第23話 火花

 モエは不安だった。なんせ、年の離れた男子との関わりがほとんどなかったからだ。なんなら女子との絡みもウズが初めてであり、それ以前は年上ばかりの社会で上手くやってきた。


 ずっと最年少だった自分に教育係が務まるのか……気にしてもしょうがないな。


「では……まずは自己紹介からですかね。私はヒナカモエ。ここには二年前から入ってます。君は?」


 モエが目線を合わせて訊ねると、ショウはあたふたしながら答える。


「え、えっと……!ボクは……カゼンショウです……」


「ショウくんですね。よろしくね」


「お、お願いします!!」


 ショウはたどたどしく右手を差し出し、握手を求めた。モエはそれに微笑みながら応じる。


「ショウくんはおいくつですか?」


「十歳です……」


「そうですか、若いのに頑張ってるんですね」


 ――いや、モエも若いだろ。と突っ込みたくなってしまうが、ここは我慢だ。


 ショウは心臓を大きく鼓動させながら目の前で微笑む年上のお姉さんから目をそらす。


 モエは目をそらされたことに少しだけショックを受けつつも、改めてショウの手を掴んだ。


「さて、早速仕事に行きましょう。百聞は一見にしかず、ですからね」


◇ ◇ ◇


 二人は、話札で依頼の連絡を受けつつ、建物から出発した。最初の依頼は『河川敷でやる焚き火の火種を作って欲しい』というもの。


 火打石や木の摩擦で火をつけろよ、と思うかもしれないが、これらは意外と技術が必要。しかも、この二つは確実性が無く、さらに火口ほぐち(すなわち火花を火種にするための燃えやすい燃料)が必要なのだ。


 それくらい用意しろよ、と文句を言いたくなる気持ちはわかる。しかし、火付け屋は四百エンという安価で確実なサービスを提供してくれるのだ。


 自分でやってイライラするくらいならプロに任せてしまった方がいい、という人もいれば、お金を払うくらいなら自分でやる、という人もいる。


 サービス業とはそんなもので、火付け屋は前者をターゲットにしている、と言うだけの話なのだ。


 モエとショウは駆け足で目的地に向かう。


「急ぎますよ。火付け屋は早さが命ですから」


 モエが改物討伐や火付け屋の仕事をこなす中で身につけた俊足を飛ばしていく。


 ショウはその速度に着いていけず、足を引っ掛けて転んでしまう。


「うわぁー!!」


 モエの後ろでドタッ、という音が轟いた。モエは急旋回して少年の元に走る。


「もう、何をやっているんですか。ほら、いつまでも座ってないで、まず行動。とりあえず私の背中に乗ってください」


 モエは「乗ってください」、と促すような言い方をしたが、実際にはほとんど強制的にショウを背負った。


 ショウは十歳にもなって負ぶられるという屈辱から足をじたばたと動かそうとするが、擦りむいた足が凄まじく痛んで抵抗できない。さらに、モエはショウの体をかなりガッシリと掴んでいるために、降りることなど到底不可能であった。


「や、やめてください!」


ショウは行動でおんぶを中止させるのは不可能だと感じ、急遽言葉で主張してみた。しかし、モエはその言葉に簡単に応じず、タッタッタッと道を走り抜ける。


「今更何を言っているんですか。こういうのはコケた方が悪いんです」


 モエが咎めるように言った。ショウは恥ずかしさで顔が真っ赤に染まる。


◇ ◇ ◇


 結局そのまま河川敷までやってきてしまった。モエはショウを背負った状態で依頼主を探す。すると、川上の方で積み上げた木材を囲む四人組を見つけた。


「あれですかね?」


「あ、あのっ、いいから降ろしてっ」


 モエはショウの言葉を完全に無視してズンズン進んでいく。そして、依頼主らしき集団に話をかけにいく。


「すいませーん。火付け屋の者なんですけどー」


 モエが声をかけると、若い男女の集団は手招きし、積まれた木材を指差した。モエは背中に乗せたショウを降ろし、彼に仕事を振る。


「ほら、初仕事ですよ。実力を見せてみてください」


「え、ええっと……じゃあ、やります……『燃焼』……!」


 木材の真上でバチッと火花が散った。それが火種となり木材が燃える……なんてことはなく、熱は空へ消えた。


「も、もう一回!『燃焼』!!」


 燃えない。


「『燃焼』!!!」


 燃えない。


「『燃焼』!!!!」


 燃えない!!


