撃墜、追撃

 監視カメラのパソコンにマイクを繋いで、対象を館内全域に設定する。


「ハルキ、ニタちゃん、聞こえる⁉ 向こう側の緊急停止信号が完全に発信し終わって、特攻機が二機生き残った! あと約五十秒で一機目がこっちに到達する!」


 画面の中の二人が同時に顔を上げ、カメラの方を振り向く。ニタの口が何やら動いているが、声は何も聞こえてこなかった。音声はどうやらこちら側からしか送れないらしい。


 それを知ってか知らずしてか、あるいはどちらにせよシールドで伝わらないと踏んだのか、ハルキが片手で傍らの砲台を叩いた。もう片方の手の人差し指を立てる。まさか黙れということじゃないだろう。


 ああなるほど、砲弾は一発きり、再使用はできないということか。と、なると少しマズいな。上手く一発で両方を迎撃できればいいのだが。


 ハルキは砲台をガレージの出口まで押し運んでいった。ちょうど正面側、特攻機と向かい合うように配置したことになる。


 迫ってくる特攻機の姿こそ追い切れないが、ルートは分かり切っているのだ。正面から迎え撃つなら、ハルキが選んだ砲台は手段として最適だと言えた。


「たとえ真正面でも、見えてからの発射じゃ間に合わない。無人制御だからこそルートのずれはないと判断して、先手を打つ必要があるんだ。爆発の規模から安全圏も考慮すると、到達五秒前に発射するくらいで適切だと思う」


 ハルキがカメラに向かって親指を立てたのを確認し、レイトはコンソールのモニターで管理画面を開いた。レーダー表示のミニマップに光点が二つ。精度を上げたままのデータ抽出機能は、高速で動く敵機の居場所をも表示してくれている。ラグは……およそ0.5秒未満だ、重要視するほどではない。


 モニターの角度は完全に固定されているため、監視カメラの前からマイクだけを引っ張ってくる。コードの限界まで立ち位置を妥協すれば、なんとか両方の画面を見ることができた。


「そろそろカウントダウン、いくよ――五、四、三、二、一」


 階下で小さな爆発音。


 ガレージを映す画面が一瞬だけ真っ白になり、館内の電気が激しく明滅する。それが収まると同時、周囲の空気を全て吸い込むような轟音を立てながら細長い光柱が一直線に地平線へと消えていった。


 ビィン――と、空気の弦が震えて。興奮したような静電気が肌を撫でる。


 そしてほんの刹那の後、天井の映像の半分以上が中心から閃光に覆い尽くされた。 反射的に耳を塞がずにはいられない、頭を直接殴ってくるような炸裂音。再び開けた視界の中央で、黒煙がもうもうと高く湧き上がっていた。


『……おいおい。一体何を撃った?』アイゼルの声はもはや呆れている。『特攻機の爆発の比じゃないぞ。どんな破壊兵器だ』


 そう言われても、レイトにはさっぱり分からない。見た目からして、電気系の何かは関わっていそうだが。後でハルキに訊いておこう。


 あれを至近距離で撃ったにも関わらず、ハルキは壁際に吹っ飛ばされただけで済んだようだった。ニタは両手を頭の高さに持ち上げたまま、不安そうにキョロキョロと周囲を見回している。


 画面の中の二人に怪我がないことを確認してから、レイトは再びレーダーに目を向けた。あの爆発の規模なら、後続を巻き込んでくれたかもしれない。そういう期待を抱いてはいたが、残念ながら光点はまだ一つ残っていた。


 しかし影響自体は免れなかったのか、どうにも挙動がおかしい。速度は半分程度になって、フラフラと蛇行している。制限時間だけを鑑みれば、三分程度にまで伸びていそうだった。


 でも。まだ止まったわけじゃない。終わってはいない。


「二人とも、聞こえる? さっきの光弾の直撃を受けて、一機目は間違いなく大破した。後続機も影響を受けて速度を落としたけど、そっちはまだ動いてる。ついでにまっすぐ進まなくなったから、同じような方法での迎撃も不可能になった」


 本当は、三分もあれば三人が防護服を着て建物から逃げ出せる。しかしその選択肢も、さっきの光弾を目にしたことで消さざるを得なくなった。


 特攻機の爆発は、建物が受け止めてくれるだろう。崩壊するかもしれないが、それで済む。

 問題は、未だ武器庫に残されているであろう大量の研究成果だった。


 研究内容もよく理解していないハルキが持って来た一つだけで、あの威力なのだ。他には一体何が眠っているのか。特攻機の爆発や建物の崩壊をきっかけに、それらが一斉に大爆発を起こしでもしたら、どうなるか。


