第7話 正義のヒーローな変人ども

「はぁ、平和だ…」

お茶をすすりながらボソリと呟く。

今、私の高校生活には珍しく平和な時間が流れていた。

学校行事も特になく、いや近くにあの変人たちはいるわけだけど問題なく進む高校生活。

「杏、ため息…?」

湊が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

いや、私は安寧の時を堪能していただけなんだけど…。

そんな深刻そうに心配されるようなことは何も…。

「い、いや…別に…」

私は首を振りながら否定したけれど、湊にはどうやら届いていないみたい…。

いや、私の心配してるなら私の話聞いて!?

湊にそんなことを望むのは無駄だとわかってるけれど…。

「そうだよね!最近、面白いことないもんね!」

違う!!

私は何もない事を憂いていたわけじゃなくて、喜んでたの!

湊が張り切るときはろくなことないんだよね…。

まあ、今日はすぐに落ち着くことになると思うけど。

「こんにちはー」

部室のドアが可愛い挨拶とともに開かれる。

そう、今日は私が平和な毎日に彩りを添えるため、新しくできた女友達を部室に呼んでいたのである。

挨拶をしながら入ってきた奏ちゃんに加えて、琴ちゃん、葵ちゃんも入ってくる。

相変わらず私のお友達はビジュがいい!

「…?西園寺くん、腕突き上げて何やってんの?」

琴ちゃんが可憐な顔を傾けて、湊に問う。

琴ちゃんに聞かせるほど重大なことはなにもない!

私は湊が琴ちゃんや奏ちゃんに変なことを吹き込まないうちに2人と湊の間に割って入った。

「い、いやー!伸びてただけだと思うよ!!ほら!お茶飲もっ!」

私は2人を安全なテーブル地帯へと案内する。

湊に変なイメージ植え付けられてたまるか!

いや、奏ちゃんはそんな湊に惚れてたんだっけ?

「あ、葵さん!」

葵ちゃんの姿が目に入った途端、大和の顔が輝く。

余程、この間のデートが楽しかったみたい。

まさか、大和の口から「可愛い」なんて聞けると思わなかったもんね。

「大和くん…!」

葵ちゃんも大和を見た途端に頬を赤らめる。

やっぱり、そういうことなんですか…!?

葵ちゃんにこんな顔をさせるなんて大和、恐るべし!

「葵さん、今週の土曜とか空いてる?」

大和がキラキラした表情のまま葵ちゃんに声をかける。

前も思ったけど、2人とも恋してるよね…?

またお出かけするのかぁ。

「うん!感想会だよね!」

葵ちゃんも幸せそう…。

2人の世界に入ってる……。

するとその雰囲気を察した悠真くんがジト目を向ける。

「オレ、リア充は爆発すべきだと思うんですよ…。世界平和のために」

な、何を言ってるんだ、この人。

あなた、一番リア充に近そうなんだけど…。

女嫌いだもんね…。

でも、カップルへの憧れとかはあるんだ…。

「はいはい、僻まない僻まない」

琴ちゃんが、爽やかに言い放つ。

うーん、琴ちゃんに言われるのが一番きついかも。

この中で一番リア充なの琴ちゃんだしね!

「はい、お嬢さん方、お茶のお供にどうぞ」

そう言って、神楽先輩が持ってきてくれたのはトリュフ。

うわぁ、バレンタインの女子でもこのクオリティ出せないです…。

遊びに来た女子たちも興味津々といった様子でトリュフの乗ったお皿を覗き込む。

「すごっ!これ、高そうだね…」

奏ちゃんが神楽先輩お手性のトリュフを見て言う。

あ、もしかして市販のやつだと思ってる…?

