第22話 友人
真弓は自宅で本木の会社のことを必死に調べ、資料を作成する日々が続いた。ある日、真弓は父の所を訪ねる。
「おお、真弓、どうした?」
東都銀行頭取の鶴田真司が真弓を迎えた。
「父さん、ちょっとお話があります」
「そうか、わかった座りなさい」
真弓は真司の前に座り、書類を真司の前に差し出す。真司は真弓を見つめ
「これは?」
「父さん、本木一哉さんの会社をご存知ですよね?」
「ああ、広告代理店の。うちの融資先だよ」
「本木さんの会社への増額融資をお願いします」
真弓はそう言って頭を下げる。すると困惑した真司が真弓に
「ちょっと待て。一体どうしたんだ?」
「私、本木さんとお見合いをしました。その時、彼の将来性を感じました。私なりの見解を資料にまとめたので今、見てください」
真弓の言葉を聞いて真司は少し戸惑うが、真弓の真剣な表情を見てただ事では無いと感じ、資料を読み始める。真司は資料を読み終えると真弓を見て言った。
「さすが米国のMBAを取得しただけのことはあるな」
真弓は米国の経営博士を取得した才女でもあった。真司は資料を置き
「ところでひとつ質問がある」
と、言って、真弓を見る。
「何でしょう?」
「お前、本木君への気持ちはないのか?」
質問の内容に驚いた真弓だが、すぐに微笑み
「彼は大切な友人です」
と、答えた。真司は真弓から目をそらさず
「本当に友達だけの気持ちか?」
「ええ、本当の友人になれる人だからこそ助けてあげたいんです。どうか融資の件、考えてください・・・お願いします」
真弓は再度、頭を下げる。真司は黙ったまま、しばらく真弓を見つめるが、真弓の気持ちを察し
「わかった。前向きに検討しよう。約束する」
と、真弓に微笑ながら言った。真弓は顔を上げ笑顔になり
「ありがとう!お父さん!」
と、言って、真司に抱きついた。
本木が新規融資先のリスト作成に明け暮れていたところへ、東都銀行の頭取秘書から連絡が入る。
「本木ですが」
「本木一哉様でいらっしゃいますか?」
「はい、そうです」
「大変失礼致しました。私、東都銀行頭取秘書の渡辺と申します。いつもお世話になっております」
「こちらこそ、大変お世話になっております」
「早速ですが、本日の午後、お時間をいただけませんでしょうか?」
「えっ?私ですか?」
「はい、頭取の鶴田が面会させていただききたいとのことですので」
「あの・・・純一ではないですか?」
本木は父親への面会約束じゃないかと感じ聞き直す。すると秘書が
「いいえ、一哉様にです。ご予定はいかがでしょうか?」
「あっ・・・はい、大丈夫です」
「さようですか、ありがとうございます。それでは13時にこちらでお待ちしておりますので、よろしくお願いいたします」
本木は電話を切った後、真弓のことを思い出した。真弓に失礼なことをした自分に対して、頭取は一言、文句を言いたくて呼び出したと思った。
「ああ・・・ついてないな・・・」
本木は肩を落とし、昼食へと向かった。
時間の10分まえに東都銀行に本木は到着した。頭取室へと案内され、本木は重い足取りでついていった。
「失礼致します」
本木が部屋に入ると鶴田真司が笑顔で出迎えてくれた。
「いや、よく来てくれました。突然申し訳ない」
真司の思いがけない態度に本木は困惑したまま座った。
「本木君、君が今回の社内問題を解決したそうじゃないか」
本木は鶴田がなぜ知っているのか驚いた。
「いや、その若さで皆の気持ちをひきつけるとはたいしたものだ。そこで今回、君の会社へ増額融資を引き受けることにした」
鶴田はそう言って握手を求めた。本木は一瞬驚くが笑顔になり、
「頭取!ありがとうございます」
と、言い、握手に応じた。鶴田は握手の後、突然、笑顔から真剣な表情に変わり
「君にふたつ質問がある。聞いても構わんかな?」
本木は急に表情の変わった鶴田を見て戸惑うが
「ええ、勿論」
と、答えた。真司は真剣な顔で
「今回の投資は君自身への投資と考えておる。この後の会社発展に君は自信があるかな?」
「ええ」
「そうか・・・それではもうひとつ、うちの真弓をどう思っている?」
本木も真剣な表情に変わり
「それはどういう意味でしょうか?」
「真弓を好きかという質問になるが」
本木は真司の目をみつめ、
「頭取・・・今後の会社発展のために鋭意努力することは約束いたします。そして真弓さんはとても素敵な方です。私としてはとても大切な友人がひとり出来たと思っています。しかし、それ以上の気持ちはありません。もし、今回の融資が真弓さんとの交際が前提ならお断りします」
本木の真剣な答えを聞いた真司は、しばらくじっと本木を見つめた。本木も真司から目をそらさずにいた。すると真司は真剣な表情のまま
「わかった。融資することにしよう」
と、言って、立ち上がり席に戻ろうとする。
「頭取・・・」
本木が呼び止めると、真司は本木の方を振り返り
「勘違いのないように言っておくが・・・私は例え自分の娘の婚約者でも、将来性のない人間に決して投資はしない。今回投資を決めたということは君自身に将来性を感じたからだ」
と、笑顔を見せながら言った。本木も立ち上がり
「頭取・・・ありがとうございます。期待を裏切らないよう鋭意努力いたします」
と、答え、頭取室を後にした。
本木は銀行の帰り道、今回の融資は真弓が協力してくれたことに気が付いた。本木は真弓に連絡し、会う約束をする。
