第11話 妻として、母として・・・

@今回のお話はかなり長めです。きれなかった。


斎藤辰美さいとうたつみはじめかえでの母である。

私は今、人生の岐路にたたされれている。

最愛の恋人であり、人生のバディであり、伴侶である一郎イチロウさんが仕事中の事故で帰れない状況にあるという連絡を受けた。


まだ、事故の状況や詳細は分かっておらず続報が来てから詳しい説明があるということだった。


その知らせのことを子供たちには教えられないと思った。不安にさせるからと。

私の父と母、一郎さんのお儀母さんにはすぐに連絡を、両家の親共にうちに来てくれるとのこと。幸いにして両家共に実家は近い。すぐに来てくれた。

先ほど受けた連絡の内容を伝えた後のことは、あまり覚えていない。

勤務先には、親から連絡を入れてもらう始末だったようだ。

不安に押しつぶされそうだった。

心神喪失状態で子供の世話もあまり出来ず、両親に頼ってしまっていた。

私の様子がおかしいことに、ハジメも何かに気がついたようだ。

あの子は夫に似て、感情や環境の変化に敏感なところがある。

自分も不安であろうに、私のことを気にかけてくれている。優しい子だ。

まだ、幼い楓の面倒も私の両親がいない時しっかりみてくれている。

私もしっかりしなくちゃいけないのに焦る心と裏腹に体が動かない。

本当に情けない、嫌になる。

一郎さんのことを考えてしましい、何も手につかなくなる悪循環に陥っていた。一種のショック状態だったのだろう。


また数日が経ち、今度は県の消防本部に呼ばれた。そこには、消防関連諸庁の重鎮と思われる方々いたと思う。

その場には私だけでなく両家の親と子ども二人も連れて行った。

説明された内容は絶望的なものであった。

土砂災害に巻き込まれ生き埋めになったと考えられ、しかも発生から既に72時間を超過している。つまり、見つかっても生存の見込みはないと、私は経験から察してしまい。その場で泣き崩れてしまった。

一応しばらくの間は捜索は行うがとても厳しい状況であるとのことであった。

現地では、消防チーム17名のうち滞在許可が下りた5名ほどが残り、捜索活動を継続しているとのこと。現状では、本人も見つかっていないため行方不明扱いにするということであった。

この後、本人の荷物の受け渡しを行いたいと申し出があったため同意したが、正直目が回っていて、父母に支えられながら対応したのだ。

この絶望的な空気の中、ハジメだけは一郎さんの帰還を信じており、

「父さんは、俺たちのところに帰ってきますよ。絶対に」

それを聴いた消防の面々が苦い顔をして下を向いていた。


現場責任者だった消防士が萌に対して、

「お父さんはとても勇敢な。心から尊敬しているし、感謝もしている。だから君たちもお父さんが帰ってくるのを待っていて欲しい。みせるから。」

と優しく告げた。萌は納得できないのだろう。


うつむきながら歯を食いしばっていた。何も言ってやれない自分が歯痒かった。


楓は、父親が帰って来れないことを悟ったか、祖母に抱きついて泣いていた。


そして、子供を除く大人が別室に通され、補償関連の話や今後の流れ、マスコミへの対応について。そして彼の荷物の受け渡しなどが事務的に淡々と行われた。


事務的な説明や署名があらかたおわり最後に、先程の責任者の方と若い男性の方が入室してきたと思ったら私の前に来るなり土下座で謝罪してきた。


それ見聞きした瞬間、怒りが込み上げてきて思わず二人を殴ってしまった。


そして、「一郎の尊厳を踏み躙る気か!」と怒鳴ってしまった。

一郎さんはこの若い男性消防士を助けたのであろう。嗚咽を漏らすほど泣いていた。


この男性は子供たちにも謝りたいと言っていたがその申し入れは断った。


楓はショックを受けているだろうし、何より萌はまだ彼の生存を信じている。


私のエゴかも知れないが二人にこれ以上絶望して欲しくなかったのだ。


疲れと哀しみを隠しながら自宅に戻った。

夕飯は、両親が糧きたお弁当で済ませ、この日は子供たちと一緒に就寝した。


翌る日、一郎さんのお義父さんから連絡があり来週から現地で一郎さんを探すことにしたと。まずは観光ビザで入国して現地大使館で色々と決めていくとのこと。できることなら自分も行きたかったが子供のことを考えると諦めざるを得なかった。


お義父さん達が旅立ったのち、玄関前が騒がしかった。マスコミが来ているようだ。

間が悪く、私ではなく萌が玄関チャイムに反応し出てしまったのだ。

そして、玄関先で質問され答えを濁していたが、記者の一人が無神経にも、

「父親の死をうけどのような気分か」と質問したものがいたようだ。

その質問に対し萌は、

「父は絶対に生きて、俺たちのところに帰って来ます。父と約束していますから!」

と、はっきりと言った。その記者は笑いながら、

「そうだといいけど、現実は厳しいよ?ww」

と、子供を煽るような言い方をしていた。


他の記者は、このやりとりを何も言わず見ていた。

いい加減、ムカついてきたので、文句を言いに向かったが、萌が目を吊り上げて怒り、「父さんが死んだって証拠もないのにいい加減なこと言うな!!」と叫びながら記者に殴りかかり、こともあろうかノックアウトしてしまったのだ。