違うんだよ、これ、この高身長男子が手作りしたんだよ…。

「え?一枚100円の板チョコと、牛乳と、ココアパウダーくらいだぞ?単価、安すぎるレベルだ」

神楽先輩の言葉に奏ちゃんは目をキョトンと大きくさせる。

うん、普通この人が作っただなんて誰も思わないよね…。

私も最初は信じられないと言うか、信じたくなかったというか…。

「え、ええ!?もしかして、神楽先輩が作ったんですか!?」

奏ちゃんは30秒ほど遅れて全てを理解したらしく大きな声をあげる。

だよねぇ。

思わないよねぇ。

「当たり前だろ。俺以外誰がいるんだよ」

いや、当たり前ではないですよ。

ほんとに買ってきたって言われても驚かないレベルですから。

ていうか、神楽先輩が作ったって知ったら普通の人なら引きます…。

「こ、こんにちは…。あ、あのすいません!!すぐ、出ていくんで!ボクがいちゃいけないのわかってるんで!!どうせ、ボクなんて迷惑でしかない存在なんですよね…」

そんなネガティブな言葉を吐くのは蓮くん。

あなた、ほんと後ろ向きよね…。

そして、その心の内をすぐにツイートに反映させるのやめなさい!

また炎上するよ?

「あはは、面白そうだから如月くんのアカウントフォローしよっかな」

琴ちゃんがからからと笑いながら言う。

琴ちゃん、そんなに明るく言うことじゃないよ!?

見た目に反して結構そういうの好きだよね、琴ちゃん…。

「やあ、お嬢さんたち、お揃いで」

と、いつもならこの部室内には響かないような爽やかな声が響く。

ああ、この人は本性出さないつもりだな…。

なんと言っても、この人は意図して自分の本性を隠してるわけだし。

他の人は、周りが作り出してしまったキャラに翻弄されてるだけだけど。

「「「こんにちはー」」」

3人の声が重なる。

ちがうんだよ、この人こんなんじゃないんだよ?

ぜっっっったいに騙されないでね!?

「ちょっと白雪さんお借りしますね?」

そう言って、爽やか気取りの腹黒男、皇会長が私の腕を引く。

えー、連れていかれるの嫌なんですけどー…。

誰か、助けてー!

「どうぞー」

奏ちゃんが引っ張られていく私に手を振る。

お、送り出さないで!!

助けて…!

「おい、安寧の地になんで別の人間がいるんだよ」

廊下に出ると、途端に皇会長の態度が豹変する。

もう、この人やだ!

口調変わりすぎだから!!

「私の友達です!特に何も無いからお茶を飲みにお誘いしたんです!」

私が言い返すと、皇会長は顔を顰めた。

そんな顔、絶対他の人には見せないのに…。

私、嫌われてるんだろうか…?

「俺の居場所はどうなる」

なんで皇会長のために私が居場所を用意せねば…。

不服に思いながら私は腕を組んだ。

そしてふいっと顔を背ける。

「今日は我慢してください!」

すると、上からため息が降ってきた。

思わず、見上げると呆れ顔の皇会長と目が合う。

その顔したいの、こっちなんですけど?

「相変わらず可愛くねえ女だな」

皇会長に可愛いと思われる必要ないですけど!?

私は言い返すのも馬鹿らしくなって部室に戻る。

すると、皇会長も着いてくる。

「お邪魔してごめんね。ごゆっくり」

皇会長が3人に声をかける。

あ、録音していま流してやればよかった。

せめて、この3人くらいには本性知ってもらって共感できる人作るんだった…!

「ねえねえ、急に呼び出しなんてさ、杏ちゃんと皇会長さんっていい感じなの?」

葵ちゃんが顔を近づけて、私に聞いてくる。

私は一瞬理解が追いつかずにぽかんとした。

私と皇会長がいい感じ…?

「い、いやいや!!ないない!!!断じてありえないから!!!」

私は急いで首を振る。

だ、誰があんな腹黒男!

ぜっっっっったいいや!!!

「えー、そうなのー?」

奏ちゃんがつまらなさそうに口を尖らせる。

みんなこの人のあの顔を知らないから…。

知ってたらみんなも絶対ありえないって思うって…!

「あのさ、私が思うに、杏ちゃんって鳳凰くんのこと好きなんじゃない?」

こ、琴ちゃん…!?

す、鋭い……!

なぜ別のクラスの琴ちゃんがそんなことを…?

「え、そうなの!?」

私がギクッとなっていると葵ちゃんが驚きの声をあげる。

他の人の恋のお話聞いてるのは楽しいけど自分のことになるとすっごく恥ずかしい…。

もう、みんな私のこと見ないでー…。

「この間、教室の前通った時に仲良さそうに話してたし!それに杏ちゃんの顔が乙女だった」

琴ちゃんが微笑みながらそんなことを言う。

え、え!?

