さんじゅーさんっ


「すっかり、遅くなっちゃったね」


 苦笑まじりに俺は言う。学校を出るのも遅くなった。スーパーに寄って、なお遅くなった。でも、本当の理由は――。


 目を向ければ、二人で片方ずつ持っているエコバッグ。大根が、可愛らしくに揺れていた。花が、園児達のお遊戯――フリフリダンスみたいなんて言うものだから、観月ちゃん達が踊るにしか見えなかった。花、本当にいろいろヒドイ。


 まぁ、でも。それも些細な問題。

 それなりの重量になったエコバッグに目を向ける。


 花柄。子ども達が大好きなキャラクターのアップリケが貼られている、花のオリジナル仕様。


 ――これは私のエコバッグだから。それに、花園家の食事ですよね? しゅー君にばかり負担をかけるワケにはいきません。


 そう言い張り、この大荷物をもつと言って聞かないガンコな園長代理先生。


 別に男だ、女だなんて言うつもりはないけれど。明らかに、力があるのは俺の方で。そう考えたら、荷物持ちは俺が妥当――。


 そんな譲れない戦いが、スーパーの駐車場前で、30分口論した末、通りかかった観月ちゃんと、そのママ。そして、スーパー保育園児による一言が突き刺さった。


『はい、先生! 一緒に持ったら良いと思いますっ!』


 保育園ではよくある場面シーン。お片付けをみんなですれば良いのに、その役割の取り合いになる。


 まさか観月ちゃんに指摘され――ココまで胸にクルとは思わなかった。素直にハイと頷くしかないまま、今に至る。


 煌々と灯る、職員室のLEDを見やりながら、苦笑がつい漏れてしまう。花が保育園のことで、一生懸命なのは、お母さんの姿を見ているから。


 保育士の仕事は、教材の用意、制作物展示の飾り付け、園内の壁面製作にとどまらない。認可保育園である以上、行政が指定した書類の作成、行事が近づけばその準備も、全てが保育士さんの仕事だ。子どもがお昼寝の時間も、連絡帳記入や、お手紙の作成など。息をつくヒマは、なかなか無い。


 それもこれも、子ども達の笑顔のため。

 好きでなきゃ、できない仕事。そして好きでもできない仕事。それが保育士なのだと、その仕事ぶりを眺めながら、つくづく思う。


「もぅ、お母さんったら、仕方がないんだから」


 クスッと花まで微笑を溢す。高校生にして仕事中毒ワーカーホリックな花には言われたくないのではとつい思って――って、花?!


(ノックなしで開けるのは、流石にマズいって?!)


 いくら我が家といっても。重要案件な会議の可能性だってある。そして、花は学校が終わり、完全にリラックスモード。こういう時の花はポンコツなのだ。鉄の聖女様、サヨウナラ――なんて、思い巡らしている場合じゃなかった。


 慌てて、花を止めようとしたが、お互いを繋ぐエコバッグが、今は邪魔でしかなかった。


「……花? 婿君?」


 目をパチクリさえる花奈さん、守田先生。さらに給食先生の梅さん。そして見知らぬご婦人が二人。姿勢正しく、ソファーに座っているのが見えたのだった。






■■■






「……学校の用事で、遅くなるとは、LINKリンクで見たけどさ。どう考えても、それデートじゃん」


 花奈さんが、白い目で俺たちを見る。


「で、デートじゃないもんっ!」


 顔を真っ赤にしながら、鉄屑の聖母スクラップ・モードの花は、顔を真っ赤にしながら反論する。この状態の花では、墓穴を掘るイメージしかない。


「ふぅん。それじゃ、真っ直ぐに帰ってきたってことか。ドコか、寄り道してきたんじゃないの?」


「よ、寄り道なんかしないよ! 今日は本当に大変だったんだから! クレープしか食べてな――」


 墓穴、一穴ひとあな目を掘りました。


「やっぱり、デートじゃん。完全にデートじゃん。離婚バツイチへの当てつけか? あぁん?」


 花奈さん、ガラが悪すぎる。チンピラ園長とか、外聞的にあんまりだから。


「わ、私だけじゃないもん! 藩宮さんも! 湊ちゃんも! 翼ちゃんもいたから!」

「女子ばっかり?」


 花奈さんが目を剥く。それぞれ、すでに知った仲であるのは良いことだけれど――。


「ちょっと待って、花! 彩翔もキャプテンもいたでしょ?!」


 結局、遅くなった俺たちは、いつものメンバーと合流したのだ。その肝心な点を説明しないと、ただただ俺が最低なヤツでしかない。そして、現に花奈さんの視線が痛い。痛すぎた。


「まぁ、朱理坊にその甲斐性があれば、花圃があそこまでヤキモキを妬くこともないんだろうけどね」


 と梅さんが一言。助け船なのか、けなしたいのか今いち分からない。


「あ、面接は一応、終わって。園長が採用を決めましたからね」


 守田先生の一言に、俺はほっと胸を撫で下ろす。言い出しっぺは俺だが、やはり合否の結果が気になっていた。結局、そこの判断はやっぱり園長の花奈さんと、主任の守田先生だって思うから。


