迫り来る爆発

 旋回しながら、地上の空いた場所へ次々と着陸していく銀色の戦闘機。それに対して、青銅色の機体はどれも変わらず元気に空を飛び回っている。


 これはタイミング差なんてものじゃない、そう悟ったレイトが歯を食いしばると同時に、


『おい‼』


 焦りと恐怖に満たされた、アイゼルの声だった。


『そっちの信号はどうなった⁉ もう発信した後か!』

「ええ、無事に発信し終えました。兵器はもうほとんどが稼働を止めていて、残りは百機ほどです」

『くそ、マズい……こちらのパソコンが、思いのほか貧弱なメモリをしていてな。二回目のテスト信号を発信した時点から、急激に処理が重くなっている』

「まさか……それじゃあ緊急停止信号も」

『まだだ。幸いフリーズには至っていないが、この調子では発信まで五分近くかかるぞ……!』


 視界が真っ暗になったような錯覚に襲われ、くらりとしたレイトはキーボードの上に肘をついた。意味不明な文字列がコマンドプロンプトに高速表示されたのを見て、誤動作があってはいけないと辛うじて指先を動かし画面を閉じる。


 当時のスペックがどうあれ、長い年月は稼働し続けるパソコンの内部をも確実に蝕んでいたのだ。一つ一つの作業を小分けに実行したレイトの側は大丈夫だったのだろう。しかし劣化したメモリは、複雑な作業の全てを一絡げにしたプログラムを処理しきれなかったのだ。


 アイゼルは確かに五分と言った。それは、確実に全ての兵器を止めるために許される時間差において、明らかなタイムオーバーを意味する。


 つまり、レイトたちのいるこちら側に、この場所に、突っ込んでくるということだ。カリナが言った最速の、陸走型の、特攻機――


 鈍い爆発音が、空気を重く震わせる。

 

 最初に動いたのは、ハルキだった。


「レイト、こっち側の作業は終わったんだよな?」

「……終わった。僕たちの側ですることは、もうない」

「分かった。おいニタ、付き合え。下に行くぞ!」

「えっ? あ、うん、待って!」


 状況を半分も理解していない表情のまま、ニタはハルキを追って階段を駆け下りていく。


 取り残されたレイトは、その光景をただ眺めていた。いや、見てはいたが、見えてはいない。どうすればいいのか、平静を失いもがくばかりの思考回路は今にも焼ききれそうで、動けない自分を情けないと思う余裕すらなかった。


『ちょっと、無事⁉』カリナが叫ぶ。『こっちにも爆発音が聞こえたわ。まさか直撃してないでしょうね?』

「だ、大丈夫です」自分の耳に入る自分の声は、いくらか気を落ち着かせてくれる。「まだ直撃はしてません、状況は……」


 天井に映る景色では、遠くに黒煙が見えるばかりだ。震えて上手く動かない手をコンソールの左側に伸ばし、カメラを動かす。


 もう空に自機の姿はない。敵機は空中で隊列を組んだまま、こちらを向いて制止していた。その下から吹き荒れる爆風で、時おり体勢を崩しては持ち直している。


 あれがこちらに向かって来ないのは、おそらく特攻機の攻撃が終わるのを待っているからだろう。特攻機が何体あるかは分からないが、時間に猶予が持てただけでも僥倖だった。


 カメラ越しに連鎖する爆発。勢いに圧され思わず仰け反りながら、レイトは見えたままの状況を伝える。


「ここから見た限り、特攻機は停止したこっちの兵器にぶつかって爆発しているみたいです。敵の攻撃が止んだと判断して、射線確保のために障害物を排除している……のでは、ないかなと。たぶんですけど」

『そう。兵器としての役割を失ってしまえば、見た目が変わらずともただの無機物でしかないものね。これで、多少は時間を稼げるかしら』

「おそらく。でも、長くはもたないと思います。数は一万あっても、広範囲に分布していますから……射線を確保するだけなら、一点突破で事足りますし。実際に攻撃するための残存個体を多くするためにも、そうしてくるのが自然です」


 こうしている間にも、爆発の中心はじりじりとこちらに迫って来ている。残された時間はどれくらいだろうか。発信までの五分間と、信号が行き渡るまでの二分間。物言わぬ瓦礫と化したかつての兵器たちは、持ちこたえてくれるだろうか。


 そういえば、階下に降りて行ったハルキとニタからの音沙汰がない。今頃どうしているのだろうかとようやく気にする余裕ができたレイトは、席を立って監視カメラの前に移動した。トイレかシャワールームにいるのでなければ、どこかに映っているはずだ。


