第5話 蛇血石 友人からの相談


副皇都中野区 飛鳥井久仁彦



 早朝の鍛錬を終える。

 今日もなかなかいい汗をかいた。

 汗だけしっかりと流してから、オレはいつものように朝食の準備に取りかかる。

 

 山姫の件でオレは自分の体力のなさを痛感した。

 あとまったく戦えないってことも。

 そういうこともあって師匠に頼んで稽古をつけてもらうようにしている。


 師匠は色々とできる人で尊敬はしているけれど、家事全般がまったくダメだ。

 そこで離れに住まわせてもらっているオレが、家賃代わりに家事を引きうけている。

 

 ちなみに師匠の家は純和風の邸宅だ。

 もともと実家の持ち物だったらしく、和式庭園とかもあるくらい広い。

 加えて家守いえもりという屋敷に憑く式神もいるから、オレが何からなにまで準備する必要はなかったりする。

 西洋のシルキーという妖精に似ている式神だと思ったらいい。


 式神は陰陽師が使役する鬼神のことだね。

 師匠の実家は修験道の総本家的なところだけど、仏教系に神祇系に陰陽道と幅広くベースにしているらしい。

 で、そのどれもに精通しているのが師匠だったりする。


 安倍晴明なんかは式神に屋敷の雑用すべてを任せていたそうだけどね。

 なんか式神に全部任せてしまうのも気がひけるんだよね。

 なのでオレができることを協力しているってわけだ。

 今日の朝食はカマスの干物にだし巻き卵、ほうれん草のおひたしと味噌汁、お新香の和食セットである。

 師匠は見た目が日本人離れしているけれど、あっさりした和食が好きなのだ。

 だが納豆は許さん、絶対にだって言っているのでオレも食べない。


 朝食ができたところで、タイミングよく師匠が起きてきた。

 朝に弱い師匠はぼぅっとしながら食卓につく。

 オレを見て、にぱあっと笑う。


「おあよう、久仁彦くん」


 師匠の笑顔にドキッとしたのは秘密だ。

 格好いい系女子の無防備な笑顔は破壊力がデカい。


「おはようございます、師匠」


 動揺を悟られないように挨拶をする。

 けれど家守にはバレバレだったようで、こちらを見てニマニマしているのがムカつく。

 家守は空気の読める執事っぽい式神だ。

 ロマンスグレーの髪をビシッと後ろになでつけている紳士のくせに、ちょっと腹黒いのである。


「今日の朝食も美味しそうだね、いただきます」


 もそもそと食事を始める師匠を見つつ、オレも朝食をかきこんでいく。

 早朝の鍛錬をしたらいい感じに腹が減るんだよね。

 オレが食べ終えても、師匠はまだ半分程度しか手をつけていない。


「このカマスの干物おいしい」


「でしょう? 大学の先輩に教えてもらったんですよ。また買ってきます、今がシーズンみたいなんで」


 お茶を啜りながら暢気に返す。


「お願いするよ。久仁彦くんは今日も大学かい?」


「はい。一年生って意外と大変なんですね」


「そうだよ、大変だけどがんばって単位とってきな。サボっていると後で単位が足りなくて泣くことになるよ」


「就職活動はしなくてもいいんで、その点は楽だと思ってますよ」


「まぁ愉しんでくるといい。わたしも積んでいる本を読みたいしね」


 そんな感じで今日も一日が始まる。



千葉県某所 扶桑大学 飛鳥井久仁彦



 師匠の家は副皇都の中野区にある。

 そこからオレがかよっている扶桑大学までは公共の交通機関で二時間弱かかるんだ。

 ちょっと辺鄙なところにあるから仕方ない。


 たぶん大学の敷地を確保するのに大変だったんだろうな。

 南関東でいちばん大きな私立大学としても有名だったりする。

 本当ならそんな遠い大学にかようのは大変なんだけど、実は扶桑大学ってのは祓魔師業界御用達なんだよね。

 

 高二の夏に師匠と出会ってからは、けっこう怒濤の日々だった。

 はっきりいって勉強を疎かにしていたんで大学に行く気もなかったんだよな。

 でも師匠に”大学は最後のモラトリアム期間だよ、愉しんでくればいい”と背中を押された。

 

