第36話 宴


 都は思った以上に華やかだった。

 二つの大河が流れ込む港には大きな船がたくさん停泊し、異国人と思われる人たちもたくさん行き交っている。

 港を囲むように市街が広がり、多くの店が立ち並ぶ通りには人があふれて賑やかだった。


 王宮は二つの大河に挟まれた高台にあった。

 川から水を引き込んだ堀と、何重もの塀に囲まれた敷地内には、五重塔ごじゅうのとうに似た高楼があり、その塔を囲むようにたくさんの建物が建っていた。

 高床の建物がすべて回廊でつながれている造りは、白珠島のお屋敷と同じだったけれど、白木のままのお屋敷と違って、王宮の建物はみな神社のお社みたいに華やかな朱色に塗られている。


(雅やかさでは、やっぱり比べ物にならないなぁ)


 月人つきひとが王から疎まれている言われても、あまりにも漠然としてよく分からなかった。でも今なら何となくわかる。白珠島のお屋敷は立派ではあるけれど、王族の住まいには見えなかった。



 夏乃たちが案内されたのは、小さな庭に面した二階建ての建物だった。一階は警備や使用人の部屋に充てられ、月人と側近は二階を使うことになるらしい。

 驚いたのは、割り当てられた宿舎に王宮の侍女が配置されていた事だ。

 月人の宮に入るなり、美しい衣を着た美しい侍女たちがずらりと並んで出迎えてくれたが、彼女たちは冬馬によって追い返されてしまった。


「月人さまの使用人だけでは足りないだろうという、王の気配りだろう。つまりは嫌味だ!」

「はぁ」


 冬馬トーマの言葉に、夏乃はぼんやりとうなずいた。

 確かに月人について来た使用人は、側近や警備の者に比べると少ない。侍女は夏乃と年配の侍女頭の二人だけだ。華やかな衣を着た王宮の侍女たちが手伝ってくれるなら、きっと助かるだろうとは思うが、命を狙われている月人の近くに王宮の人間を置きたくない冬馬の気持ちはよくわかる。


(そう言えば、王さまは嫌がらせが好きなんだっけ……)


 月人たちも以前はこの王宮に住んでいたのだから、きっといろいろと意地悪をされたのだろう。命にかかわらない意地悪なら良いのだが────。


「では、部屋に荷物を置いたらすぐ上に参ります」


 自分の荷物を抱えた夏乃が一階の侍女部屋に行こうとすると、冬馬が夏乃の腕をつかんで引きとめた。


「待て。おまえは二階だ」

「えっ、でも」

「いいから、荷物を持って二階へ上がれ」

「はぁ」


 よくわからないが、夏乃は月人の部屋を囲む小部屋のひとつをもらった。

 月人の部屋の窓からは、港に向かって広がる都の街並みがよく見える。夏乃は月人の衣装を葛籠から出しながら、煌めく二つの大河と港町の風景に見とれてしまった。



 短い冬の日が落ちると、美しい衣を着た侍女が宴の時刻を告げに来た。


「やっぱり布を被るんですか?」


 月人の着替えを手伝う冬馬に、夏乃は青い薄布を渡しながら聞いた。


「出過ぎた口をきくな。おまえは言われた事だけしていれば良いんだ」

「……はぁい」


 冬馬に意見をしても無駄なので、夏乃はすぐに引き下がった。



 〇     〇



 宴は、高楼がある広い庭に面した広間で行われた。

 夏乃は、月人から貰った桃色の衣を着て宴に臨んだ。もちろん首飾りもつけている。

 月人の供として冬馬や珀の後ろをついて行くと、広間にはすでにたくさんの人が集まっていて、賑やかに食事を始めていた。


 中央では様々な弦楽器や小太鼓、笛などを使った曲が演奏され、華やかな舞姫たちが舞っている。

 中央の舞台を囲むように設けられた席は、白珠島の広間と同じく床に直に座る形式だ。分厚い座布団や脇息きょうそくがあるので、ゆったりと座ることは出来そうだった。


 それぞれの席で酒を飲み、舞姫を見て鼻の下を伸ばしている髭面の男たちは、この国の重臣なのだという。夏乃にはただのおやじにしか見えなかったけれど、この中には王太后側の人間もいるらしい。

 薄布を被った月人が席につくと、ざわめきが一瞬収まった。

 夏乃は年配の侍女頭に並んで座の一番後ろに座っていたものの、何となく居心地の悪さは伝わって来た。


(感じ悪っ。しかもお酒臭っ!)


 この国のお酒は異国のお酒よりも匂いがきつい。それに、食事が下々の所まで回って来るのは、高貴な方々が食事を終えた頃なので、すきっ腹を抱えた夏乃には二重に辛かった。

 気分を変えようと、夏乃はこの国の王さまを探してみることにした。


(一番偉そうなのは……っと、あれかな?)


 広間の中央に、華やかな衣装を纏った女性と並んで座るヒゲ面の男がいた。自身も煌びやかな紫の衣を着て、ふんぞり返るように高々と酒杯を掲げている。


(あれが、王さまと王妃さま?)


 夏乃がぼんやりしていると、頭をポンと叩かれた。


「暇だろ、これ食ってろ」

 ご馳走の乗ったお皿を回してくれたのは、片目を隠したハクだ。

「食べてもいいの?」

「ああ、毒見も済んでる」

「ありがとう」


 小声でお礼を言うと、夏乃はさっそくご馳走を頂いた。

 野菜や芋の煮込みのようなものと、鶏肉を炙ったようなものが乗っている。食べてみると、どちらも素晴らしく美味しかった。


(やっぱお肉うまぁ!)


 月人の血を提供するようになってからは、ちょいちょい肉の料理も食べさせてもらっていたが、大抵は汁物か煮物で、焼いた肉を食べる機会はなかった。

 夏乃はひと口ひと口美味しさを噛みしめた。じっくり噛みしめてから、ようやく隣に座る侍女頭の存在を思い出した。


「す、すみません。ひとりで食べちゃって……」

「いいのよ。若いのだからお食べなさい。そのかわり、食べ終わったら紅を直しておきなさい。そのままでは月人さまの恥となりますからね」


 怖い顔もしない代わりににこりとも笑わない侍女頭は、相変わらず最強だった。

「はい」と返事はしたものの、何だか食欲も消えてしまい、夏乃は早々に紅を直した。



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