二人は桟橋で待ち合わせをする。
「本木さん、急に呼び出してなんですか?」
「真弓さん・・・ありがとう、君のお陰で東都銀行から融資をもらえたよ」
「えっ?私は何もしていないわ・・・本木さんの実力よ。それよりよかった・・・心配だったから・・・」
と、真弓は笑顔で答えた。本木は自分のことのように心配してくれていた真弓の様子を見て、
「僕は本当に良い友達に巡り合えたよ・・・ありがとう」
と、微笑みながら言い、真弓に頭を下げる。すると突然、真弓は本木に背を向け話す。
「感謝してる?」
「勿論」
「本当に?」
本木に背を向けたままの真弓を見て、本木は不思議そうに
「真弓さん・・・」
と、言った。すると真弓は振り返り、
「だったら私と結婚して!」
と、真剣な表情で言った。本木は一瞬たじろぐが、また真弓の冗談だと思い
「真弓さん、また冗談はやめて・・・」
と、言いかけるが、真弓は本木の言葉を遮り
「本気よ!結婚して!」
と、真剣な顔のまま言った。本木は驚き、何も言えないまま真弓から目をそらす。真弓はしばらくじっと本木を見つめていたが、
「冗談よ・・・ごめんね、あまりにも本木さんが嬉しそうだったから、意地悪したくなって・・・」
と、言って、笑顔を見せた、本木はホッとして
「真弓さんの冗談は心臓に悪いよ・・・今度からはもう少し早く冗談かどうか教えて」
「・・・そうね、とりあえずよかった。・・・それじゃ・・・私、この後予定があるからこれで」
「ああ、ごめん、忙しいのに突然呼び出して・・・」
「いいの、それじゃ、これから頑張ってね!」
真弓は本木に背を向け歩き出す。しばらくすると、
「真弓さん、本当にありがとう!」
と、本木が真弓の後姿に向かって叫んだ。真弓は一瞬立ち止まるが再び歩き出した。真弓の目には知らず知らず涙が溢れ出していた。真弓は本木に気付かれないよう涙を拭わず、急いで歩いて行った。
「何?東都銀行が融資を引き受けたって?」
社長の純一が秘書の本宮に聞いた。
「ええ、先ほど正式に契約したいと、東都銀行から言ってきました」
「そうか・・・一哉の奴、なんだかんだ言ってうまくやったじゃないか・・・」
純一はニヤニヤしながら言い、さらに
「本宮!すぐに頭取にアポイントを取れ!」
と、言って、出掛ける準備を始めた。
東都銀行の頭取である鶴田真司のもとに純一は現れる。
「いやー頭取、今回は誠にありがとうございます」
「いやいや、まあ座ってください」
純一は真司の前に座る。
「私も初めは驚いたんですよ」
「と、言うと?」
純一は不思議そうに聞き返す。
「いや・・・娘の真弓が突然、あなたの会社への融資をしてくれって、言ってきたもんですから・・・」
「真弓さんがそんなことを言ってくれたんですか・・・いや、お見合いの後、二人の関係は良い方向に向かっている証拠ですな」
純一は高笑いをしながら言った。すると真司は
「いや、あの二人は友達で終わったようですな。真弓も本当の友達が出来たから協力したいと言っていたし・・・」
純一の表情は一瞬にして曇り
「それじゃ・・・お嬢様はうちの一哉がお気に召さなかったということですか・・・」
純一の言葉に真司は
「いや、一哉君には恋人がいるようですな、逆に真弓の方が一哉君への気持ちが昂ぶっているように感じたんで・・・一哉君に聞きましたよ、『うちの娘をどう思うか』って」
「一哉はなんと?」
「いや、はっきり言われましたよ。『娘との交際が融資の条件なら断る』って」
純一の表情は怒りで真っ赤になった。真司は続けて
「一哉君には将来を約束した人がちゃんといるらしい、その意思が固いのは私にもわかった。それはそれでよかったじゃないですか」
と、笑いながら言った。
「一哉がそんなことを・・・申し訳ありません・・・」
と、純一は言って、真司に頭を下げる。すると真司は
「いや、謝ることはありません。私も一哉君の将来性は買ってます。でなければ融資を簡単に引き受けたりしないですよ。本木さん、良い跡取が出来てよかったですね」
「はあ、誠に恐縮です」
真司は複雑な表情で答えた。
純一は自分の会社に戻ると秘書の本宮に
「すぐに一哉を呼べ!」
と、指示する。しばらくして本木が純一のところに現れる。
「お呼びですか?」
本木が部屋に入ると、純一は椅子に座ったまま
「お前どういうつもりだ?」
と、怒りを抑えて聞いた。
「何がですか?」
「お前、まだ、あの韓国女と付き合っているそうじゃないか・・・」
本木は純一の目の前に立ち、
「ええ、彼女とは将来を約束しています。別れるつもりなどありません」
と、一言だけ言って、部屋を出て行こうとする。
「勝手は許さんぞ!」
純一は立ち上がり、怒りをあらわにして言った。本木は立ち止まるが、黙ったままであった。
「お前に女の何がわかる・・・お前に必要なのはあの女ではない!」
純一の言葉に今まで黙っていた本木は、純一の方を振り返り
「僕のことをとやかく言う前に母さんの見舞いに行ったらどうですか?」
と、言って、部屋を出て行った。純一は本木の言葉に何も言い返せず、その場で立ちすくんでいた。
純一は花束を持って悦子の病院へやって来た。確かに本木の言うとおり、自分のことばかり考えていて、妻の見舞いをおろそかにしていた。純一が部屋に入ると、そこには悦子と楽しそうに話すユリの姿があった。
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