第22話 仕事

「では、行きます!!『幸運』!」


 シアが魔法を唱えた瞬間、空中にある空気が全て光に変わったかのように辺りが煌めいた。


 視覚効果は途轍もなかった。それは、目を開けて続けていれば失明してしまうのではないかと思わせるほどの光。私とウズは突然の閃光に目をシパシパと瞬かせた。


 光が落ち着いた。私は目をしっかり見開いてみる。周りの景色は見える。失明とかに至っていないようだ。


 ――いやぁ、光は凄かった。目くらましとかにも使えるかもしれない。……しかし、それだけ。これ以上何も起こらない。


「えっ、これで終わり?」


 私は思わず心の中の疑問が口に出てしまう。それを聞いたシアは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐににこやかな表情に変わった。


「幸福魔法というものは、幸せを呼び込む魔法なんです。幸せというものはいつ起こるか分かりません。ですが、遅かれ早かれ必ず訪れます」


「へぇー、そっかぁ」


 私はシアが言っている言葉の意味をあまり考えず、適当に頷いた。シアは最大限の笑顔でそれに応えた。


「では、今回の施法せほうは以上になります。またお越しくださいね。ご幸運を」


 ふーん、魔法を掛けることを施法って言うのか。私は関心しながら店を後にする。はぁ、幸福かぁ……幸福ねぇ……


「騙されたっ!?」


「そうですよねっ!?」


 私のやらかしにウズが突っ込む。考えてみればなんだよ『幸福魔法』って!そしてなんで私は素直に五百エンを手渡してしまったんだ!?なぁにが「はいどうぞ」だよ!簡単にお金を渡したらダメだよって学校で習わなかったのかよ!?私の記憶では十六年間も行ってたはずなんだけどなぁ!!


「ま、まあ、いいじゃないですか!祈願みたいなものですよ」


 ウズが慰めの言葉を放った。はぁ……なんで私は年下の女の子に励まして貰ってるんだ……情けないな。


「そうだね……おまじないみたいなものかぁ」


「事実上魔法おまじないですけどね」


 物事はなんでも切り替えが重要。それは今回も例外ではない。五百エンくらいで落ち込んでたって仕方ない。よーっし!!やけ食いしてやるぞぉおぉぉ!!!!



◆ ◆ ◆



 朝が来た。三日間仕事を放棄した『火付け屋』、ヒナカモエの体調は完璧に近かった。


 火付け屋というのは、名前の通り火を付ける職業。火を付ける、と言っても放火魔のように家を燃やす訳では無い。暖を取りたい人や料理をしたい人など、火が欲しい人に火を与えて回る仕事なのだ。


 モエはウズと再立が眠る部屋に向かい、二人の様子を確認する。


 扉を叩くと、中からウズが出てきた。


「――再立さんは?」


 モエが質問した。ウズは目いっぱい背伸びをしてモエの耳元に話しかけようとする。モエは身をかがめてウズの口の高さに耳を持っていく。


「再立さんはねてます」


「――そうですか。まあ昨日は大変でしたし……致し方ありませんね」


 モエはいたわるような顔で頷いたが、ウズはワクワクした顔でモエに質問する。


「今日は何をするんですかっ?」


「今日ですか?」


 モエは少しだけ考える素振りを見せて、回答を探った。


「今日はおやすみです。みんながそれぞれ好きなことをやりましょう」


 モエの言葉にウズは手を挙げて応える。


「わかりましたっ」


 モエは元気なウズを隠すかのように扉をゆっくりと閉め、タエのいる部屋へと向かう。


「タエさーん」


「はーい」


「入りますね」


 モエが部屋の中に入ると、タエは盾を黒い布で拭いていた。


「タエさん、今日なんですけど……」


「あぁ、依頼か何かが入ってきました?」


「あっ、いえ……むしろ逆で、今日はみんな自由な日にしようってなってるんです」


 タエはその言葉を聞いて嬉しがるような悔しがるような微妙な表情を見せた。


「なるほど、了解です!でも、自由とは言えど何をすればいいのか思いつきませんね」


「そうですか?服を買いに行ったりだとか、娯楽施設に行くだとか……色々あるでしょう?」


「娯楽施設!いいですねぇ〜。ちなみに、モエさんはどこに行くんですか?」


「私は仕事……ですかね」


 タエはその言葉を聞いて驚嘆する。


「仕事ですかっ!?自由行動なのに!?――いやはや大変だなぁ。おれもうかうかしてられないなぁ」


「いやいや、私の場合これがやりたいことですから!じゃあ、私は仕事に向かいますので」


「頑張って下さいね!」


「お気遣い感謝します!」


 モエはそう言って旅館を後にした。


◇ ◇ ◇


 火付け屋の仕事は基本的に個人事業。しかし、それでは依頼にまとまりや柔軟性がつかない。そこで、火付け屋たちで作られた事務所のような、連盟のような……そんな微妙な立ち位置の組織が作られていた。『着火者組ひつけやぐみ』だ。


 着火者組の建物は旅館のすこし北にある。モエはそこに向かってタッタカ歩いていく。


 モエは、建物に着くなり「ヒナカ」と書かれた札をひっくり返し、専用の木製留め具で固定した。


「お久しぶりです……」


 モエはバツが悪そうに一員に挨拶した。


「あ、モエちゃん。久しぶり」


 ここのおさらしき人がモエに応じる。三日も休んで怒られるか……と思いきや、思ったよりも怒られなくてモエは驚く。


「休みすぎました……すみません……」


「いやいや、改物倒してたんでしょ?なら責められんわ」


モエは胸を撫で下ろす。このまま怒られまくったらどうしようと思っていたからだ。


「でもさ、ちょっとお願いしたいことがあるのよ」


「お願いしたいこと……ですか?」


 長は申し訳なさそうな表情をしつつ、モエの近くに居た一人の少年を呼び出した。


「ショウ!こっちこい!」


「は、はい!」


 ショウと呼ばれた少年は慌てながらも全速力でこちらへやってきた。とほとんど同じくらいの年齢に見える。


「モエ、今日一日だけでも構わないから、コイツに魔法を教えてやってくれないか」


 モエはその言葉に少し驚いた。


「魔法を教えるんですか?火付け屋は個人事業主だから、魔法は教えなくてもいいんじゃなかったですか?」


「いや、まあその……なんというかな。コイツ……ショウっていうんだけどな、ショウは親や身近なやつに魔法を教わってないんだよ。完全に自己流らしい」


「ならなおさら教えなくたって勝手に成長するんじゃ……?」


「頼むよ!お前が改物討伐に出ている時に使えるようになったらみんな仕事楽になるんだから!」


「なら……やります」


「ありがとう!!ほら、ショウ。感謝の言葉を忘れるなよ」


「あ、ありがとうございます!!」


 こうして、モエは突然若い少年に魔法を教えることになってしまった。実力も分からない少年にどこまで教えられるのだろう?モエは不安を抱えながらも、彼を知ることから始めるのだった。

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