第6話  ドキドキ!大和が往く!舞え!変人ども

 「じゃあ、今週の日曜日に菫ヶ丘駅前で!」

僕に向かって微笑む陽キャ女子。

あれ、何の話してたんだっけ?

今のってもしや、なにかのお誘いだったのでは…?

「え、七海さん…?」

僕が声をかけると、七海さんはもう図書室を出ていくところだった。

いや、仕事は終わったわけだから帰ることにはなんの罪もないのだけれど…。

今の言葉の真意を教えてもらっても…?

「じゃあねー!」

僕の声は届かなかったらしく…。

えっと、もしかして日曜日出かけるのか…?

僕と、七海さんが……?


「ええ!?大和がデート!?し、しかも葵ちゃんと!?」

僕の話に杏が目を丸くして大声を出した。

当然の反応だろう。

彼女はクラスでも人気な女子で、僕はとてつもない陰キャだ。

「やっぱりからかわれてるのかな」

僕はぼそりと呟いた。

陽キャが陰キャをからかうのはもうテンプレートのようなもの。

僕も嫌ではあるけれど慣れている。

「えー、葵ちゃんに限ってそんな事しないよ!」

杏の言葉の僕は頷きかける。

僕も七海さんはほかの陽キャと違う気がしていた。

僕と同じくらい本の知識があるし、陰キャの僕と話す時も態度が変わらない。

「でも、だからって…」

こんな僕を誘って出かけたりするだろうか。

彼女になんのメリットが…?

のうのうと駅まで行って舞い上がっているとからかわれる図が頭に浮かぶ。

「なんて誘われたの?」

杏の問いに僕は記憶を遡らせた。


「よし!終わったね!」

図書委員の仕事を終え、一息つく。

本の整理というのは地味な仕事だけれど、根気と体力がいる。

僕は疲れた体を癒すためにこの間買ったばかりのずっと読みたかった本の文庫版を広げた。

「あ!その本!!」

すると、七海さんが僕の持っている本に反応して声をあげる。

特に有名な本ではないけど…?

僕はこの作家さんが好きだからずっと読みたかったけれども。

「西園寺くんってこの作者さん好きだよね」

近づいてきて、本の表紙を眺める七海さん。

近い、陰キャにはきつい…。

心臓の音が届いてしまわないように、できるだけ息を殺した。

「私も、西園寺くんがよく読んでるなーって思い始めてからこの作家さんの本読み始めたんだ〜!」

え、僕に影響されて…?

驚きは声には出なかったものの僕に大きな衝撃をもたらした。

そんな人は初めてだ。

だいたい陽キャなんて本を読んでいる僕らみたいなのを小馬鹿にしている節がある。

それなのに、僕に影響されてこの人の本を読むようになった…?

「そ、そうなんだ…」

驚きすぎて上手く反応ができない。

七海さんはこんなに話しかけてくれるのに…。

自分の口下手さが憎かった。

「それで、知ってる?この人の作品、映画化されててね!今、公開中なの!!」

それは初耳だった。

元々、ファンの僕よりも情報を集めていることに素直に驚く。

というか、驚かされてばかりだ。

「し、知らなかった…」

人からはよく、クールだと言われる。

でも決してそんなことはない。

今だってこんなに嬉しくて、興奮しているのにそれを上手く表現できないのがもどかしい。

「じゃあさ、都合合えばいいんだけど一緒に見に行かない?」

「え…?」

僕は七海さんの言葉に意味が瞬時に理解できずに固まった。

い、一緒に…?

それって本気で言ってるのか?

それとも鵜呑みにしたら笑われるタイプの冗談か?

「あ、もしかして、映像化とか嫌いだった?」

七海さんの不安そうな問いに急いで首を振る。

原作に出てくるキャラクターたちが実際に話したり、動いたりしているのを見るのはシンプルに楽しい。

ていうか、この感じ…。

やっぱり本気で…?

