第5話 恋のキューピッドな変人ども

うわー、やばいやばい。

木々の葉っぱが鮮やかな緑色になってきた5月の中頃。

奏ちゃんとお話してたらすっかり部活の時間遅れちゃった!

で、でも特になんのイベントもない季節だし私が居なくても大人しく部活やってるよね…?

そう思いながら部室のドアを開ける。

「お!杏!やっと来た!」

声をあげたのは湊で、彼が持っているのは…。

風船…?

ていうか、部室が足の踏み場もないくらい風船だらけになってる…!?

「な、なにこれ…?」

私がすごく戸惑いながら問えば顔を真っ赤にしながら風船を膨らませていた大和が答えてくれる。

「湊が体育倉庫の片付けの手伝いしたら先生がくれたんだって」

いや、お礼それでいいのか…?

明らかに余り物じゃん。

なんて安上がりな高校生。

ていうか貰うのは勝手だけど部室で膨らますな!

「おかげで足の踏み場もねぇよ」

そう毒づいたのは生徒会長の皇先輩。

同感です…。

でも、さっき放送で『全校生で力を合わせて〜』って甘い声で言ってたのは双子の弟さんか誰かですか?

ってくらいの人の変わりようだ。

「ですね…」

私が共感すると、皇会長は考え込んだ。

「白雪と同じ感性ってのも考えものだな」

もう!

人がせっかく思ったこと伝えたのに!!

「まあまあ、落ち着けって。ロールキャベツ作ったから」

そう言って部室内にある台所もどきから出てきたのは神楽先輩。

その目つきでロールキャベツって…。

男子からモテちゃうよ!

まあ、美味しくいただくけどね…。

だって美味しいんだもの!!

神楽先輩の言葉に釣られるようにみんな風船をかき分けて集まってきた。

「相変わらず美味いっすねー!インスタあげてもいいっすか??」

そう言ってスマホを取り出そうとする悠真くん。

クラス内では女子に大人気の悠真くんはSNSでの活動もキラキラしたものだ。

「すごいねー。私、そういうのめっきりダメで」

私が悠真くんに感心すると、悠真くんはロールキャベツを口に含みながら、俯く。

「ほ、褒められる程じゃないっすよ」

心做しか、耳が赤くなってる気がするけど大丈夫かな…?

そんな悠真くんだけど実は極度の女嫌いだったりする。

今のも、もしかして嫌だった??

「ほんと、ボクなんかが食べるにはもったいないくらいです…」

そう呟いたのは、蓮くん。

蓮くん、自分の存在認めてあげなさい…。

謙虚とはまた違う暗さがにじみ出てるから。

「はぁ」

そしてため息吐きながら妬みツイートするのやめなさい…!

この部活にいると、つくづく思う。

この人たち、本当に変人だなぁと。

みんなで絶品のロールキャベツを平らげて、風船をどうしようかと悩んでいると部室のドアががらっと開く。

「ここに、白雪 杏がいるって聞いたんだけど」

そう言って顔を覗かせたのは、…?

誰…??

私が全く知らない男子だった。

「え…っと、失礼ですがどなたですか…?」

私が首を傾げながら恐る恐る尋ねると、その人はニカッと口を開いた。

「2年C組の八神 結翔やがみ ゆいとだ!」

簡単な自己紹介をしながら彼は私に近づいてくる。

そして、私の前にある机に手をつき、顔を覗き込んでくる。

え…?

え…??

何……?

「決めた。白雪!ちょっと付き合ってくれ!!」

へ…?

付き合う??

えっと、どこまでですか?


「どうしてなのーー!?」

部室に湊の叫び声が響く。

相変わらずよく通る声だなぁ。

ていうか、もう放課後なのによくそんなに元気余ってるな…。

「湊センパイうるさいっすよ。不機嫌なのはオレも一緒なんすから!」

悠真くんが湊にじとっとした視線を送る。

2人も異常な人がいるってこの部活大丈夫か…?

悠真くんが不機嫌っていうのも珍しいけど。

「2人とも、白雪先輩が大切なんですね…」

蓮くんがそんな2人を見て、ぼそりと呟く。

すると、2人の視線は一斉に、蓮くんへと向かう。

まるで、それ以上は口に出すなと牽制してるみたい。

ふ、2人とも怖いんですけど…。

ほら、蓮くんが怯えて首が引っ込んでいってるから…!

