ、かっこよくないです…。

ていうか、この勝負も勝っても嬉しくないんですけど…?

「なるほど、また鍛錬を積み、挑戦させていただこう」

鳳条さんが、眼鏡をくいっとあげる。

そんな時間かけて勝てるように頑張るような価値のある勝負でもなんでもないんですよ…。

どうかすぐに忘れてもうちょっとマシな大学生活送ってください…。

「いつでもかかってこい。いつでも相手してやるぜ」

皇会長が背中を向ける…。

だから、かっこよくないってば!

校内の皇会長に惚れてる人たちに見せてやりたいほどダサい背中…。

「よーし、1勝1敗!舞台は整ったね、二階堂!!」

湊が元気よく声を張り上げる。

ものすごく前向き…。

今までろくな勝負見てないから、まともなのにしてほしいなぁ。

「そうですね。わたくし、姫を手に入れるため、必ずやこの勝負に勝ちましょう。負けはしませんよ」

ええ、ものすごく嫌だ…。

姫って呼ばれるのも、二階堂さんのものになるのも嫌なんですけど…。

だ、だいたい、二階堂さん私の気持ちガン無視だし…!

「杏は渡さないよ!!何がなんでも!!!」

が、頑張って、湊…!!

私、こんなイタい人達のものになりたくない。

ていうか、この場所を離れたくない…!

「じゃあ、第3勝負!走り高跳び!!!」

ここに来て、普通!?

な、なんか机から離れることを望んでたはずなのにがっかりしてる自分がいる。

だって、三段落ちってそういう原理なんじゃないの!?

ここで普通になったら落とし所が…。

って、なんで漫才師みたいなこと考えてるんだろう私。

「いいでしょう、私の得意競技も走り高跳び。正々堂々戦いましょう」

と、得意競技かぁ…。

ちょっと怖いけど、湊を信じるしかないよね…!

みんなで外に移動しながら、そんな決意をした。

「で、では、第3勝負です。審判は、僕、西園寺大和と」

「鳳凰樹が務めさせていただきます」

大和は、文芸部員だからわかるけど、樹くんも審判やってくれるの…!?

なんか、申し訳ない…。

ていうか、今までの勝負を見せてしまった時点で帰らせてあげたいくらいなのに。

「る、ルールは簡単でし…っ」

あ、大和噛んだ…。

大事なところで噛んじゃって、恥ずかしいやつだ…。

可哀想に……。

「両方同時に同じ高さを跳んで頂き、先にバーを落とした方が負けです」

大和から引き継いで、樹くんがルール説明をしてくれる。

あ、ありがとう、樹くん…!

大和はと言うと、樹くんの後ろで真っ赤になっていた。

「よーし!勝つからね、杏!!」

湊は満面の笑みで私を振り返る。

私も湊に笑顔を返す。

なんで湊の笑顔には絶対大丈夫だと思わせる力があるんだろう。

「姫!必ずあなたをわたくしのものにします!」

叫ぶ二階堂さんから視線を外す。

だ、だめだ…。

あの人苦手すぎて、目見れない…。

「じゃ、じゃあ行きます。まず、185から!」

いきなり高くない…?

いや、そんなことないのかな…。

湊の身体能力は言うことなしだし、二階堂さんは得意競技って言ってたもんね。

そして、二階堂さんに樹くんが、湊に大和がつく。

さっきから思ってたけどこの審判、意外とちゃんとしてるよね…。

一体、どこでこんなに考えてきたんだ。

「ほいっ」

湊は余裕そうな顔で跳び越える。

二階堂さんもまだまだ余裕…かな?

さすがだ、2人とも。

「次、190です」

二階堂さんは身長がそこそこあるから大丈夫そうだけど、湊は元々の身長がないからとっくに自分の身長より高いところにあるバーを跳び越えてるんだよね…。

明らか、湊にハンデだ。

でも私の心配もよそに、湊は笑う。

「よぉーし!いっきまーす!」

たたたっとリズムよくバーに向かって駆けていく湊。

その足取りは緩むことなく、勢いよくバーに差し掛かり…。

すっと、足が上がったと思うと次の瞬間には湊はバーの向こう側にいた。

「200に行くまでは、序の口ですよ。行きます」

そして、二階堂さんは半円を描くように駆けていく。

あ、あの走り方、体育で昔やった気がする。

やっぱり得意なんだね。

「はっ」

そう言って、足を上げた二階堂さん。

その体は、バーを跳び越えたように見えた。

が、次の瞬間、グラグラと揺れ始めたバーは、ぽとっと情けない音を出して落ちた。

「し、勝者…、西園寺湊」

一瞬の沈黙の後、大和が勝者の名前を呼ぶ。

私達は一瞬、目を見つめ合わせると、一斉に声を上げた。

このときが今までで一番団結してたかも。

「や、やったぁぁぁぁぁぁ!!」

みんなで集まって、勝利を確かめ合う。

これ以上ないくらい、地味な戦いが続いたけど勝つと嬉しいものだね。

それに、変な人達のいるサークルに行かなくて済む!

