第4話 実は最強(?)な変人ども
「お疲れ様でーす」
部の存続が決まって1週間。
新入部員2人も無事に入部届を提出し、文芸部は正式に残ることになった。
今すぐ抜けたい…。
けれど貸し出し当番を放棄する訳にも行かず、今日も部室に来ている。
って、誰もいない…!
当番は3人一班で週交代制。
今週の当番は私と、蓮くんと大和。
の、はずなんだけど…。
そういえば蓮くんは家の用事で、来れなくて大和は図書委員の仕事が入ったって言ってたっけ。
図書委員には、大和とキラキラ女子の葵ちゃんがなった。
私にとってはとっても羨ましい組み合わせだけど大和は嬉しくないらしく、
「七海さんと一緒なんて最悪だ」
と言っていた。
ちょっと嫌いすぎ。
葵ちゃんは大和が嫌うような陽キャじゃないって言ってるんだけどなぁ。
上手く伝わらないみたいだ。
そんなことを思いながら1人悲しく貸し出しの準備を始める。
名簿リストの挟んであるリストと黒いボールペンを準備し、私もカバンの中から読みかけの文庫本を取り出した。
貸し出しと言っても、人はほとんど来ない。
美術部とか古典部とかが専門的な本を借りに来るくらいだ。
今日は1人だし、暇かもなぁ。
なんて、思っていると意外にもすぐにドアは開いた。
「こんにちは」
そう言って、1人の女子が顔をのぞかせる。
「どうぞー」
声をかけると、彼女は部屋の中の入ってきた。
まっすぐ伸ばされた長い髪。
少しキツめの目つき。
優雅にあげられた口角。
美人だなぁ。
「あれ、湊くんは?」
「あー、湊なら今週は当番じゃないから文芸部には来ないかもです」
たまにこういう部員目当ての人が来ることもある。
まあ、表向きは人気高い男子集まっちゃってるしね。
女子が集まってくるのも無理ないか。
「には?には」
「え?はい」
なぜそこに反応したんだろう。
そこまで重要な意味を持つ言葉ではなかったんだけど。
「他の場所には来るの?」
「大方、私が帰る頃には校門に…」
1人で帰れるって言ってるのに、湊は必ず私が帰る時間帯に校門で待ち構えている。
小学生じゃないんだから…。
そろそろ自立させて欲しいものだ。
おかげで平和なはずの帰り道まで変人に侵食されてしまっている。
「ふーん」
頷きながら私をじとっと見つめる女子。
そして、私のいる机の前に立ち、顔を近づけてこう言った。
「幼なじみの立場にあぐらかいてると痛い目見るよ」
「え…?」
私がどういうことかと問おうとすると、もう彼女はドアの前に立っていた。
「失礼しましたー」
な、なんだったんだ…?
だ、誰が誰の幼なじみの立場にあぐらかいてると…?
別に私が頼んでやって貰ってるわけじゃないんだけどなぁ。
ま、実害なかったし別にいっか。
会話から察するに湊と同じクラスで、たぶん湊のことが好きで…。
幼なじみだからと贔屓にされてる私が気に食わない。
って、感じかな。
とんだ誤解だ…。
出来れば変わって欲しい。
「おっはよう!杏!!」
「朝からうるさい」
耳元でそんな声出されたら鼓膜破れる…。
だから起こしに来なくていいって言ってるのに!
毎日の不満をまた募らせていたのだけれど、そんなことより気になることがあったと心を改める。
「そいえば昨日、文芸部に髪の長い女の子が来て湊のこと探してたっぽいよ?」
一体、どんな関係だろうか。
もしかして恋仲だったりするんだろうか。
ワクワクする。
「髪の長い女の子?誰、それ」
いやだから、私が聞いてるんだってば。
質問を質問で返すな!
「俺、女子は杏しかわかんない」
な、なぁ!?
なんて狭い世界で生きてるんだ、こいつ。
じゃなくて!
可哀想に、昨日のあの子も…。
ま、用があるなら今日にでも湊本人に声かけるよね。
そう自分の中で結論づけて、湊と家を出る。
「え!?じゃあ昨日1人で部室にいたのか!」
昨日の部活の様子を話すと湊はびっくりしたように体を仰け反らせた。
いや、大袈裟だよ!
