第9話 ししおどし

4月4日、ついにこの日がやって来た。

納車だ。

マサミの故郷である六日町(現南魚沼市)は豪雪地だ。

4月上旬はバイクにはまだ早い。しかしマサミは待てなかった。

数日後にはデザイン専門学校の2年目が始まる。

それまでにバイクをどうしても新潟市に移動しておきたかった。

親にバイク屋まで送ってもらう。

ドアを開け入店する。

「お待ちしていました。こちらになります」

そこにはピカピカに輝くスティードが置いてあった。

「受け取りのサインをお願いしたいので少々を待ちください」

この日ばかりは店長は丁寧な口調での対応だった。

これから相棒になるマシンを横にカウンターに座り書類を待つ。

待っている間何気なく視線を向けるとそこにはトラブル対応の料金表があった。

・基本料金(バイク引き取り)4,000円

・距離料金 10Kmにつき2,000円(高速道路使用時は高速料金加算)etc・・・

『へぇ~トラブル時の引き取りねぇ~、ま、俺は新車だから故障は関係無いね』

店長が準備した書類に受け取りのサインをする。

「ありがとうございます。これは当店からのプレゼントです」

そう言うと店長はヘルメットとグローブを出してくれた。

黒いシールド付きマットブラックのジェットヘルメット。予想よりも外見がデカイ。少々カッコ悪いが仕方がないメーカー純正で安全性は保障済。

グローブは黒の革製でレーシング仕様。こちらも安全性は保障済。

店の前までバイクを出してもらう。

緊張しながらまたがりエンジンを始動する。

クラッチを握り1速にギアを入れる。

カツン。

エンストだ。

再度キーをひねる。

ドルル・・・

全くしっくり来ない。

教習所のVFRとはスタイルが違う。

ド緊張だ。

必死に店長に挨拶する。

「ありがとうございました」

「お気をつけて」

深々と頭を下げる店長。

ゆっくりとアクセルを開けつつクラッチを離す。

カツン。

エンスト。

店長が頭を上げる。

アクセルとクラッチの感覚もつかめない。

エンジンをかける。

バックミラー越しに店長が見える。

また頭を下げる。

『早くいかないと』

アクセルを開ける。

と、すぐに道路だ。

慌ててブレーキをかける。

キキッ!

『やべぇ、体がかてぇ』

緊張でプチパニックに陥っていた。

トラックが

通り過ぎるのを待つ。

『少し余裕を見せなければ』

マサミはそう思い振り返り左手を店長に挙げた。

再度頭を下げる店長。

カツン!

エンストだ。

店長が頭を上げる。

見てはいけないとまた頭を下げる。

店長は笑いをこらえていた。

初心者あるあるだが何度見ても滑稽だ。

しかし本人は必死なのだ。

慌ててエンジンをかける。

車の通りが落ち着いたところでそろそろと進みだした。

車体を安定させるニーグリップはアメリカンには当てはまらない。

よろよろとバイクは去っていった。

もうマサミの視界に店長は映らなかった。


3km程で実家に着いた。

その日、マサミはバイクに乗る事はなかった。



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