乙女…!?

「へー、見てみたーい!」

奏ちゃんがからかうように言う。

もう、見世物じゃないよ!

ていうか、私そんなに顔に出てるんだ…。

すると、皇会長が持っていたペットボトルをだんっと大きい音を立てながらテーブルに置いた。

…?

なんか怒ってる…?

見回してみると不機嫌そうな悠真くんと、頬をふくらませた湊と目が合う。

な、なんでみんな不満げ…!?

「ありゃ、なんか余計なこと言っちゃったみたいだね」

琴ちゃんがそんな様子を見て肩を竦めた。

みんな、樹くんの話になった途端、不機嫌になっちゃった…。

それってみんな樹くんのことが好きってこと…?

私に独り占めされるのが嫌とか?

だとしたら私にそんな拘束力ないんだけど。

「樹くんって人気者なんだね…」

私がお茶をすすりながら言うと、全員が首を傾げる。

ん…?

何がみんなそんな疑問なんですか…?

「な、なんでこの会話の流れで鳳凰くんが人気者に繋がったの…?」

「もしかして、杏ちゃんって…」

「もしかしなくてもすっっごい鈍感だね」

3人の会話に部員が全員ものすごい勢いで頷いている。

な、何よ…!?

私ってそんなに鈍感…!?

失礼なっ!

「あ、そういえばみんな知ってる?」

場の雰囲気を取り直すように奏ちゃんがみんなを見回す。

なんだろう?

みんな首を傾げて奏ちゃんの話に耳を傾ける。

「うちの学校に覗きが出たんだって!犯人はわかってないんだけど、南校舎にもう使われてない保健室あるじゃん?そこを更衣室として使ってた女子が被害者らしいよ」

の、覗き…!?

うちの学校にもそういうのあるんだ…。

変人がいるだけで平和なところだと思ってたのに。

「ああ、生徒会でも調査中だ」

皇会長が呟く。

生徒会まで動いてるんだ…。

ほんとに大事だ。

「えー、やだねー」

葵ちゃんが表情を曇らせる。

そんなの嫌じゃない女子いないよね。

私も怖い…。

「着替えと言えば、もうすぐ身体測定あるよねー!」

琴ちゃんの発言で場の話題がガラリと変わる。

そこからは体重が増えてるかもとか、何cmは身長が欲しかったとかガールズトークに花を咲かせた。

そう、覗きなんて私たちに関係の無いところで解決すると思っていた。


☆☆☆


「だからさー、そこが右のジャブがいいのか左のストレートがいいのかコーチと揉めてさ〜」

湊のボクシング話を聞きながら高校への道を歩く。

ボクシングの話してる時は少しは落ち着いてるんだけどね。

いや、話の内容の大半は分からないことが多いけど。

「あ!?」

周りを行き交う城波高校生を見て私は大きな声をあげた。

すると、突然の大声にびっくりしたのか湊が飛び跳ねる。

ほんとに軽い体だな。

「ど、どうしたの、杏!大声なんて珍しいね?」

湊の問いに私は頭を抱える。

や、やってしまった…。

これまでこんなにも忘れ物とかで変に目立たないように持ち物は丁重に確認していたというのに。

「じゃ、ジャージ忘れた…」

こんな身体測定の日にジャージを忘れるなんて1番目立ちそうな忘れ物をするなんて…。

白雪 杏、最大の失態かもしれない。

うわー、絶対目立っちゃう…!

「え、俺の借そうか?」

湊の問いに首を振る。

うちの学校は男女でジャージの色が違うからそれも目立っちゃう。

しかも湊から借りるなんてそれこそ湊ファンに殺される…。

「うーん…、先生に言ってみるしかないか…」

珍しく湊がまともなことを言う。

ですよね…。

目立つの覚悟で正直に言うしかない。

半ば諦めながら学校への道を進んだ。


☆☆☆


「ん?それなら昼休みに南校舎の保健室来れる?個人的にやってもらうならカーテンもあるし大丈夫だと思うけど」

担任に話すと思いのほか、あっさりとそしてあまり目立たない案を提案してくれた。

はぁ、よかった…!