「八神くんの噂は2人も聞いてたでしょ?」

大和が怯える蓮くんを助けるように、問いを投げる。

う、噂…?

八神くんってそんなに、有名な人なの…?

「う、噂…?」

少し、怖がりながらも、気になったので聞いてみる。

一体、何を聞かされるんだろう。

ドキドキする。

「2学年一の美少女、葉月 はづき ことの彼氏だってな」

神楽先輩が教えてくれる。

学年が違う神楽先輩が知ってるってことは、相当有名なんだね。

あれ…?

でも、そんな美少女と付き合ってるならなぜ私にあんな要求を…?

な、謎が深まってしまった…。

「普通、あんな彼女いたらほかの女に見向きしねぇよな」

皇会長が頬杖をつきながら、そう言う。

ふむ、美少女なんだもんね。

なんでこんな平凡な私に…。

「あ、遊び…?」

私が首を傾げると、皇会長と目が合った。

すると、机の上に置いてあったチョコレートの包装を開きながら面倒くさそうに口を開く。

皇会長、チョコ好きなんだ…。

「なら、ぶっ殺すまでだ」

こ、殺すって…。

生徒会長らしからぬ物騒なワードセンス。

ほんとに、口悪いな…。

「でも、杏は付き合うのOKしたの?」

湊が子犬のような目で、私をみあげる。

その上目遣い、やめなさい…!

とってもとっても話しづらい…!!

「つ、付き合うっていうか1日デート…?的なことをしてくれって懇願されて…」

私は頬をかきながら、説明する。

そんな本格的に付き合うためのお願いではなかったし…!

そんな彼女さんがいるなら私、断ればよかった!

「で、断りきれなかったんすか?」

悠真くんの問いに頷く。

だってあんなに頼み込まれたら無理だよ…。

で、でも一日だけだし大丈夫だよね…?

「それは詐欺では…」

れ、蓮くん大袈裟…。

別にロマンス詐欺とかじゃないから安心してぇ。

八神くん、困ってたみたいだし。

「まあ、なんかあったら言ってくれればいいよ」

大和が1番まともなことを言う。

そうだよね、きっと何事もなく終わるはずだ。

なんせ一日だけだし。

「ちなみに聞くがいつだ?」

神楽先輩の問いに、スマホのカレンダーを見る。

日取りと場所はこの間、指定された。

えっと、確か…。

「今週の土曜日ですね」

私が答えると、背後から

「なるほど、土曜に駅前のショッピングモールか。わかった」

と、皇会長の声が聞こえる。

ひ、人のスマホかってに見ないでください!

全く…。

そう思いながらスマホをそそくさとしまう。

ていうか、何がわかったんでしょう。

一抹の不安を覚えながらその日は解散になった。


「あ!白雪ー!こっちこっち!」

駅前について、キョロキョロしていると大きな声に呼び止められる。

視線を声の方に向けると、そこには八神くんがいた。

私に見えやすようにか、手をあげてブンブンと振っている。

微妙に目立ってる…。

まあ、湊ほどではないけど。

「ごめん、お待たせしちゃったかな」

駆け寄って声をかけると、八神くんは首を振った。

その顔には爽やかな笑み。

なんて言うか、美少女な彼女がいても違和感ないな…。

「全然、じゃあ行こっか」

こうして隣を歩いてみて、改めて思う。

どうして彼は私をこんなことに誘ったのか。

普通に彼女誘えばいいのに。

「あのさ、今日、どうして私なの?」

悩んでいるのが面倒になって本人に聞いてみる。

デートの下見…?

プレゼント選びとか…?

私の問いに、八神くんはギクッと体を強ばらせた。

「いきなり核心だね…」

頬をかきながら、きまり悪そうにつぶやく八神く

ん。

もしかして、聞いちゃいけないこと聞いちゃったかも…?

デリケートな問題だったのかも。

「話したくないなら…」

「いや、いいんだ」

私が謝ろうとすると、八神くんはそれを止める。

でも明らかに話しづらそうだったし…。

そりゃ気になるよね、と八神くんは眉を下げた。

「あのさ、白雪は俺の彼女知ってるよね?」

八神くんの言葉に「名前だけなら」と返す。

本当は本人とめちゃめちゃ会いたいけど…!

