第6話 蛇血石 師匠出番ですよ


喫茶スウィートロール 飛鳥井久仁彦


『スウィートロール』

 いかにも女子うけしそうな名前と反して、実はクラシカルな雰囲気の本格的な喫茶店である。

 店内はモノクロがベースで、調度品もアンティークで揃っているのがいいね。

 まるでヨーロッパのお屋敷みたいな感じがして、とても雰囲気がいいのだ。

 名物は店名にもなっているロールケーキである。

 師匠のお土産にもちょうどいい。


 三限、四限目と連続の講義で疲れた頭を癒やしてくれるスイーツが美味だ。

 あとコーヒーも豆からこだわった自家焙煎で、お店に入るといい香りしてるんだよね。

 しかも大学生だと学割まできかせてくれるお財布にも優しい優良店だ。

 そりゃ人気になるわって話である。


 オリジナルブレンドのコーヒーと栗のタルトを愉しんでいると、女子特有の明るくて姦しい声が聞こえてきた。


「待たせちゃってごめんね」


 百々さんが対面のソファに座りつつ声をかけてくる。


「くうちゃん、それ美味しそうなんだけど」


「いやいいよ、気にしないで。季節限定の栗のタルト、めちゃくちゃ美味いよ」


 前半は百々さんに向けて、後半は上條さんに向けての言葉だ。

 二人とも甘いものを注文するのかと思いきや、ドリンクだけですませようとしている。

 不思議そうに見ていると、”月末だからピンチ”と言われてしまった。


「じゃあ奢るよ」


 女の子二人を前にしてオレだけ食べているのって座りが悪い。

 それに祓魔師の仕事って実入りがいいんだよね。

 オレなんか見習いだけど、けっこう稼いでしまっている。

 世間一般でいうサラリーマンの平均所得くらいあるんだぜ。

 正直なところ、師匠に申し訳ないって思うくらいだ。

 ちなみに税金とかそういうのは師匠が所属する協会の方で処理してくれている。


「いいの?」


 と確認してくる百々さん。

 上條さんの方はどのスイーツにするか夢中になっている。


「ちょっとした臨時収入があったから余裕あるんだ」


「じゃあ遠慮なく。ありがとね、飛鳥井くん」


 上條さんは結局のところ決めきれなくて、栗のタルトとアップルパイを注文した。

 頬を膨らませて食べる姿がリスみたいでかわいい。

 百々さんは目をとろけさせて、名物のロールケーキを食べている。


「で、どんな話なの?」


 二人が注文したケーキを食べ終わったところで本題に入る。

 オレのコーヒーは既に三杯目だ。


「実はね、うちの実家のことなんだけど……」


 百々さんが切り出す。

 百々さんの実家は主に東洋美術を扱う古美術商らしい。

 三代前のお爺さんが商会を立ち上げたそうだ。

 大戦中は大陸に進駐していた部隊にいたそうで、そのときに作ったコネを上手に使ったみたいである。

 今では業界ではそれなりに名がとおっている商会なんだそうだ。


「それでね、一年くらい前に父が鶏血石けいけつせきを仕入れたの」


「かなっち、鶏血石ってなに?」


 上條さんがナイスなタイミングで聞いてくれた。


「大陸の有名な美術品なんだけど知らない?」 


 こくりと頷いた上條さんを見て、百々さんが唇に指をあてて説明をしてくれる。


「かんたんに説明すると希少な鉱石でね、鮮やかな赤色をしているのよ。それが鶏の首を切ったときに出る血の色に似ているから鶏血石っていうの。昔から高貴な人とか文人の間で印鑑として使われてきたものよ。随分と前になるんだけど首相がね、鶏血石の印鑑をもらったことから皇国でも人気になったの。最近だとパワーストーンとしても有名ね」


 ”ほへえ”と口を半開きにしている上條さんである。


「その鶏血石が問題なの?」


「詳しくはわからないんだけどね、仕入れたっていってもどうにも父が一目惚れしたみたいで自分用に買ったものなの。で、印鑑として使うよりも父は自分の部屋に飾っていたんだけど、最近なんだか変な夢を見るって言ってたのよ。そうしたら急に痩せていったんだ。最初は病気かなって思って病院で詳しく検査してもらったけれど、悪いところはなかったの。それで懇意にしている拝み屋さん? みたいなところに連絡したんだけど、きてくれた人が倒れちゃったのよ」


 そこまで言って百々さんが紅茶に口をつけた。


「いかにもって感じの話だね。うん、わかった。知り合いの人にオレから聞いてみるよ」


「くうちゃん、それってなんとかできるの?」


 上條さんの問いに首を横にふった。


「百々さんには悪いけど、今の時点ではなんとも言えないかな。ただ知り合いの人にはきちんと話しておくから。あ、そうだ。悪いんだけど念のために実家の電話番号教えてくれる? 知り合いの人から連絡がいくと思うから」


 百々さんから実家の連絡先と、父親のケータイ番号を教えてもらってメモる。

 ここで話は一段落ついた。

 そろそろ師匠にお土産を買って帰ろうかと思っていると、二人に引き止められる。

 なんのことはない。

 もう少し雑談をしたかったみたいだ。


 サークルのことや音楽のことなんかを話して、気がつくと十九時近くになっていた。

 二人と一緒にスウィートロールを出る。

 支払いはオレがした。

 奢るって言ったからね。


 ついでにお土産用にロールケーキを包んでもらっているのを見て、百々さんに”ごめんね”と謝らせてしまった。

 どうにも知り合いに持って行く用だと思われたらしい。

 実際にそのとおりなんだけど、内実は師匠へのお土産だ。

 なので”気にしないで”と告げておく。


 スウィートロールを出たところで、大学に忘れ物をしたって名目で二人とは別れた。

 うちの大学は部活動も盛んで、この時間でも活動している学生が多いから目立たずにすむ。

 帰ったら師匠に相談しないといけないな、と思いつつ陰通門かげとおりのもんを使って帰宅した。


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