私は心の底から安心して担任の手を掴む。

「あ、ありがとうございます…!」

「…?う、うん…?」

私の感激っぷりに疑問を持っていそうな担任を残して私は教室へと戻った。

すると、前の席に私が見たかった影が見える。

今日は最悪の日だと思ってたけど案外そんなこと無いかもしれない。

「樹くん、今日朝練ないんだね」

朝のこの時間に教室に樹くんがいるなんて…!

しかも自分から声掛けちゃった!

私ったら浮かれてるかも…。

「おう、今日は顧問が午前中出張らしくて。白雪、なんか嬉しそうだな?」

樹くんが首を傾げる。

そ、それはこうして樹くんと話せてるからなんだけど…。

本人に言えるわけない…!

「あ、あはは、そ、そうかなー?」

私、誤魔化すの下手!!

これじゃ樹くんに怪しまれちゃう…!

もっと自然に頑張れ!

「うん。白雪が嬉しそうで俺も嬉しい」

え?

ええ?

今のどういうこと…!?

心臓がバクバクしてどうにかなってしまいそうな私をよそに樹くんは友達の元へ行ってしまった。

まだ顔、熱い…。

樹くん、不意打ちきついよ…!

赤くなっているであろう顔を隠しながら私は席に着いた。


☆☆☆


「あ、杏!身体測定どうなったの?」

昼休みになって、南校舎の保健室に行こうとするとクラスが違うはずの湊に声をかけられる。

また、来たのね…。

でも今朝の私の様子を見て心配してくれていたらしい。

「担任の先生が手配してくれてこれから南校舎の保健室でやってもらう予定だよ」

私が言うと、湊はまるで自分の事のように安心した様子だった。

そんなに心配してくれてたんだ。

ちょっと悪いことしちゃったな。

報告しておけばよかった。

「そっか、気をつけてね!」

湊の言葉に苦笑いする。

たかだか校内での移動の何に気をつけろと言うのか。

ほんとに心配性っていうか大袈裟というか…。

「失礼しまーす」

無事に移動を終え、保健室に入る。

よしさっさと終わらせて早く帰ろう!

5時間目移動教室だしね!

「あ、白雪さんね。話は聞いてるわ。私しかいないから制服脱いで。終わったら教えて」

「はい」

なんか変な感じだな。

誰も見てないとはいえ―。

そう思ってふと閉まっているカーテンの間に目を向ける。

「へ!?」


☆☆☆

「おーい、西園寺、白雪ー」

杏が身体測定へ向かって、大した用事も無くなった俺は杏が戻ってくるまでの間、大和と話していた。

すると、教室の外から何やら呼び声が…。

ん?

「あれ、白雪はいないのか」

声の方へ向かってみるとそこには伊織先輩と新先輩がいた。

その後ろにはワクワクした様子の悠真と相変わらず申し訳なさそうにする蓮がいる。

文芸部員みんな揃ってる。

「せっかく俺の手作りスコーン分けてやろうと思ってたのに」

伊織先輩が残念そうに紙袋を持ち上げる。

スコーン…?

なんかわかんないけど美味そう!

「杏は身体測定しに南校舎の保健室に行ったよ」

俺が言うと、大和が不思議そうな顔をする。

「え、身体測定なら今日の1時間目じゃ…」

そっか、俺以外誰も知らないのか。

俺は杏がなぜ今、身体測定を受けているのか経緯を説明した。

すると、青ざめた顔で悠真が口を開いた。

「だ、大丈夫なんすか…?南校舎の保健室って…」

悠真が言うが早いか、新先輩が走り出す。

そういえば…。

早乙女が言ってた覗きの場所って…!

俺も急いで走り出す。

それに続いて悠真、他の部員も走り出した。

覗きがまだ続けられているのかは分からないけれど、杏…!

どうか無事でいてくれ…!!

「俺も行く…!」

すると後ろから聞き馴染みのない声が聞こえてきた。

走りながらも振り返ると黒髪短髪の男子の姿。

あれは、樹!

杏も樹がいたほうが安心するかな…。

ほんとはちょっと嫌だけど…。

もやもやしながらも足を動かし続ければいつの間にか、目的地にたどり着いていた。

南校舎の、保健室。

「杏!!」

俺は杏の名前を叫びながら保健室に入る。

すると、閉まっているカーテンの間を覗き込む人影。

やっぱりまだ続いてたんだ!