「お客さんもその子以外来なかったし、全然大丈夫だよ」
私が困惑しながらも大丈夫だと教えると、湊は首を振った。
「杏を守るのが俺の役目なのに!1人になんてできない!!」
いや、出来れば1人にして欲しいんですが…。
ああ、昨日の放課後、静かで平和だったなぁ。
なんとなく嫌な予感がして目を細める。
どうか、この予感が当たりませんように。
「だから!今日は部活行くから!!」
や、やっぱり…。
私は何としても湊と離れる時間を確保すべく、必死に言葉を並べる。
「いや!今日は蓮くんも大和も今日は来るはずだから!大丈夫!!」
でも、湊は静かに首を振った。
「俺は杏を守るんだ。だから、行く!」
なんでだぁー!
絶望する私の隣で湊は、ボクシングの構えをして。
挙げ句の果てに、シャドーボクシングを始めた。
え、嫌だ。
本気で他人のフリがしたい。
この人と、幼なじみって私の人生の汚点なのでは…?
と、思っていると目の前の女子の話し声が聞こえてくる。
「白雪さんと湊くんってさ、ずっと一緒にいるよね」
「ん?幼なじみだから、トクベツなんだって湊くんが勘違いしてるだけ」
なるほど…。
それなら早く、その勘違い終わって欲しい。
誰か気づかせてあげて!!
って、あの子って昨日の―。
「こんにちはー」
だるさを堪えて、部室へ顔を出す。
湊、朝の会話忘れててくれないかなー。
淡い期待を抱えながら見渡すと大和と蓮くんの姿しか見えなかった。
「あ、杏。昨日、お客さん来たって言ってたよね?」
大和が貸し出しファイルを見ながら私に問う。
今朝、昨日の欠席を謝ってきた大和には部活の様子を話しておいた。
「うん。でも結局何も借りていかなかったんだ」
鞄を下ろしながら、答える。
視線をあげると、今日は蓮くんもいた。
「し、白雪先輩…。昨日はボクみたいな低下層の人間が休んですみませんでした…。これはせめてもの謝罪の気持ちです…。受け取っていただけると嬉しいです……」
そう言って彼が差し出してきたのは、高そうなお菓子。
い、色々重い…!
「すみません、迷惑でしたよね。ボクなんかがすみません…!」
そう言いながら蓮くんはスマホを取り出した。
な、何やってるんだろう…?
覗き込んでみると、何やら青い鳥のマークが見える。
「あ、あの、蓮くん…?」
私が声をかけると、蓮くんは肩を波打たせた。
「そうですよ!ボクは妬みツイートしすぎてよく炎上するんですよ!今だって!ビッグファイヤーですよ!!でも、でも…!自己表現なんてここくらいでしかできないですから!大炎上ですよぉぉぉぉぉ!」
そう言ってスマホの画面を私に見せてきた。
お、おう、確かに炎上してますね…。
そんなに叫ぶくらい嫌ならやめたらいいのに。
私が少し、呆れていると後ろから声が聞こえてくる。
「ぼ、僕にもくれようとしたんだ」
大和が急にオドオドとし始める。
まだ蓮くんに慣れていないらしい。
この強めのコミュ障が!!
「で、でも昨日は僕もいなかったから受け取らなかった。から、あ、あああああ杏は貰ってあげて」
せっかくいい事、言ってるのに内容が入ってこない!
残念だなぁ。
黙ってればイケメンなのに。
ため息を吐きながら、いつもの席に着く。
するとドアがガラッと開いた。
「杏!無事か!!」
ああ、期待を裏切るよね…。
あんたは平気で、絶望させるよね……。
ドアの向こうから現れたのは心底帰っていて欲しかった湊だった。
「ぶ、無事だよー」
目を逸らしながら安否を報告する。
ただ部活に出てるだけで、こんなに心配されるって恥ずかしいんですけど。
はぁ、普通になりたい。
「あ!朝言ってた女子だけどね!同じクラスの早乙女だった!」
ハイテンションで、教えてくれる湊。
「そ、そーなんだ…」
名前だけ教えられてもどうにも…。
というか、湊本人と話せたなら早乙女さん自身も満足だろうしもう知らなくても大丈夫…。
「で、部活ゆっくり見たいって言うから連れてきた!!」
ま、まじか…!
でも私、若干嫌われてるっぽいんだよなー。
私がいて、大丈夫かな…。
「失礼しまーす!」
ドアから明るい女の子の声が聞こえてくる。
私の不安もよそに、その子はずんずんと中に入ってくる。
まっすぐに伸ばされた長い髪。
少しキツめの目つき。
優雅にあげられた口角。
うん、彼女で間違いない。
「あ、白雪さん、昨日ぶり!」
そう言って早乙女さんはにこっと明るい笑みを向けてくれる。
あれ、いい感じ?
私、別に嫌われてない…?
湊と話せたから落ち着いたのかな…。
よかった…!
