第8話 不仲勃発!な変人ども

「ちょっと、蓮くん!また炎上したでしょ!?」

私はスマホをかざして、蓮くんに駆け寄る。

電子書籍で漫画を読んでいたら通知が来たのだ。

入ってみたらもう大荒れの状態だった。

「く、クラスの陽キャについてツイートしたら案外行ってしまいました…」

そ、そんな落ち込まないで…!

ていうか、そんなになるならこんなツイートしなきゃいいのに。

自分で自分の首絞めてる…。

「杏センパ〜イ、蓮のTwitterフォローしてるならオレのインスタもフォローしてくださいよ〜」

そう言って悠真くんが自分のInstagramのアカウントを見せてくる。

い、いや私も別に蓮くんフォローしてる訳じゃないし。

こんな炎上しまくりの人なかなか自分からフォローしないよね。

「いや、どっちもしないよ?」

SNSのアカウントは女子に捧げるって心に決めてるんだから!

こんな変人どもに犯されてたまるか!

私が首を振ると、悠真くんが頬をふくらませた。

「あ!!ていうか、蓮!オレが残しといた伊織センパイのチーズケーキ食っただろ!」

部室にある小さな冷蔵庫を開けながら悠真くんが叫ぶ。

あらら、まるで兄弟喧嘩みたい…。

でも今回も神楽先輩のチーズケーキは絶品だったなぁ。

チーズの風味は残しつつ、下のタルトっぽい生地がサクサクで…!

あれを食べられちゃったら怒っちゃうかもね…。

「す、すみません…。て、天王寺くんのだったんですね…。僕なんかが食べてすみません、すぐに弁償を…」

あらら、完全に萎縮しちゃってるよ…。

そしてこの手つき、またツイートしてるな…。

炎上したら落ち込む癖に。

「弁償とかできるもんじゃないだろぉ!」

悠真くん、まだ怒ってるし…。

でも部員同士で喧嘩してるのは嫌だな。

このくらいで止めておこう…。

「ゆ、悠真くん!蓮くんも悪気なかったみたいだし、今日は許してあげよ?ね?」

私はそう言って、悠真くんの顔を覗き込んだ。

すると悠真くんの顔はさらに不機嫌そうなそれに変わる。

あ、あれ…?

「なんか杏センパイ、やけに蓮の味方するんすね。わかったっす、許せばいいんすよね…」

悠真くんはそう言って部室を出ていってしまった。

わ、私の言い方まずかった?

なんか余計怒らせちゃったみたいだったよね…?

「な、なんかボクなんかのせいで天王寺くん怒らせちゃったみたいで…。白雪先輩にもご迷惑かけてすみません」

そう言って蓮くんは俯いてしまった。

あれれ…?

こんなはずじゃなかったんだけどな…。

私は大きな間違いをしてしまったみたいだ。


「おはようございます、杏センパイ」

翌日学校に行くと、未だにむすっとしたままの悠真くんに挨拶された。

お、怒ってるね…。

そ、そんなに蓮くんのこと庇ってるように見えたかな…?

「お、おはよう…」

別に差別したかったわけじゃないんだけどなぁ。

出来ればみんなに仲良くして欲しかっただけだし。

もう手遅れかもしれないけど。

「決めたんす。これから、オレと蓮で勝負するっす!」

しょ、勝負…?

私の頭の上にはハテナが並んでいるけれど、悠真くんはどうやらやる気だ。

その拳は固く握られている。

気がする。

「どっちが杏センパイのお気に入り後輩になれるかっす!オレ、絶対勝つっすから勝ったら蓮に対しての特別扱いやめてくださいっす!」

や、やめろと言われても…。

意図的にやったことじゃないしなぁ。

しかもお気に入り後輩って何!?

「ちょ、ちょっと待って…」

私が声をかけようとしても、悠真くんには聞こえていないみたいだった。

その勝負ホントにするの!?

しかも内容が私の理解で正しいなら、判定者私なのでは?

「じゃあ、杏センパイはちゃーんと選んでくださいね!杏センパイのための勝負なんで!」

私のためを思うならどうかやめてください…。

な、何するつもりだろう…。

第一、対戦相手は了承してるのか?

私は悠真くんの隣で黙っていた蓮くんに目線を送る。

すると、蓮くんは肩を縮めた。

「す、すみません。ボクも止めきれなくて…。ボクが勝負なんておこがましいですよね…」

だ、ダメだ…。

何か言ったら逆にプレッシャーになりそうだ。

まあ、あれだけ怒ってる悠真くんに話すのも勇気いるだろうし。

「仕方ない…。乗り切るしかないね」

私は肩をすくめる。

悠真くんが納得してくれなきゃどうしようもないしね。

ちょっと怖い部分もあるけど、そこまで酷いことは起こらないよね!

