第20話 敵対
本木は日本へ帰国するや会社へと向かった。会社に入ると秘書の本宮が待っていた。本宮は大歓迎したが、他の役員達は本木を煙たがり敬遠していた。
「大分、雰囲気が悪いですね・・・」
本木は本宮に呟くと
「もう、社長の後の後継者問題まで話が発展しています。副社長の菅沼が先頭に立って社長の追い出しを計画しています」
本木はしばらく考え込むと
「社長は出社していますか?」
「ええ、社長室は私が意地でも占領させませんでしたから」
本宮は胸を張って言った。そんな本宮の明るさに本木は笑顔になり、
「本宮さん・・・ありがとう。これからもよろしくお願いします」
と、言って一礼する。本木の姿を見て本宮は慌てふためき
「せ、専務、やめてください・・・そんな・・・当然のことをしているだけですから・・・」
と、言って、本木の肩を上げた。本木は本宮に対して微笑み二人で社長室へ向かう。
「よく帰って来てくれた!」
社長の純一は大げさに手を広げ、本木に軽く抱擁をする。本木は表情を変えずに言う。
「社長、退職処理の件、ありがとうございました。私も社長の濡れ衣を晴らすよう頑張ります」
一礼する本木を見て、純一は微笑み
「頑張ってくれ、私も出来る限りのことはするつもりだ」
純一はそう言うと席に座る。本木は立ったままで
「それでは早速調査に入ります、失礼します」
と、言って、部屋を出ようとする。本木が扉に手を掛けた時、純一は
「まあ、早くあの女のことは忘れることだな」
と、本木に言った。本木は扉を開けるのをやめ、純一の方を見て
「そのことは今、話したくありません、また後日」
本木は部屋を出て行った。純一は立ち上がり一瞬、顔色を曇らせるが、
「まあ、いいか」
と、言って、再び机に座る。
「まずは、信頼回復からだな・・・」
社長室を出た本木は呟き、本宮と一緒にK社へと向かった。
「どうかもう一度再考願います。弊社は決して談合を斡旋するようなことはしていませんので」
本木はK社の発注窓口者に必死に説得をする。しかし、
「本木さん・・・でもね、社長直々の文書が残っているみたいじゃないですか。それでも不正はしていないとおっしゃります?お帰りください」
と、言って、本木の依頼を断った。
その後、本木は社内の調査に乗り出す。まずは幹部一人一人に話を聞くことからはじめた。しかし副社長の息が掛かった幹部がほとんどで、本木の話に全く耳を貸さなかった。本木は何度も幹部一人一人に声を掛けては話を聞いてもらうようお願いをした。しかし、思うように調査は進まなかった。さすがの本木も疲れ果て、夜、一人、会社の窓から外を眺めていた。ふとユリのことを思い出し、携帯電話に連絡をする。
「もしもし、本木さん」
ユリの明るい声が聞こえた。それだけでも本木は胸が熱くなった。
「もしもし、聞こえる?」
「ああ、ごめん・・・聞こえるよ」
「どうしたの?元気ないじゃない?」
「そんなことないよ。心配しないで、こっちはうまくいってるから」
「そうなの・・・あんまり無理しちゃだめよ。それにあなたは一人で抱え込む癖があるから・・・」
「そうかな?」
「そうよ!必ず辛いことがあったら周りに相談してね。勿論、私にもね」
ユリの言葉が本木の心に染み込んでいった。ユリと話すことで大分、心が和んだ。
「わかった。ユリさんの声を聞いたら元気が出てきた。それじゃ」
「頑張ってね。あ、本木さん!」
「何?」
「・・・愛してる」
ユリがそう言った後、電話が切れた。本木は驚いてその場に立ちすくんでいたが、やがて微笑み、電話をしまった。
ユリは電話を切った後、恐る恐る振り返った。するとベッドで横になっていた悦子が手を耳に当て、聞き耳をたてるポーズをしていた。ユリは恥ずかしくなり
「お母さん!聞いてたんですか・・・」
照れるユリを見て、悦子は微笑み
「ユリちゃんって見かけに寄らず大胆なこと言うのね・・・知らなかったわ」
「お母さん・・・」
うつむくユリの手を悦子は握り
「ありがとう、今の一哉にはユリちゃんの声だけが勇気になっているはずよ。これからも応援してあげて」
ユリは悦子に言われて素直にうなずいた。そう、ユリは日本に来ていた。ここ数日、ユリは時間の許す限り、悦子の見舞いに来ていた。
「ユリちゃん・・・日本に来ていること一哉に言わないの?」
「ええ」
「言ってあげればいいのに・・・一哉も喜ぶと思うわ」
「でも・・・今は本木さん、会社のことで一杯のはずだから・・・だから迷惑を掛けたくないんです。私が必要な時は必ず電話くれると思うし・・・その時には命一杯の愛情表現をすることにします」
「そう、だから『愛してる』なのね・・・」
悦子が冷やかすようにユリを見ると、ユリは真っ赤になって
「お母さん!早く寝ないと体に悪いですよ!」
と、言って、悦子に布団を掛ける。悦子も微笑みながら横になり
「わかったわ。・・・ユリちゃん、ありがとう」
と、心の底から言った。ユリも微笑みを返す。
「でも、ユリちゃん無理しないでね・・・仕事もあるんだから・・・」
「わかってます・・・お母さん・・・私、母親がいないんです。小さい頃に病気で死んでしまって・・・だから、お母さんのことを本当の母親だと思って看病してもいいですか?迷惑なら遠慮せずに言ってください・・・」
「・・・勿論よ・・・こんな私でよければそう思ってね」
ユリの言葉を聞き悦子は胸が痛くなった。悦子は心の底から感謝し、本当の娘が出来たような気がした。
本木はその後、何度もK社を訪れては同じ回答ばかりをもらった。ある日、同じように本木がお願いに伺うと、