 一画面に四つずつ映し出された映像に、ざっと目を通しながら手早くスライドしていく。ほどなく、ニタの姿が見つかった。


 部屋名は、制御室。外の空気が漏れているはずの部屋だ。


 カメラに映っているニタは、何かを操作している様子だった。防護服は着ていないが、空調システムのおかげで放射線濃度は彼女が活動できる程度まで低下しているはずである。そこは問題ない。


 同じ部屋にハルキはいないようだった。更に画面をスライドしていくと、防護服を着たそれらしい人物が廊下を走っていくのが映る。画面端でどこかの部屋に駆けこんだが、それが何の部屋かは分からない。


 ああいや、違う。隣に喫煙室がある。であるならば、今朝ハルキが調べていた部屋だ。研究成果物を置いてあるらしい、武器庫のような部屋だ。


『緊急停止信号、発信できたわ! ここからきっかりあと二分、特攻機は抑えられそう⁉』


 カリナの声が響く。二人が映っているカメラを同画面に移動させて一旦監視カメラから離れ、レイトはコンソールの前に戻った。そろそろ頭に響くようになってきた爆発音の出どころを探す。


「……微妙、ですね。まだ耐えてますが、もう兵器の層がほとんど残ってません。信号の範囲内ではあると思いますけど……今走ってるうちのどれかにあれを突破されたら、間に合わないかもしれない」


 隊列を組んでいた戦闘機の群れが、地上に降り始めた。信号は届き始めている、がまだ遠い。走っている特攻機の数を確認しようにも、音速の倍で動いているものを手動のカメラと肉眼で捉えきれるはずもない。これに関してはもう、あとは祈るのみだ。


「今、ハルキとニタちゃんが動いてるんです」マイクのコードを可能な限り伸ばし、監視カメラの方に近付けながらレイトは再び二人の行動を確認する。「ニタちゃんが制御室で、ええとガレージのシャッターを開けて……今、ハルキが武器庫から大きい何かをゴロゴロ運んでるんですけど……ろくに説明もなかったので、あれが何かはさっぱり」

『特攻機を止めるか、爆風から建物を守るか、その辺りを企んでるんだろう』一仕事を終え、疲れ切った声でアイゼルが返事をした。『気概は買うが、速度、大きさ、硬さ、破壊力……どれも馬鹿にならん。人ひとりが扱える程度の道具で、対抗できるとは思えんな』

『あら、規格外っていう意味なら扱ってる方の人間も大概よ? それよりも手伝わなくていいの、レイト。あなたの友達が、せっかく諦めずに頑張ってるのに』

「でも、状況を見たり連絡をとったり、俯瞰する立場の人間がいないと――」


 言葉に詰まる。もっともらしい理由を並べて、無意識で逃げようと、言い訳を重ねようとした自分に気がついたのだ。


 ただ祈って待つのは最善手ではないと、分かっている。今こそ最後の一押しで、協力して足掻くべきなのだと。


 さっきは動けなかっただけなのだから。自分の意志で留まったわけではないのだから。


 そこまで理解して、だけどこの場所でもまだできることがあるはずだと、往生際悪くためらって。不安定な視線だけを、監視カメラの奥に向けて。


 ガレージの中で、運んできた物に被せられていた布をハルキが剥ぎ取っていた。あれは……おそらく砲台の一種だ。砲身がやけに細いが、一体何を打ち出すものなのだろうか。


『……まだ、そこにいるかしら。信号が途絶えたわ。効果範囲内にあった兵器は全て沈黙したはずよ』


 そして一つ、答えが出たようだった。


 逃げでもなんでも、今はとにかく迷っている場合じゃない。レイトはコンソールに飛びつき、カメラを動かす。


 兵器の壁はすっかり突破されてしまっている。これ以上後ろからは走ってこないはずだが、発信時に出発済みだった個体はどうか。爆発音は聞こえないが。


『ようやくこっちの管理画面の処理が追いついた! 各通常兵器、稼働数ゼロ。特攻機は』アイゼルの声が遠くなる。『ああくそ、二だ! 生き残ったやつがいるぞ! 先頭の推定到達時間、あと一分! 後続はその更に一分後だ!』

「う……すいません、しばらく沈黙します! でもちゃんと聞こえてますから!」


 レイトはそれだけ叫んで、コンソールからマイクを引き抜いた。

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