第12話 思いあって仲間割れな変人ども②
「よーし、次オレっすね!」
そんな声とともに、悠真が立ち上がる。
元気だなぁ。
俺も昼間は元気だったなぁ。
「うーん、これは難しいなぁ。まあ、スイートポテトでもつまみながらゆっくりやろうぜ」
伊織先輩が自作のスイートポテトを掲げる。
何をやっているのかと言うと、ジェンガだ。
あの後、解散したあとみんなで俺の部屋に来て遊んでいる。
ただ、1人を除いては―。
「そ、それにしても…白雪先輩、来ませんね…」
蓮の言葉に場のみんなが全員こちらを見る。
そう、その1人というのは杏。
はぁ、怒っちゃったからなぁ。
「ったく、もっと伝え方ってもんがあったんじゃねぇのかよ。」
新先輩の言葉は最もだ。
でも、本当に杏が危険だって思ったんだもん。
好きな人には危ない目にあって欲しくないのに…。
「白雪、落ち込んでたしなぁ」
樹の言葉の肩がビクッと反応する。
杏も落ち込んでたんだ…。
それなら尚更、言い方キツすぎたかも…。
「それより何より、自分でそんなに落ち込むぐらいなら最初からやらなきゃ良かったじゃない」
大和の言葉に俺はさらに肩を落とした。
でも、時には厳しく言うことも必要じゃないか。
それが杏を思ってのことならなおのこと。
「全部、わかってるけどさぁ」
俺は唇を尖らせながら呟いた。
杏にわかって欲しかった。
自分の行動がどういう結果に繋がるのか。
自分が危険に晒されることで心配する人がどれだけいるのか。
俺が落ち込みながら考え込んでいると、部屋のドアをノックする音が聞こえる。
俺の代わりにみんなが「はーい」と返事をする。
するとゆっくりとドアが開いた。
「あのさぁ、玄関のドアくらい鍵かけといた方がいいよ、ってこの家の家主に伝えといて」
杏はこちらをちらりとも見ずにそう言った。
うわ、そういうことしちゃう…?
俺だって案外凹んでるのに…!
「杏センパイ!待ってたんすよ!遊びましょ!!あんなジメジメ男放っておいて!」
悠真が杏に擦り寄る。
なんだ、ジメジメ男って。
ていうか、最近杏との距離、近くない?
「おお、いいね〜、ジェンガかぁ」
いつもだったらその発言にツッコミそうなのに、どスルーしてるし!
完全に怒ってるなぁ。
あんな言い方なら当たり前だろうけど…。
「白雪、スイートポテトどうだ?」
伊織先輩が杏に自作のスイーツを勧める。
すると、杏はキラキラとした瞳で覗き込んでひとつ手にとる。
そして満面の笑みで感想を告げている。
俺とこんなになってても、そんなに笑えるんだ…。
「あ、あの新しいツイートなんですけど…」
蓮の呼び掛けに杏は首を振る。
「あれは炎上するね〜。明らかスポーツ系陽キャに喧嘩売ってるもん」
どうやら杏は逐一、蓮のツイート…?を確認してるらしい。
俺はそういうのが苦手で全然分からないけど。
杏は色んな人のこと考えてて、誰からも好かれるなぁ。
「白雪、バカチビと喧嘩してる間に俺とも親睦深めようぜ」
意味深な新先輩の言葉に杏が首を傾げる。
すると、新先輩はにやりと口角をあげた。
この顔はなにか企んでる時の顔だ。
「それってどういう…?」
杏、俺と喧嘩してるのは否定しないんだね…。
俺が落ち込んでいるとこれ見よがしに杏に近づく新先輩。
そして肩に腕を回した。
「例えばこういう…」
「「却下!!」」
新先輩の声を遮るようにふたつの声が重なる。
声の主は樹と悠真だ。
2人とも杏が大切なんだな…。
「なんでだよ」
言葉を遮られて不機嫌そうな新先輩が問うと、2人で顔を見合わせる。
そして、一斉に口を開いた。
こういう人に守ってもらった方が杏も幸せなのかな。
「近いっすよ!!」