「よーし、よくやったね!杏も樹と離れずに済んだし!」

湊の言葉に、肩がぴくりと動く。

な、なんで樹くん…?

今は、そういうことじゃ…。

「そうっすね〜、まあ樹センパイに関しては認めてないっすけど」

だから、なんで樹くんの名前が出てくるの…?

今は、関係ないじゃん!!

それに、それに…本人もいるのに…。

「え、そうなのか?」

神楽先輩の言葉に、黙る。

そして、その当人たちよりも照れる癖どうにかしてください…。

なんだろう、勝って嬉しい気持ち冷めてきた…。

「ま、前から思ってましたけど、神楽先輩って鈍いでで、すすよね」

大和もツッコむところ、間違ってない…?

私が言ってほしいのはそういうことじゃなくて…。

さっきの二人の発言が…。

「あ、外に出たらわ、Wi-Fiが…!」

蓮くんがスマホを持ち上げて喜ぶ。

何回言ってもツイートやめないし…。

じゃなくて、今は蓮くんの心配してる場合じゃない…!

「んなわけねぇだろ、変なこと言ってんじゃねぇ。第一、白雪だってそんなこと言われたくねぇだろうが」

皇会長の言葉に救われた気がする…。

そうだよ、そこになんで誰も気づかないの…!

ていうか、樹くん本人はどう思って―。

「いや、ホントそうだよ。白雪と俺がそんな…。ないだろ」

樹くんの言葉に涙が出そうになる。

そっか、ないと思ってたんだ…。

少しでもって期待してたのは私だけだったんだ…。

「そ、そうなのですか!姫!!それならわたくし、涙が止まりませんが…」

二階堂さんの声が耳に入ってこない。

今は、一人になったほうがいいかも。

ここにいたら、私…。

「な、何…?私、もう…帰る…」

私はみんなに背を向けて帰ることにした。

みんなの声が聞こえた気がしたけど、振り返りはしない。

ごめんなさい、今日は一人にさせて。


「む、今のは……」

湊が腕を組む。

白雪が、喜びもつかの間、帰ってしまった。

ど、どうしたものか…。

「やばいかもっすね…」

悠真が肩を落とす。

どうして帰っちゃったんだろうなぁ…。

さっきまであんなにみんなで笑い合ってたところだったのに。

「怒らせたのか…?サンドイッチ持ってくか?」

やっぱり怒ってるときは食い物だろ。

と、思ったのにみんなの表情は浮かない。

あれ、これは却下かな…?

「うーん、あ、明らか言われたくないようなこと…いいい、言っちゃってたしね」

大和が悩み顔で言った。

それは、あの樹ってやつとの話だろうか。

そんなに怒らせるようなことだったか…?

「ど、どうしましょう…。Twitterで呟いてもど、どうにもなりませんよねっ!?」

蓮があたふたしながら言う。

慌てすぎて自分が何言ってるかわからなくなっている模様。

白雪が日頃、心配する気持ちもわかるなぁ。

「悪化すんだろうが!だから、やめろっつったのに」

皇が、ため息を吐きながら蓮にツッコむ。

確かに皇はさっきも止めてたな…。

こいつは口は悪いけど物事を冷静に見るプロだからな。

「このままじゃ白雪取られちゃうかもしれないぞ!」

樹が叫ぶ。

ていうか、白雪のテンション、明らかに樹の発言から下がってたよな…?

こいつ、自覚あんのか??

「わたくしに大チャンス到来ですね!サークル活動に姫を招待するといたしましょう!」

二階堂が目を輝かせながらオレたちの周りで声高らかに宣言する。

誰に、チャンスだって?

オレたちに怒っても、お前のところに行くことはないだろ。

「よし!なんとしても杏を行かせないようにしないと!」

オレたちは白雪を引き止めるための作戦会議を開始した。

まず、先頭を切ったのはやはり湊。

白雪のことになると、余計に熱くなるからなこいつは。

「一番の問題点は、今杏センパイが怒ってるってことっすよね」

悠真が今の状況を分析する。

確かに、白雪が怒ってさえいなければこんなサークルに奪われるかもしれないなんて言う不安は抱かないだろう。

でも、今ならオレたち以外なら誰でもいいと思っているかもしれない。

「そうだな、うん、やっぱサンドイッチか?」

オレが言うと、全員が呆れ顔になる。

だって、美味しいもの食べれば怒りが収まるかもしれないだろ!?

