第10話 飛鳥井久仁彦の日常 蛇血石アフター


副皇都中野区 飛鳥井久仁彦


 今日は師匠の家の地下にある道場で特訓をしている。

 祓魔師見習いといつまでも言ってられないからね。

 オレもちょっとは考えているわけだ。


「甘い」


 どん、と衝撃が身体に走る。

 そのまま後ろにひっくり返ってしまった。

 痛え。

 立てなくて、畳の上に寝転がっている。


 そんなオレをにやりとした悪い顔で見下ろしているのが、ゼンちゃんこと前鬼である。

 師匠が使役する式神の中でも最強格の存在だ。

 オレは知らなかったんだけど、役小角って人が使役していたことで有名らしい。

 ちなみにゼンちゃんの相棒である後鬼、コウちゃんは師匠のところにいる。


 ゼンちゃんはピシッとした髪の毛を撫でつけていた。

 リーゼント……じゃなかった。

 確かクイッフって言うんだっけか。

 前髪を高く盛って、垂らす髪型だってゼンちゃんが言ってた。

 革ジャンに革パン、リーゼントって姿はオールドスタイルのロックって感じだ。

 ちょいと目つきが悪いゼンちゃんにはピッタリとはまっている。


「センスはある。特に間合いの取り方がいいな。でもそれだけだ」


 ゼンちゃんが懐から煙草を取りだして火をつけた。

 紫煙の香りが漂ってくる。


「うっす!」


 と上半身を起こした。

 

「無理すンな、まだ寝とけ。身体の中に痛みが残ってるだろ? それが『勁』ってやつだ」


「漫画とかでよく見る発勁ってやつですか?」


「それだ、それ。ただ発勁ってのは超常的な力によるもンじゃない。技術によって使えるンだよ」


「え? 鬼の力じゃないの?」


「ンなもん関係ねえよ。大雑把に言やあ、ボールを投げるのと同じ理屈なんだよ」


 オレがまったくわからんという顔をしていると、ゼンちゃんが面倒だという表情を作って口を開く。


「ボールを投げるのときの動きを思い出せ。踏みこんで、腕を引いて、それから投げンだろ?」


 頭の中でイメージしてみる。

 うん、確かにその通りだ。


「こンときに踏みこむことで運動エネルギーが発生したわけだ。それを足から腰、背中をとおして腕へと力を伝達して最終的にボールを投げる。この一連の動きをもっと洗練したものが『勁』なンだよ。筋肉と関節を効率的に動かして、エネルギーを減衰させずに伝える。最低こンくらいはできねえとな」


 わかりやすい。

 オレにもイメージができる。

 ただそういうのって妖怪やらあやかしやらに効果があるんだろうか。

 もちろん対人戦をする機会があるのなら別なんだけど。


 そんなオレの考えがわかったんだろうか。

 ゼンちゃんがさっきよりも悪い顔になった。


「お前さ、お嬢の弟子なンだろ? だったら『勁』が最低限の入り口だぞ。巳輪流の祓魔術ってのは『勁』の上に霊力をのせたもンだからな。できなきゃ話になンねえぞ」


 立ち上がってゼンちゃんを見る。

 煙草を吸いながらも、しっかりとオレを見てくれた。


「うっす! じゃあどうやったら身につけられるんですか?」


「ま。とりあえずは基礎体力をつけろ。そンでふだんから身体の動かし方を意識しろ。 どこがどう動いているのかってな。それでダメなら外法を使うかだ」


「外法?」


「おうよ、道に外れた方法のこった。それを使えば『勁』は嫌でも習得できる。習得できなきゃ死ぬだけだからな」


 ニィと鋭い犬歯をむきだしにしてゼンちゃんが笑った。

 煙草を携帯灰皿に押しつけた。


「ンじゃ、もう一回組み手するか!」


 ”うへえ”とオレの口から情けない言葉がでたのは仕方のないことだと思う。


千葉県某所 扶桑大学 飛鳥井久仁彦



 講義が終わってサークルにでも顔をだそうと思っていたときだった。

 廊下を歩いていると肩を叩かれたので振り向く。

 百々さんだった。


「先日はお世話になりました」


 と他人行儀な挨拶をしてくるものだから、オレの方がビックリしてしまう。


「そんな畏まらないでよ。それでどう? お父さんはもうよくなったの?」


「うん、お陰さまですっかり回復したわよ。ほんとありがとね」


「まぁオレは何もしてないけど」


 嘘ではない。

 オレじゃなくて憑いている神様がやったことだ。


「ちょっとお茶でも飲もうよ、話したいことあるし」


 百々さんはオレの答えを聞く前に歩き出してしまう。

 ちょっとした雑談をしながら、構内にあるいつものカフェへ。


「それでさ気になってたんだけど、朔夜さくやさんとはどういう関係なの? ただの知り合いじゃないでしょ?」


 朔夜さんとは師匠のことで巳輪朔夜みわさくやって名前だ。

 ちょっと迷うけど、百々さんならいいか。

 べつに師匠からも口止めされているわけじゃないからね。


「本当はオレの師匠なんだ」


「師匠?」


 二年前にとあることがあって師匠と出会ったこと。

 それが縁になって師匠に弟子入りしたことをかいつまんで話す。

 ”ほおん”とか”へえ”といった相づちを百々さんは繰りかえしながらも、興味津々って感じだ。


「って感じなんだよ」


「そっかぁ。ごめん、なんか思ってたよりも突っこんだ話になっちゃったわ。でも話してよかったの?」


「口止めされてないからね。ただ百々さんだから話したってところもあるよ?」


 ”え?”と目を丸くさせる百々さん。

 でも艶っぽい話じゃないよ。


「あのさ、こんな話って信じてもらえると思う? 百々さんは身内が大変な目にあったから信じてくれると思ったんだよ」


「確かにそうかもしれないわね」


「魔を祓う祓魔師なんて言ったら、それこそ頭のおかしなヤツ扱いでしょ?」


「うん。ちょっと敬遠しちゃうかも」


「だから秘密にしているわけじゃないけど、話す人は選んでるって感じ」


 ”そうなんだあ”と百々さんが飲み物に口をつける。

 オレもカフェオレを飲み干した。


「百々さん、オレはサークルに顔を見せようと思ってるけどどうする?」


「私もいこうと思ってたの」


 席の横においた自分のギターケースに目をやる百々さん。

 ということで二人してサークル部屋に行くことになった。

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