第32話 埋められた呪物
紅羽は人の命を奪うという、してはいけないことをした。けれど、彼女もある意味では被害者なのだと夏乃は思った。
(王太后が、ぜんぶ悪いんじゃない!)
泣きはらした後で夏乃が見つけた結論は、それだけだった。
「夏乃。無理に立ち会わなくても良いんだぞ」
眉尻を下げた
「いいの。無理してないから。てゆーか、立ち会いたいの。紅羽はあたしに教えてくれた訳だし、月人さまにかかってる呪詛が解ければ、あたしの仕事もひとつ減る訳だし……」
夏乃の目は、月人の御殿の床下に注がれていた。
珀の部下たちが木のシャベルのようなもので床下を掘っている。
「ねぇ珀? 呪物を取り出すだけで解呪できるの?」
「俺はよくわからんが、爺さまは焚き上げるって言ってたぞ」
「ああ、燃やすんだ」
火による浄化は異界人である夏乃にも馴染深い風習だ。神社でよくある【お焚き上げ】も火で燃やして天に還す儀式だ。
納得してうなずいていると、床下から「ありました!」という叫びが聞こえてきた。
夏乃と珀が床下から出て来た兵士に駆け寄ると、彼は木の箱をずいっと前に出した。
「あっ……」
思わず口を押える。
青ざめた顔で夏乃が珀を見上げると、彼もやや青ざめた顔で夏乃を見下ろしていた。
箱に入っていたのは、土にまみれた黒い犬の首だった。
大きさこそ違うが、黒犬に変化していた時の月人にそっくりだった。土に埋まっていたにもかかわらず、腐っても干からびてもいない。まるでついさっきまで生きていたように目を見開いている。
だから、これが呪物だと言われても恐ろしくはなかった。夏乃はこの犬の顔に愛着すら覚えていたのだから。
「可哀そうに……」
思わず伸ばしかけた手を、珀に止められた。
「触ってはダメだ。呪詛はまだ消えていないんだぞ!」
珀は厳しい顔で首を振り、それから兵士に向き直った。
「急ぎ、爺さまの元へ運べ」
「は!」
箱を抱えた兵士と共に、床下で捜索していた二人の兵士が急ぎ足で去ってゆく。
「夏乃。おまえはもう戻ってろ」
「大丈夫。最後まで見届けたいの。でも、月人さまは来なくて良かったね。あんなにそっくりだと、きっと動揺しちゃうよね?」
夏乃がそう言うと、珀も苦笑しながらうなずいた。
〇 〇
霊木の薪を使った焚き上げを見届けて、夏乃と珀は月人の御殿へ向かった。
月人が呪物の捜索を見に来なかったのは、彼が今、黒犬の姿になっているからだ。
紅羽が残した言葉を聞いた後から、夏乃は月人に血を提供していない。彼自身の意志で、そうする事に決めたのだ。
「ねぇ珀? 月人さま、元に戻ってるかな?」
「ああ、大丈夫さ」
解呪が成功していれば、月人は人の姿に戻っているはずだ。
早く戻って確かめたいような、怖いような、複雑な気持ちがする。
(もしも、万が一、月人さまが黒犬の姿だったら……どうしよう?)
夏乃は歩きながら両手を揉み搾った。
あの偉そうな白髭爺さんを信じてないわけではないけれど、万が一ということはある。
呪物を焚き上げたのに解呪できてなかったら、今度こそ月人は世を儚んでしまうのではないか。それが何よりも心配だった。
月人の御殿につき、階段を上がって控えの間に入っても、夏乃は珀の後ろに隠れていた。
「呪物の処理が終わりました」
「入れ」
扉を開けた珀は夏乃を先に通そうとするが、彼女は珀の背中をぐいっと押して、自分はその後に続いた。
「ご苦労だったな」
月人の声はいつも通りだ。ホッと安心して、夏乃は珀の大きな背中から顔だけ出して前を見る。
いつもは長椅子に座っている月人が、立ち上がって出迎えている。顔を出した夏乃に気づき、笑顔を向けてくれた。
「月人さま、元に戻れたんですね!」
珀の後ろから横に飛び出る。
真正面から見る月人は、まるで自ら発光しているかのごとく光輝いて見える。
今までも十分過ぎるほど美しいと思っていたはずなのに、月人の白い顔も、紫色の瞳も、流れる銀糸のごとき髪も、畏敬の念を覚えるほど神々しい。
「全き姿を取り戻した月人さまのお姿に、声も出ぬか?」
ポカンと口を開けたまま月人に見とれている夏乃に、痺れを切らした月人が駆け寄った。
「夏乃。そなたのお陰だ!」
ぎゅっと抱きしめられて、ようやく我に返る。
感極まるあまり、夏乃も月人の背中をぎゅっと抱きしめた。
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