 ちなみにオレもちゃんと入学試験はうけたよ。

 手応えはそこそこあったと思う。

 でも師匠のコネがあったからか合格できたんじゃないかなって思っている。

 真面目に受験した人たちには悪いけどね。


 じゃあなんで祓魔師御用達なのかっていうと陰通門かげとおりのもんってヤツがあることだね。

 大学の地下に設置されているんだけど、かんたんにいうと「どこまでもドア」だね。

 ドアを開くとそこに通じているわけ。

 それが師匠の家にも設置してあるんで、通学時間ゼロ分なんだよ。

 だからギリギリまでゆっくりしてられるんだよね。


 っていうか個人宅にこんなものを所有している師匠スゲーなんだけど。


 一限目からしっかりと授業を受ける。

 今日は一限から四限まで埋まっていたんだけど、昨日二限目が休講になったって学内メールがきた。

 なので一限とって三限と四限って中途半端な感じの内容だ。

 半端に空いた時間は構内にあるカフェで潰す。


「あ、くうちゃんじゃん。ちょうどよかった探してたんだよ」


 図書館で借りた本を読んでいると声をかけられた。

 顔をあげると、同じサークル上條花南かみじょうかなんが手をふっていた。

 大学生にしては童顔で化粧っ気のない女の子だ。

 背も小さいから洋服次第では中学生あたりに見えなくもない。

 今日はカジュアルなパンツスタイルだけど、ちょっと背伸びした高校生みたいだ。


 彼女とはサークルに入ってから知り合った。

 っていうか地元から離れてるから知り合いなんていないけどね。

 オレが所属しているサークルは軽音サークル(V系)である。

 ヴィジュアル系というジャンルを愛する同好会と言ってもいい。

 もちろん演奏もするけどね。

 ただオレは師匠との仕事があるからバンドには所属していない。


「上條さん、こんちわ」


「か・な・んって呼んでって言ってんじゃん」


 言葉に詰まる。

 実は年齢イコール彼女なしのオレにとって女の子の名前呼びはハードルが高い。

 そもそも親しい女性が母親と祖母しかいない系男子なんだよ。

 だから名前呼びなんて照れくさいんだ。

 それを察しろとも言えないもどかしさを含めて、苦笑いしか出てこない。


「そういうの苦手な人だっているんだから強制するのはよくないよ」


 助け船をだしてくれたのは、ちょっと変わった名前の百々若叶どうどうわかなさんだ。

 こちらも同じサークルに所属する女の子で、クラシック系のロリータ服が好きだと豪語している。

 ライブだと派手なゴスロリを着てるけどね。

 百々さんはふだんからカラコンでオッド・アイにしている厨二病患者でもある。

 嫌いじゃないけど。


「むぅ。かなっちが言うなら勘弁してあげる。感謝しなさいよ」


 そんなことを言われても知らん。


「で、二人揃ってどうしたの? また助っ人のお誘い?」


 軽音サークル(V系)は意外と男女の比率が半々くらいだ。

 でもってサークル内でバンドを組んで活動している人たちも多い。

 チャラいように見えて、しっかり活動してるんだよね。

 ただバンドなんてメンバー交代が当たり前なんで、ライブの助っ人を探すことも少なくないんだ。

 オレはどのバンドにも所属していないフリーなのもあって頼まれることもあるんだよね。


「助っ人じゃなくてメンバーになって欲しいんだけど……今日はちょっとちがうの」


 と百々さんの話をうけて上條さんが口を開く。


「あのさ、前にくうちゃんってオカルト系の知り合いがいるって言ってたじゃん」


 確かに言った。

 ヴィジュアル系が好きなだけあって、ゴシック系にも興味がある人が多くてね。

 そこからオカルトの話になることもある。

 以前、飲み会に参加したときにポロッと漏らしてしまったんだよな。


「そっち系の相談なの?」


 二人が揃って頷いた。


 ”わかった”と答えて、ちらりと時計を見る。

 時刻は十二時二十分だった。


 うちの大学は九時に一限がスタートで、一コマが九十分。

 間に十五分休憩があって、二限目は十二時十五分で終わる。

 そこで昼休憩が一時間入るから、三限目は十三時十五分から。

 四限目が終わるのが十六時三十分だ。


「じっくり話したいよね? この後三限と四限とってるんだけど必修なんだよ。終わってからでも大丈夫?」


 上條さんが外国語学部の英語科で、百々さんは同じ文学部だけど確か英米文学科だったと思う。


「五限まであるけど、必修じゃないし代返でいいや」


 と上條さん。

 百々さんはオレと同じく四限で終わりだそうだ。

 五限が終わるのは十八時十五分だけど、上條さんがいいのなら問題ないか。


「じゃあ四限終わりで待ち合わせってことで。場所はどうする?」


「スウィートロールで!」


 学外にあるサークル行きつけの喫茶店だ。

 カフェじゃなくて喫茶店、ここ大事だから。


「OK、なんかあったら連絡してよ」


 話がまとまってからは二人から熱心に誘われてしまった。

 バンドもしてみたいんだけどね。

 でもまだ無理かな。

 なんたって祓魔師見習いだし。



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本作では国名が日本ではなく豊葦原瑞穂皇国とよあしはらのみずほこうこくです。副皇都は東京、皇都は京都の設定になります。



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