「昨日ぶりー」
笑顔で手を振ると、早乙女さんはいっそう笑みを深くしてくれた。
「早乙女、さっき話した白雪 杏だよ!俺の幼なじみで…」
「知ってるよ。昨日、会ったって言ったでしょ?それに、いっつも湊くんが話してるじゃない、杏、杏って」
早乙女さんが微笑ましそうに話す。
待て、そんなに私の話してるの…?
やめてください、恥ずかしいです。
ていうか、そんなに話すようなことないでしょ!
と、思いながら縮こまる。
「杏、早乙女
「奏ちゃん、よろしく」
私が言うと、奏ちゃんはにこっと笑った。
そして、私の耳元に口を近づける。
「早く大したことない女だって気づけばいいのに」
それは私にしか聞こえない程度の声だった。
たぶん私にだけ聞こえればいい事だったんだろうし、逆に湊とかには聞こえちゃいけないものだったんだと思う。
「え…?」
私は、咄嗟にいい反応をすることができず聞き返してしまった。
なんでもないふりした方が良かったかな…。
急すぎてびっくりして聞き返しちゃった。
「あ、なんでもないよ!忘れて、忘れて!!」
と言われて、忘れられるほど単細胞な人間でもない。
一瞬違うかもと思ったけど間違いなく嫌われてるなぁ。
原因は湊なんだろうけど本人に言えるような案件でもないし…。
まあ、直接なにかされた訳でもないし気にするほどのことでは…。
翌日、登校すると下駄箱の中に入っていたシューズの中に画鋲が入っていた。
踏まなくて良かった…。
にしても、やり方典型的だな……。
その翌日。
机の中になにか、紙が入っていた。
取り出して見てみると、『ブス、しね、目障り』と書かれていた。
今度は、手が込んでるな…。
そして、その翌日。
荷物がゴミ箱にぶちまけられていた。
これはちょっとショックだなぁ。
大事なもの結構入ってるし、拾わねば……。
「あれ?白雪さん?」
意を決してゴミ箱に手を突っ込もうとしたその時、声をかけられた。
振り向くとそこに居たのは奏ちゃん。
「あ、奏ちゃん…」
気まずいところで出会っちゃったな…。
何してんだ、こいつって絶対思われた…。
どうか引かないで!!
「そろそろ自分の立場、わかりました?」
不敵な笑みを浮かべながらそう言い残して奏ちゃんは去っていってしまった。
なるほど、一昨日のも昨日のも、そしてこれも全部奏ちゃんがやったのか…。
随分、恨まれたもんだなぁ。
まぁ、犯人がわかったところでゴミ箱の中の荷物は集まらないからまた意を決し直して手を突っ込む。
すると、また後ろから声が聞こえてきた。
「あれー?部室にいないと思ったらサボってなにやってんの?」
隣に来て私の顔を覗き込んだ声の主は湊だった。
「あー、ちょっと落としちゃって」
奏ちゃんは湊に好意を抱いてる。
それは確かなことで、そんな子のイメージを下げるようなことはできるだけ伝えたくない。
出来れば今回のことは私が墓場まで持っていこう。
「えー!杏もおっちょこちょいだね!」
そう言って湊は私の隣にしゃがみ込んだ。
そして、制服の腕を捲りはじめる。
「湊…?」
私が首を傾げながら名前を呼ぶと、湊はいつも通り大袈裟すぎるくらいの笑みをくれた。
「2人でやった方が早いでしょ!」
湊はいつもこうだ。
世話を焼きすぎて、なかなか自立させてくれない。
でも、いつもなら嫌なはずのそれが今は―。
なんだかちょっとだけ嬉しかった。
「うん、全部揃った!」
私が鞄の中身を確認してそう言うと、湊は満足したように腰に手を当てる。
「よし、じゃ、部活行こう!」
「だいぶサボちゃったから謝らないとね」
腕時計で時間を確認すると1時間は過ぎてしまっていた。
当番だったのに、申し訳ない…。
2人で先生に見つからないように走りながら部室へと向かう。
息を切らしながらドアを開けると、その向こう側にいたのは大和と、蓮くんと、奏ちゃんだった。
「あ、杏…!」
入ってきた私に気づいた大和が名前を呼ぶ。