「抜け駆け禁止ですよ!」
2人の言葉に新先輩は渋々杏から離れた。
そして、次に発言したのは樹。
樹も杏への想いは強いはずだ。
「白雪、良かったらみんなが解散した後2人でちょっと歩かないか?」
樹の誘いに杏も瞳を輝かせる。
その姿に胸が痛んだけれど結局何も言えない。
すると、悠真が慌てて立ち上がった。
「ダメっすよ!!樹センパイ、立派な抜け駆けじゃないっすか!」
悠真の言葉に樹は苦笑いを返す。
杏もあははと笑っている。
今、このふたりは両思い…なんだよね。
「やっぱだめか〜」
「私はいいのに〜」
樹は頭をかきながら笑って、杏は拗ねたようにジト目を送る。
俺に入る隙なんてないのかも。
一生懸命、杏を守りたいと思い続けてきたけど意味の無い事だったのかも。
そう考え込んでいると、杏が樹の腕に手を伸ばそうとする。
俺は何も考えずに杏の手を掴んでいた。
「だめ…!」
瞬間、場の空気が静かなものになる。
すると、杏から注がれる冷たい視線。
俺は恐る恐る目線をあげた。
「私と、口聞かないんじゃなかったの?」
煽るような口調にムッとする。
でも、今のは別に止めるようなことでもないよね。
ほんとに何やってるんだろう、俺。
「もう、寝る…」
俺はパッと杏の手を離した。
案外簡単に離れていってしまうものだ。
この手の中にあったはずのものは。
「寝るっつったって湊センパイのベッドこの部屋じゃないっすか」
悠真の指摘に体がギクリと音を立てる。
俺は強がってみんなに背を向けた。
そして、ドアに手を伸ばす。
「下で、ソファで寝る」
言って、俺は部屋を出た。
さっきのはさすがに言いすぎたかなぁ。
でも、やっぱりあれを分かって貰えなかったのはショックが大きいよ。
「ね、ねえ、誰か、下来ない?」
少し後悔していると閉まったはずのドアが開いて、そこから湊の顔が覗いた。
すると、神楽先輩がため息を吐いて立ち上がった。
拗ねて下に行くって言ったのは湊自身なのに。
「仕方ねーな、湊も腹減ってるだろうし卵がゆでも作ってやるか」
そう言って、神楽先輩もドアの向こうに消えていった。
私の方、1回も見なかったな…。
ほんとに怒ってるのかな…。
「湊はそんなに私がああなったのが嫌だったのかな…」
ボソリとつぶやくと、みんなの視線が集まってくる。
え、そんなに注目しないで…。
別に独り言のつもりだったのに…。
「そんなの湊センパイじゃなくても嫌っしたよ?」
悠真くんが言う。
え、そ、そうなの…?
ど、どうしてみんなそんなに嫌がるの…?
「ど、どう見ても危なかったですし…」
蓮くんが言う。
私が危ないと、みんな嫌なの…?
それって、どういう…。
「杏はみんなから自分がどれだけ大切に思われてるかわかってないんじゃないかな」
大和が静かに言う。
そんなのわかってるよ、私だってみんなのこと大切だって思ってるもん。
だから、今日だって…。
「つーか、気にしてんなら湊に伝えてやれよな。あいつ、お前が来るまでこの世の終わりみたいな顔してたぞ」
皇会長の言葉にハッとする。
やっぱり落ち込んでたんだ…。
そうだよね、湊だってこんなことにはなりたくなかったはずだもんね…。
「そうと決まれば行ってこいよ、第一白雪が寂しそうな顔してるぞ」
樹くんの言葉に頷く。
私、そんな顔してたんだ…。
よし、湊のところに行こう。
ドアを開けて、階段を降りると、湊ではなく神楽先輩がいた。
神楽先輩は私を見ると、片手をあげて挨拶してくる。
私もぺこっと軽くお辞儀をした。
「あ、あの…」
私は少し躊躇いながら声をかける。
こ、こんなこと自分で聞くの恥ずかしいんだけど…。
でも確認しておこうかな…?