「ちょっと失礼」

そう言って伊織先輩がその人影を拘束する。

この高身長に捕まえられたらもう逃げられないだろう。

その人は、ここ城波高校の制服を着ている男子学生だった。

「今度こそ拡散するっす」

悠真が真顔でそう言いながら写真を撮る。

悠真も相当怒ってるな…。

まあ、当たり前だけど。

「生徒会も探してたんだ。逃さないからな」

新先輩が鋭い目つきで見下ろす。

この人も怒らせると怖いからなぁ。

男子生徒は、力無げにうつむいている。

「ぼ、ボクもツイートしましょうか。普段からボクのことを燃やし慣れてるこの人達ならあなたなんて簡単に燃やせますよ…」

蓮も俯きながらもその言葉には力がある。

俺も、こいつは許せない。

俺たちの大切な杏にこんな事するなんて…!

「事情があるんだ…。どうしてもアイツを探し出さなきゃいけないんだ…」

男子生徒がぼそりと呟く。

事情…?

彼にも何かしら動機があるらしい。

「事情があるにしろ、やっていいことと悪いことがあるだろ!俺は許さないからな!大事な白雪をこんな目に遭わせて…」

樹が拳を握る。

樹も杏が大切なんだ…。

杏は、それを知ったらどう思うんだろう…。

「事情とかなんとかそういう事言う前に一発殴らせてくれる?」

俺はぼそりと声に出した。

どんな事情があっても傷つけたくない人がいる。

それが俺にとっては杏なんだ。

杏を傷つけるやつは許さない!

俺はそいつの返事も聞かずに拳を振り上げた。

瞬間、だった。

「やめて!」

カーテンの向こう側から杏が顔を出す。

俺は突然の出来事に拳を止めてしまった。

杏…?

「先生!」

混乱に包まれた俺たちの間に大和の声が聞こえる。

どうやら先生を呼んできたらしい。

俺は静かに拳を下ろした。

「何があったの?ほら、みんなこっちに来なさい」

俺たちの間に流れるただならぬ空気を察したらしい先生は俺たちを椅子とテーブルがある場所に連れて行く。

どうして杏は止めたんだ?

時々、思う。

杏は色んなものに優しすぎる。

「先生、彼が白雪さんの着替えを覗いていたんです。今から先生を呼ぼうとしていたところでした」

新先輩が先生に説明する。

俺は、あまり納得できなかった。

みんな冷静すぎる…。

杏が傷つけられそうだったのに。

「で、でも私、まだ服脱いでなかったし。見られちゃいけないものは見られてないです!」

杏が先生に必死に弁明する。

どうして杏がそいつを庇うんだ。

怒っているのは俺だけ…?

「でも俺、許せないです!彼がやったのは許されないことですよね!?」

樹が声をあげる。

俺も樹と同じ気持ちだ。

杏が、樹を見上げる。

「樹くん…」

杏は、樹が好きだ。

でも俺だって杏が好きだ。

ずっとそばにいて、杏を見守っていたいと思う。

「うーん、未遂なら被害者の白雪さんの判断に任せるしかないんだけど…」

先生の言葉にみんなの視線が杏に集まる。

すると、杏は居心地が悪そうに視線を彷徨わせてから、犯人の男に目を向ける。

そして未だにうつむいたままでいるヤツに、視線を合わせる。

「あの、さっき言ってましたよね?事情があるんだって」

杏は、優しくそいつに問いかけた。

俺は杏の優しさが今は少し歯がゆかった。

本当はやっぱり殴ってやりたい気持ちでいっぱいだった。

「聞かせてもらえませんか、事情…」

杏の言葉にそいつはやっと視線をあげた。

今にも泣き出しそうな目を見開いている。

まさか被害者の杏からそんなことを言われるなんて思っていなかったんだろう。

「妹が家出をして…。このへんの高校に通ってるっていう報告は受けてたんです…。親から急に帰ってこないっていう連絡を受けて、急いで東京から帰ってきて、それなのに親は海外出張が決まっちゃって…。親とは電話も繋がらないし、俺が探すしかないと思ってこの辺の高校を探そうと思ったら城波にたどり着いて。城波に通ってた従兄弟から制服を借りて…。忍び込んだはいいものの女子と接触する機会がなかなかないから、この保健室に入った女子をとりあえず見ようと…」

