第21話 母娘愛

「あれ、ユリは日本から帰ってきたんですか?」

ジヘがマネージャーに聞いた。

「ああ、昨日の夜に・・・本木さんのお母さんに付きっきりで・・・大分仕事も溜まっているんだが・・・」

ジヘは困った顔をしいているマネージャーを見て、微笑みながら

「まあ、今は好きにさせてあげてください」

と、言って、部屋を出て行く。その言葉にマネージャーも苦笑した。

「こんにちは」

「本木さん!」

本木が突然マネージャーのもとに現れた。

「いやー、随分立派になった感じがしますね」

マネージャーは本木を見て言った。

「とんでもない、マネージャーにはご迷惑ばかりかけまして・・・」

「いやいや、気にしないで下さい。それより急にどうしたんです?」

「それが・・・マネージャーに相談がありまして・・・」

本木はイベントのタレントがなかなか見つからないことをマネージャーに話した。

「そうですか・・・ひとつうまくいってもまた難関ですね・・・」

「そこで、マネージャーのお知り合いの中で、良い方がいたら是非、紹介いただければと・・・」

「わかりました。出来る限りの協力はします」

「ありがとうございます」

本木は手を差し伸べ、二人は握手する。お辞儀をして部屋を出ようとする本木にマネージャーが声を掛ける。

「ところで、ユリとは会ってます?」

「えっ、いや、最近・・・」

本木が返事をする前にマネージャーは

「ユリがこの前、言ってましたよ、あなたのお母さんの看病をしていると、本当の母親と一緒にいるような感じになれるって。何かとても嬉しそうにしてました」

本木は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに平静を取り戻し

「そう・・・そうでしたか・・・ユリさん、今日はどちらに・・・」

「ああ、昨日、日本から帰ってきて、今日は雑誌の取材を数本こなしてます。大分仕事溜まってたから・・・でも、またお母さんのお見舞いに行くって張り切ってましたけど・・・」

「ああ、そうでしたね・・・それじゃ失礼します」

と、言って、部屋を出て行った。

「ユリさん日本に・・・」

本木は呟くと急いで日本へ戻った。


帰国した本木はすぐに母親の病院へと向かった。

「あら、一哉!久しぶりね」

悦子はいつものとおり明るく本木に言った。

「母さん、ごめん・・・なかなか来れなくって・・・」

本木は悦子に謝った。

「大丈夫よ、ユリさんのお陰で全然寂しくなかったから・・・あっ!」

悦子は慌てて口を抑えた。本木は悦子の顔をゆっくり見た。悦子は本木から目をそらし、

「・・・それより仕事、うまくいってるの?」

と、話題を変えようと聞いた。

「ああ、なんとか・・・母さん、ユリさんが来てたんだね?」

「えっ・・・なんでユリさんが・・・そんなこと・・・」

慌てて否定する悦子を見て、本木は微笑み

「母さん、僕、知ってるから・・・母さん嘘つけないね」

悦子は本木を睨みつけ

「それが私の取得なの・・・そう知ってたの・・・」

「ああ、僕も最近・・・なんで話してくれなかったの?」

「私だって話したほうが良いって言ったんだけど・・・ユリさん、あなたや父さんに迷惑が掛かるからって・・・それで言えずにいたのよ」

「そんなんだ・・・」

「あの子、時間が許す限り私の側にいてくれたわ・・・いろいろお話して本当に心の綺麗な子ね、それにあの子、私のこと『本当の母親だと思っていいですか』って聞いてくれたの、私、どんなに嬉しかったか・・・あの子のお陰で私、ほんとうに楽しかったわ・・・」

ユリとの会話を楽しそうに話す悦子を微笑みながら本木は聞いていた。そして何より忙しい合間を縫って母親の看病に来てくれたユリの優しさを本木は改めて感じた。悦子は一通り話し終えると、最後に

