第11話 飛鳥井久仁彦の日常 バンド組もうぜ


扶桑大学 A棟 サークル部屋



 軽音サークル(V系)はA棟の中にある。

 A棟は主に文系学部が利用することが多い学舎だ。

 『コ』の字型の形をしていて、サークル部屋は三階の端っこにある。

 『コ』を書くときに始点になる場所といえばわかりやすいかな。


 ちょっと歩くことになるんだけど、まぁ音も出せる部屋だから仕方ない。

 百々さんと二人でサークル部屋に入る。


「おつかれっす」


 部屋に入るとサークル長の長永イスカおさながいすかさんがいた。

 この人はいつ部屋にきても、気だるそうに椅子に座っている。


「くうちゃんとわかなっちじゃないかー、おつかれー」


 適当な挨拶をしながら、オレは適当な椅子に座った。

 上條さんが広めたくうちゃんってあだ名がすっかり定着しているのが気になるが、この人には言ってもムダなんだよな。

 いわゆるメガネっ娘のサークル長は、机に突っ伏すような格好をしている。

 ぐるっと辺りを見ると、いつも居るもう一人がいない。


「今日は市末いちすえさんいないんですか?」


 市末さんってのはサークル副長のことだ。

 こっちは男性。

 見た目はチャラいけど、しっかりと常識のある人だったりする。


「いっちゃんはお休みだよー。実家に戻ってるから下手したら二・三日はこないかなー」


「珍しいこともあるんですね」


 百々さんの言葉に頷く。

 いつきてもサークル長と副長の二人はいたからな。

 単位もほぼ取り終わってて、就職も決まっているから暇なんだとは本人談だ。


「んーそだねー」


 まったくやる気のない返答である。


「で、長永さんは市末さんがいないからそんなにだらけてるんですか?」


 百々さんが突っこむと、”ハッハッハ”と長永さんがわざとらしく笑う。


「今日は二日酔いなんだよー。朝からずっと低空飛行なんだよー。もう年だよー」


 なんて言うから、サークル長の前にスポーツドリンクを置く。

 師匠に弟子入りしてから常備するようになったんだよな。

 ちなみにオレのバックパックには、他にも鎮痛薬やお泊まりセットなんかも入っている。

 急に仕事が入って連れていかれることもあるからな。

 さすがに二日酔いに効く薬はないけど。


「くうちゃんは気がきくねー。ありがとうだよー」


「長永さん、ちょっと練習してもいいですか?」


 オレたちのやりとりを横目に、百々さんはケースからギターを取りだしていた。


「いいよー。でもアンプにはつながないでー。ヘッドホンするならいいけどー」


 でっかい音を出すなってことらしい。

 その言葉に頷いて、百々さんはサークル部屋にあるアンプとヘッドホンを使う。

 オリジナル曲の練習なんだろう。

 精力的に活動しているようでなによりだ。


「ところでさー、くうちゃんはバンド組まないのー?」


「組みたい気持ちはあるんですけどね、ちょっと今は手が回りません」


「バイトー?」


「そうっすよ。ちょっと忙しくて今はバンド組んでも活動できそうにないっす」


「くうちゃん、巧いのにもったいないー」


 実はうちの実家って音楽家の家系だったりする。

 父親はそこそこ名の売れた作曲家で、母親はボイストレーナー兼ピアノの先生だ。

 なのでオレは小さい頃から音楽に囲まれて生きてきたんだよね。

 ってことで楽器の演奏はひととおりできたりする。


 ギター・ベース・ドラム・ピアノ・バイオリン。


 どれもプロになれるようなレベルじゃない。

 けれど趣味の範囲だと巧い部類に入ると自負している。

 いわゆる器用貧乏ってやつだ。


「そう言われても、どうしようもないですから。少し落ちついて時間ができたら考えますよ」


「そっかー。くうちゃんのお陰でちょっと元気でてきたしー、セッションでもするかー」


 長永さんが立ち上がる。

 ちっこいんだよな、この人。

 身長とツーサイドアップの髪型だけなら小学生なんだけど、パワフルなボーカルなんだ。

 ちなみに着ている服はいつもジャージだったりする。

 楽な服しか着たくないって言ってるダメな人だ。


「え? セッションですか? やりますやります!」


 百々さんもこちらの雰囲気を察したのか、いつの間にかヘッドホンを外していた。


「じゃあ、くうちゃんはドラムー?」


「この編成ならそれが無難ですかね? ベースも欲しいですけど」


「んーじゃあベースもやるー。でもルートしか無理ー」


「それでいきましょうか。百々さんもいい?」


 ということでサークル部屋にあるドラムセットに座る。

 シンプルな構成のドラムだ。

 カウントを取ろうと思ったところで、長永さんが口を開いた。


「Jesus,dont you love me?」



扶桑大学 A棟 サークル部屋



 セッションが終わる。

 たっぷり二十分くらいはしていただろうか。

 久しぶりに楽器を演奏した気がする。


「うーん。やっぱくうちゃん巧いー」


 長永さんが振り向いてにこりと笑う。


「ですよね。安定感があるっていうか。うん、やっぱりバンドやろうよ、飛鳥井くん!」


 百々さんがそう言ったところでサークル部屋のドアが開いた。

 先輩が三人ほど入ってきたので挨拶する。


「いやあ、気持ちよさそうにセッションしてたんで入り難くって」


 と言われると、なんだか悪いことをしたような気になる。

 確かに音を出しているのは気持ちよかったけど、そこまで気にされるものじゃない。


「たははーごめんねー」


 長永さんと先輩たちが雑談を始めた。

 百々さんがギターを持ったまま近づいてくる。


「ねぇ私のギターどうだった?」


「甘め? 辛め? 絶望のどれがいい?」


「甘めでお願いします」


 百々さんと音楽談義をしながら、ちょっとしたアドバイスをする。

 特にリズムに関して甘いところを指摘しておいた。


 音楽は楽しい。

 けど今はやっぱり祓魔師の仕事で一人前になることが優先かな。

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