だって美少女なんでしょ!?

「あ、この子なんだけど」

私が見た事がないということを察したらしい八神くんがスマホで写真を見せてくれる。

そこに写っていたのは間違いなく美少女だった。

みんなの話は嘘じゃなかったんだね…。

「めっちゃ美人さんじゃん!」

私は思わずもう一度画面に近づいてその姿を見る。

色白の肌、華奢な体躯、サラサラの栗毛。

目もぱっちり大きくて、手足もすらりと長い。

「そうなんだよなー…」

八神くんが俯いて、つぶやく。

この子が彼女でなぜそんな顔を…!?

な、なんの不満があるっていうんだ…!

「な、何か嫌なの?」

私は、訝しげに八神くんを見つめながら尋ねる。

明らかに彼女自慢をしたかった雰囲気じゃなかったよね。

何か、問題でも…??

「嫌なわけないよ!でも、不安なんだ…」

私の言葉に八神くんは必死になって首を振る。

まあ、嫌なわけないよね。

不安…?

私が考えていると、八神くんは自嘲気味に笑った。

「なんで、琴が俺なんかと付き合ってくれてるのか…」

つまり、相手が美少女すぎて不安なのか…。

どうして相手の選んだ相手が自分なのか。

恋をするって大変なんだなぁ。

「自分に自信がないんだ」

八神くんはそこまで話してくれると、俯いてしまった。

確かに、八神くんはいい人だけど、そこまで目立つわけじゃないしね。

葉月さんがどうして八神くんを選んだのかは分からないかも。

「だから!白雪に今日一日デートしてもらって俺に魅力があるのか意見を聞かせて欲しい!」

そ、そういうこと…!?

私の意見で果たして正しいのか…?

そんな美少女の感覚わかんないんだけど…。

「わ、わかり…ました……」

本人に聞いた方がいいのでは…?

そう思ったけれど必死に頼み込んでくる八神くんに言うことは出来なかった。

そして、世にも奇妙なデートは始まったのである。

「じゃあ、気を取り直して行こうか!」

ニコッと八神くんが笑う。

そっか、私も今は何も考えずにデートに集中しよう!

八神くんに誠心誠意の意見を伝えるためにも。


「ああ、杏んんんん!」

物陰に隠れて男女を見つめる低身長な男子。

それが発した声は隠れている意味がないほど、大きい。

頭、悪いんだろうか。

「ちょ、湊!うるさい、バレるって!」

と、しっかりと小声で先程の大声を注意する眼鏡男子。

あの大声の後にもはや、小声で話す意味ってあるんだろうか…。

不毛だ…。

「本当に尾行なんてしていいんでしょうか…」

誰よりも体を小さくして影を潜めながらそう言ったのは帰国子女。

帰国子女が一番小心者なのかよ…!

いや、それが普通の反応だと思うけど。

ていうか、妬みツイート用のアカウント開きっぱなしのスマホを右手に常備するなよ…!

「みんな落ち着け。ほら、おにぎり持ってきたから」

言いながらみんなにおにぎりを配る金髪男子。

相変わらず、女子力高っ!

まるでデートに来た付き合いたての彼女だ…。

「うるせぇな。だからお前らに向いてねぇって言っただろうが」

おにぎりを口に含みながら暴言を吐く生徒会長。

あなたはこういうのに慣れすぎです…。

一体、生徒会で何してるんですか…?

「あ、動いたっす!オレらも行くっすよ!」

オレは変人に心のうちでツッコミを入れながらも抜かりなく2人を観察していた。

杏センパイのデート…!

成功させてたまるか…!!

みんなに声をかけて、女子を避けながら2人を追いかける。

あ、後で一応手洗いうがいしよ…。


「なにか買いたいものとかある?」

八神くんの問いに考えを巡らせる。

特に最近は物欲ないよな…。

ていうか、お財布的にも買い物はできないかも。

「私は特には。八神くんは?」

もともと、八神くんについてきたようなものだし、八神くんの買い物があるならそれ優先してもらったほうが助かる。

私、ノープランだし…。

ていうか、あれ…?

これってもしや、私の初デート…?