「一哉、あんな子は滅多にいないからね!大切にしなさい。泣かしたりしたら私が許さないわよ!」

と、本木に言った。本木は素直に

「わかってるよ、大切にする」

と、笑顔で答え、病室を後にした。


本木は病院を出るとすぐにユリに電話した。

「はい、本木さん?」

「ああ、ユリさん、元気?」

「ええ、私は元気!本木さん忙しいんじゃない?」

「大丈夫、ああ、父さんの容疑も晴れたよ、イベントの受注も取り戻せた」

「本当?よかった・・・本当に良かった・・・実は心配してたのよ・・・なかなか連絡くれないからうまくいってないのかなって思って・・・でも本当に良かった」

本木は自分のことのように喜んでくれるユリに感謝した。

「でも、これからが大変ね、イベントの仕事があるんでしょ?」

「ああ、今、全力で成功させようと頑張ってるよ」

「そう、でも本木さんならきっと成功するわ、頑張って!」

「ユリさん・・・」

「何?」

「本当にありがとう・・・」

本木は心の底から言った。

「何よ・・・急に改まって・・・」

「いや、君がいなかったらと思うと・・・本当にありがとう」

「や、やめてよ・・・そんなことないから・・・」

「ユリさん、これからもずっと一緒にいようね」

「本木さん・・・」

「僕は必ず戻るから、約束するよ」

「・・・私も待ってる、決してあなたから離れたりしないから・・・」

「ありがとう、何か元気が出てきた、それじゃまた連絡する」

本木は電話を切った。本木は夜空を眺め、微笑みながら元気に歩いていった。


次の日、本木が出社すると社長の純一が本木の部屋にいた。実権を取り戻した純一は以前のような社長としての風格を取り戻していた。

「おお、一哉、来たか」

「おはようございます」

「まあ、座ってくれ」

純一は本木を目の前に座らせると

「実はお前に会ってもらいたい人がいるんだ」

「誰です?」

「うちのメインバンクの頭取の娘さんだ」

純一はにやりと笑い、本木の顔を見る。本木はそれが何を意味するかわかり、すぐに席を立ち

「僕は会うつもりはありません」

と、言って、部屋を出て行こうとする。すると純一は

「お前、会社の状況をわかっているのか?今回の事件でわれわれの信用度はがた落ちだ。資金面で苦しいのはお前も知っているだろう?」

本木は立ち止まり、振リ向いて純一を睨み

「私に何をしろと言ってるんですか?」

「まあ、そういきり立つな・・・とりあえず一回会うだけで向こうの面子も立つんだから、な、こちらから断ることは出来ない事ぐらい、お前だってわかるだろう?」

本木は必死に怒りを堪え、

「わかりました。一回だけお会いします」

と、言って、部屋を出て行った。


数日後、本木はレストランで一人座っていた。父に言われた見合いに仕方なく応じたが、これはあくまでも仕事であると、必死に自分に言い聞かせ座っていた。すると一人の女性が本木の前に現れる。

「本木さん・・・・ですか?」

本木は声の方を見ると、そこには背が高く非常に綺麗な女性が立っていた。

「ええ、そうです。あの・・・」

「はじめまして、鶴田です。鶴田真弓です」

「どうも、本木一哉です」

本木はお辞儀をすると真弓をずっと見たまま呆然としていた。すると真弓は

「あの・・・座ってもいいですか?」

と、聞いた。

「・・・ええ、どうぞ、どうぞ」

本木は慌てて真弓の椅子を引いた。


「乾杯」

真弓がワイングラスを本木の方へ差し出す。本木も慌ててグラスを持ち

「・・・乾杯」

と、言って、グラスを合わせた。真弓がグラスに口を付けると、本木はグラスをそのまま置き

「あの・・・鶴田さん」

「真弓で良いです」

「あっ・・・真弓さん」

「何ですか?」

「お話があります」

「はい?」

真弓は本木の真剣な表情を見て少し困惑する。本木は構わず話を続けた。

「私には恋人がいます」

真弓は本木の目をゆっくり見て、黙ったまま聞いている。

「今は事情があって一緒にはいられないけど・・・将来、必ず迎えに行くと決めた人なんです。ですからこのお見合いは今回限りであなたからお断りしていただきたい。お願いします」

そう言って、本木は頭を下げる。今まで黙って聞いていた真弓も、突然の本木の行動に驚くが、つい吹き出してしまう。笑っている真弓を本木は不思議そうに見つめた。すると真弓は