「でも……じゃぁ、なんで?」


 目をパチクリさせた瞬間、職員室の柱時計が20時を告げる。この時間までの残業は決して褒められたものではないと思う。いかに、守田先生が独身とは言え、だ。他の皆さんはなおさら。


「ま、私らはある意味自由だからね。旦那はガキじゃないんだから、勝手に飯を用意しろって言ってあるのさね」


 梅さんの物言いに、苦笑しかない。他の皆さんも「うんうん」頷いていた。こめんね、旦那さんたち。


「それにさ。この二人がどうしても朱理坊に挨拶はしたいって言うんだよ」

 梅さんの言葉に、俺は目を丸くする。


「はじめまして、音無竹おとなしたけです」


 貴婦人という表現が適切か。絹を思わせる白髪が印象的な婦人が頭を下げた。


神管松かみすげまつだ、よろしくな」


 こちらは白髪交じり。黒髪の割合が多いが、それ以上に顔に刻まれた皺が目立つ。それでいて、滲ませる笑顔が、快活な印象を受けて。


 俺は――そして花も、そんな二人に向けて慌てて頭を下げたのだった。





■■■






「……えっと? でも、どうして俺たちを?」


 本来は、花奈さんの希望で俺達も面接に同席する予定だった。花はともかく、俺は場違いだからと、遠慮しようとしていたワケだけれど。


「そうですね。どうして私達のような、お婆さんに声をかけようと思ったのか。考えた子が秋田君だと聞いたので、興味が湧いたんですよ」


 竹さんが、にっこりと笑む。


「同じく、ね。どんなフザけたクソガキかと思ったら、意外に花奈の娘も面食いじゃないか」


「松、そのことはいったん置いといてやりな。花圃はね、朱理坊のことを顔では見ていないから」


 俺? 面食い? 何の話?


「いや、だって。この子、黄葉こうようとサーシャの子でしょ? こっちに来た時から、思っていたけどさ。ますますイケメンじゃん! 氷川ツヨシも目じゃないね!」


 どうして、ココでイケメン演歌歌手が出てくるのか、本当に意味が分からない。


「ダメですっ! しゅー君をそんな目で見る人は解雇です」


 なぜか、花がいきなり俺を抱きしめる。そして、いきなり解雇は酷すぎる。


「んぐっ――花、い、息が……」


 引き寄せられ――?

 え? 花の両腕、首に絡んでいるのですけれど? 息が……呼吸が、できな……こ、これ……俺、し、死ぬんじゃない?


「まぁ、婿君は保護者会でも太鼓判を押されているからね。お母さん方から高評価だよ」


 花奈さんがうんうん、と頷く。何の評価かよく分からないけれど、誰かお願い――息ができな……助け……て?


「あ、あの……? 秋田君、顔が青いんですけど、大丈夫ですか……?」


 守田先生が、この中で一番優しいと思ってしまった。保育士さんを天使と言う人がいるけれど。守田先生、本気マジ天使。


 普段、子ども達を相手にするパワフルな保育士さんを見ていたら、そんな言葉はなかなか出ないけれど。今日ばかりは、その言葉を撤回したいと思う。天使って、守田先生のためにある言葉だ。花は、時に戦士ソルジャーって思うくらい、逞しさを感じるけれど。


 守田先生、このご恩は一生忘れま――。


「しゅー君?!」


 花の声が遠くで響いて。なおさら、首が絞まる――。

 朦朧とした意識の中。


 お花畑、緩やかに流れる川、渡し船。そして、遠くで微笑む。そんな光景がチラついたかと思えば――。


 そこで、俺は意識を手放したのだった。








________________



side 守田先生



「……守田先生、マジ天使……」


 え?

 秋田君、何を言って――。


 このタイミングで、そんなこと言っちゃう?

 ただでさえ、花圃は独占欲が強いんだよ?


 私も彼女とは長い付き合いだけれど。そんな花圃の一面を知ったのは最近だけれど、さ。

 最近の花圃ったら、園児とのおままごとでも不機嫌になっちゃうんだからねぇ。


「しゅー君っ!」


 ほら、秋田君が絡んだら、花圃は瞬間湯沸かし器なの。これは、見事に地雷を踏み抜いた感があるか……なんて言っている場合じゃないよね。早く、止めてあげないと――。


「ちょっと、花圃! 秋田君の首、締まってる! 目が焦点を失ってるから!」


「花、マジ戦士ソルジャー


 秋田君、火に油を注ぐんじゃないの。


「しゅ……しゅー君のバカぁぁぁっっっっ!!」


 花圃の怒号が、夜の花園保育園内に響いて――あ、ガクリと秋田君の首が項垂れて。そして、きっと意識が落ちた。


「しゅー君?」

「婿君?」

「「「秋田君?!」」」


 それぞれの声が、再度、花園保育園に響いたのだった。




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