「ほんと!?じゃあ、行こうよ!今週の日曜日とか、暇?」

着々と話は進んでいく。

僕はただ頷くことしかできなかった。

別に、一緒に行くのが嫌なわけじゃない。

ただ、何も言えずに全て七海さんに任せてしまっている自分が情けなかった。

「じゃあ、今週の日曜日に菫ヶ丘駅前で!」

そして、冒頭に戻る―。


「めっちゃいい感じじゃん!」

興奮気味の杏が僕の腕を掴みながらそう言う。

いい感じ、ってこういうことなんだろうか。

それにしては僕は全てを任せすぎのダメダメな陰キャでしかなかったけど。

ていうか、僕は陽キャが苦手なんだけど。

「でも、デートなんて言ってなかったし」

単に一緒に行く相手がいなかっただけかもしれない。

七海さんにそんな状況が訪れるのかは疑問だけど。

わざわざ僕を選んだとはやっぱり考えられない。

「でも、葵ちゃんは大和の影響を受けて本を読み始めたり、調べたりしたんでしょ?それって、大和に興味がなきゃできないよ!ていうかあんたみたいな陰キャ、相手にしてくれる人あんまいないんだから大事にしなきゃ!しかも相手はあの葵ちゃんだよ!!」

杏が熱弁を僕にぶつける。

それは僕もわかってる…。

でも今までの陽キャへの苦手意識と、自分に対する自信のなさが邪魔をして素直に喜べない。

「だって、色々わからないことが多すぎて…」

僕は視線を泳がせる。

七海さんは僕が思っていたような陽キャじゃなかった。

それは今ならすぐに認めることができるけれど。

「なら、俺たちに任せてもらおうか!」

部室のドアががらっと開く。

この声にはものすごく聞き覚えがありすぎる。

だって毎日家で聞いている双子の兄のものだったからだ。

「話は聞いちゃったから、もう断れないからね!」

兄は無邪気に、笑いかけてくる。

僕、あなたの知識にも不安しか覚えないのですが…。

言ってしまえば、僕より色んなものが吹っ飛んでいそうだ。

「ボクシングなら教えてあげられるよ!」

「いや、デートでボクシング使わんでしょ!」

シャドーボクシングを始めた湊に、杏がすかさずツッコミを入れる。

まあ、襲われた女子を助けたり本の世界ではあるけれど。

それはあまりにもリアリティがなさすぎる。

「じゃあ、オレがトーク術を教えるっすよ!」

湊の後ろからひょこっと顔を出したのは天王寺くん。

天王寺くんのトーク術…。

それは、ものすごく活用できそうだけど。

「まずはっすね!女の子の肩に腕を回して…」

「む、無理…!!!」

僕は初っ端から飛び出した、天王寺くんの上級テクに困惑する。

七海さんの肩に腕を回すなんて…。

想像しただけで心臓と顔が破裂しそうだった。

「悠真くん、そんなことしたあとに手洗いうがい、消毒でしょ?普通のチャラ男よりたち悪いよ」

杏がため息を吐きながら言う。

そっか、本当は女嫌いなんだっけ。

その行動で天王寺くんに本気になっちゃった女の子、何人いるんだろう…。

そして手洗いうがい、消毒で流されていった女子たちの思いはどれくらいあるんだろうか…。

「ここはやっぱり料理で女子の胃袋ゲットだろ!」

神楽先輩が、腕をまくりながら言う。

き、気合入ってるなぁ。

でも七海さんに美味しいものを食べさせてあげるのはありかもしれない。

「神楽先輩の場合、女子の料理の腕超えてきちゃって、女子が自信なくしますよ…」

杏が俯きながら、呟く。

ああ、確かに神楽先輩の料理レベル半端ないもんな…。

正直プロと見分けつかないかも…。

「そうなのか?」

「現に私がそうですから…!」

首を傾げる神楽先輩に、杏が胸を張って言う。

いや、胸を張って言うことか…?

杏、キャラが崩壊してきてる……!

「だいたい、そいつが誘ったのは大和自身だろうが。お前がいいからお前を誘ったんだ。変わってどうする。お前のままで、そいつの隣にいてやればいい。ま、女ひとり守れるくらいの男にはなったほうがいいと思うけどな」

皇先輩が、頬杖をつきながら言う。

か、かっこいい。

ぼくもいつか、こんなセリフが言える男になりたい。

「まあ、ジャージで言われてもいまいちかっこよくないですけどねぇ」

杏が、同じように頬杖をつきながら言う。

す、皇先輩に喧嘩売ってる…!?