「じゃあ、えっと…。今月、琴の誕生日だからその買い物を…」

一人、どうでもいい事実に驚いていると、八神くんが頬を赤く染めながら用件を話した。

めちゃめちゃ大事じゃん!!

そんな買い物を私なんかとしていいのかは置いておいて、よし、付き添わせていただこう!

「葉月さんってどんなのが好きなの?」

私が尋ねると、八神くんは首を捻った。

やっぱり異性へのプレゼント選ぶのって大変なのかな。

私は経験ないからよくわかんないけど。

「可愛いもの、動物、桜の花、ピンク、あとは甘いもの」

八神くんは詰まることなくすらすらと葉月さんの好きなものを並べていく。

うわぁ、すごいや。

八神くんの場合、知りすぎてて逆に何を送ったらいいか分からないのかも。

「ふふ…」

私は考えを巡らせる八神くんに笑いをこぼした。

だって、考えている八神くんの顔があまりにも幸せそうだったから。

少し、羨ましいかも。

「八神くんは本当に葉月さんのこと、好きなんだね」

私の言葉に八神くんは頬を赤く染める。

恋をするってこういうことなんだ。

きっと、相手のことを考えるだけで幸せになれるような素敵な感情。

「まあな」

そう言って八神くんも笑った。

葉月さんもきっと幸せに違いない。

だって、こんなに想われてるんだもの。


「隊長!何やら、2人で笑い合っている模様!」

悠真の声に俺も2人がよく見える位置に移動する。

ああ、杏んんんん!

今日もかわいいっ!

「ほんとだっ!なんか楽しそうっ!!」

俺は2人の仲睦まじい様子を見て叫ぶ。

やだなー、やだなー。

ほんとだったら今日は2人で新作のゲームやる予定だったのに。

「も、もうやめようよ。杏も嫌がるよ?」

後ろに聞こえる大和の声に首を振る。

あんなかわいい格好した杏を男で2人で置いていくなんて俺にはできなーい!

無理、絶対無理!!

「でも嫌われるかも…」

蓮の一言に「言わないで!」と叫ぶ。

俺のこの目で見届けねば!

ていうか、可愛い杏を1秒も見逃したくない!

「ほ、ほら2人とも早く食べないとみんなが全部おにぎり食っちまうぞー?」

伊織先輩の誘惑にも今は負ける気がしない。

なんであんなピンクいカーディガン着てるんだぁ!

可愛すぎる、後で写真撮ってもらおう…。

「ほっとけ。てか、帰りたいやつは帰れ。そういう気持ちのやつがいるとバレる」

壁にもたれながら厳しい言葉を吐く新先輩。

新先輩って杏のことになると異常に厳しいよねぇ。

よっぽどこの部が大事なんだな。

だって部長の杏がいなくなっちゃったら活動できなくなっちゃうもの。

「隊長!ご飯食べるみたいっす!」

「よし、追おう!」


まずは腹ごしらえをしようという八神くんの提案に頷き、手頃なファミレスに入った。

お財布に余裕ないからありがたい…。

…?

「ん?どうかした?」

突然後ろを振り返った私に八神くんが尋ねる。

私は後方に何もない事を確認すると首を振った。

なんか見られてる気がしたんだけど…。

「気のせいだったみたい」

なんとなく気配の予想はできたりするんだけどさすがにそんなことしないよね…?

考えすぎだと自分に言い聞かせ、お昼ごはんを注文する。

そ、そんな暇人じゃないはずだもの…!

「よし、じゃあ出ようか」

八神くんの言葉に頷く。

いよいよ誕生日プレゼントを買いに行くことになった。

八神くんはどんなものを選ぶんだろう。

「ねえねえお兄さんたち、暇してるの〜?」

若干のワクワクを感じながら八神くんの隣を歩いていると、後ろから女子のそんな声が聞こえた。

ぎゃ、逆ナン…?

生で初めて聞いたかも。

「あ、ちょー暇っす!どこ行くっすか?映画?飯?気軽にお茶?」

ん?

この口調、どっかで…。

いや、あれはこんなに女子免疫ないか…。

「ちょー乗り気じゃーん」

男子の言葉に女子も上機嫌っぽい。

逆ナン成立かぁ。

こんなふうにできるカップルもあるんだろうな。

「え!?暇じゃないよ!?」

んん?