「悠真と何かあったの?」

湊が問いかけてくる。

私は苦笑いを返す。

なんと言ったらいいのか…。

昨日の経緯を話すと、湊は首を捻った。

「悠真がそんなになるなんて珍しいな」

だよね…。

よっぽど私の言動が嫌だったんだな…。

少し反省しないと…。

「まあ、そんなに気に―」

「おい、避けてくれ!」

え…?

湊の発言を遮るように男子の声が聞こえてくる。

な、何事…!?

不思議に思って私が目線を変えた頃にはもう遅かった。

私の目の前をボールが進んでくる。

このまま顔面、直撃…!

でも避けられそうにもなくて私は意を決してぎゅっと目をつぶった。

「杏は俺が!」

「杏センパイはオレが!」

「守る!!」

そんな2人の声が聞こえてきた。

あれ、ボール当たらない…?

恐る恐る目を開けると、目の前には悠真くんと湊の姿があった。

そしてこちらに向かってきていたボールはしっかりと湊の手に握られている。

「湊センパイ!オレの仕事っすよ!?」

悠真くんが湊に詰め寄る。

だけど、湊も負けじと不満そうな顔をする。

あれ、勝負してたのそこの2人じゃないよね…?

「いや、杏を守るのは俺の仕事なの!」

別にどっちの仕事でもありません!

自分の身くらい自分で守ります!

いや、守れてなかったけど…。

「2人ともありがとうだけどもう、行くよ!」

さっきから周りの視線が痛い…。

主にボールをキャッチした湊に向けてのものだけど悠真くんファンも少なからずいる模様。

ここは早く去るのが最善だよ!!

「ちょ、あ、杏センパイ!」

呼び止める悠真くんの声は聞こえない振りをして教室へと急ぐ。

悠真くん、私の1番嫌いなことは目立つことなのよ…。

悠真くんには悪いと思いながらも、叫ぶ悠真くんに背を向けた。

「ふぅ」

教室に入って一息つく。

ここまで来れば視線を向けられることもない、よね…?

湊ともすぐ離れたし!

一件落着…。

「杏、疲れてるね…」

大和が珍しく文庫本ではなく、参考書と向き合いながら声をかけてくる。

そ、そんなに疲れてるように見える…?

まあ、疲れてることに間違いはないけど。

「大和は、朝から勉強?」

私は息を整えて、大和の手の中を覗き込んだ。

英語の勉強をしてるみたいだ…。

私の苦手教科だから朝から見たくなかった…!

「うん、杏は勉強した?今日、小テストだよね」

「…あっ…」

そうだった!!

今日、英語の小テストの告知されてた!

いろんなことに気を取られて、すっかり忘れてた!

「ほら、座って、教えるか―」

「体がだめなら頭だぁ!!」

大和が教えてくれようと隣の席を指差した瞬間、風のように現れ私達の間に入ってきた人物。

な、何!?

目を凝らすとそこにいたのは―。

「ゆ、悠真くん!?」

さっき、教室に戻ったはずじゃ…。

一体どこから出てきたんだ…。

私の困惑をよそに悠真くんはいつもかけていないくせにかけているダテメガネをくいっと上げた。

「ささ、どこがわからないんすか?オレが手とり足取り教えて…」

「遠慮します!!」

私は悠真くんの申し出を全力で断った。

後輩に勉強教えてもらうなんて一生の恥なのだが…!

私、舐められてる…?

「な、なんでっすか!!」

悠真くんが必死に問いかけてくる。

なんで、そんなに必死なの!

そんな衝撃受ける…?

「だいたい、私に英語教えるって…。悠真くん、英語得意なの?」

私が問うと、悠真くんはぎくっとしたように目線をそらす。

この反応は…。

何になのかはわからないけれど一生懸命すぎていろんなことが吹っ飛んでる…。

「と、得意教科は歴史っす…。えと、英語は中の下の下っていうか…なんていうか…」

要するに、英語はあんまり得意じゃないってことだね…。

なら、先輩である私に教えるなんて普通に無理だよね。

はぁ、なんでそんなに私になにかしてくれようとするんだろう。

「じゃあ、2人で一緒に英語の勉強したら?わからないところあったら教えるし」

大和の一言に、悠真くんが勢いよく首を振る。

良い提案だと思うんだけどな…。

悠真くんと勉強したら楽しそうなのに…。

集中はできなさそうだけど。

「だめなんす!オレ自身が杏センパイの役に立たないと!」

そう言い残して、悠真くんは走り去ってしまった…。

な、何しに来たんだ、ほんとに。

私が困ったままでいると、大和がぼそりと呟いた。

「すごいね」

その目線は、悠真くんが去っていった方向に向かっている。

…?

