第10話 吹雪(1)

納車翌日、マサミはバイクにビビっていた。

本当にこれでよかったのだろうか。

何か大それた事をしてしまったのではないか。

自分には向かないのではないか・・・。

ピカピカのバイクのタンクを拭きながらまだ実感の湧かない相棒を眺めていた。

と、同時に湧き上がるバイクを手にした高揚感。

様々な感情を噛みしめていた。

とにかく慣れることだ。

まだバイクとの一体感がない。

気を取り直し出掛ける事にした。

どこに行こうか。

マサミの実家のある南魚沼市は右に行くか、左に行くかしかない。

山に囲まれたこの土地は国道が中央に通っているだけで行先は自然と絞られる。

湯沢でも行ってみっか。

湯沢までは約30分。慣らすにはちょうどいい。

天候は曇り。寒くバイク日和とは程遠いがすぐ帰ってこれる距離だ。

バイクにまたがりエンジンをかける。

つま先立ちだ。プルプルと震える。

ギアを1速に入れゆっくりとクラッチを離しつつアクセルを開ける。

いい感じだ。

マサミはゆっくりと家を出た。

隣町を抜けいよいよ湯沢町だ。

マサミは湯沢高校に通っていた。

六日町高校の分校として発足した学校でレベルは最低だった。

高校入試の時、数学が1問しかできなかったのを覚えている。

それでも受かってしまう学校でマサミが2年生になる頃には1クラス分の生徒数が退学してしまう。停学者があまりにも多く。「登校謹慎」として集団で夏休み登校した記憶がある。

そんな事を思い出しながら進んでいく。

まだバイクに乗られているが慣れてきた。

しばらくすると空が急に暗くなり凍るような冷たい空気が流れ込んできた。

『やべぇな、高校まで行って引き返そう』

そう思った時、雪がちらついてきた。

山の天気は変わりやすい。

母校の校門まで来た時には本降りになっていた。

慌てて引き返す。

2年ぶりの母校の感慨にふける間もなく走り出す。

あっという間に吹雪になった。

『これはまずい、こける』

不安に駆られる。

『いったん休もう』

すぐに心は折れ一休みする場所を探した。

近くに友人の家はない、あるとすれば・・・

あった!高校の時の先生の家がある。高校の時の副担任で若い女の先生だ。

引っ越していなければまだあのアパートにいるはずだ。

先生の自宅に行った事のある女友達から情報は得ていた。

思春期の男子高校生にとってそれだけでワクワクする情報だった。

アパートの前にバイクを止める。

急に緊張してきた。


ピンポーン!・・・

ピンポーン!・・・

しばらくすると人の動く気配が感じられた。

怪しまれないようにドアの前に立つ。

ガチャ、「はい」

「先生久しぶりです。覚えてます?マサミです」

「あぁ~マサミィ。久しぶり!どうしたの?」

驚いてはいるが嬉しそうな反応だった。

事情を話すと先生は快く部屋に入れてくれた。

「とにかく温まって!濡れてるじゃない、すぐタオル用意する。服脱いで、乾かすから」

何かありがちなシチュエーションにマサミの期待はいやがおうにも膨らむ。

高校時代は教師と生徒。

しかし今はバイク乗りになって男になった青年と年上の女性。

この先生は巨乳だ。一緒に修学旅行に行った女生徒が言っていた。

ドキドキが止まらない。

このまま雪が止まなかったら・・・・

泊まっちゃうのか?

どうなるんだ?!


と、そんな事を創造しながら呼び鈴に手をかける。

やっぱりやめようか・・・。

「は?」って言われたら・・・。

他に男がいたら?・・・

修羅場か?・・・

もう訳が分からない。この小男は何故ここにいるか忘れてしまっている。

そもそもここにその先生がいる確証はないのだ。

数分間立ち尽くした後マサミは思い切って呼び鈴を押した。

ピンポ~ン・・・

ピンポ~ン・・・


結局誰も出てこなかった。


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