そんなおかしいこと言ってるかなぁ。

「か、神楽先輩、ちょっと、さっ、サンドイッチから離れてください…。あと、杏が普通の人をももも、求めてるってことだよね…」

大和がみんなの意見を代表したように、オレにサンドイッチ離れを提案した。

そうだな、確かに、いつも普通普通って言ってるもんな。

そんなに拘るべきことなのかはわからないけれど。

「や、ややや、やはり、うちの部って変人なんでしょうか…?ボクが入ることで変人度が増しちゃったりしてるんでしょうか…!?」

蓮がスマホに何かを打ち込みながら叫ぶ。

え、えっと、それが例のツイートってやつか?

とりあえず、大丈夫だから落ち着けよ…。

「るせ―なぁ。要するに俺らが普通でいればいいってことだろ?」

皇ががしがしと頭をかきながら言う。

その言葉にみんなが頷く。

…?

樹だけ、頷いてない…?

「…?白雪はそんなんじゃ…」

樹が意見を言おうとしたところへ視界を遮る何かがオレたちの輪の真ん中に入ってきた。

その物体は、他でもなく―。

みんなの刺すような視線がそれに送られる。

「ええ、そうですとも!やはり姫が求めているのはわたくし共のような仲間!!」

こいつ、正気か…?

オレたちの真ん中で両腕を上げながら言う二階堂。

お前らのどこが普通なんだろうか…。

「じゃ、じゃあどうすればいいと思う?」

人を無視しない湊にしては珍しく二階堂の発言などなかったかのように作戦会議を進める。

うん、それでいいと思うぞ。

反応したら負けな気がする。

「あーはっはっは!ここは大人しく姫を渡していただきましょうか!」

腰に手を当てて高笑いをする二階堂。

すると 、その顔を誰かの手が押しのける。

視線を少し動かすと手の主は悠真だった。

「そーっすね、いくら変人とはいえオレたちより年上という点に魅力を感じたらアウトっす」

華麗なツッコミと、冷静な分析に思わずナイスと言いたくなる。

そのスルースキル、オレも欲しいな。

それでもめげないやつもこの世の中にはいるらしい。

「そうでしょうね、わたくしの大人の魅力に……」

こいつは正気なんだろうか。

さっきから変人でしかないけど……?

オレは二階堂に向けて右足を振り上げた。

「でも、オレらは年上だぞ?」

オレらじゃだめなのか……?

ていうか、オレたちになびかないのに二階堂になびくって言われたらショックで寝込むかも……。

別に白雪が好きなわけではないけれど。

「あなたたちなどでは―」

オレの足が体に命中したはずだと思っていた二階堂の声が聞こえる。

痛覚吹っ飛んでんのか?

それともアドレナリン出すぎて痛み感じないのか?

「み、身近じゃない年齢にあああああ、憧れを抱くかもですし」

そう言ったのは大和。

大和の肘が二階堂の顔にのめり込む。

見事にクリーンヒットしたなぁ。

「そうでしょう、その通りでしょうとも!」

打たれ強さありすぎだろ……。

何したら黙ってくれるんだ?

余計勢いが増してる気がするのは気のせい、だよな?

「そ、そうですよね……、特別感を感じるかもです……っ!」

蓮が二階堂の頭にスマホを近づける。

いや、そこにかざしても二階堂の頭にはWiFi飛んでないと思うぞ?

必死過ぎて色々見失ってないか…?

「そうですよね、まさに運命の…!」

興奮を抑えきれない様子で、二階堂が叫ぶ。

そうすると、うちのこわ~い人が黙ってるわけねぇんだよなぁ。

特に白雪に関しては。

「お前、黙らねぇとその口ぶん殴って二度と訊けなくするからな?」

皇が、二階堂を見下ろし睨みながら言う。

声のドスが聞きすぎてて怖い…。

こんな見た目の、俺でさえ、ずっと一緒にいる部員でさえ怖がっている始末だ。

「ひっ」

二階堂の情けない声が響く。

これで黙るってダサすぎるだろ…。

まあ、あれを言われて黙らないのもそれはそれでだいぶ人間離れしてるやつだと思うけど。

「だから、俺らにこいつら以上の魅力があるって感じさせればいいんだろうが」

皇が気を取り直して部員を見回しながら言う。

いや、その通りだけれども切り替えが早すぎてみんな震え上がってるぞ?