何をすごいって言ってるんだろう…?

「だって、女嫌いなのにさ、それをくぐり抜けてまで杏のところに来て…。よっぽど杏の役に立ちたかったんだね」

そうだ…。

悠真くん、極度の女嫌いなのに…。

今頃、一生懸命消毒してのかな…。


「お疲れ様でーすって、え…?」

部室に入ると、見慣れない風景が広がっていた。

いつも台所もどきに立っているはずの神楽先輩がひやひやした様子で、座っていていつもは座ってInstagramの更新に励んでいるはずの悠真くんが台所もどきに立っている。

ど、どういう状況…?

「なんか、料理したいらしくて…。なんでも、お前に俺以上にうまい飯を作って認めてもらいたいとかなんとか…」

へ…?

とても素人が神楽先輩に料理で勝つなんてできそうもないけど…。

ていうか、悠真くんが勝負を挑んだのは蓮くんだけじゃなかったの?

「どうっすか!!グラタンっす!」

そう言って、悠真くんが何やら黒い物体を運んでくる。

大変言いづらいのですが、それ、焦げてらっしゃらないですか…?

さっきからそんな匂いも漂ってるし…。

「く、黒いね…」

「く、黒いな…」

私と神楽先輩は目を見合わせて、そう呟く。

悠真くんは、それでもまだ自信がある様子。

はて、その自信はどこから湧いてくるのか…。

「見た目はちょっとあれっすけど…。味は大丈夫なはずっす!!」

そう言って、悠真くんは湯気の上がる黒い物体にスプーンを突き刺した。

そして、一口分掬うと、自分の口に運ぶ。

その表情は自信満々なものからだんだんと、青ざめていく。

「まっず…!!!」

味もだめだったんだね…。

この見た目で美味しい方が奇跡だと思うけど。

悠真くんは、スプーンを置いて、顔をあげる。

「次っす!!」

切り替え早っ!

よくそんなすぐに諦められるな…。

なんの未練もないな…。

「蓮!Twitterのいいね数で勝負だ!」

悠真くんは部室の端で、スマホに何やら打ち込んでいた蓮くんに声をかける。

蓮くんはまた、Twitterを更新していたらしい。

あんまりこまめに更新してるといいね数減るよ?

「い、いいですけど…。そんな勝負でいいんですか…?ぼ、ボクにいいね数で勝ったところで白雪先輩には何も響かないかと…」

蓮くんが悠真くんに問いかける。

え、それも私に向けての行動だったの…?

悠真くん、ほんとに今日はどうしたの…??

「そんなことわかってるよ!でももう、何かで勝たないと引き下がれないっていうか…!!最初は、そりゃ杏センパイの喜んだ顔向けてほしくてやってただけだけど…」

そうだったんだ…。

私も少し、悠真くんに冷たくしすぎてたかもしれない…。

悠真くん、なんでも軽く流してくれるような感じしてたからなんでも言っちゃってたもんね。

「蓮が受けてくれないなら、あとは新センパイ…」

「悠真くん!」

またもや新たな勝負を挑もうとしている、悠真くんに声をかける。

悠真くんは何かをちょっと勘違いしてる気がするんだよね…。

私は。

「勝負なんてもうしなくていいよ?朝は、女嫌いのくせにボールから守ったり英語教えたりするために教室まで来てくれてありがとう。料理だって、苦手なりに頑張ってくれたんだろうし…」

私は上手く、まとまらない言葉たちを延々と並べる。

上手には言えないけど、伝わればいい。

私は別に何かをしてほしいわけじゃない。

「最近、悠真くんに冷たかったなって反省してるの。だから、こんなことまでさせちゃって」

私の言葉に悠真くんは目を見開く。

そして、その後ゆっくりと口で孤を描く。

どうやら私の拙い言葉でも伝わったみたいだ。

「だから!今度2人でインスタ映えするカフェ二人でいったり、あと料理も少しくらいなら教えてあげられるよ!!まあ、神楽先輩には負けちゃうけど…」

私の言葉に悠真くんは、笑みを一層深くした。

こんなことでいいならもっと早く気付けばよかった。

悠真くんにいらない苦労をいっぱいかけちゃった気がする…。

「はい!杏センパイとそんな時間過ごせるなんて幸せっす!!」

でも、悠真くんの元気のいい声を聞いたら大丈夫な気がした。

彼は全部許してくれたらしい。

悠真くんと過ごす時間はシンプルに楽しみだ。

「じゃ、決まりね!」

そう言って、悠真くんと笑い合う。

なんだか、幸せな気分になった。

私はその日、後輩くんとより仲を深められた気がした。


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