すると、奏ちゃんも声につられて私の方を向いた。
その顔にはいつも通り明るい笑顔が張り付いていた。
さっきの不敵な笑みがまるで別の人だったんじゃないかと思うほど。
「白雪さん!待ってたんですよ〜!ちょっとお話しませんか??」
奏ちゃんの提案に体が強ばる。
何を言われるかは分からない。
でもこのまま意味のわからない嫌がらせが続くくらいなら…。
直接対決した方が楽なのかも。
「いいよ」
そう答えて、2人で廊下へ出た。
湊も奏ちゃんにはなんの警戒心も抱いていないらしく、着いてくることなく本当に2人で話ができそうだった。
さて、何を話すんだろう…。
私が身構えると、奏ちゃんの笑みが変わる。
「で?なんで、あんたはまだこの部活に来てるの?」
窓枠に肘をついて、奏ちゃんは私を見下ろす。
私は、首を傾げる。
「この部活に来させたくなかったの?」
私が聞くと、奏ちゃんはイライラしたように眉間にシワを寄せた。
ああ、綺麗な顔が台無しに…。
「だって、私は湊くんとあんたの関係を切りたかったの!だったらこの部活から消すのが1番手っ取り早いでしょ!?」
顔を近づけられて、怒鳴られる。
奏ちゃんの策だったんだろうけど、残念ながらそれは意味が無い。
「ごめんなんだけど、私と湊って家が近くて朝とか休みの日とか湊がうちに来ちゃうから部活で引き離してもあんまり意味無いかも…」
だったら私か湊を引越しさせるくらいの勢いがないと難しいかも。
それでも湊の執念であんまり意味が無い気がするけど。
「な、何よ!そうやって湊くんを独り占―」
パシャ
奏ちゃんが私の腕をつかもうとした瞬間。
シャッター音が鳴った。
「はい、犯行現場その4ゲット」
そう言ってスマホを操作するのは、制服のズボンのポケットに手を突っ込んだ皇会長。
「す、皇会長!?」
私が呼ぶと、皇会長はため息を吐いた。
「お前、相変わらずドンくせぇな。あ、あと早乙女 奏だっけ?」
私を捉えていた皇会長の視線が奏ちゃんへと向けられる。
それはかすかに先程より鋭くなっているように感じる。
「白雪のシューズに画鋲入れるとこも、机に紙を入れるとこも、荷物ゴミ箱にぶち込んでるとこもぜーんぶ証拠あるかんな」
皇会長は奏ちゃんを見下ろすように言った。
やっぱり、全部奏ちゃんだったんだ。
というか、会長どうやって証拠を…?
「なっ!ずっと私のあとをつけてたの!?」
奏ちゃんが若干皇会長に怯みながらも言い返す。
すると、皇会長は鼻で笑って一蹴する。
「つけてたのはお前の方だろ。ここ最近白雪の周りうろうろしやがって。この証拠、生徒会の議題に出せば1ヶ月くらいは余裕で停学だな。てか、俺の権限で退学にしてやろうか?」
スマホをヒラヒラさせながら皇会長はそう言い放った。
奏ちゃんの私の腕を掴む手に力が入る。
「それ以上、白雪に近づいたらぶん殴るぞー」
と、いつの間にか皇会長の隣に立っていた神楽先輩が言う。
い、いっつもそんなキャラじゃないじゃないですか!
女子力全開キャラのくせに、その目つきのせいでそういうセリフを言うとこの上なく怖い…。
「っ!なんでみんなこの女ばっかりっ…!」
奏ちゃんは悔しそうな声を出しながら私を解放してくれた。
その瞬間に、皇会長が私を自分の後ろに隠してくれる。
「あ、新センパイ!その写真くれます?こっちで拡散するんで!」
廊下の向こう側からひょっこりと出てきた悠真くんがスマホを掲げながら皇会長に声をかける。
え、SNSまで使ったらもっと大事になるんじゃ…。
「オレ、女友達多いんですぐ広まるっすよ?美人なのに性格クソブスっすね!」
そ、そんな笑顔で言うことじゃなーい!
いつもの明るいキャラのまま蔑むと余計にある意味怖いよ!
「え、えと、ボクもTwitterに…。え、ボクが投稿したんじゃお前が炎上するだけ?わかってますよ、そんなことぉぉぉぉ!」
れ、蓮くん…。
まだ何も言ってないよ…。
自分で言って、自分で卑屈になるのやめて…!