「なんだ?」
私の顔を覗き込みながら神楽先輩が聞いてくる。
ちょっと暗くなってきた廊下で見る神楽先輩の髪の毛は金色に光って綺麗だ。
って、そんなんじゃなくてっ!
「神楽先輩も私がああなって嫌でしたか?」
私は恐る恐る聞いてみた。
1歩間違えれば自意識過剰な質問だし…。
全くそう思ってなかったらどうしよう…!
「うーん、オレはそこまでかなぁ。自分の気持ちのために戦うのは別に悪いことじゃないと思うし。強いて言うならオレのお手製弁当を食べる時間が無くなったくらいで…」
神楽先輩は顎に手を当てながら言った。
神楽先輩はわかってくれたってことかな。
私がなんのために戦いたかったのか。
「あ、あの!お弁当はまた今度作ってくれますか…?」
私も神楽先輩のお弁当こっそり楽しみにしてたんだよね…。
だって、絶対美味しいし!
今回食べられなかったのは本当に残念だ。
「どうするかな…?なんか、代わりに白雪がなんかくれるなら作ってやってもいいぞ?」
へ…?
私がなにかあげる…?
急な提案に私は首を傾げる。
「あ、あの…何をすれば…?」
私が聞き返すと、神楽先輩は考え込んだ。
私ができることなんて限られてると思うけど…。
何したらいいんだろう…?
「そうだな…。1発殴らせるとか?」
へ!?
か、神楽先輩に殴られるの…!?
そ、それは結構ハードだね…。
「だって、せっかく作った弁当食べて貰えなくてムカついたし?今回は特別に1発で許してやるよ」
ええ…!?
あんな料理馬鹿で、裁縫バカで、家事バカな神楽先輩からそんな提案が出るとは思わなかった…。
でも、私のせいなのは間違いないし、断るこちは出来ないよね…。
「いくらオレが普段は料理しかしてないやつでも男だからな?殴られたらタダじゃすまないぞ?」
神楽先輩の言葉に唾を飲み込む。
でも、神楽先輩がそんなことするかな…?
もしもこの言動が私に何かを教えてくれようとしているのだとしたら…?
だとしたらそれは―。
「神楽先輩、殴らないですよね。これって先輩としての教えなんですよね…?」
私が見上げながら言うと、神楽先輩は首を傾げたあと、にやっと笑った。
これはその通りってことかな…?
そう思っていると、部屋のドアが開いた。
「伊織先輩?さっきから誰と話して…」
そこから顔を覗かせたのは他でもない湊だった。
神楽先輩はやれやれとでも言うように、肩を竦めた。
そして、私から1歩離れると。
「悪い、湊。卵がゆはまた後でな。この家、卵がないみたいで」
そう言って、玄関から出ていってしまった。
神楽先輩がいなくなって湊と私の間に沈黙が流れる。
き、気まずい…。
「伊織先輩と何話してたの?」
沈黙を破ったのは湊だった。
でも、その声はいつものあの大きさではなく。
その目線は下に向かっていた。
「な、何ってえっと…」
なんて言ったらいいんだろう。
どこから話したらいいんだろう。
そう悩んでいると、何を勘違いしたのか湊が静かに言った。
「俺には言いたくないか。そっか、杏の相手は樹でも、悠真でも、新先輩でもなく伊織先輩なんだ」
湊の発言の意図がよく分からなくて首を傾げる。
どうしてここでほかの人の名前が出てくるの…?
