恵みと不穏
真昼間だというのに、森の中は密集した木々の陰になって薄暗かった。下草に覆われはじめた部分を境目として、そこから五メートルほど入った草むらでニタが楽しそうに茂みをガサガサと掻き分けている。
道の様子を確認してくる、とハルキはメインストリートの方に歩いて行った。食べられる草の区別もつかないレイトは、初めて見る植生を観察しつつ、境目とニタのいる場所との間を意味もなくフラフラしている。もうこれで八往復目だった。
「ねー、レイちゃーん! 見て見て大豊作!」
ニタに呼ばれ、木の根に足を取られそうになりながら駆け寄る。ドヤ顔で胸を張るニタの足元には、緑色と茶色の小さな山がこんもりとしていた。
「うわあ、こんなにたくさん……」
「うん! このギザギザしてるのは洗ってそのまま食べるやつで、この黒っぽいのは硬いのとこっちのうぶ毛が生えてるのは苦いからどっちも煮て……この丸い芋は乾かして粉にすると味付けに使えるやつね」
「ふむふむ……あれ、これってキノコだよね? キノコって食べられるの?」
「うん、これはね。でもおんなじキノコでも例えば……あ、今レイちゃんの足元にあるやつ」
「えっと、これ?」
レイトはしゃがんで足元のキノコを突っついた。つるりとした真っ白な傘を持つ、細くてきれいなキノコだ。
「それね、一本で死ぬの」
「ぬあっ」
反射的に後ろへジャンプし、大きく距離を取る。近くの葉で指先を拭っていると、ニタが笑いながら近付いてきた。
「触ったくらいじゃ大丈夫だってば。あ、葉っぱにも触るとかぶれるやつがあるから気を付けて」
「んええっ」
ニタは腹を抱えて笑い転げている。笑い事じゃないよ、と尻もちをついたレイトは土を払って立ち上がった。
「でも、こういうのもしっかり覚えていかないとね。携帯食料は一応持ってきてるけど、さっき見た感じじゃ絶対に足りなくなるだろうし」
「魚と違って草は逃げないしね! って、あーっ!」
また何か見つけたらしい。ニタが突然レイトの横をすり抜けて走り出し、境目付近の背の高い草へ突っ込んでいく。
手伝おうにも何をしているのか分からないんじゃ、お手上げだ。レイトは背負っていた袋を下ろして、残された収穫物を中に詰め始める。ニタの家から持って来たこの袋はツタでざっくりと編まれているのだが、これがなかなかどうして手になじんだ。
「レイちゃんレイちゃん! 捕まえたよ!」
やがて思ったよりも早く、ニタは指先に何やら動くものをつまんで帰ってくる。よほど暴れたのか、腕に血がにじんだ小さな切り傷が幾つも刻まれていた。
「え、それ……トンボ? 飼うの?」
「え? ううん、野菜と一緒にかき揚――」
「待って。ストップ」
レイトは手のひらを突き出してニタの言葉を遮る。
地下都市でも、トンボやカブトムシなどの昆虫は少年たちの憧れだった。失われた自然を人工的に再現・管理していた自然環境保護地区へは、幼い頃のレイトも例に漏れず、両親に連れて行ってほしいと何度もねだったものだ。
それを。いくらなんでも、いきなりムシャムシャ食ってしまえと言うのはさすがの非常事態でも酷すぎるんじゃないか。ここではそれが常識なのだとしても。
「……逃がして、あげて……」
そう訴える顔は、よほど悲痛な表情をしていたのだろう。ニタは不思議そうな顔をしながらも、何も言わずに指を離してトンボを自由の身にしたのだった。
「レイちゃん……なんか、ごめんね……?」
「ううん、僕の方こそ……。それじゃあハルキの所、行こうか」
袋を右肩に背負い、レイトは先導して森を抜ける。明るい場所に出てメインストリートの方を見ると、腕組みをして立っているハルキの姿が見えた。何かを睨みつけるその横顔は、何やら張り詰めた空気を纏っている。
「おーいハルキ! どうしたの?」
「お、レイト。ちょうどいい所に来たな」
呼び声に気付き片手を挙げて応えたハルキは、二人が合流するのを待って森の中、奥の方を指さした。
丘から見た時には樹冠に覆われて分からなかったが、森に突っ込んだメインストリートはかなり奥まで続いているらしい。下草こそまばらに生えているものの、道の中に大きな木は生えていなかった。暗くはあるが、先ほど食材を取った場所と違って見通しも良さそうだ。
「へぇ、いい感じにスッキリしてるね。次はここから行くのが良さそうかな」
「ああ、俺もそう思ったんだけどな」
「……? 二人とも、もしかしてこの森の奥に行こうとしてるの?」
ハルキの言い方には含みがあった。ニタの質問にレイトが頷くと、重たい沈黙が返ってくる。まだ何も言われてはいないのに、何故か無性に心がざわつく。
「え、なに、なんで二人とも」
「レイト。おまえが今までに見た生き物で、一番デカいヤツってどれくらいだ?」
「大きい生き物? なんだろう、水族館にいたイルカかな」
「そうだよな、そんなもんだよな」
「うん……そ、それが?」
「……レイちゃん、一旦帰ろう。森の奥まで入りたいんだったら、話しておかなきゃいけないことがあるの」
ニタがレイトの腕を引っ張る。
何がなんだか分からないまま、レイトは二人に流されるようにして帰宅の途についた。
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