 ましてや、軍事・発電問わず核エネルギーの完全撤廃が条約として制定されたのは、地下都市が成立した後なのだ。ここにはまだ、核爆弾……あるいは、それに類するものがあってもおかしくない。


 自分たちだけじゃない。場合によってはアイゼルとカリナがいるあちら側一帯までもが消し炭になってしまう。更には、四百年前の悲劇を再び繰り返してしまう可能性すらも。


「……速度が落ちたとはいえ、まだ音速に近い速度を保っている特攻機を止めるのは正直難しいと思う。これだけの武器を有している施設なんだから、自分たちを守る防御設備もあるはずなんだ。今から僕が探すから、一分、いや三十秒、待っててほしい」


 二人の反応は確認しなかった。レイトはマイクを机の上に転がしたまま、コンソール前の椅子に跳びつく。呼び出すのは、最初に見ていたシステム一覧だ。


 前に探していたとき、この施設全体のシステムシャットダウンの項目があった。もちろんそんなことはしないが、観測室内だけでなくこの施設で行える操作はこの場所に入っていると推測できる。


 で、あるならばだ。『緊急』をキーワードに、画面のスクロールを続ける。目を限界まで見開いた。今は瞬きの一瞬すらも惜しい。


 そして――体感で、二十五秒。レイトの予想通り、それはシステムの中に埋もれていた。


「ニタちゃん!」すかさずレイトは走り、突っ込むようにしてマイクを手に取る。「説明書が見つかった、起動装置はその制御室の中だ!」

 レイトの声はしっかりと届いたのだろう、ニタは途端にあたふたし始める。それもそうだ、起動装置の特徴も何もまだ言っていないのだから。

「透明なカバーのついた、持ち手の赤いレバーがあると思うんだ。変に錆びついてなければニタちゃんの力でも簡単に下ろせるはず。それが下りている間だけ、防御機構は展開し続けるみたいで――」


 レイトが話している最中にも、ニタは目的のレバーを発見したらしく一直線に走っていく。ほどなく、レイトの周囲から機械の駆動する音が聞こえだした。無事に正解を引けたようだ。


 特攻機到達までの猶予時間は残り一分半ほど。防御機構の展開にはなんとか間に合うはずだ。


「この防御機構、二つの役割に分かれてるみたいだね」ひとまず安心したレイトはマイクを引っ張って移動し、詳しく見ていなかった説明書に目を通す。「防衛機構と迎撃機構。この観測室だけは下にせり出した鉄屋根で破片が当たらないように守られて、それ以外は分厚い合金の壁に囲われるエリアと、あえて砕けて威力を相殺するエリアと……ん?」


 エリア図を見た瞬間、とても嫌な予感がした。モニターに目を近づけ、細かい区分をチェックする。


 迎撃エリアは、一階の正面方向にある数部屋と廊下。


 その中に、ガレージも含まれていた。


「ちょっ、ハルキ‼」監視カメラの映像の中で、ハルキはまだガレージの中にいる。「逃げて! そこはダメだ、武器庫の辺りまで戻って!」


 レイトがそう言い終わるや否や、ハルキは弾かれたように走って部屋を飛び出していく。


 だが、違う画面に映っている廊下の隔壁は既に半分ほどまで降りてきていた。そこまで戻るのはともかく、下をくぐり抜けるのはまた別の難関だ。隔壁も他と同じく分厚い合金製のため、怪物的なハルキの膂力をもってしても力任せの突破は不可能である。


 ニタに、一旦レバーを上げてもらうよう頼むか? いや、それをしてしまうとそもそも時間が間に合わない。本末転倒だ。


 だけど、もちろんハルキを見捨てるわけにはいかない。


 無意識に救いを求め、視線を左右に振るレイトの奥歯がギリリと軋む。


 モニターには隔壁の図面が映っている。のっぺりと無機質なテクスチャの中央付近に、メンテナンス時の手動操作用のかぎ棒を引っ掛ける穴が出っ張っているのが目についた。


 監視カメラには、降りつつある隔壁とその周辺が。どこかから外れたらしい鎖が、手前にぶら下がっている。ハルキの姿はまだ見えない。


 その時、レイトの脳裏に一縷の可能性がちらついた。記憶と言ってもいい。無謀以前に馬鹿げているとしか思えない案だ。


 だけど、やるしかない。この期に及んで逃げだ救いだなどと考えていられるか。大切な友人が目の前で圧し潰されるところなど、見たくはない。


 ――僕が、僕自身が。この手と身体で、やらなくちゃ。


 レイトは階下に向かって全速力で走り出した。

 一瞬だけ足を止めて、置きっぱなしの鞄の奥底に腕を突っ込む。


 ひんやりと冷たく、硬い――思った通りのものが、指に触れた。

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