「ああ、ごめんなさい。だってお見合いの席でいきなり恋人の話をする人なんてはじめて見たから・・・悪気は無かったんです。気に障ったらごめんなさい」

「・・・いいえ・・・」

本木は少し恥ずかしい気がしてうつむく。そんな本木の姿を見て真弓は笑顔で話す。

「本木さん、わかりました。本木さんの言うとおりにします」

「えっ、本当に?」

「ええ、実は私もまだ結婚する気なんて無いんです・・・今回も父に無理やり言われて仕方なく・・・」

本木も笑顔になり

「そうなんですか・・・あなたも大変ですね」

「いいえ、今まで好きなようにさせてもらったから・・・少しぐらいは親の言うことも聞かないとね、それより、本木さんの彼女、どうして今は会えないの?」

「ええ・・・ちょっと事情がありまして・・・」

「よかったら話してくれません?お力にはなれないかも知れないけど、本木さんのお話しを聞く役ぐらいは出来ますから」

「・・・実は・・・父に反対されているんです。以前会社を辞めたんですが、それが彼女のせいだと思われていて・・・」

「本当は違うのに?」

「ええ、その前にいろいろあって・・・自分の周りの環境を変えたかっただけなんですが・・・」

真弓は黙って本木の話を聞いていた。

「それに、父自身、倒れたり、母が倒れて手術したりして、父も余裕がないんだと思います。何か今まで起こらなかった不幸がいっぺんに来た感じがしました・・・あっ、もう父は平気なんですが、母はまだ入院しているので・・・」

今まで黙って聞いていた真弓だが心配そうに

「お母さん、そんなに具合悪いの?」

「いや、もう大分よくなりました」

本木は笑顔で言った。その笑顔につられて真弓も笑顔になり

「本木さんの周りではいろいろあったんですね・・・でも、今大変な分、これからきっといいことがありますよ!」

と、明るく言った。本木は明るく言ってくれる真弓の言葉に勇気付けられる気がした。

「真弓さん・・・ありがとう、何かこれからいいことがありそうな気がします」

「そう言ってくれると私も嬉しいわ!」

「すいません・・・真弓さんの話を全然聞いて無かったですね?」

「本木さん・・・これからあなたを振る女の話を聞くつもり?」

真弓は少し睨むようにふざけて言った。本木は慌てて

「あっ・・・いや・・・真弓さんの話も聞きたいなと思って・・・」

「あら、私に興味が湧いた?」

「いや、全然!・・・・あっ・・・こういう言い方失礼ですよね・・・なんて言うか・・・」

慌てる本木を見て真弓は自然と微笑む。本木には自然と人の心を温かくする性質があることは前にも述べたが、今回、母性本能をくすぐる本木の性質が真弓には見えた。

「冗談です。私の話も聞いてくれます?」

「ええ!勿論!」

本木はほっとして真弓に笑顔を見せる。二人はお互いの仕事の話など、かれこれ一時間以上話し合った。二人は妙に打ち解けあい、長年の友達のような感覚をお互いが持った。


食事後、本木は真弓のためにタクシーを止めようとしていた。真弓は本木の腕を引っ張り、本木に名刺を渡す。

「本木さん、連絡待ってます」

本木は名刺を受け取ると、複雑な表情で真弓を見る。すると真弓は

「大丈夫、友達として連絡を待ってますから」

と、言って、笑顔を見せる。本木も笑顔を見せ、自分の名刺を真弓に渡し

「私も友達として連絡待ってます」

と、笑顔で答え、真弓をタクシーに乗せた。

家に帰ってから真弓は本木との会話を思い出す。なぜか思い出すと真弓の心は温かくなった。しかし、本木の母親のことは真弓も心配であった。真弓は何かを決心し床につく。


数日後、真弓は本木の母親が入院している病院へと向かった。悦子の部屋に入ると二人の女性が楽しそうに話をしていた。悦子とユリであった。ユリは真弓の姿に気が付き言った。