私は湊と話そうと思って来たのに。
「違う…!だいたい、今日は湊、勘違いしてばっかりだよ!」
言おうと思っていたのとは違う言葉が口から飛び出る。
違う、こんなことを言いに来たんじゃないのに。
心配してくれたこと、お礼言いに来たのに…。
「なにが勘違いなの…!あんな危ない目にあって、止めない方が良かったの!?」
湊の問いに首を振る。
違うのに、絶対、そんなんじゃないのに。
ちゃんと、全部言葉にして伝えないと。
「私、ずっとボクシングしてる湊がかっこいいなって思ってた。誰より努力して、強さ維持してるのも知ってた」
私が言うと、湊は目を見開いて固まってしまった。
伝わってるのかな…。
でも、最後まで言っちゃおう。
「ボクシング1本に絞ればもっとやりやすいし強くなれるはずなのに絞らないのは私を心配してくれてるからだってことも。だから、あの人たちが湊をバカにしたようなことを言ってたのを聞いて黙ってられなかった」
半分は私のせいなのに。
今思い出しても、悔しくてたまらない。
私はちゃんと伝えるために湊の目を見た。
「だから、あの行動が間違ってたとはやっぱり思えない…。でも、心配かけちゃったよね。それはごめんなさい。そして、助けてくれてありがとう」
私は湊に心の底から頭を下げた。
すると、湊は私の肩を掴む。
私が顔をあげると、まだ目を大きくしている湊と目が合った。
「じゃ、じゃあ、今日のは俺がバカにされてるのを止めるために…?」
湊の問いに頷く。
結局湊に助けてもらうなんて情けないけれど。
でも、せめていつも守ってくれている分私が湊を守りたかった。
「ごめん…。俺のせいだったのにあんなこと言って」
湊がしょぼんと小さくなる。
そういうところはいつまでも子供みたいだ。
私はくすっと笑った。
「湊が心配してくれてたんだってわかったから。もう、大丈夫。私こそ自己満足だったし」
すると、湊は今にも泣き出しそうな瞳のまま私に抱きついてきた。
私はよしよしと頭を撫でる。
やっぱり、一緒にいなきゃダメだよね。
「あのさ、今日誰が1番かっこいいかみたいな勝負してたでしょ?」
私の問いに湊が頷く。
私は、思ったことを正直に言うことにした。
多分、そういうことが大切だと思うから。
「私、ボクシングやってる時の湊がほかの何をやってる誰よりもかっこいいってそう思うよ」
しばらく経つと、みんながガヤガヤと階段を降りてきた。
卵を買いに行った神楽先輩も2パックを手に持って帰って来る。
ほ、本当に騒がしい人達だ…。
「ああ!湊センパイずるいっすよ!今すぐ離れてくださいっす!!」
悠真くんが私たちを見るや否や、私に抱きついたままだった湊を引き剥がす。
でも、あれ…?
湊、意識ある…?
「か、かっこいい…。かっこ…いい…」
なんか顔真っ赤だし、よく聞こえないけどずっとなんか言ってるし。
だ、大丈夫…?
心配になってきた。
「な、なんか、おかしくなってます…」
蓮くんも不思議そうに湊を見下ろしている。
ほんとにね…。
すると、大和がため息を吐く。
「湊もずっと一緒にいるくせに杏の天然気質に耐性ないよね」
わ、私…!?
湊がこうなったのって私が原因なの…!?
ねえ、教えてよ大和!!
「ったく、それでこんなんなるなんておめでたいやつだな」
皇会長までそんなことを言う。
皇会長もわかってるんですか…!?
まあ、湊がおめでたい人なのは認めるけど…。
「でも仲直りできたみたいで良かったな」
樹くんが優しく微笑みかけてくれる。
樹くんも心配してくれてたんだ…。
なんて、優しい人…!
「おーい、もうすぐ卵がゆできるぞー!みんな来ーい」
台所の方から神楽先輩の声が聞こえてきた。
神楽先輩にも後でちゃんとお礼言おう。
でも、今はとりあえず…。
みんなで目を見合わせる。
そして、全員一斉に口を開いた。
「「「はーい!」」」
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