第30話 無償の愛

純一と悦子は韓国に降り立った。悦子はユリの携帯電話に電話する。

「もしもし、ユリちゃん?」

「お母さん!この前はありがとうございました。どうしたんですか?」

「今、韓国に来ているの、ねえ、ユリちゃん時間取れる?」

「ええ、夕方から空いていますが・・・」

「お父さんの所へ案内して欲しいの、お願い!」

「えっ?」

ユリは突然の訪問にも驚いたが、父親のもとに案内して欲しいという悦子の言葉に耳を疑った。

「そんな・・・悪いですよ・・・」

「いいえ、迷惑だと承知で来ているの、お願い!連れて行って」

「・・・わかりました。ではまた電話します・・・」

ユリは何か大変な約束をしたのではと、電話を切ってから思った。


「お父さん・・・」

ユリは悦子との待ち合わせ場所に行くと、悦子と一緒にいる純一の姿を見て驚く。すると悦子がユリの腕を握り

「忙しいのにごめんなさい、私たち二人でお父さんの所へ挨拶に行こうと思って」

「・・・そんな・・・気を使っていただいて・・・恐縮です」

「さあ、行きましょう!」

三人はユリの実家に向かった。


「お父さん、ただいま」

ユリは居間にいるソンホンのところへやってくる。そして

「お父さん・・・あのね・・・お客様が来ているの・・・」

「うん?どなただ?」

悦子は純一にしばらく廊下で待つように言って、ソンホンの前に出て行った。

「はじめまして、私、本木一哉の母親の悦子と申します。息子がお世話になっております」

と、言って、丁寧に挨拶する。ソンホンは驚き慌てて正座になり

「いや、はじめまして・・・ユリの父親のキム・ソンホンと言います」

ソンホンの流暢な日本語にユリは一瞬驚くが、すぐに我に帰り、

「お母さん、こちらへ座ってください」

と、悦子をソンホンの前に案内する。悦子はソンホンの前に座ると

「この度は息子がユリさんとの結婚のご挨拶に訪れたそうで・・・」

「ええ、この前お会いしました・・・しっかりした息子さんですね・・・」

悦子は会釈をしてから、そのまま深深と頭を下げ、

「息子から聞きました。主人のご無礼・・・申し訳ありませんでした」

ソンホンは何も言わず悦子から目をそらす。悦子は続けて

「過去にひどいことをした親が言うのもなんですが、息子にはユリさんが必要なんです・・・どうか二人の結婚を許してあげてください」

と、お願いした。

「その件はお断りしたはずです、お帰りください」

ソンホンは困った顔しながら答えた後、立ち上がる。すると、悦子はソンホンの目の前へ歩み出て、土下座し、

「どうかこのとおりです、許してあげてください・・・」

と、再度、依頼した。ソンホンは何も言わずに部屋を出て行こうとするが、悦子はソンホンの足にしがみつき、

「お願いします!ユリさんを私達も大切にしますから!どうか!」

「やめてください!困ります」

ソンホンが悦子を払いのけると、悦子は床に倒れこんだ。

「お母さん!」

ユリはうずくまる悦子の肩を抱きあげる。悦子は起き上がり、またソンホンに向かって頭を下げようとする。その姿を見て、ユリは辛くなり

「お母さん・・・もうやめてください・・・お母さんにそんなことまでしていただくなんて・・・私、辛いです・・・」

と、涙を流し言った。純一は必死にお願いする悦子の言葉を廊下で聞いていた。もとは自分が犯した過去の誤りである。そのせいで家族みんなが傷ついている。居たたまれなくなった純一はついに部屋に入った。

「あなたは・・・」

純一を見たソンホンは驚いた。純一は何も言わずソンホンの前に歩み出る。そして静かにひざまづき、

「今更かも知れないが、大変失礼なことをしました・・・どう償えばよいかわからないが・・・私はユリさんにたくさんのことを教わった。今まで仕事のことだけしか考えなかった私だが、ユリさんの家族を思いやる姿を見て反省した。そしてユリさんのような素晴らしい女性がいる韓国という国についても、私の考えが間違っていたことに気が付いた・・・」

ソンホンは黙って聞いていた。純一はソンホンに土下座し、

「私からもお願いします。ユリさんを自分の娘のように大切にします。どうか二人の結婚を許してあげて欲しい・・・私が出来る償いは何でもしますから・・・」

と、言って、頭を床につけた。ソンホンはゆっくりとユリの方を見る。母親の肩を抱き涙ぐむ自分の娘を見て、心動かされそうになるが、再び純一に向かって

「帰ってください・・・」

と、一言だけ残し、部屋を出て行った。ユリは土下座したままの純一の体を起こし

「申し訳ありませんでした・・・」

と、謝る。純一の目には涙が溢れていた。そして

「ユリさん・・・私こそ力になれなくて申し訳ない・・・」

と、言って、ユリに頭を下げる。ユリは泣きながら首を振り、

「私は大丈夫です。さあ、お父さん、お母さん、帰りましょう」

と答え、二人の肩を抱き、起き上がらせた。

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