この無駄な大声…。

やっぱり聞いたことある気が…。

い、いや、あれは今日ボクシングの練習に行ってるはず。

「付き合ってる暇はない」

んんん?

このクールな感じ…?

いやいや、あれはきっと陰キャぶちかましてキョドるはずだし…。

「ボクなんかを誘ってもあなた方が後悔するだけかと…」

んんんん?

この無駄に根暗な感じ…。

いや、だからいるはずないって。

「おにぎりはあるから、それで我慢してくれ」

んんんんん?

この低い声に似合わないおにぎりという単語…。

私の知ってる人たちなんじゃ…。

「はぁ。そこ邪魔なんだよ。俺たちの通り道に立ちやがって」

うん、確信した。

違うって言い聞かせてたけど…。

あの人達もさすがにそこまではしないって信じたかったけど。

「はは、じゃあオレたちだけで行きますか?」

私はきっと今、手を洗いたくてたまらないだろう人の声に振り返った。

全く、女嫌いのくせに…!

無駄にチャラ男なんだから…!!

「すいません。この人達、部活の集まりで来ただけなんです…!!遊びには行けないんです…」

私は、女子たちの肩に腕を回そうとしている悠真くんの腕を掴む。

なんで私がヒロインを助けるヒーローの役回りを…。

せっかく葉月さんのプレゼント選ぼうとしてたのに!

「え〜、そーなの〜?」

「じゃ、いっか〜。イツメン誘おう〜!」

思ったよりも明るく、そして思ったよりもあっさりと女子たちは去っていった。

元々、暇つぶし程度だったのかも…。

修羅場にならなくてよかった…。

「あ、杏センパイ〜!ありがとうございます、本当は限界っした…!」

そう言ってすがりついてくる悠真くん。

な、情けない…。

ていうか、やっぱり私には触れるんだ…。

つくづく女として見られてないな、私。

「ていうか!なんでいるの!?」

私が尋ねると、皇会長以外のメンバーはしゅんと小さくなった。

一応、罪悪感はあるみたいだ。

いや、神楽先輩は元々が大きすぎて小さくなりきれてないけど。

「部員の安全を図るのは当然の務めだ。八神 結翔の情報も乏しかったしな」

それはつまり…。

心配、してくれたってことですよね…?

唯一萎縮していない皇会長の言葉に若干怒りきれなくなった。

「あ、杏がそんなに可愛いカッコで来るから!」

湊が頬をふくらませながらそう言う。

か、可愛いのか…?

白のブラウスにデニムスカート、ピンクのカーディガンを羽織ってきたくらいだ。

そりゃ出かけるからいつも湊とゲームする時よりはまともな服きてるけど…。

「後で一緒に写真撮って!」

いや、怒りながら言うこと…?

ていうか、普段着の幼なじみと写真撮って湊に得ある…?

まあ撮りたいなら別にいいけど。

「杏センパイがいなかったら死ぬところっした…」

ぐったりしながら悠真くんがそう言う。

あれはだいぶ自業自得感あるけど…。

いつも教室とかではあんな感じなんだろうな…。

「そこの角曲がったらトイレあるから手、洗ってきたら?消毒とかは持ってるんでしょう?」

私が言うと、悠真くんは目を輝かせた。

そんなになるくらいならはっきり断りなさい!

自分から腕回そうとしてたじゃないか…!

「まじで好きっす!ありがとうございます!!」

なんか、あれを見た後に好きと言われても…。

なんの重みもないかも。

私は早く行けと、手で悠真くんを促した。

「ごめんなさい、やっぱりボクみたいなのがデートの日に視界に入ったら不快ですよね…」

うん、なんか落ち込みの次元が違うぞ…?

蓮くん、自分のことなんだと思ってるの…。

別に蓮くんの存在に怒ってるわけじゃないから!

「そういう問題じゃないから!こら、すぐツイートしない!」

私が言うと、蓮くんは一瞬だけ止まる。

「ですよね、ボクなんかが自己表現しちゃだめですよね…」

ああ、違う!

私は、あなたが炎上するのを心配して…!

うん、ごめんなさい、好きにしてください……。

「すまん!お詫びにこれを納めてくれ」

お、納めるって…。

殿様じゃないんだから!