「あっ、どうぞお入りください」

「どうも、はじめまして、私、鶴田真弓と申します、一哉さんとは友人としてお付き合いさせていただいております」

と、悦子とユリに挨拶をした。悦子は

「一哉の・・・さあ、こちらへ、どうぞお入りください」

と、言って、部屋の奥へと迎えた。ユリは一哉の名前が出て一瞬驚くが、一礼をして席を譲る。悦子は近づいてきた真弓の顔を見て聞いた。

「どこかで以前、お会いしましたか?」

「ええ、東都銀行のパーティーで以前、お目にかかりました」

「あっ、じゃあ鶴田さんって・・・頭取の娘さん?」

「ええ、そうです」

「あら、失礼致しました・・・いつも主人がお世話になりまして・・・」

「いえ、こちらこそ。いつもお世話になっております」

「それじゃ・・・確か・・・」

「先日、一哉さんとはお会いさせていただきました。とても優しい良い方ですね」

ユリは一瞬真弓を見る、悦子も気まずそうにユリを見て話題を変える。

「でも、真弓さんはいつ見ても綺麗ですね。最近はどうしていらしたの?」

「ええ、アメリカへ留学していました。昨年帰国してきて、今は父の仕事を手伝っています」

ユリはそっと部屋を出た。一哉と真弓が会ったことをユリは知らなかった。真弓は女性のユリから見ても、とても綺麗な女性であった。ユリは少しだけ嫉妬心を感じた。

「本木さんの浮気者・・・」

と、ちょっとすねた顔をして待合室の方へと歩いていった。


ユリが部屋を出て行った後、悦子は恐る恐る真弓に聞いた。

「ところで一哉とお見合いをしたんですか?」

「ええ・・・こんなこと言ったら失礼かも知れませんが、私、一哉さんにとても好感を持ちました」

真弓が明るく言った。その明るさがユリのことを考えると、悦子にとってはとても複雑であった。

「そうなの・・・」

「でも、安心してください」

「えっ?」

「先ほどの女性が一哉さんの恋人ですよね?」

「えっ・・・いや・・・」

「大丈夫です、私、知ってますから。一哉さんと会ってすぐに『私には恋人がいます』って言われましたから」

悦子は少し驚くような顔をして真弓を見るが、真弓は笑顔で

「お会いして一哉さんとは約束しました。良いお友達でいましょうって。だから私のことは一哉さんの友人として接してください」

悦子も笑顔に戻り

「そう・・・わかりました。これからも一哉を友達としてよろしくお願いいたします」

「はい!」

二人はお互い笑顔になった。


真弓が病室を出ると、ちょうどユリが近づいてきた。ユリは真弓に気が付くと一礼して振り返る。

「待って!」

真弓はユリを追いかけた。二人は待合室で話をする。

「あなたが一哉さんの恋人でしょ?」

「えっ?」

ユリは驚いて真弓の顔を見る。

「私、この前、一哉さんとお見合いしたの」

ユリは真弓の言葉にショックを受けた。

「そうなんですか・・・」

お見合いなど全く聞いていなかったユリはうつむく。そんなユリの姿を見て、真弓は慌てて

「ち、違うのよ!・・・お見合いっていってもお互い親の顔を立てるだけの意味だから・・・一哉さんとはお友達になっただけ、それだけよ」

ユリはゆっくり真弓の顔を見つめた。真弓は微笑んで

「それに、彼は私と会うなりあなたの話をしたわ・・・『将来必ず迎えに行く人』だって・・・お見合いでいきなり恋人の話、普通する?」

と、笑いながら言った。ユリは恐縮そうに

「本木さんそんなことを・・・失礼しました・・・」

「いいえ、あなたが謝ることじゃないわ、私たち良いお友達でいると約束したの。だからあなた達のこと私、応援する」

「真弓さん・・・」

「あなたの彼はとても良い人ね!大切にして」

「ありがとう、本木さんの良いお友達なら私にとっても大切な人です。お友達になってくれます?」

ユリは笑顔で聞いた。真弓はうなずき

「勿論!何かあったら相談してね!」

と、言って、二人は笑顔で別れた。


ユリが病室に戻ると、悦子が心配そうな顔で待っていた。ユリが微笑みながら悦子の横に座ると、

「ユリちゃん・・・あの真弓さんなんだけど・・・」

と、悦子が気まずそうに話し始めた。するとユリは

「大丈夫です。真弓さんからお見合いのこと聞きました。真弓さんも私たちのこと、応援すると言ってくれましたから」

心配そうに見つめる悦子に微笑みながら言った。

「そうだったの・・・ごめんね、私もお見合いの話は秘書経由で聞いていたんだけど・・・馬鹿な父だと思って許してね、一哉はあなたを決して裏切らないから・・・」

ユリは悦子の手を握り、

「お母さん・・・私も本木さんを信じてますから・・・」


その頃、本木は融資先を必死に探していた。純一の言うとおり、会社の財務状況は厳しい状況であった。今回の見合いを断った以上、東都銀行からの融資は受けられないと考え、新規融資先を懸命に探していた。しかし、何日も金融機関を走り回ったが、不正入札疑惑のせいで新規融資はなかなか得られなかった。