杏、ものすごい度胸だな。

「お前はほんとに可愛くねぇ女だな」

「私が可愛いって言ってほしいのは樹くんだけなんで!」

皇先輩に負けじと言い返す杏。

仲いいんだか仲悪いんだかわからないな。

まあ皇先輩が素を出せる女子なんて杏くらいか。

「ああああああ、樹って名前聞きたくありませーん!」

「同感んんんんん!」

天王寺くんと湊が同時に叫び始める。

樹、というのは杏の想い人である鳳凰 樹くんのこと。

この名前を聞くと、うちの部の杏大好き三人衆は不機嫌になる。

特に湊と天王寺くんはわかりやすい。

皇先輩は分かりにくく怒ってることが多いけど…。

「ははは…」

どうやら僕の相談タイムは終わったみたいだ。

本番は日曜日。

ど、どうしたもんかな…。


んー…、胃が痛い。

よく考えたら、いや、よく考えなくても女子と2人で出かけるなんてものすごく小さい頃に杏とおつかいに行ったきりじゃないだろうか。

経験の少なさが僕を不安と迷いへと誘う。

「あれ?大和、早いね?」

朝のランニングから帰ってきたらしい湊が物珍しそうに僕のことを見る。

休みの日は8時までは絶対寝てるからな…。

でも、今日は緊張で6時に目を覚ましてしまった。

その頃、もうベッドにいなかった湊が何時に起きてるのかはあんまり考えたくない。

「うん…。どうしたもんかと」

僕は数少ない服が並ぶクローゼットを漁る。

ろくな服、持ってないな…。

普段服装なんて気にしないから黒と紺とグレーの服が並んでいる。

The陰キャのクローゼット…。

「服かぁ!あ、今日七海と出かける日だっけ?」

湊の問いに頷く。

日頃の陰キャが自分の首を締めるなんて…。

だって、今までこれで不便なかったんだもんなぁ。

「俺の服、着れればいいのにねぇ。身長が9cm違うからね。羨ましい…!」

僕は湊より9cm背が高い。

でも男子の中では低い方だ。

湊はいつも羨ましがるけれど。

「おざーっす」

すると、部屋に入ってくる茶髪男子。

…!?

に、日曜日の朝8時ですけど!?

天王寺くん、うちで何やってるの!?

「ああ、あれ?杏センパイの家に行くはずが西園寺家に来ちゃったなー?帰らなきゃな―?でも、荷物重いから置いていこー」

「て、天王寺くん!?」

「あ、それ忘れ物なんで、好きに使ってください!」

そう言って、天王寺くんは何かが入った紙袋を置いていった。

そして部屋を出ていくついでに湊の腕を引っ張る。

湊は何やら抵抗してるけど。

「ほら!行くっすよ!邪魔しないようにって杏センパイが言ってたじゃないっすか!」

「えー、どこ行くのー?やだよー!」

駄々をこねる湊を天王寺くんが見下ろす。

文字通り、見下ろしている。

そしてニヤッと口角をあげた。

「へぇー、いいんすね?オレ、1人で杏センパイのとこ行きますけどいいんすね??」

天王寺くんの問いに湊の体がピクっと反応する。

杏の名前を聞いて、犬のように反応している。

揺れるしっぽが今にも見えそうだ。

「杏!行く!!」

「じゃ、お邪魔したっす!」

僕に爽やかに笑いかけて天王寺くんは部屋を出ていった。

それにしてもめちゃめちゃ棒読みだったな。

あんなにわざとらしく忘れ物していく人、初めて見た。

でも、あの感じで言うと、これは僕のために持ってきてくれたものなんだろうなぁ。

恐る恐る紙袋の中身を覗いてみる。

そこには、天王寺くんのものらしき服が一式入っていた。

少しダメージの入った黒ジーパンに、白Tシャツの上に薄めの青いシャツを羽織るらしい。

確かに女子ウケしそうだけど、僕に似合うかな…?

少し不安になりながらもせっかく天王寺くんが持ってきてくれたので着てみる。

着心地もそこまで悪くないし、これでいっか…。

残念ながら鏡を見る自信は出なかった。

着替えて、最低限の持ち物を準備していると待ち合わせの11時にだんだんと近づいていた。

もう少しだななんて思っているとスマホが鳴った。

開いてみてみると、七海 葵の文字。

この間、連絡の不都合がないようにLINEは交換したんだっけ。

『今から家出ます!30分くらいかかるからゆっくりしててね』

マメだな。

きっと僕の家のほうが菫ヶ丘に近いから気にして言ってくれているんだろう。

既読無視は良くないので、とりあえず返事を打とうと試みる。

『了解です。そちらも気をつけてゆっくり来てください』

相変わらずなんのユーモアもない自分の文章に悲しくなりながら、スマホをポケットにしまった。

さて、映画を見るという話しかしてないけど、他になにするんだろう。

とりあえず、お昼ごはんだろうけど…。

どこで食べるかとか、僕が決めたほうがいいんだろうか…。

やっぱり今日くらいは僕がリードしないと流石に男として見てもらえないよな…。

ん?