でも神楽先輩が差し出してきた小さく切ってあるブラウニーはとてつもなく美味しそうだった。

「い、いただきます…」

女子でいることに若干自信を無くしそうになりながらブラウニーを受け取る。

この人、必ず手作りの食べ物持ってるなぁ。

一緒にいたら確実に太る…。

「え、えーと、白雪?」

すっかり部員たちとのいつもの会話に意識を集中させてしまって忘れてた…!

私今、八神くんとデート(仮)中だった…!!

やっぱり私、女子向いてない。

「ご、ごめんね!こんな人たち放っておいて行こ!」

私は八神くんを振り返り、すぐに仕切り直す。

葉月さんへのプレゼント、ちゃんと選ばなきゃ!

すると、がしっと腕を掴まれる…?

「やっぱ、俺たちも行く」

俯きながらそう言ったのは湊だった。

な、何、幼稚園児みたいなこと言ってるの…。

お留守番できない子みたいになってる。

「で、でも…」

それじゃあ、八神くんの目的が果たされないのでは…?

私は別にいいけど。

ていうか、湊はこうなったらなかなか離してくれないだろうし。

「いいよ、別に。元々、白雪に判断してもらおうと思うのが間違いだったんだよなー。俺が知りたいのは琴の気持ちなのに」

八神くんが、ため息混じりに言う。

自分に自信が持てないのは、相手を本気で思うからこそのはずなのに。

間違いなんて誰でもすることだ。

「現に、3人からそれぞれ違う殺気感じるしな」

はは、と笑いながら八神くんは言った。

殺気…?

口が悪いのは皇会長だけだけど…。

八神くんは何を感じてるんだろう…?

「八神くん!」

私はほかの文芸部員も連れてプレゼントを選びに行こうとしている八神くんを呼び止める。

八神くんはきっと、こんな変な人たちに囲まれて過ごしてる私だからこそ頼んでくれたんだよね。

だったら私は少しでもそれに応えたいと思う。

「葉月さんから八神くんがどう見えてるとかそういうのはよくわかんないけど。でも!八神くんが葉月さんを好きなんだって気持ちは何よりも伝わってきたから…。だからきっと葉月さんも八神くんと付き合えて幸せだと思うよ」

月並みのことしか言えない自分が歯がゆい。

でも、きっとそうだと思うんだ。

人は愛されてる時が1番幸せだと思うから。

「そっか。白雪がそう言うならそうなのかもな。ありがとよ」

私の呼び掛けに振り向いた八神くんは、言葉を聞いて笑顔をくれた。

届いて、くれたのかな…?

それならよかった。

どうか、2人が幸せな誕生日を過ごせますように。


「ていう、計画を立ててみたんだけど…」

私は恐る恐る部員を見回す。

文芸部部長にして初めて企画を出したかもしれない。

今までのやる気のなさが不甲斐ない。

「いいじゃん!めちゃめちゃ楽しそう!!」

湊が1番に賛成してくれる。

よかった、即却下されたらメンタルがお亡くなりになるところだった。

結構一生懸命考えたから賛成してもらえるのはシンプルに嬉しい。

「うん、陰キャなりに頑張るよ」

大和も笑いかけてくれる。

陰キャ…。

そのキャラは崩さないのね…。

「杏センパイの提案、反対するはずないっすよ!全力で頑張ります!!」

悠真くんは腕をまくりながら、気合いを入れてくれる。

なんて従順な後輩…。

私、なんでこんなに女嫌いの後輩から懐いてもらってるんだろう。

「ボクもちょっとツイートしなくても楽しめそうです…!」

れ、蓮くん…。

うん、楽しめる機会になるならそれでいいよ…。

ちょっと、炎上止めなよ。

「料理は任せろ!全力尽くすぜ」

神楽先輩がガッツポーズを作りながら声をあげた。

それに関しては全く心配してません。

神楽先輩に任せておけば間違いないもんね!

「ま、これが文芸部の活動なのかは知らんが。いいんじゃねぇの?白雪の案にしては」

なんかいっつも一言多い気がするんだよなぁ。

棘があるって言うか…。

でも、賛成してくれてるみたいだし…!