「本木さん、何度も来られては困ります。まずは社内の整理をしてからでも遅くないですよ。再入札はすぐにはしませんから」
「本当ですか?わかりました。ありがとうございます。その件については現在社内で調査中です。勿論、何かの間違えだと証明して見せますので、ですから、入札については是非再考いただければと思います」
「とりあえず、その不正が間違えだったことを証明してください。それが先だと思いますよ」
本木はとりあえず入札の期間を延期してもらえたことに満足し帰途についた。
社内で本木が積極的に幹部に話し掛けることで、大分、本木に対する敵対心は薄れていった。逆に自分の取り巻きだけを優遇する菅沼のやり方に不信感が少しずつ募り始めた。ある日、本木の部屋の前で一人の幹部がウロウロしていた。本木が声を掛けると、その幹部は慌てて逃げようとする。
「待ってください」
本木が呼びかけると幹部の平木が立ち止まる。本木は側に行き
「平木さん・・・私に何か話があるんじゃないですか?」
「専務・・・」
「どうぞ中へ入ってください」
本木はそう言って、平木を自分の部屋へと招いた。
「平木さんもいろいろ大変ですね」
本木は明るく平木に語りかける。平木は終始恐縮していた。そして平木が何か自分に伝えたいことがあると確信した本木は
「平木さん、私に何かお話があるんでしょ、話してください」
と、言って、平木を見つめる。平木は本木の顔を見て、決心したかのように書類を本木に差し出す。
「専務・・・私・・・副社長に依頼されて社長名で偽造の文書を作成しました・・・社長の署名した廃棄文書を入手してサインを模写しました。K社の担当者にも会社から賄賂を渡して協力してもらうよう手配をしています。これがその時にもらった領収書です。そしてK社担当者と副社長の今回の企てについてやり取りした秘密文書です。副社長から焼却するよう指示されましたが・・・捨てていいものか迷って・・・」
本木は資料を隈なく見た。そこには社長を落とし込むためにK社へ賄賂を社長名で送付するので、K社から告発するように段取りが副社長の直筆で書かれていた。そしてK社の多額の領収書が副社長名宛に記載されていた。勿論、K社に渡したお金は会社のお金を使用したものであった。他にも打ち合わせの議事録など菅沼が行った不正に対する多くの立証書類が残されていた。
「これは・・・」
本木は言葉を失った。書類を渡した平木は本木の顔を見て
「自分もこの画策に加わったのは事実です。どんな処分も受けるつもりです」
と、言って、立ち上がる。本木は立ち去ろうとする平木を呼び止め
「平木さん・・・ありがとう・・・これで父は救われる。あなたの身分の保証は私が責任を持って行いますから」
その言葉を聞いた平木は本木の方を振り返った。振り返った平木を本木は笑顔で見つめ
「これからも一緒に頑張りましょう」
と、言った。平木は涙ぐみ深く頭を下げ部屋を出て行った。本木は秘書の本宮を呼び出した。
「専務、お呼びですか?」
「これを見てください」
と、本木は言って、本宮に書類を差し出す。本宮は書類に目を通すと驚愕の表情を浮かべ
「こんなことが・・・いや、これさえあれば社長の濡れ衣を晴らせます!」
「本宮さん、刑事告発の準備とマスコミへの対応をお願いします」
「わかりました!」
本宮は勢いよく返事をし、急いで部屋を出て行った。本木はゆっくり立ち上がりそして外を眺めて
「これからが勝負だ・・・」
と、静かに呟いた。
本宮の通報で副社長の菅沼は横領の容疑で逮捕された。その他、協力した役員も自主的に退社するものが数名いた。K社の担当者も今回の不正入札に協力していたことで懲戒免職となった。K社自身、今回の責任は自社にもあることを認め、今までの不誠実な対応について本木に対して陳謝した。そして今回のイベントについて本木の会社に依頼することを打診してきた。本木は喜んで協力を返答した。しかし問題は社内は勿論、イベントに参加予定であったイベント会社がほとんど菅沼の配下にあったため協力が得られなかった。本木は本宮と平木の三人で行動することになった。
「とりあえず、イベントの衣装、設置等のハード環境は整ったが、問題はイベントのコンパニオンだな・・・」
「ええ、今回のイベントはK社にとってかなり大々的な宣伝になりますから・・・タレントでも使用しないと・・・」
本木と本宮、平木三人は話し合う。
「平木さん、K社が要望したタレントはいませんか?」
「ええ、その点も含め全て当社に任せるとのことです、逆に困りましたね・・・」
「これから国内の有名タレントを抑えるのも厳しいし・・・」
と、本宮が頭を掻きながら言った。しかし本木は
「本宮さん、国内のタレントで有名な人を数人ピックアップしてください」
「・・・わかりました!やってみましょう」
本宮は早速数名のタレント候補をリストにしてきた。平木と本宮はリストアップしたタレント事務所に事前に出演依頼をしたが、皆スケジュールの調整が出来ないとの返事であった。全て断りを受けた件を本宮と平木は本木に報告する。
「そうですか・・・やはり厳しいですね・・・」
「専務、どうしましょうか?」
本宮が心配そうに本木に聞く。
「とりあえず、この件は私が預かります。お二人は他のイベント会社との打ち合わせに専念してください」
本宮と平木はうなずき、部屋を出て行った。本木は自分の部屋でウロウロしながら考え込んだ。するとあることに思いつき、急いで出掛ける準備をする。
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