僕、七海さんに男として見てほしいのか?

となると、僕は七海さんが好きだということになるけれど、そうなのか?

いつの間に…。

いや、図書委員で一緒になるようになってからやけにいいところばっかり目につくなとは思ってたけど…。

それでもやっぱり彼女は僕とは住む世界の違う陽キャなのだと思っていたはずなのに。

「僕、七海さんのこと、好きなんだ…」

僕の本の話についてきてくれる唯一の女子。

陽キャなのに気取らない態度。

僕でさえ話しやすいと感じるコミュニケーション能力。

いいところを並べればきりがないような人だ。

モテるだろうと、俯瞰的に思ってはいたけれど。

まさか自分もその一員になるとは…。

ぼ、僕はこれからそんな人とデートをするのか?

だ、大丈夫なのか、僕…。

自覚したら緊張増してきたんだが…。


「早すぎた…」

あれからやけにモヤモヤし続けて、七海さんが到着するであろう時間より10分も早く来てしまった。

早く来ることが無意味であることはよくわかっているけれど家でじっとしていることができなかった。

さっきから深呼吸しては、腕時計を見るのを永遠に繰り返している。

七海さん、早くこないだろうか…。

いや、来たとて何を話すんだ!?

意識すればするほど僕の陰キャは増す気がするんだけど…。

「あ、西園寺くーん!」

もう何回目かわからない深呼吸の途中で声が聞こえた。

聞き間違うことはきっとない、この声。

ああ、この声に呼ばれるのが嬉しいのはやっぱり僕が七海さんのこと―。

「ごめん!待たせちゃった?」

僕の顔を覗き込んで聞いてくる、七海さん。

服装、かわいいな。

当たり前だけど私服を見るのは初めてだ。

「いや、えと、…今、来た、とこだよ…」

ぎこちなく七海さんから視線を外しながらお決まりの言葉を口に出す。

七海さんが動くたびに白いワンピースの裾がひらりと揺れる。

ああ、自然に話せない自分がもどかしい。

「西園寺くん、嘘吐くの下手だね。お待たせしました!」

七海さんがくすりと笑いながら肩まで伸びた髪の毛を耳にかける。

僕、やっぱり上手く言えてなかったんだ。

はぁ、せめてこのくらいはスムーズに言えるようになりたい…。

「えーと、最初なんだけど…。映画の前に、お腹、空かない?」

僕が初っ端から不甲斐なさに肩を落としていると、七海さんが言った。

そうだ、それを言おうと思ってたのに…。

やっぱり僕、ダメダメだ…。

「うん、お昼にしようか」

僕が言うと、七海さんが恥ずかしそうに手に持っていたバッグを掲げる。

…?

どうしたんだろう。

「作ってみたんだけど、もしよかったら食べてもらえませんか?」

ええ!?

手作り弁当!?