「じゃあ、来週の月曜日決行で!」

私はみんなにそう告げた。


「し、失礼しまーす…?」

恐る恐る部室のドアが開けられる。

ドアの前にいたのは―。

「葉月さん、誕生日おめでとうー!」

そう、八神くんと葉月さんカップルだ。

私の声に合わせてクラッカーがパンパンと弾ける。

2人はと言うと、突然のことに目を丸くしている。

「え、え…!?」

葉月さんは感極まったように口に手を当てて驚きの声を漏らす。

実は、無事に葉月さんへのプレゼントを買い終えたあと、不穏な噂が校内で流れてしまったのだ。

葉月さんという彼女がいる八神くんと、普段から(周りから見れば)イケメン集団と共にいる私がデートしていたと。

まあ、事実だけ見ればそうなのだけれど周りが面白がるような感情も関係もないため、せめて葉月さんにだけでも誤解なのだと理解してもらいたかった。

だって、あまりにも八神くんにとったら迷惑な話すぎるもの。

そこで私は文芸部の部室を利用した葉月さんの誕生日パーティーを企画した。

そうすれば噂について私から説明できるし、一生懸命選んだプレゼントを渡すこともできる。

だから―。

「葉月さん!この間は、誤解を与えるようなことしてすみません!」

私は誠心誠意謝るしかない。

いくら目的が違うものとはいえ、彼女持ちの男子と2人で外出はダメだよね。

途中からはこの人たちもいたけど。

「へ?この前??」

葉月さんが首を傾げる。

え…?

八神くんが隣にいて、私が謝ってるんだからデートのことだって一瞬で理解しても良さそうだけど…。

「あ!もしかして、デートしてたってやつ?」

葉月さんの問いにこくこくと頷く。

それですそれです!

怒るなら怒ってください!

私が縮こまっていると、葉月さんの明るい笑い声が聞こえてきた。

ん…?

笑って、る…?

「白雪ちゃん、だよね。ごめん、笑っちゃって!でもそのことなら全然気にしてないよ?私、結翔に愛されてるっていう自信あるから!浮気とかありえないって信じてるから!」

葉月さんは本当に胸を張ってそう言いきった。

なんだか格好いい。

でもこの間の八神くんを見てたらその気持ちもわかるかも。

「今回だってどうせ、誕プレ選ぶの手伝ってもらった感じでしょ?結翔から貰うものなんてなんでも嬉しいのにね」

葉月さんはふざけたようにジト目を八神くんに向ける。

八神くんは図星を突かれたとばかりに顔を背けた。

本当に仲の良さが伝わってくる。

「ん!これ」

「あ、選んでくれたやつ?」

葉月さんが八神くんから袋を受け取る。

その中には、桜の花の形のイヤリングが入っていた。

八神くんが葉月さんの好きなものを考えて吟味した品だ。

「ありがとう…!次のデートにつけていくね!」

葉月さんがニコっと笑う。

その破壊力と言ったらハンパじゃない。

八神くん、幸せものだなぁ!

「白雪さんも本当にありがとう!だから、それでもし気に病ませちゃってたならごめんね!私はできれば、唯翔のわがままに付き合ってくれるような優しい白雪ちゃんと仲良くなりたいな…!」

ま、マジですか…!

それは夢にまで見た女友達3人目!!

嬉しすぎる……!

「私こそ…!」

私が言うと、葉月さんはそれはそれは可愛く微笑んでくれた。

「一件落着、だね!」

私の隣に立っていた湊がそう言う。

私は力強く頷いた。

2人は元々、気まずくなったりしてないみたいだったし、私には女友達できるし嬉しい事だらけだよ!!

一連のパーティーを終えて、葉月さん改め琴ちゃんともたくさんお話したところで2人は帰ることになった。

「じゃねー!」

「ほんとに色々ありがとな!」

仲睦まじく帰っていく2人の背中を見送る。

本当に幸せそうだなぁ。

やっぱり女の子として憧れちゃうよね。

「私も樹くんとああなりたいなぁ」

思わず、声に出すといつの間にか隣に立っていた悠真くんが一言。

「もしああなるなら、杏センパイの隣はオレじゃないといやっす」

え…?

今のどういうこと…?

すぐにみんなの元へ戻ってしまった悠真くんに言葉の真意を尋ねることはできなかった。
















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