オレはお前のそういうところ結構好きだけど。

「そうだ、きっと白雪は簡単にこの部を嫌いになったりしないよ。見てればわかる。白雪がこの部に愛情を持ってること」

鳳凰がしっかりとした口調で言った。

外側から見ると、そんなふうに見えるのか。

正直、白雪からそんなに愛感じたことないけど。

「ふふん、そんなのわかりません…」

二階堂がめげずに言う。

さっき、情けない声出してたやつがよく言うよ。

すると、皇の視線がギロリと二階堂を捉える。

「ひっ…ひ、姫はわたくしがい、頂き…ます…」

二階堂が怯みながらも決め台詞を言ったところでその日は解散になった。

つくづく思う。

二階堂ってダセェ…。


ああ、やばいやばい。

また部活遅れるところだった……。

でも、まだセーフな時間だよね??

うん、そう信じよう。

「おまたせ……ってあれ?」

ドアを開けると、部員が全員いる。

今日、ミーティングかなんかだったっけ?

部長が把握してないっていいんだろうか……。

「杏!待ってたよ!」

言葉の通り待ち構えていたように湊が椅子に座って片手をあげる。

え、なんでそんなに待たれてたんだ??

セーフだと思ってたけど遅刻だったかな……。

「え、あ、ごめん。そんなに遅かった?」

動揺しながらも遅くなったことを謝罪する。

もしかするとど忘れしてただけでなんか大切な用事あったのかも。

未だに思い出せないけど。

「違うっすよ!オレたちは大事な大事な杏センパイが来るのを楽しみに待ってたってことっす!」

え、ええ??

悠真くんの発言が軽率なのはいつもの事だけど今日は一段と酷いな……。

それかもしかして……。

「きゅ、急にどうしたの!?もしかしてなにか企んでる……?」

私は首を傾げながら悠真くんに問う。

明らかに私の事良く言おうとしてたし……。

でも私がしてあげられることなんて何もないと思うんだけど……?

「違う違う。ほら、まずはカレー食べようぜ」

部室に入ってからやけに美味しそうな匂いがするなぁとは思ってたけど……。

神楽先輩のカレーか……。

私は静かに唾を飲み込む。

「そ、それは……いただきます……」

欲望に勝てなかった……。

晩ご飯前のカレーとかどんな背徳飯……?

この部にいたら体重増える気がする。

いや、確実に太る……。

「あ、杏、怪しまないで。べべ、別に変なことを考えてるわけじゃないんだ……」

私がカレーを1口分掬ったところで大和がおずおずと話す。

ちょっと疑いすぎたかな……。

いつも自信なさげな大和が余計小さく見える。

「ま、まあ、あんたたちに限ってそんなことないって信じてるけど……」

企むにしても相手間違えすぎてるし。

私になにかしても何も起こらないからなぁ。

それにこの変人たちがこんな普通に分かりやすく変な計画を立てるわけがない。

この人たちならもっと突拍子もないことをしでかすだろうし。

「そ、そうです!ボクは今日1日、ツイートを我慢してます!」

蓮くんが胸を張って言う。

え、あの蓮くんが……!?

それはほかのどんな発言よりも信じ難いけど……。

「え、そうなの?体大丈夫?」

もしかしたら体調悪いのかも。

それなら早めに帰った方が……。

だってあんなに一日に大量のツイートする人が1日なんて我慢出来るわけないもの。

「だ、だだだ大丈夫ですっ!」

ちょっと苦しそうに見えるの私だけかな……。

そんなに我慢するようならいっその事ツイートしてくれた方が……。

なんか良心が痛む……。

「ならいいけど……。体調悪いなら気にしないでね?……でも、そっか、だから今日蓮くんのTwitter更新されなかったんだ……」

実は、蓮くんのTwitterをこまめにチェックしちゃったりしている。

だって、すぐ炎上するんだもん……!

部長としてというか、普通に先輩として心配になる!!

「白雪も人のことばっか気にしてねぇで自分のことも心配したらいいんじゃねぇの?」

へ……?

それはどういう意味でしょう……。

私ってそんなに能天気そうに見える?

でも、これって心配してくれてるんだよね……?

「皇会長が優しい……!やっぱり何かあるんですか!?」

だって、今までこんな言葉かけられたことない!!

ということは、やっぱりなにか企んでる……!?

嫌なんだけど……!

「ねぇよ、いまいち反応可愛くねぇよなぁ」

皇会長が呆れたように言う。

な、何を……!?

だ、だって、皇会長がいつも意地悪だから……!

「皇会長も一言多いんですよ!」

私はせっかく感動しかけていたのに、と顔を背けた。

あの一言がなければ前代未聞の優しさだったのに……!

やっぱりいつも通りの意地悪会長だ……。

ていうか、なんで今日はこんなにみんないるんだろう……?






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変人しか集まってこないから私はすごく普通の人と恋愛がしたい 月村 あかり @akari--tsukimira

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