「『燃焼』っっ!!!!!」


 燃えないっっっ!!!!!


 とにかく燃えない。というか火花すら出ない。しびれを切らしたモエは仕方なく自らの魔法を使った。


「はぁ……『燃焼』!」


 木材がパチパチと燃え上がる。そして瞬く間に焚き火そのものに変わった。モエは自分たちの遅れを謝罪する。


「――申し訳ございません。この子、新人なもので……」


 依頼主はそれを笑って許す。


「いいんですよ〜。いつも火付け屋さんにはお世話になってますからね。新人さんにとやかく言う権利は無いですからねぇ〜」


 モエは胸を撫で下ろした。優しい人で良かった。これがもしクレーマー気質な人だったら大変なことになっていたかもしれない。ショウの実力を過信しすぎていたように感じる。


「それでは、遅れ分値引きしまして……三百エン頂戴します」


「はーい、どうぞ」


 こういう値引きなどの融通が効くのは個人事業主の利点だ。


 モエは金額を丁度受け取り、河川敷を歩きながら帰路に着く。この人たちは優しかったが、この後の依頼主はそうはいかないだろう。それに備えるためにも、ここはしっかりと指導をしなくてはならない。


「ショウくん、いいですか?キミは『燃焼』、という魔法についてどれほど知っていますか?」


 モエが歩きながらの質問をする。ショウはその質問にオドオドしながら不安げに答える。


「えっと……ものを燃やす魔法?ですか?」


「――そうですね。この魔法は炎魔法の基礎で、威力を高めれば『炎上』や『火球』などの攻撃的な魔法にも発展させられます。つまり、『燃焼』は日常生活用の魔法なんです。分かりますね?」


「はい……」


 ショウの肯定の言葉を聞いて、モエが続ける。


「ですから、まずは安定して魔法を出せるようになる必要があるわけです。練習してみましょう」


 モエは近くにあった木の枝を一本折り、それを川岸に投げた。


「さぁ、燃やしてみましょう」


「はい……」


 ショウはモエの言葉通り、枝を燃やそうと試みる。


「ね、『燃焼』!」


 パチッと火花が散る。だが、やはり燃えない。


 モエは少しだけ困ってしまう。火花が散っている以上、適性は間違いなく炎魔法だ。なのに基礎魔法である『燃焼』が使えないというのは少々痛い。モエは教え方を模索する。


「うーん……なら、少し出し方を工夫してみましょう。火花を大きくするのを想像しながら出して見てください」


「――『燃焼』!」


 枝の近くに火花が四つほど現れる。そして、ついに枝が少し燃え始めた!!


 ――しかし、酸素が足りなかったのか火はすぐに消えてしまった。


 その様子にガッカリしたその時、話札の輪っかが震えた。着火者組からの連絡だ。


「――次の依頼のようですね」


 モエは話札を取り、次の依頼の確認を行うのだった。


◇ ◇ ◇


 次の依頼は『恋人との思い出をお焚き上げしたい』というもの。二人は早足で依頼者の元へ急ぐ。


 依頼された場所は、少し広い庭があるだけの一般住宅だった。家の戸を三度叩くと、中から中年の男性が出てきた。モエは開口一番に身分を伝える。


「火付け屋です」


「おう」


 男は無愛想に答えた。モエは当たり客とはいえなさそうな雰囲気に眉をひそめた。


「それで、お焚き上げというのは?」


「こっち」


 男は簡単な言葉で案内する。そこは広い庭の真ん中だった。人が一人入れそうなくらいの木箱がドンと置かれているだけの質素な庭。


「じゃあこれ燃やして」


「わかりました」


 なんか変な感じだなぁ。恋人との思い出の品だけでこれ程大きな箱が必要だとは到底思えないのだが……


 モエは、自分が魔法を使おうと考えたが、それでは研修にならないと思いショウに任せることにした。


「ショウくん、やってみましょう」


 ショウはこくりと頷き、魔法を使おうと試みる。


「『燃焼』!」


 また火花止まりで肝心の炎が出ない。ショウは二回目を試みる。


「『燃焼』!!」


 どうしても燃えてくれない。すると、まだ二回目にも関わらず男が文句を言う。


「なんですぐに燃やせないんだ!!すぐ燃やせ!!ほら!!燃やせないなら料金は払わんぞ!!」


 ――やはり面倒な客だったか。モエはこれをどう処理しようか思考を巡らせるのだった。

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