「厳しいな・・・」

断りを受けた金融機関から出てきた本木は、ふと弱音を吐く。

「本木さん・・・」

偶然通りかかった真弓が本木の姿を見つけて呟いた。本木は真弓には気付かず、歩き始めた。真弓は本木の後を追いかける。本木は次の金融機関へと入っていった。真弓は本木が金融機関へ入っていくのを見て、あることに気が付き、その場で本木を待っていた。


「真弓さん!」

本木は金融機関から出てくると真弓が立っているのに気が付いた。

「本木さん、お久しぶり?」

「お久しぶりです。で、どうしたんですか?」

「本木さん、この後、時間あります?」

「ええ」

本木が答えると、真弓は本木に近づき、耳元で

「じゃあ、デートして・・・」

と、小声で言い、本木を見つめた。


二人は近くの喫茶店にやって来た。

「もう、悪い冗談は止めてくださいよ!」

本木は真弓に苦笑しながら言った。真弓は不思議そうな顔で

「あら、どうして冗談だと思ったの?」

「だって、この前、友達でいようと約束したじゃないですか・・・」

「そんなのわからないわ・・・女心はすぐに変わるものよ」

と、真弓は涼しい顔をして言った。本木は少し困った顔をして飲み物に口を付ける。本木の困った顔を見て、真弓は

「冗談です。今日はちょっとお伺いしたいことがあって・・・」

と、微笑みながら言った。

「なんですか?」

本木もいつもの調子に戻り聞いた。

「本木さん・・・会社の状態どうなんですか?」

「えっ?」

突然、会社のことを聞かれて本木は焦った。

「いや・・・問題ないですよ・・・」

「嘘!」

真弓は真剣な顔で本木を見る。本木は真弓から目をそらし

「本当ですよ・・・問題ありませんから・・・」

と、言って、再び飲み物に口を付ける。真弓は本木から目をそらさず

「本木さんこそ約束を破っている!私を銀行頭取の娘として今、見ているわ!」

「いや・・・そんなことないですよ・・・」

本木は困った顔をして言った。

「じゃあ、どうして本当のことを話してくれないの?あなたが金融機関を走り回っていたのを私、知っているわ!」

真弓の言葉に驚いた本木は真弓を見る。

「本当の友達なら、困った時に相談にのるものよ、私じゃ役不足?」

真弓は真剣な顔で本木に言った。本木は観念したかのように

「そうだね・・・僕が悪かったよ・・・実は会社の財務状況は決して楽観視出来る状態じゃないんだ・・・新規融資先を見つけようと頑張っているんだが、今回の会社の一件でなかなか取り付けられなくて・・・」

真弓は本木の本音を聞いて更に聞いた。

「それじゃあ、今回、私とお見合いしたのは融資のため?」

本木は真剣に自分を見つめる真弓を見て、本当のことを話す。

「・・・そうだよ、父はそれが目的で僕に見合いを勧めた。勿論、僕の恋人と別れさせるつもりもあったと思うけど・・・君とうまくいけば新規融資を取り付けられると思ったんじゃないかな・・・」

真弓はちょっとショックを受けるが、心配そうに

「それじゃ、今回の見合いを断ったら、あなた困るんじゃない?」

「いや、それは違う」

本木は間髪入れずに答えた。

「もともとお見合いなんかするつもりはなかった。父の顔をたてるためだけにしたんだ。だから君には迷惑をかけないよ。だから心配せずに断ってくれて構わないから」

「でも・・・」

「大丈夫、僕の力で新規融資を探して見せるよ!・・・ありがとう、僕のことを心配してくれて・・・真弓さんもこれからは何かあったら僕に相談してください、応援します、あなたの生き方、素敵だと思いますから」

本木は笑顔で真弓に言った。真弓は心配しながらも本木に笑顔で返した。


「それじゃ」

本木は真弓に笑顔で手を振り帰って行った。真弓も手を振り返し、本木の後姿をいつまでも見ていた。そして歩き出すと自分の中から本木への心配心が湧き出てきた。今まで本木には好感を持っていたが、友人以上に彼のためになってあげたい気持ちに駆られていた。

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