「じゃ、じゃあ僕は先生に…」
「待て大和。それは俺たちもいた方がいい。全員で行くぞ」
皇会長の呼び掛けに部員が全員職員室の方へ歩き出す。
その中にはもちろん奏ちゃんの想い人であろう湊もいた。
そういえば、湊が一言も話してない…。
いつもあんなにうるさいのに珍しいな…。
「ま、待って!湊くん!!私、白雪さんの束縛から湊くんを助けようと思って…」
「俺を…助ける…?」
奏ちゃんの叫びに、湊がゆっくり振り返る。
問い返した湊に、奏ちゃんは泣きそうな顔を頷かせた。
「そう!幼なじみだからって湊くんを独り占めしようとする白雪さんから湊くんを守ろうとしただけなのに…。どうしてこんなことされなきゃいけないの…?」
周りから見ると私が湊を独占してるように見えるのか…。
それはちょっとショック…。
すると、湊はしゃがみこんでいる奏ちゃんと視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「じゃあ、俺も言わせてもらうけど。俺も杏を守ろうとしただけなのになんでそんな泣きそうな顔されなきゃいけないの?」
その時の湊の目は私が見た事のないものだった。
怒りに満ちた冷たくて残酷な目。
奏ちゃんの表情は絶望に染まっていった。
「じゃあ、行くぞ」
神楽先輩の呼び掛けで再び職員室へ向かい出す一行。
本当にこれでいいの…?
奏ちゃんは純粋に湊を好きだっただけ。
ヤキモチの表現の仕方が少し下手だっただけ。
それなのに、こんな色んな人を巻き込んで大問題にしていいの?
「待って!!」
私は拳を握りしめてみんなを呼び止めた。
みんながいっせいに私の方を向く。
「もう十分だよ。奏ちゃんをこれ以上傷つける必要なんてない」
私は笑顔で言った。
本当に心配はいらないのだとみんなにわかってもらうために。
「奏ちゃん、そんなに湊が好きなら今度私の話聞いてくれない?主に愚痴とか、愚痴とか、愚痴とか!」
「え…?」
私の提案に奏ちゃんは目を見開く。
「で、湊の悪いところとかぜーんぶ教えるから!そしたらもっと湊のこと知れて、仲良くなれるはずだから。私は愚痴の発散になるし、奏ちゃんと仲良くなれるし!」
私は人差し指を立てながら、提案を続ける。
私、プレゼン下手くそかも…。
「何よ、それ…」
奏ちゃんは、俯いて目の辺りを拭っている。
や、やっぱダメかな…?
「いいよ。湊くんのこといっぱい教えてよ!」
奏ちゃんはいつもの明るい笑顔を私に向けてくれた。
「本当に、あんなに甘やかしてよかったのか?」
あの後、私たちは結局職員室には行かなかった。
私がそれはしたくないとわがままを言ったからだ。
「白雪は優しさも知んねぇけど、生徒会としては見逃しちゃいけねぇんだぞ?ほんとは」
厳しい意見を言ったのは皇会長。
確かにその通りなんだろうけど、それは生徒会にお任せしたいかな…。
そう思って、あははと笑うと皇会長はどうしようもないと言うようにため息を吐いた。
また呆れられちゃったかな…。
「ほんとっすよ!あん時拡散しとけば全校生に晒せたのに!」
「そんなの望んでないもん」
悠真くんの言葉に首を振る。
私は別に奏ちゃんを恨んでないし、奏ちゃんを悪者になんてしたくない。
「まぁ、そーゆーとこ好きっすけど」
「ありがと」
悠真くんに微笑む。
すると、彼は顔を背けて「水飲んでくるっす…」と言って部室を出て行ってしまった。
「やっぱりボクなんかにはできることありませんでしたね…」
「い、いや、なにかしてくれようとしただけで嬉しいから!全然気にしないで!!」
いつもよりさらに落ち込んだ様子の蓮くんに声をかける。
そ、それに蓮くんが自分の持つ本当の力に気づいたらとんでもないことになりそうだし…。
めんどくさいことは、極力避けたいしね。
「ああ、励まさせてしまってすみません…」
一回り小さくなったような蓮くんは大人しく頷いた。
まあ、このままなら自分の家の権力を使おうなんていう発想出てこなさそうだけどね。
「杏は強いなぁ」
大和がしみじみと声を出す。
きゅ、急に何…!?
「普通あの状態だったら早乙女さんのこともっと責め立ててもいいはずなのにね」
大和が眼鏡を上げながら私の方を見る。
いや、女友達が欲しかったんだ…!
あなたたちのせいであまりにも少ない女友達が…!!
「杏、ごめんね」
そして湊が落ち込んだ様子で私に謝ってくる。
なんで彼が謝るのか私にはよく分からないんだけどな…。
「あのね、湊」
いつもはうるさくて、恥ずかしくて、ウザイとすら思う『杏を守る』って言葉が。
今日はちょっとだけ、そうほんのちょっとだけ―。
「かっこよかったよ」
不覚にもそう思ってしまったんだ。
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