もしよかったらって、こっちこそ僕なんかが食べていいんだろうか。

「うん、ありがとう」

僕が頷くと、七海さんは花が開くように笑った。

手作り弁当も、その笑顔も憧れてる人は山のようにいるだろう。

同じ作家を好きなだけで、僕なんかが独り占めしていいんだろうか。

「公園!公園、行こ!」

七海さんが僕の手を引く。

掴まれている部分が異常に熱くて、もう少し抑えられないかと自分が恥ずかしくなる。

どうか七海さんに気づかれませんように。

公園に着くと、休日ということもあって家族連れで賑わっていた。

中には、僕達のようにお弁当を広げている家族もいる。

「なんか、ピクニックみたいだね」

七海さんがお弁当を広げながら、そんなことを言う。

その中身は、卵焼きやら唐揚げやら、きちんと野菜も添えられていて彩りが豊かだった。

料理、上手なんだな…。

「全部、七海さんが作ったの?」

僕が尋ねると、七海さんは恥ずかしそうにこくりと頷いた。

「あ、味の保証はできないかも…だけど!」

七海さんの言葉に僕は一口、卵焼きを食べた。

優しい甘さが口の中に広がる。

どこか懐かしさを感じる味に僕は思わずもう一口食べてしまった。

「美味しい」

僕が言うと、七海さんは不安そうだった顔を綻ばせた。

どうして僕なんかにそんなに不安そうになったり笑顔になったり色んな感情を見せてくれるんだろう。

ひょっとしたら、なんてどう考えてもありえないことを考えて自分に笑う。

そんなこと、本当にありえないじゃないか。

「ねえねえ、前から思ってたんだけど、呼び方!呼び方、変えない?」

お弁当を食べ進めていると七海さんがそんな提案をしてくる。

「呼び方?」

首をかしげた姿が可愛くて、心臓が騒ぐのを自覚しながらも平静を装って、聞き返す。

そんなこと、考えたこともなかった。

不便だと思ったこともなかったし。

「図書委員で一緒になって話すことも増えたのに、まだ名字で呼び合ってるな―って思って。休みの日に遊ぶくらいの仲になったんだし、名前で呼んでもいい?」

七海さんの問いに、僕は頷いた。

下の名前で…。

そういえば杏は七海さんのこと、下の名前で呼んでたっけ。

「じゃあ大和くんって呼ぶね」

可憐に笑いかけられて、倒れてしまいそうだった。

この幸福を味わっている男子は何人くらいいるんだろう。

僕の他にもいるんだろうか。

「大和くんも葵って呼んで!」

独占欲にも似た感情に支配されかかっていると、七海さんに呼びかけられる。

僕が名前で呼ぶ女子なんて杏くらいだ。

それも幼馴染という関係に甘んじてのこと。

「あ、葵さん…?」

破裂しそうになる心臓を無理やり落ち着かせて、声に出してみる。

すると、七海さん―葵さんの頬が緩む。

こんなことでそんな顔をしてくれるんだ…。

「うん、満足!」

そう言って、葵さんは一層笑みを深くした。


「うーん!面白かった!!」

葵さんが満足そうに伸びをする。

映画を見終わって、映画館から出てきたところだ。

この映画は原作を忠実に再現している場面も多くて、僕も面白かった。

「うん、そうだね」

僕が言うと、葵さんが「だよね!」と同意してくる。

葵さん、本当にこの話好きなんだな。

そう深く思うほどに、葵さんは心の底から嬉しそうだった。

「ちょっと、語り合いたいなー!」

葵さんの言葉に僕も同意だった。

でも、ここで感想会を開いてしまうのは少しもったいないような気もする。

今、やってしまったら今日で全て終わってしまう。

できれば、僕は今回きりにしたくない。

それでもって次回は僕から誘いたい。

「感想会、今日じゃなくてもいい?」

僕の問いに、葵さんは歩みを止めて僕を振り返る。

その顔は不安で歪んでいた。

違う、そんな顔をさせたいわけじゃないんだ…。

「ごめん、引き止めすぎたよね。西園寺くんにも用事とかあるのに…」

俯いてぽつりとこぼれるネガティブな言葉。

葵さんにもこんな顔があるんだなとふと思う。

僕は、葵さんを少し勘違いしていた。

陽キャだって不安になったり後ろ向きになったりするんだ。

「違うんだ!また、葵さんとこうやって遊べる口実が欲しくて…。感想会開いて、また映画を見に行ったり本を買いに行ったりしたいんだ。でも、僕って臆病だから…。最初はやっぱり理由が欲しいな…って」

僕にしては喋った方だ。

自分の伝えたいことを言語化できた気がする。

葵さんに伝わったかは分からないけれど。

「それって、これからも会って遊ぶこと、考えてくれた…ってこと…?」

恐る恐ると言うように葵さんが尋ねてくる。

こうして葵さんといるのが楽しいと思えた。

明るくて、よく笑う葵さんを好きだと気づいた。

「僕なんかで良ければこれからもこうして遊びたい」

僕はゆっくりと頷きながらまた言葉にした。

葵さんの顔にはもう不安は浮かんでいなかった。

いつもの僕の好きな笑顔の葵さんだった。

「絶対だよ!」


「あー!おかえり、大和!」

葵さんと駅で別れて、家に帰るとなぜか杏と湊と天王寺くんがいた。

あれ…?

杏の家にいるんじゃなかったっけ?

「どうだったどうだった!?」

杏が珍しく興奮して僕に尋ねてくる。

きっと天王寺くんに服を持って来るように仕向けてくれたのは杏なんだろうな。

杏は葵さんのことも僕のこともよく知ってるし。

「楽しかったよ」

僕が言うと、ふーんと杏はどことなく嬉しそうだった。

杏、自分のことみたいだな…。

それも彼女がよく好かれる原因のひとつだと思う。

「葵ちゃんは?今日、どんな感じだった?」

杏の問いは続く。

そ、そんなに興味あるのか…。

でもどうだったって…。

「可愛かったよ」

「「「え…?」」」

僕から自然に出た感想に3人が驚きの顔を見せる。

いや、ほんとに思わず出ただけで…。

自分が1番驚いてるよ…。





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