一応、ゲガをした記者に子供が手をあげた事については、謝罪した。

しかしまだ子供だった萌えは勘違いし、母がハジメが言った事についても全面的に謝罪したと捉えたようだ。


この後、萌は私に不満を漏らしたが、まだ体調が悪かった私は萌の相手をまともにしなかった。というより出来なかった。


この時の私の対応が原因で関係がこじれていく事を私はまだ気づいていなかった。


以降、萌は私の話を聞いてくれなくなった。

私も意固地になって、幼い楓ばかりかまっていた。


そして萌が学校から帰ってきて怪我をしている事が多いことに気がつき、問い詰めたところ、父さんを悪く言う奴らや楓をいじめようとしているやつらがいたからやっつけた。と、なんでもないことのように言い切ったものだ。


この子にも何かあったら私はもう生きて行けないと思い、萌に真実を伝える決心をした。72時間のタイムリミットの話。生存の可能性がほぼないこと、お父さんの荷物からいつも制服に入っていた写真が残っていたことなど淡々と説明した。


萌ならわかっていくれると思っていたが、萌は「母さんが信じてなくても俺は信じている。」「俺の父さんはそんなに弱くない」と大声で叫んだ。


真っ直ぐなその目が怖かった。


本心では生きていてほしいと思っている自分が、一郎の生存を信じられず、萌の方が彼のことを信頼していることが悔しくて、思わず手を上げてしまう。


そして「あなたも楓のように現実向き合いなさい!喧嘩なんて最低な人間がすることです。」と昔の自分が聞いたら苦笑いするようなことを息子に言っていた。


言ってすぐ、自己嫌悪に陥っていた。そして、息子の目が怖くて見れなくなっていた。


マスコミは人のプライバシーをなんだと思っているんだとイラついた。有る事無い事報道していた。我慢の限界が訪れ警察に相談したがあまり効果はなかった。


流石に身に危険を感じ、職場も変えた。

病院が変わった分、忙しくもなったが余計なことを考えなくなる分、良かったのかも知れない。


子供のことは両親に託した。

実家に引っ越し、近隣の人たちも協力してマスコミ対策などをしてくれた。


引っ越しても萌はかたくなに一人で通学していた。

空手の道場や鴨川バイクさんにも顔を出しているようだ。

今度、挨拶に行ってこよう。


そしてケンカや嫌がらせは今も続いているらしい。


心配だけど私の言うことは聞かないだろう。両親から注意してもらえるようにお願いする。それでも危ないことはしないようきつい口調にはなってしまったが、伝え続けた。伝われば良いが。


楓は聞き分けもよく勉強や友人関係も良好なようで安心である。


萌が中学生になり、ある程度自由にさせていた。

自分もこのくらいの時は色々あったから。

あまりうるさいことは言わないようになるべく放任していた。

マスコミ等もこのころには、ほとんど寄り付かなくなっていた。


中3の最初の三者面談の時、萌の素行の悪さや出席日数、何より成績が悪くなっており、今のまま受験しても受かる可能性のある高校は少ないと担任より告げられた。正直、想定外の成績であることなどを担任から告げられ、私は悲しくなった。

いくら放任していたとはいえ、萌のことをある程度信用してのことだった。

そして、面談の時にさらに想定外のことを萌は言い出す。

「高校の心配はしていません。俺は中学を卒業したらバイクの免許を取得して、すぐ日本から出ます。父を捜索するための努力は続けてきました。英語や数学、地理などについては成績を落とした覚えはありません。」

萌は無表情で淡々とそう告げた。確かに試験結果を見てもそれらの教科は悪くない。むしろ点数としては非常に良かった。

その言葉に先生もため息をつき、「そろそろ、現実を見つめろ」と告げた。

無表情だった瞳に、怒りの色が見え、担任の教師を威嚇していた。

驚いた担任は「すまん言い過ぎたな、でもお前の将来のためだ」と言い直していた。

面談後、萌にかなりきついことを言ってしまった。本人に発破をかけるつもりで楓と比較していたが、いくら何でも息子を切り捨てるようなことを言ってしまったことは後悔し、謝ろうと思ったが、萌の顔を見て謝ることすらできなかった。

