第52話 篝火に映る影


 翌日の宴は、今までの宴とはかなり違っていた。

 広い庭には大きな篝火が焚かれ、その周りには商人と思われる男たちがたくさん集まって暖を取っている。

 冬至の儀式の折、たくさんの海山の幸が置かれていた場所には、商人たちからの贈り物らしい品々がたくさん積み上げられ、王に捧げられるのを待っている。


 商人たちが待機する庭に面した広間には、一段高い上座と思われる場所に王と王妃が。庭側の隣には王太后が供の者と一緒に座り、王太后と対になる場所には数人の巫女たちが座っている。

 月人たちの席は、巫女たちの下座にあった。一番王座に近い場所とはいえ臣下側の席だ。


「あ……あの人」


 兵士の衣を纏った夏乃は、月人の席の一番後ろにいた。

 珀の背に隠れて広間を見回しているうちに、王太后の背後に侍る珠里の姿が目に飛び込んで来た。

 珠里はかいがいしく王太后の食事を整えている。どうやら夏乃には気づいてはいないらしい。


「あまり王太后様の席を見るな。おまえの役目は例の男を探すことだろう?」

「あ、うん。そうだね」


 珀に咎められて、慌てて王太后から目を逸らす。

 普段ならば、広間の中央部分は楽人や舞姫が踊る舞台となっているが、今夜はガランとしている。【貢物の儀】に集った商人たちが王に謁見するためだ。

 有力商人たちは持参した貢ぎ物を捧げ持ち、王から直接お言葉をもらう。彼らにとっては年に一度の誉だ。


「庭にいる人たちは、どの辺まで王様に近づけるの?」

「そうだな。重臣たちの最前列、ちょうど俺らの席の手前辺りまで来られる」

「そんなに……近くまで?」


 夏乃は急に不安になって、今はまだガランとした広間の中央部分を見つめた。

 座の最前列に座るのは貴人や重臣たちだ。狙われたらひとたまりもない。

 月人はいつものように、頭から薄絹を被り顔の半分ほどを隠しているが、薄絹の中に隠れているのは冬馬だ。わずかでも命を狙われる可能性がある宴に、月人至上主義者である冬馬が月人を行かせる訳がない。


 彼は自ら志願し、持参していた月人人形のかつらを被ってこの宴に臨んでいる。

 本物の月人でないからと言って、命の危険は同じだ。最前列に座る冬馬は床に直接置かれた座布団の上に座っている。彼の隣で酒を注ぐ侍女頭も含め、異変が起きた時に咄嗟に動くことは難しい。まごまごしているうちに攻撃にさらされてしまうだろう。

 もちろん、本当に襲撃があるのかはまだわからない。


(まずはアイツを探さなくちゃ)


 夏乃は、庭にいる商人たちに目を凝らした。

 赤々と燃える炎の周りにたくさんの人影がある。だが、炎の手前に並ぶ者たちは完全に逆光となり、黒いシルエットが見えるだけだ。炎に照らされた横顔が見える者もいるが、遠すぎて顔までは判別できない。


 しばらくして謁見の順番が決まったのか、庭にいる商人たちが動きだした。

 炎の周りに立っていた商人たちが徐々に集まり、広間の前にある回廊へ上がる階段の前に一本の列をなしてゆく。


 そんな商人たちの中に、一つだけ動かぬ影があった。

 一人だけ篝火の前に留まっているその影は、上背のある細身の体躯だ。

 全ての商人たちが列に加わったのを確認したかのように、男がゆらりと動いた。

 篝火の前で踵を返した拍子に髪がふわりと翻る。赤々と燃える炎に、波打つ短髪が照らされる。


 ヒュッ、と悲鳴のような息が漏れそうになって、夏乃は慌てて両手で口を塞いだ。

 間違えようのないシルエット。

 篝火に背を向けた男が、商人の列の最後尾に並ぶ。

 蒼太たちがクラッシャーと呼ぶ男の姿が、炎に照らされていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る