す、すごい事情だな…。

制服借りる執念あるなら女子に聞き込みしようよ…。

何もそんな不審者じみたことしなくても…。

「なるほど…。やっぱり私どうこうしようとか思いません。あの、皇か―」

「わかってる。今、副会長に電話かけてるさ。おい、妹の名前は?」

杏の言葉に反応した新先輩が男子生徒を見る。

すると、男子生徒は感極まったように涙ぐみながら口を開いた。

「雫 しずく つむぎです」

妹の名前を聞き取った新先輩がスマホに向かって語りかける。

通話の向こう側は生徒会副会長に繋がってるらしい。

蓮のお姉さんだっけ…?

「あ、麗さん?うん、雫 紬って子。…うん、そっか。ありがとう。手間かけてごめんね。それじゃあ」

少しの間会話したあと、新先輩は通話を切った。

さすが仕事が早い…。

みんなの視線が新先輩に集まる。

城波ここにはいないらしい」

新先輩の言葉に男子生徒は肩を落とした。

そうだろう、覗きまでして調べたのに元々そこには妹はいなかったのだから。

杏が男子生徒に向き直った。

「じゃあ、あなたの妹さんは菫ヶ丘に通ってるのかもしれないです。この辺の高校はそこくらいしかないですから」

今度は杏の目線が悠真の方へむく。

目が合った悠真は驚いたのか肩を波打たせた。

悠真もわかりやすい反応するなぁ。

「悠真くん、菫ヶ丘までの地図出してあげて。あなたが無事に妹さんにお会い出来るのをお祈りしてます」

杏の言葉に男子生徒は涙を決壊させた。

妹のことを心配してる気持ちが悪いものじゃない、か。

でも、覗いたのは事実なんだけど?

「あ、ありがとうございますぅ…!」

まあ、今回は杏の優しさに免じて許してやろう。

俺は彼女のそんな優しさも大好きだ。

その優しさを利用して傷つけようとするやつがいるならばもちろん容赦はしないけれど。


☆☆☆


「はぁ、平和だと思ってたんだけどなぁ」

私は保健室からの帰り道、ため息を吐く。

昼休みは残りの文庫本、読もうと思ってたのに。

これから戻ったらすぐに5時間目が始まる頃だろう。

「白雪に被害がなかっただけ、良かったよ」

樹くんが心底安心したように、呟いた。

樹くんも心配して来てくれたんだもんね…。

これってどういうことなんだろう…。

ふ、深い意味なんてないよね…!?

「俺は、杏を傷つけるやつも杏を守れなかった自分も許さない!」

湊が叫ぶ。

お、大袈裟だなぁ。

傷ついてないし、湊が責任を感じる必要なんて1ミリもないのに。

相変わらず、損な性格してるな。

「湊も、樹くんもありがとう」

私が笑いかけると、2人も微笑んでくれた。

すると、隣からため息が降ってくる。

ん?

「全く、お前は色んなことに巻き込まれるよなぁ」

やっぱり…。

声の主は皇会長。

もう、解決した後にそんなこと言うなんてほんとに性格悪いんだから!

「おかげで、鳳凰も湊も余計、お前のこと…」

皇会長がボソリと呟く。

この人の声が小さくなるなんて珍しいな。

いつも自信満々で声大っきいのに。

「え?なんですか?」

私が聞き返すと、皇会長は意地悪そうな顔をする。

そして私に向き直ると、おでこをぴんと弾いてきた。

な、なぜ…!?

「なんでもねぇよ。ま、高校生活なんて短くてその間くらいしか一緒にいられないんだから…。その間くらいはお前が誰かに独り占めされなければいいなってそれだけの話だよ」

ひ、独り占め!?

それはありえないですよ!?

そんなことしたいと思う人、いないだろうし!

「お前、鈍感だしだいじょぶだろうけど」

皇会長の言葉に私はムッとした顔を返す。

やっぱりいつも一言多い!!

でも、どういうこと…?

最近みんなの言葉の意味が分からないことが多い気がする…。







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