何か、切れてはいけない大切ものが切れてしまったように感じた。


※ ※ ※


どういうわけか、突然勉強を始めた萌は、成績をメキメキ上げていった。

私の言葉がきっかけではないことは頭の悪い私でも分かった。この子の周りにはきっと良い友達もいるのだろう。


私立高校に入れることも考え、萌には、お金のことは心配しなくてもいいと伝えていたが返事は帰ってこなかった。


萌が公立高校に合格した。鴨川バイクの久美ちゃんと同じ学校だということは両親から教えてもらった。


私達の母校だ。入学式の日になって制服ができていたことも知った。制服は当時のままであった。入学式の日のことも知らなかったから参観できなかった。


書類のことや、お金のこともあったので、さすがに萌を捕まえ叱ったが無表情で無言のまま立ち去ってしまった。


入学式の夜、必要書類だけテーブルの上に置いてあった。

自分でもどうしたらいいのかもうわからなくなっていた。

悲しくなり一人で泣いてしまった。


高校に入学して半年くらい経った頃、バイクの教習所に通うから保護者同意者の署名をしてほしいと言ってきた。

自分の母校でもあったので二輪免許取得は禁止されていることは知っていた。

本人にそのことを確認すると、校長からの許可証を出してきて驚いた。許可証の備考欄に生徒会役員であることも記してありこれにも驚かされた。

驚きながらも学校の許可があるならとサインした。

教習所のお金を渡そうと金額を聞いたが、そのためにアルバイトも始めていたらしい、私に頼るつもりはないらしい。

アルバイト先は、アグスタという喫茶店みたいだ。母に教えてもらった。

今度こっそり行ってみようと思った。

私は悲しいくらい息子のことを知らない。今更かもしれないが後悔しかない。

母に相談し、高校の校長先生を頼ることになった。

息子には内緒で、学校を訪問する。

長野先生には、自分が高校生のころにも迷惑かけていたが、いつも親身に話を聞いてくれた。この時も私のこれまでのことをしっかり聞いてくれた、そしてしっかり𠮟ってくれた。


親として最低のことをしていた、その自覚はあったが、どうしていいかわからないと先生に泣きついていた。夫も同期卒業生であったので先生も非常に悲しんでくれた。


一年生の間は、長野先生の姪御さんが萌の担任であったため、何か問題があれば連絡をくれると約束してくれた。

先生からは萌に積極的に話しかけなさいと言われたが、それが難しいんだよな、と不貞腐れていたらまた叱られた。先生に話を聞いて貰えたからか久しぶりに心が軽くなっていた。


萌が実家をでて、私たちの家で一人暮らしをするという。家電等はそのままだから問題ないだろう。家の中も父と母が傷まないように面倒をみてくれていたから大丈夫だろう。

あちらのご近所さんには迷惑をかけたが関係も悪くなっていない。

萌のことは気にかけてくれると言っていた。

あの家に私と楓のものはほとんどない。

私にはあの家は辛すぎるのだ。

最愛の人を思い出してしまうから。だから戻らなくてもいいように、必要な荷物はもう移してあった。


それから、季節は移ろい時間だけは過ぎていった。

楓ももう、受験の年だ。この子は本当に優秀だ、勉強もスポーツも基準以上のことをこなして、周りからの評判もいい。

受験についても心配なさそうだ。

でも、最近は私に対しツンツンしていることが多かった。

萌の時のこともあったので楓とお話をすることにした。

その場所に選んだのがアグスタだ。

楓にも萌の事は内緒にして連れて行った。


そこで、私が萌に対し冷たいとお叱りを受けた。楓にもそう映っていたらしい。

もっと早く教えてほしかったとも思ったが、仕方ないことだろう。子供に指摘されるまで気づかない自分の愚かさを呪った。

食事が出てきて、ここのキッチンで萌がバイトしている事を楓に教えた。

とても驚いていた。そしてすごくうれしそうに食べていた。私も美味しくいただいた。


しかし、ここのマスター見覚えがあるのだが結局思い出せなかった。


そして、萌の誕生日が近づいてきたある日の夜。

夢に一郎さんが出てきた。今でもたまに一郎さんの夢は見るがこんなにはっきり語り掛けてくることはなかった。

心に響くあの声で開口一番怒られた。

一郎さんが見てきた、萌の姿など語られたうえで、お前が傷つけてどうすると叱られた。萌の心は壊れかけていたと、そして壊したのは私の言葉と態度だと教えられた。その上で絶望している暇があるならすぐに抱きしめにいって愛していると伝えてやれと言われてしまった。きちんと説明したうえで許してもらえるよう謝るようにも言われた。

そして自分はもうこの世の人間ではないと告げられた。悲しかったが理解はできた。だから傍にはいられないかもしれないけど見守っているよと、これまで一人にしてすまなかったと告げられキスをされた。

家族を大事にしてくれと、どんな形であれ近いうちに帰るといい消えていった。


簡単に許してもらえるとは思っていないけど、息子にはきちんと謝罪して、愛していることを伝えたい。そう思い客間へ向かった。



萌と家族に戻れるといいな。

早く帰ってきてね。一郎さん。







※ このお話はフィクションです。消防関連の事故を題材に取り上げておりますが日本からの災害派遣に於いて消防官(消防士)の死亡例はありません。実在のお店、メーカー、バイク・車も登場しますが一切、実在の物とは一切関係ございません。ご了承ください。


※ 物語が気に入ってくれましたら星やハート評価よろしくお願いします。

  書く時の励みにもなります。 ^^) _旦~~

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